空色りぼん

□不備だらけの装備
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「なんだ」

『勝手に人の家のもの開けないでよ!』

「見られたら良くないものが入ってますって顔だな。お前に拒否権があると思ってんのか」

『…1つだけ確認させて欲しいんだけど』

「なら、さっさと言えノロマ」


っ…本当に口の悪い奴だな!!


『立体機動装置の不正使用以外に罪が増えたりすることはないよね?』

「それは俺の知ったことじゃない、エルヴィンが決めることだ」


そう言いながらリヴァイは問答無用で引き出しを開けた。中にはアタッシュケースとそこに入りきらなかった金が無造作に入れられている。当然アタッシュケースの中にもギッチリと金が入っている。


「…」

『…』


沈黙がこんなにも苦しいと感じたのは久しぶりだ。貴族でもない限り、当然こんな大金を真っ当な生き方をしてきた人間が持っているはずがない。

これを見れば私がとんでもない犯罪者だということは一発でばれてしまう。控えめに言っても貧乏貴族の資産くらいある。


「おい」

『…はい』

「これも持っていくぞ、いいな?」

『……はい』


とにかく今は詮索する気はないらしい。良かったとホッと息をつきながら立体機動装置を布で包み、アタッシュケースを持ったリヴァイと部屋を後にする。


「おぉ、ユキ。昨日帰ってこなかったから心配したんだぞ」

『心配かけてごめん、親父』


階段を降りていると、一階の店主である親父が話しかけてくる。親父と言ってももちろん血は繋がっていないし育ての親でもない。私に仕事を流してくれる仲介人だ。…とはいえ、ここの夫婦は私を子どものように良くしてくれている。


「お?そっちの兄ちゃんは誰だ?」

『親父、悪いけどもうここには戻ってこないよ。上で兵士に捕まっちゃってさ…これから兵士として働かされることになった』

「何!?兵士に捕まったってお前…、俺が時間を稼いでやろうか?今ならあの男1人みたいだし…」

『ははっ、大丈夫だよ。どうやら私を投獄する気も不当な扱いをするつもりもないみたい。普通に調査兵として地上で過ごすよ』


当然私が何をしてきたのか知っている親父は、兵士に捕まったと聞いて顔を青くさせていたが、調査兵になると言えばホッと目に見えるほど安心した表情を浮かべた。


「…そうか。調査兵とはいえ、お前が真っ当に地上で暮らしてくれるなら何よりだ。何度足を洗えって言ってもうちに住み着きやがって…」

『え、ちょっと…やめてよ泣かないでよ』

「あら、どうしたのユキちゃん。あなたもみっともなく泣いて一体何があったの?」


外の会話に気付いたのか、そう言って出てきた奥さんにも同じ説明をする。そうすれば「よかったねぇ」と言って頭を撫でられた。

この人たちは私に何度も足を洗え、真っ当な生き方をしろと言ってきていた。それでも仕事を回してくれるからありがたくお世話になっていたが、こんなにも心配してくれていたのかと今更になって知った。


「おい、兄ちゃん。あんたリヴァイ兵士長だろう。あんたがユキのお目付役か?」

「あぁ、そうだ」


少し距離を置いたところにいたリヴァイに親父が声をかける。あまり余計なことを言わないでくれよと親父を睨みつけるが、全く効果はなさそうだ。


「この子はこんなに美人で器用でなんでもこなすくせに、自分のことにあんまり興味がなくてなぁ。こんな地下街でて暮らせって言ってるのに聞かなかったんだ」

「すごい優しくていい子なんだから、いじめたりしないでね」

「…あぁ」


ほら、リヴァイもこんなこと言われて困ってるよとため息をつく。


「あぁ、ユキ。今回の報酬はどうするんだ?」

『いいよ、今までお世話になったし全部あげる』

「世話になったのはこっちの方なんだけどなぁ」


「またうちの店に食べに来いよ」と乱暴に頭を撫でられ、『許しがでたら来るよ』と言って2人の元を後にする。

今ここで報酬なんか受け取ったら、その金額の大きさで人を殺して得た金だと言うことがバレてしまう。…まぁ、もう察しているかもしれないけど。


「ユキじゃねーか!また男引っ掛けて何してんだ」

『またってなに?誤解を生むようなこと言わないで』

「おー、ユキ。また俺の仕事手伝ってくれよ」

『あの一回だけって言ったでしょ。どうせ見栄張って出来もしない依頼受けたんだろうけど、身の丈にあったものにしなってあれほど言ったのに』


それから地上に上がるまでも他の人間に何度か声をかけられ、その度に軽く会話をしてなんとかかわしてきた。

っていうか荷物少しくらい持ってくれてもいいのに。刀だけはしっかりと取り上げているくせに立体機動装置と洋服が入った鞄は一切持ってくれない。

…まぁ、この無愛想男にそんな期待なんて少しもしてないけど。

地上へ出て少し歩いた時、リヴァイがゆっくりと口を開いた。


「お前は随分と慕われてるんだな」

『そうかな』

「あぁ、あのレストランの夫婦もそうだが、他のゴロツキどもにも随分と慕われてるようだったからな」


知らんぷりして聞いていないような素振りをしておきながら、しっかり聞いていたらしい。相変わらず抜け目のない男だ。


「あの地下街でお前は随分と有名らしい。お前のようなクソガキがこれだけ認められるってことは相当な実力を持っているんだろう。お前は随分と汚いらしい…叩けば埃が出るとはよく言ったもんだ」

『ただみんなと仲良くやってるだけだよ。あとクソガキじゃない、私はもう立派な大人だから』

「黙れクソガキ」

『…』


ダメだ、話が通じない。だが、私だけじゃなくリヴァイも視線を集めていた。ハンジが言う通り有名なゴロツキだったから、周りで気づいた人間がいたのだろう。

叩けば埃が出るのはどっちだよ。
…と思ったが言っても無駄なので他の話題をすることにする。


『そういえば、どうしてリヴァイがついてきたの?他の兵士にやらせればよかったのに。兵士長なんだから、それぐらいできるんじゃないの?』

「お前が逃げ出した時、捕まえられるのは俺だけだろう」


つまり、平凡な兵士じゃ逃げられるからということか。なるほど、私は結構な過大評価をされているらしい。


「いいか、今までの生活は捨てろ。でないとあっという間に巨人の餌になるだけだ」

『…もしかして心配してくれてるの?』

「勘違いすんなクソが。死体を運ぶのが手間なだけだ」


一瞬でも心配してくれたのかもと思った自分を恨んだ。この男にそんな気遣いあるわけがない。私はため息をつき、兵舎へと戻った。



**
***



兵舎につくと、リヴァイに立体機動装置を無言で取り上げられた。…いや、奪い去られたという表現の方があっているかもしれない。

なんだったんだ今のは…と困惑していると、ハンジが「やっほー」と陽気な笑顔を浮かべてやってきた。


「おはよう、ユキ。朝から大変だったねー。リヴァイとのデートはどうだった?」

『おはよう。なんか荷物奪い去って行っちゃったんだけど』

「いいのいいの、あれはきっとエルヴィンに持ってこいって言われてるからだよ」


そうなんだ…と呟くと、ぞわりと背筋を寒気が走った。

自分の斜め後ろに視線を向けると、一人の男がすんすんと自分の匂いを嗅いでいる。すると、男は”ふっ”と鼻で笑った。


『…何、今の』

「気にしないで、彼はミケって言うんだけど他人の匂いを嗅いで鼻で笑うくせがあるんだ」

『どんなクセ?』


じとりと視線を向けるが、ミケは我存ぜずを貫いている。なんなんだ、この人は。リヴァイより難しそうだ。


「今日はユキの立体機動の技術を見せてもらおうと思ってね、その相手が彼なんだ」

『へぇ』


”こう見えてもリヴァイに続く実力の持ち主なんだよ”と言われ、少し驚く。


「じゃぁ早速だけど立体機動装置をつけてもらうよ、まずは着替えが先だね」

『着替えるの?』


そう言うとハンジはキョトンと瞳を開いた。


「当たり前でしょ?そんな露出度の高い服でやるつもりだったの?」


珍しく真面目な表情で言うハンジに、ここでは隊服でやるのが当たり前なんだと思った。確かに私のように短時間だったら大丈夫かもしれないが、長時間となると素足にベルトを巻くのは辛いだろう。

兵士の中にも短パンを履いている人は見かけなかった。


『分かった』


私は手渡された洋服と立体機動装置を受け取り、早速訓練へと入っていったのだった。




**
***


「これがユキが使っていた物か」

「そうだ」


リヴァイから渡された袋を開け、
エルヴィンは少し驚いたように目を開く。

暫く不自然な間が空いた。


「…これでユキは空中を飛んでいたと?」

「あぁ、なんの支障もなくな」


エルヴィンは立体機動装置に視線を向ける。体が小さいためにベルトの調節部分がかなり余っているのが気になるが、今気にしているのはそこではない。

ベルトの本数が明らかに少ないのだ。立体機動は精密な体重操作が必要となる。

そのためベルトの一本一本に役割があるわけだが、彼女が所有していた立体機動装置は明らかにその本数に達していなかった。

彼女は知らなかったとは言え、この状態で飛んでいたというのは危険で、兵士では考えられないことだろう。それよりもエルヴィンが注目していたのは、それでもリヴァイから逃げ切ったその技術だった。


「元々ふざけた格好で装備を付けていたからな。あいつが巨人の首を切り落とした時は、昨日の服装と酷似したものにそのまま装備をつけていた」

「そうか」


エルヴィンは小さく返事をすると、右手のグリップを手に取る。刀とやらを持ちながら立体機動ができるように改造されているようだ。

そして次に刀を手に取り、鞘を注意深く眺めてから刀身を鞘からゆっくりと抜いていく。

鞘から現れた銀色の刀身は、見事なまでに綺麗な銀色だった。窓から差し込む太陽の光を全て取り込み、一本の光のように輝いている。


「固ェな」


刀身を触ったリヴァイが呟く。


「あぁ、我々の使用しているブレードは巨人の肉を削ぐためにしなるようにできている。だが、これならば巨人の首を切断できるかもしれない」

「とは言っても簡単に切断できるもんじゃねぇ。あの細腕なら尚更だ。使い込んだあいつだからこそ、そんな芸当ができたんだろう」

リヴァイは柄の部分に視線を落とす。綺麗に手入れされている刀身ばかりに目がいっていたが、柄の部分には僅かに血糊が付着していた。

巨人を斬った、あの時のものだろう。幾ら手入れしても柄の接合部分はとれなかったようだ。


「それと、あいつの部屋からでてきたものだ」


アタッシュケースを机に置き、それを開ければ中にはギッチリと金が入っていた。それに入りきらなかったものも併せて出せば、エルヴィンは再び目を見開く。


「エルヴィン、あいつを仲間に引き入れるならちゃんと首輪をしておけ。放っておけば寝首をかかれるぞ」


リヴァイは地上と地下のそれぞれにあったユキの家を思い出す。地上の家は広く綺麗で、そこらへんの家となんら変わらなかった。部屋の中は物が少なく殺風景だったが、何不自由なく暮らしているのは少し見ただけで分かった。

そして地下の方は立体機動装置と武器だけが置かれたこれまた殺風景な部屋だった。地上の兵士に見つかってはまずいものだけを置いていたのだろう…大量の金があったところを見ても、ユキがまともな方法で金を稼いでいるとは思えなかった。

直接本人から聞いたわけではないが、ユキの身のこなしと扱っている武器を考えれば自ずと答えは導かれる。

それに地下のゴロツキからの信頼も厚いようだった。そもそもユキのような容姿の整った小柄な少女が1人で地下を堂々と歩いていることが異常だ。

あの無法地帯でユキのような存在がいればすぐに狙われ、捕らえられて商品として…もしくはそのまま男たちに利用されるだろう。

だが、利用されるどころか他のゴロツキと同じように暮らし、周りからも一目置かれているようだった。狙われたとしてもそれを軽々と跳ね返してきたのだろう。それだけの実力が彼女にはある。

首元に手を添えれば、ユキを捕まえたあの夜にナイフを向けられた瞬間のことを思いだす。

黒髪から覗く殺気のこめられた瞳。首元を狙ったユキの一撃は、今でも鮮明に思い出すほど寒気が走った。


「あぁ、そうだな」


と、エルヴィンが静かに頷いた時、バァンッ!とノックも無しに勢い良く開かれた扉と共に入ってきたのは、目をキラキラさせたハンジだった。


「ちょっと聞いてよ!すごいんだ!」



巨人の事を語る時のような瞳のハンジに、リヴァイは面倒臭そうなのが来やがったと眉根を寄せる。


「どうした」

「ユキの立体機動技術には驚かされたよ!初めはベルトの本数が多いとかこのままの服装じゃ駄目なのかとか言ってて心配だったけど、いざやってみたらこれがすごいのなんの!なんせあのミケが遅く見えるくらいだからね!」

「ほう」


興奮気味に語るハンジの言葉を、
エルヴィンは興味深そうに聞いている。

珍しくリヴァイまでもが聞き入っていた。


「ユキは私たちとは違う動きをするんだ、そりゃ兵士として基礎から学んでる訳じゃないから当たり前なんだろうけど!」


”何て言うのかなぁ”
ハンジは身振り手振りをしながら、言語の中でどの表現が一番あっているだろうかと頭を振り絞る。


「…そう!あれはまるで舞っているみたいなんだよ、空中をね!」


その後もベラベラと語るハンジを、エルヴィンが制した。


「それは興味があるな、是非見てみたい」

「あれは見た方がいいよ!」


”リヴァイも来るでしょ!?”
と、ハイテンションのまま言われ鬱陶しそうな表情を浮かべつつも、リヴァイは”あぁ”と頷いた。




 

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