空色りぼん

□訓練開始
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「やぁユキ、大丈夫かい?」

『…エルヴィン』


3人が訓練場へ到着すると、ユキは机に突っ伏して項垂れていた。エルヴィンが声をかけると、体を起こすことなく首だけで彼を見上げている。


「ただ、やっぱり体力がないのが難点だねぇ」

『…初日からこんなに訓練させられるなんて思わなかった』


”よしよし”とユキの頭を撫でているハンジの手が彼女によって払われる。そんな光景を横目にリヴァイはミケに問いかけた。


「どうだった、使えそうか?」

「問題ない」

「ほう、お前が言うなら悪くはなさそうだな」


口数が少ないミケからの言葉にリヴァイは”面白い”と呟き、項垂れるユキの頭を叩いた。


『痛っ、何するの!?』

「立て、お前の立体機動を見させてもらう」

『えええ、またやるの?もう疲れたよ…』

「ピーピー喚くな」


”えええ”と更に項垂れるユキを無視し、リヴァイは羽織っていた上着を脱ぎ椅子にかける。その体には既に立体機動用のベルトが装着されていた。


「ちょ、ちょっと待ってリヴァイ。まさか君が相手するつもりかい?」

「ちょうど俺も暇していたところだ」


”何か問題あるか”と言いながら装置を装着するリヴァイに、ハンジは顔を引きつらせた。


「兵士長直々に指導されるなんて、…ユキもついてないね」

「俺もエルヴィンも、まだこいつの立体機動をよく見ていないからな」


”立て”と再び言われ、ユキはのそっと立ち上がる。初めて団服を着ているところを見たが、体力がもたないのも頷けた。

ユキは兵士としての訓練を受けてきた訳じゃない。当たり前だが、兵士との体の違いは明らかだった。常人にしては筋肉はついているほうだろうが、見るからに柔らかそうな女性らしい体つきだ。


『もうちょっと休みたい』

「もう充分休んだだろう」

『鬼』

「うるせェ」

『…で、今度は何をすればいいの?』

「君たちにはこのコースを飛んでもらう。ユキが先にスタートしリヴァイが10秒後にスタートする。途中で出てくる5体の的の内、2体をリヴァイより先に仕留めればいい」


エルヴィンがユキに簡易マップを用いて説明する。


「的が出るのはコースを折り返してからだ。それから君はまだ的を削げないだろうから、ブレードで的を切りつけるだけでいい。深さも角度も問わないが、もちろんリヴァイには通常通り的を削いでもらう」

『10秒ねぇ…』

「もっと増やしても構わないが?」

『いや、10秒後にこんな目つきの悪い男が追ってくると思うと嫌だなと思っただけ』

「安心しろ、すぐに追い抜いてやる」


リヴァイに追われるのはもう御免だと思っているのか、見るからに嫌そうに表情を顰めるユキにハンジが「そうだ!」と陽気な声をあげる。


「ユキが逃げ切ったら、リヴァイの今日のデザートもらえばいいじゃない」

「は?」

『やる』

「オイ」


迷う間も無く頷くユキにリヴァイは驚くが、ハンジの”ユキは無類の甘い物好きなんだよ”と言う言葉にため息をつく。


「なら、俺が勝ったらお前の夕食のパンをもらう」

『えええ!?ずるい!』

「当たり前だ、お前にリスクがないだろう」

『…わかった。いいよ、やろう』


自分はデザートのくせして、ユキには主食をかけさせるのか?

しかも、甘い物だって大して好きでもないくせに…と思ったハンジだったが、確かにこの勝負には興味がある。しかも、あのリヴァイからやる気を出すなんて滅多にない事だ。


「じゃあ2人とも配置についてくれ」


エルヴィンにそう言われ、2人は開始位置につく。右手のグリップをチラチラと確認するユキを見たリヴァイは、そういえばユキの立体機動装置は右手部分が改造されていたなと思い出す。正式な立体機動装置で飛ぶのはついさっきが初めてだったはずだ。


(まだ慣れていないはずだが、それでもミケを上回ったということか。)


『ワイヤー切らないでね』

「お前は俺をなんだと思ってるんだ」

『ガラの悪いゴロツキ』

「お前が言うな」


突き放すように言うリヴァイにユキはベーっと舌を出す。子どものような仕草に呆れてため息をつきながらリヴァイはゆっくりと口を開く。


「あいつらはお前を受け入れているようだが、俺はお前を信用していない。危害を加えるつもりなら迷わず殺すからな」

『何もするつもりはないって言ってるのにしつこいなぁ。じゃあ精々私の見張りがんばって』


リヴァイが「あぁ」と答えると同時にエルヴィンから「準備はいいか」と声がかかる。ユキが頷いた数秒後、スタートの合図と同時にユキはアンカーを射出し飛び立った。


(…やはり早いな)

ウォールマリアで見せた立体機動同様、ユキは素早く飛び上がり木の中へ消えていく。初めて正式な立体機動装置を付けたとは思えないほど慣れた様子で、立ち上がりも悪くない。

10秒間を待っていると、ミケがスッとリヴァイの後方に回り込んできた。


「本気で行った方がいいぞ」

「…」


リヴァイはその言葉に瞳を細め、ミケに視線を向ける。しかし彼はそれ以上何も言うつもりはないようだ。


「…2…1……リヴァイ」

「あぁ」


アンカーを放ち、ユキが向かった高度まで一気に上昇し後を追う。その姿を見たハンジは”うわぁ”と呟いた。


「私だったら、リヴァイに追いかけられるのなんて御免だね。10秒なんてあっという間に追いつかれて1体を削ぐのも厳しいかも」

「だが、彼女はリヴァイから一度逃げ切っている。どうなるのか見ものだな」


ユキの力量を少しも見逃さないよう、エルヴィンは真っ直ぐに2人へ視線を向ける。


「ミケはどう?リヴァイより先に2体の的を削げる?」

「…1体が限界だな」

「そうだよね、エルヴィンもなかなか厳しい条件出すよね」


ゴォッとユキの耳を風を切る音が掠める。コースの片道半分を越えたくらいのところで、自分のとは別のワイヤーを放つ音が聞こえてきた。


『…うわっ、もう追ってきた。マリアのとき思い出すなぁ…やだなー…』


ユキが後方を振り返って確認すれば、僅かにガスの煙が見える。リヴァイに一度追いかけられているだけに彼の速さを知っているユキは全速力で駆けてきたつもりだが、それでも差は確実に縮まっている。

ユキが折り返し地点に入り、急旋回する。


「すごいよ!リヴァイも少し手を抜いてそうだけど、折り返し地点まで追いつかれてない!」

「単純に速さだけなら、体重の軽いユキのほうが身体がワイヤーに引っ張られる速度が速い分有利だ。だが、それだけであの速さは出せない」


ユキの速度は既に調査兵団の中でも熟練の兵士と並ぶか、それ以上だ。地形を瞬時に理解し、どこにアンカーを刺し、どのように身体を動かせば速く動けるのかを理解している。

そしてそれを実現する技術も持ち合わせており、2手、3手先を読む力もある。

小柄な体と持ち合わせた潜在能力の出し方を彼女は知っている。全て感覚が掴んでいるのだろう。
ふわりと高く舞い上がるその姿は、ハンジが言っていた”まるで舞だね!”という言葉を納得させるのに充分だった。

立体機動の不便さを、その感覚と技量で補っている。

ゴトンと1つ目の的が出現し、ユキは素早く降下して的をブレードで斬りつける。軽く触れただけのように見えたが、しっかりと半分くらいまでの深さまでは刃が入っていた。


「まず1つ目はリヴァイより先に仕留めたか。…だが」


エルヴィンがユキの少し後方に視線を向けると、リヴァイが1つ目の的を削いでいた。その差はもう僅かしかない。


「いやー…、やっぱりリヴァイは速いね」


2つ目の的が出てきたと同時に2人が的を狙い急降下する。


『…っ!』


ユキが歯を噛み締め、悔しそうな表情を零す。ほぼ同時にブレードを下ろしたが、僅かにリヴァイの方が早く的を削いだ。

そのまま3,4体目の的がリヴァイに先に削ぎ落とされる。


「やっぱりリヴァイ相手に2体は無理だったかぁ」

「いや、そうでもない。追いつかれはしたがリヴァイの後をしっかり追っている」


リヴァイの後を追うユキは、差を広げることなくピッタリと後ろについている。自分の前を飛ぶリヴァイの動きを見て学び、現在進行形でその動きを実践して取り入れているようだ。

その成長と元から持ち合わせている能力に、エルヴィンでさえも驚いたようにユキの動きを追っていた。


ゴトン、と最後の的が出現する。リヴァイが急上昇し、速度を上げた。


「とても惜しかったけど、ここでチェックメイトだね」

「いや、まだだ」


残念そうに呟くハンジに、ミケが小さく呟く。「え?」とハンジが疑問符を浮かべるとミケは見てみろと顎でユキの方を示す。

ユキは唇をぐっと噛み締め、その黒い瞳を細めていた。


『デザートは絶対にもらってやる…っ』

「…!」


ユキは大木を足場に蹴り上げ、リヴァイを追うように急上昇する。軽いユキの身体はリヴァイを上回る速さで宙を舞った。


「うわ、早!リヴァイを抜いたよ!」とハンジが興奮するように声を上げる。上昇のみならリヴァイを抜けたとしても、下降するのは当然体重が軽いほうが速度では劣る。

リヴァイがアンカーを的に放つと同時にユキは的の背後にある木の遥か下方にアンカーを放った。


(的より下方にアンカーを打って速度をあげるつもりか…!)


ユキが放った的外れのアンカーを一瞬ミスかと思ったリヴァイだったが、そのアンカーはユキと的の直線上にある。少しでも速度を上げるための手段としては上等だった。

…が、やはり速度はリヴァイのほうが速く、彼のブレードが先に的を削いだ。…その瞬間、背後からものすごい速さで駆け抜ける影がリヴァイを追い越した。


ーーキィン…ッ!

的を中心に一本の軌線が浮かび上がる。甲高い金属音と共に的の首部分がガコンッと音を立てて少しずつズレると、スライドするように頭部が落下した。


「…え、嘘!まさかあの的を斬っちゃったの!?」


しかし、ほんの少し…1秒にも満たないほんの僅かな時間だがリヴァイより早く切ることができなかったユキは悔しそうに後ろを振り返る。

それと同時にアンカーを射出しようとしたユキが一瞬、目を見開き固まった。


「…っ!まずい!リヴァイ!!」


エルヴィンが叫んだ時にはリヴァイはユキへ向かって飛んでいた。ミケとハンジは何が起こったのかわからず固まっている。


(クソッ!間に合わねぇ…!)


ユキが使っていた立体機動装置は右手のグリップが改造されていて、操作が今使用しているものとは異なっていた。最後の一撃にかけていたユキは気の抜けたこの瞬間、いつもと同じ操作をした。だが、当然アンカーは射出されない。

たった一度の操作誤りだったが、ユキの下降スピードではそのたった一度の、たった一瞬が命取りになる。ユキは咄嗟に木にアンカーを射出したが、勢いそのまま肩から木にぶつかった。


『っ!…がはっ!』


直前で受け身を取っていたユキだったが、その身体からはガクンと力が抜けブレードを手放す。だが、直前に刺していたアンカーのお陰で落下は免れた。



 

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