空色りぼん

□目覚めの悪い朝
1ページ/1ページ



それから、ハンジに色々教えてもらった。

部屋の位置、食堂、大浴場。
色んな所を歩き回りながら、兵舎内での基本的なルールや兵団についての事を説明された。

兵舎を案内されている時に思ったのは、とにかく大きいのと、どこを見ても人だらけということ。

まぁ兵舎なのだから当たり前なのだけど、すれ違う人すれ違う人みんな同じ洋服を着ている。

あれが戦闘服というやつなのだろうか。私一人だけが浮いている気がする。

堅苦しい雰囲気に息が苦しいと感じていたが、一人一人はそんなに硬くなさそうだ。

任務から帰ってきたであろう人達は張り詰めた空気が残っていたが、それ以外は普通の人間の集まりだ。

まぁ、それでも今まで自分がすごしてきた無法に近い街よりは堅苦しさは拭えない。


キョロキョロとしていると、ハンジに”そんなに気を張らなくていいよ”と言われた。

”折角だから一緒に大浴場へ行こう”という話になり、兵団から着替えを借りて大浴場へ行った。

その時ハンジが”やっぱり兵士とは違うねぇ、なんかそそるものがあるね”とごちゃごちゃ騒いでいたけど、軽く受け流すことにした。

エルヴィンとリヴァイの様子を見ると、この人の扱いはこれが正解なんだと思う。

どう見ても悪い人ではないんだけど。


「もし嫌じゃなかったら答えて欲しいんだけど」

『何?』


二人で湯船に浸かっていると、
ふとハンジが口を開いた。


「ユキは今までどうやって暮らしてきたの?」

『…うーん』


ユキは少し考えた後、
小さく笑いながら口を開いた。


『こんなところで言えないような事。簡単に言えばゴロツキみたいなものだよ』

「へー」


ある程度は予想していたのだろう。ハンジは特に驚くこともなくそう言うと、ははっと笑った。


「実はね、リヴァイも君と同じような経緯でここにきたんだ」

『…リヴァイが?』


驚くユキに、ハンジは”怒られるからあんまり言わないでね”と言った。


「彼もまた地下街のゴロツキでね、しかもかなり有名な。それで、途中経過は知らないけどエルヴィンに下る形でここにきたんだ」

『…へぇ』


やっぱりそうかと思った。元ゴロツキであったのならあの目つきとガラの悪さには頷ける。あれは、真っ当に生きてきた人ができる表情じゃない。

それからハンジの話は何故か巨人の話になり、ベラベラと途切れることなく話し始めた。

”これ以上はのぼせるから”
と言って話を中断させると、”なんだぁ”とふてくされていた。

ハンジに巨人の話はタブーだと何と無く悟り、部屋の前の廊下で手を振った。


「じゃぁ、また明日ね」

『うん、また明日』


そうしてユキは眠りについた。




**
***




ゆさゆさと体を揺すられる。
なんだよもう、
人が気持ち良く寝てるのに。

取り敢えず無視して再び夢の中へと旅立つために、掛け布団を引っ張って顔を覆った。


すると、揺すられることも無くなり再び静かな平穏が訪れる。

よしよし、これでもう一回寝られる。

そう思ってふぅ、と一息ついた時、ドガッと頭に衝撃が走った。


『…いっ!』


瞳を開けると眩しい光が差し込んでくる。どうやら掛け布団を剥がれて頭を殴られたらしい。

今日は特別仕事が入っているわけでもないのに、誰だ。こんなことをする奴は。


ユキが不機嫌そうに起き上がると、それ以上に不機嫌そうに眉間に皺を寄せる人物が口を開いた。


「さっさと起きろ、馬鹿が」

『…』


ん、…んん?
何この人、
なんで私の部屋にいるの?


…と、言うか


『…誰?』

「何寝ぼけてやがる」

『いたっ』


再びバシッと頭に衝撃が走る。
じんじんとくる痛みに瞳をぎゅっと閉じて耐えていると、”よく初日からグースカ寝てられるな”と呆れたような声が降ってきた。

…初日?
目をこすりゆっくりと見上げる。

すると、獣のような目をした男が見下ろしていた。


『…リヴァイ?』


ようやく昨日の出来事を思い出し、自分が調査兵団に来た事を思い出した。


「とっとと支度しろ、その汚ねえツラをどうにかしやがれ」


どうして寝起き早々こんなことを言われなくてはいけないのか。

イラっとこめかみに青筋を浮かべたユキだったが、寝起きで話すのも面倒くさい。

ただ、一つ聞かなくてはいけなかった。どうしてこの男が自分を起こしに来たのか。


『…なんでリヴァイが起こしに来たの』

「いいからさっさと支度しろ、クソ野郎」


会話が成立しないのは、
自分が寝ぼけてるせいだろうか?

確かに寝起きは悪すぎると仲間内で散々言われてきたが、今会話が成立していないのはきっと自分のせいじゃない。

取り敢えず顔を洗い着替えを済ませて部屋を出ると、待っていたのかリヴァイが”遅ェ”と悪態をついてきた。


「行くぞ」

『どこに?』

「…」

『…』


無視ですか。
答えるのが面倒臭くなったのか、リヴァイは無言で背を向けて歩き始めてしまった。


[難しいけど、悪い奴じゃないんだ]


それは本当なの?
…と、ハンジにもう一度聞きたい。

有無を言わさず歩き始めるリヴァイの後を、ユキはとてとてとついて行く。

暫く歩くと、リヴァイは一つの扉の前で立ち止まり、トントンとノックした。


「入るぞ」


大きな扉が開かれる。
この部屋は見たことがある、
昨日連れて来られた部屋だった。


「おはよう、ユキ」

『おはよう、エルヴィン』


扉の先には、予想通りエルヴィンが笑っていた。


「どうだい、よく寝られたかい?」

『ぐっすり寝ちゃったよ』

「それは良かった」


隣から小さな舌打ちが聞こえたが、ここは聞こえないふりでもしておこう。


「もう聞いていると思うが、今から君の立体機動装置と刀とやらを取りに行ってもらう」

『え』


ユキのきょとんとした表情を見て、エルヴィンは”やっぱり言ってなかったか”とリヴァイに視線を向けるが当の本人は知らん顔。

それもエルヴィンは慣れているようだった。


「悪いがリヴァイも一緒について行ってもらうよ」

『ええ』

「文句を言いたいのはこっちだ」


どうして、と言おうとしてやめた。

考えれば分かることだ。
私が逃げ出さないようにだろう。


「察しだけはいいらしいな」

『…どうも』


その瞳には、”逃げたら削いでやる”というメッセージが込められているような気がした。


「気をつけて行ってきてくれ」

『いってきます』


笑顔のエルヴィンにユキがそう言うと、”早くしろ”と言われた。

もっと優しい言い方はできないものか。ユキは聞こえないようにため息をつき、リヴァイの後をついていった。



**
***





「あの夜あそこにいたって事は、そう遠くはねぇんだろう」

『うん、ちょっと入り組んだところだけど』


兵舎からずっと無言だったくせに漸く口を開いたと思ったら、リヴァイはまた無言を決め込み始めた。

変わった人は今までに何人も見てきたが、こんなに変わっているのははっきり言って特殊だろう。

何を考えているのか全くわからない上に休むことなく睨みつけてくる。ハンジが言ういい面は本当にあるのか疑問だ。

自分の家に着き扉を開けようとすると「オイ」と声をかけられる。


「ここか?」

『そうだけど』

「お前は地下の人間じゃないのか?」


普通の地上の家だとは思っていなかったらしく、少し驚いているように見え…なくもない。いや、どちらかといえば私を睨みつける目が一層鋭くなっただけだ。


『立体機動装置を無断で使ってた人間が地上の人間だと思う?』


扉を開けて中へ招き入れれば、リヴァイは注意深く家の中を見渡しながら私の後に続いてきた。

地下の人間のくせにどうして地上の家を持っているのか気になるのだろう。自分で言うのもなんだがここは広いし綺麗で、とても地下街の人間の住む場所とは思えない。

何か言いたそうではあるが質問をしてこないので、そのまま着替えを少し詰めてから壁に立てかけてある刀を手に取れば、壁に背を預けながら部屋の中を見ていたリヴァイが私の手元に視線を落とした。


「それが刀か」

『そう』


ナイフよりも長い刀身が鞘に収められている。東洋の地方で用いられていたとされるものを知り合いの武器職人に再現してもらったものだ。

ナイフより刀身が長いため間合いも広くて一撃の威力も高い。おまけに取り回しもしやすくてずっと気に入って愛用している武器だ。他の人からしたら見慣れない武器だろうけど。


「貸せ」


刀と分かるや否や奪い取られ、なんだよもうとため息をつく。


『そんな奪い取らなくてもいいじゃん』

「お前にこれを使われたら厄介なのは分かってる。みすみす武器を持たせておく義理もねぇだろ」


…あぁ、そういうことね。私がそれ使って逃げないようにってことね。それにしてももっとやり方ってものがある気がするが、この男にそれを求めても無駄らしい。


「それで、立体機動装置はどこだ?」

『ここにはない。もう一箇所付き合ってもらうよ』

「は?」

『立体機動装置なんて憲兵に見つかったら一発逮捕のものを、こんなところに置いて置けないでしょ』


少しの着替えだけが入った鞄を持って立ち上がり、家を少し見渡して外へ出る。ここには暫く帰ってくることもないのだろう。いや、もう二度と帰ってこないかもしれない。…まぁ、別に愛着があったわけでも手放したくなかったわけでもない。

黙ってついてくるリヴァイは万が一私に奪われないようにするためか、刀を私がいる方とは反対の手で持っている。…取らないって言ってるのに用心深い。もし本当にやる気なら家で刀を手にした時に攻撃してるのに。


『ここまででいいよ』

「あ?」


そのまま暫く歩き、地下街へと下る階段の手前でそう言えばリヴァイは眉間に皺を刻んだ。


「何言ってやがる、俺はお前の監視役としてきてんだ」

”逃げるつもりじゃないだろうな?”と言われ、”まさか今更逃げられると思ってないよ”と返す。


『そうじゃなくて、これ以上先は顔がわれてるんじゃないの?』


これから先はゴロツキが蔓延る場所。有名だったというリヴァイが来たとあれば少なからず気づく人間がでてくるだろう。

余計な面倒は御免だと言うのもあるが、監視役として無理矢理付けられたのであろうリヴァイには酷な話だ。例え朝から叩き起こしてくるような気に入らない奴だとしても、地上で生きることを選んだ人間をもう一度地下に連れて行くのは気乗りしない。


「…誰に聞いた」

『その目つきとガラの悪さで察しただけ』

「クソメガネか」


誤魔化したつもりだったが上手くいかなかった。ごめんハンジ。


「余計な心配はいらねぇよ、さっさと済ませるぞ」


リヴァイはどんどんと先へ進んでいく。本人がいいって言うんだからいいか…そもそも私に拒否権はないのだろう。

奥の方に進むと案の定何人かが気づいているようだったが、リヴァイは気にもしない様子で歩みを進めて行く。

目的の場所に着き、レストランの2階に裏口から入る。こっちは先程の生活拠点とは違い仕事道具が置いてあるだけだ。中央にテーブルと椅子、壁側に姿鏡、そしてクローゼットが並んでいるだけの閑散とした部屋。


「生活拠点と分けてるとは、随分と贅沢な暮らしだな」

『そのほうが色々と都合が良かっただけ』


テーブルに荷物を置いてクローゼットを開け、立体機動装置を机に並べていく。クローゼットの中にはナイフが数本あるためあまり見られたくなかったが、注意深いこの男のことだ…立体機動装置を出す時にどうしても見えてしまうそれをしっかり確認してるだろう。

不正に入手した立体機動装置を堂々と持ち帰るわけにもいかず、「これに入れて持って帰って来るように」と言われた布に包んでいると「さっさとしろ」と急かされる。

ちょっと待ってよ…今やってるでしょうが!そんなにもたもたもしてないよ!

と、心の中で文句を言いながら準備していると、気になるのかリヴァイがクローゼットの方に歩み寄っていく。

そして徐に屈んで引き出しを開けようとするものだから、慌てて引き出しを抑えた。


 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ