空色りぼん

□小さな背中に翼を
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「いやぁ、流石リヴァイだね」


なんて呑気に言いながら回り込んで来たハンジを軽く睨みつける。しかし、その視線も気にしないと言わんばかりに、ハンジはリヴァイの下に敷かれている少女を覗き込んだ。


「へぇ、この子があの噂の子?なんていうか…すごい美人さんだね?」

『…う』


少女の瞳が苦しそうに見上げる。

黒真珠のように美しい瞳に、同性にも関わらず一瞬ドキッとしたハンジを他所に、エルヴィンが口を開いた。


「リヴァイ、その子を離してやってくれ」


よほど苦しそうにしているのが分かったのだろう。そう言うとリヴァイは自分の下で苦しそうな声を上げている女に言った。


「逃げようとしたらどうなるか分かってるんだろうな」

『わかってるって!とにかく苦しい、見かけによらず重い!』

「…」


リヴァイがすっと上からどくと、
少女は”ふぅ、苦しかった”と息をついて起き上がる。


「立体機動装置を使って巨人の首を斬り落としたっていうのは、君で間違いないんだね?」

『…そうだよ』


少女は間を置いて返事をする。
もう隠す気はないようだ。


「こんなところでは何だ、場所を変えよう」


エルヴィンがそう言い、リヴァイが少女の腕をガッシリと掴む。ギリギリと音がなりそうなほど強く掴む手に少女は顔を顰めた。

『もう逃げないから、もう少し優しくして』

「駄目だ、信用できない」


少女は小さくため息をつく。リヴァイが掴むその手は細く、本当にこの腕で巨人の首を斬り落としたのかと疑いたくなるほどだった。



**
***



「先程はうちの者が手荒な真似をしてすまなかったね、許してくれ」

『逃げたのは私だから』


そう言ってへらりと笑う少女に、三人は改めて驚いていた。

先程は暗かったからよくわからなかったものの、よく見ればまだ顔には幼さが残っている。

童顔なのは東洋人の特徴だが、
それを差し引いても20歳になっているかいないかというところだろう。

高い位置で纏められた黒髪、白い肌に浮き上がるさくらんぼのように赤い唇はまるで精巧に作られた人形のように美しかった。

黒真珠のような瞳は、まるでガラス玉のように綺麗な光を灯している。


黒のタートルネックと短パンから覗く白い手足。この細い腕で本当に巨人の首を一撃で切断したというのか。

しかし、リヴァイが見間違えるはずはないし、あの軽業師のような動きを見るとあながち本当なのだということがわかる。

そして立体機動装置を無断で使用し兵士に捕まったというのに、この余裕。少女がただの少女ではないということを物語るには充分だった。


「初めに言っておくが、私たちは君に危害を加えようとしているわけじゃない」

『立体機動装置を無断で使ったのに?』


平然と紡がれる言葉に、
エルヴィンでさえも少し驚いたような表情を浮かべた。


「…オイ、お前自分の立場を分かっているのか」


リヴァイがガッと少女の胸ぐらを掴み上げ、その鋭い眼光を向ける。


『そんなに怒らないでよ、リヴァイ』

「…」

「あっはははは!」


少女から零された言葉に、リヴァイの眉間の皺が更に深く刻まれる。

背後でハンジがお腹を抱えて大笑いしていた。


「すごいよこの子!リヴァイをいきなり呼び捨てにするなんて、傑作だよ!」

「黙れクソメガネ」


未だに笑い続けているハンジをよそに、エルヴィンが再び口を開いた。


「どうやって立体機動装置を手に入れた?」

『地下で武器商人から買った』

「では、何故兵士でもない君が巨人を倒そうとしたんだい?」

『人が食べられるのを見るのも、自分が食べられるのも嫌だっただけ』


少女の言葉に、
三人は大きく目を見開いた。


「ははは」

『?』

「いや、すまない。前にも君と同じような事を言って入団した者がいてね」

『へぇ』


それはまた変わった人もいたもんだなぁと、自分の事を棚に上げてユキは思った。

すると、スッと胸元を掴み上げていた手が離される。

どうして離したんだろう。
…と、いう瞳を向けると、
リヴァイは背を向け離れていく。

そして、何故か声を押し殺して笑うハンジを蹴り飛ばしていた。あれは中々に痛そうだ。


「面白い、だから巨人に立ち向かっていったと」

『そうだよ』

「君は巨人の首を一撃で切断したらしいが、その時は何を使った?我々が所有している刃では切断は難しい」

『”刀”だよ。私の一族に伝わる武器で、文献に書いてあったものを知り合いに再現してもらった』

「ほう」


エルヴィンは再び”ふむ”と顎に手を置く。

そして、少しの後、
”単刀直入に言おう”と切り出した。


「我々調査兵団は常に人材不足だ。君のような実力者の力が欲しい。調査兵団に入り君の力を貸してくれ」

『調査兵団?…って、”あの”調査兵団?』


”あの”というのは、
巷で流れている噂のことを指しているのだろう。

人類の英知の結晶とされ、巨人を恐れず壁外への進出を試みる「調査兵団」。

噂に聞いたことがある程度だが、
兵団の中でも最も危険だということは知っている。


「そうだ、調査兵団には君のような腕の立つものの力が必要なんだ」

『ちょっと待ってよ、私にはそんな期待されるほどの実力はない』

「巨人の首を一刀両断した腕、それにリヴァイから一時的にでも逃げたという事実だけで充分だ」


”それから”
エルヴィンは続けた。


「君が調査兵団に入るというのなら、無断で立体機動装置を使用していたことは不問にしよう」


その言葉を聞いた少女は、
諦めたようにふっと小さく笑った。


『結局、私に断る選択肢なんて初めからないじゃん』

「申し訳ないと思っているよ」

『私はこれから3年間も訓練するの?』

「いや、君には特別にここで訓練を受けてもらう。基礎ができている君に一般と同じ訓練は必要ないだろうからね」


ユキは肩を竦め、
しょうがないと溜息をつく。


『背負ってやろうじゃないの、自由の翼…人類の希望とやらを。』


再び小さなため息をつき、にたりと挑発的な笑みを浮かべる少女に、エルヴィンが手を差し出す。


「君の入団を歓迎するよ」

『宜しく』


小さな手のひらが、
大きな手のひらに包まれた。


「やったねエルヴィン!……ええと」

『ユキだよ』

「ユキね、これから宜しく!」

『うん』


小さく笑うユキに、
ハンジは”かわいいなぁもう!”と言いながら思いっきり抱きつく。

”苦しい苦しい”と言われ渋々離れると、ハンジは壁にもたれかかっているリヴァイに手招きした。


「何ぼさっとしているのさ、リヴァイもユキと握手しなよ」

「俺はこんな得体の知れねェ奴と、仲良しこよしなんざするつもりはない」


”ふん”と視線を背けるリヴァイ。
ハンジは”ごめんねぇ、難しい性格だけど悪い奴じゃないんだよ”とフォローした。

ユキは壁に背を預ける彼に視線を向ける。今のところ”悪い奴じゃないんだよ”、というハンジの言うことは信じられない。

自分はあの男の手によって捕まったのだ。しかも、追いかけられているときの、あの緊張感と言ったら今まで感じたことないほど背筋が凍った。

そんな殺気を放つ男が、
いい奴だなんて正直信じられない。

それにリヴァイからは自分と同じ雰囲気を感じる。あの目は地下街のゴロツキの目だ。


「そうと決まればエルヴィン、ユキの部屋を用意しないとね」

「そうだな、至急用意させよう」

『え、部屋がもらえるの?』


そういうユキに、”当たり前じゃないか、どうやって寝るつもりだったの?”とハンジが笑う。


「それから、君の家族にも一言断っておく必要があるな」

『その必要は』


”ない”とは言わなかったものの、状況を察したエルヴィンは”そうか”とだけ言った。

そもそも、立体機動装置を使っていたと言うことは、どこかよくないルートから仕入れたものだろう。

少なくとも真っ当な道を進んでいなさそうな少女が、どうしてそんな生活を強いられていたのか。

考えれば容易に想像できることだった。


彼女には、
支え合う家族がいない。


「ああ、でも家に残してきた荷物があるでしょ。どうする?」

『残してきた荷物はいらない、ここに持ってくるようなものはないよ』

「…え?」


ハンジはきょとんと目を開いた。


「…でも、ほら。…思い出の品とか手放せないものとか」

『別に、そんな大層なものは持ってないよ』


元々、家というような家も無いし場所を点々としながら生きてきた。

だから、場所を移る時はいつもほとんど手ぶら状態だったし、今更わざわざ取りに帰るようなものもない。

”着替えさえあれば”
という言葉にハンジは困ったようにエルヴィンの方に視線を向けた。


「だが、立体機動装置はこちらに持って来てもらわないと困る。残されたそれを他の誰が使うとも限らないだろう」

『…そ、…そうでした』


それもそうですよね。
元の元凶はあれなのだから。


「それから、刀というものにも興味がある。まだ持っているのだろうか」

『一応、とってあるけど』


ずっと愛用していたものだ。
身を守るのにも、
危険な仕事をこなすのにも。

すると、エルヴィンは”今日はもう遅いから、明日取りに行くといい”と言ってこの話を一区切りさせた。


「では、部屋の案内を頼んだよ」

「はいよ」


同性同士というものもあって、
ハンジが案内してくれるらしい。

”じゃぁ、行こうか”と言われ部屋を出る。後ろを振り返ると小さく笑うエルヴィンと、興味なさげに外を見ているリヴァイが映った。




 

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