空色りぼん
□デザートはプリンでした。
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「オイ!大丈夫か!?」
ユキの腹部に手を回して抱え上げ、リヴァイが呼びかける。力は抜けているが息をしているのを確認したリヴァイはホッと息をついた。
「しっかりしろ」
『……で…』
「…?…なんだ?」
『…デザート……』
「…」
リヴァイは顔をひきつらさる。これほど心配して損したと思ったことが今まであっただろうか。
「てめぇ…びっくりしただろうが。気抜いてんじゃねーぞ」
『ごめん…もう大丈夫、ありがとう』
珍しく素直にそう言ったユキは息を詰まらせ、少し苦しそうな表情を浮かべていた。それを見ていたリヴァイは自分で起きあがろうとするユキの身体を抱え上げる。
「下まで運んでやるから、しっかり捕まってろ」
『…は、…え!?』
突然抱え上げられたユキは驚いたようにリヴァイに視線を向ける。そして着地と同時に放り捨てられると思ったユキがぎゅっと瞳を瞑ったが、リヴァイは予想に反して優しくユキを下ろした。
その後、駆けつけたエルヴィンらにユキはへらりと笑って「大丈夫」と答えた。直前で受け身をとっていたため大した怪我もなかったが、勝負に負けたことをユキは相当悔しがっていた。
『…負けちゃった』
「当たり前だ。俺がお前に負けるわけねぇだろ」
(しかも途中、手加減されてたのに追いつけなかった。こんな奴でもやっぱり人類最強って言われるだけのことはある。敵う気がしない)
はぁ、と息をつくユキの手をハンジが掴み上げる。
「すごいよユキ!さっきより早くなってたじゃないか!」
『ありがとう、負けちゃったけどね』
「はははっ、リヴァイ相手によく頑張ったよ。それに君の腕はよーくわかったしね!最後の的は惜しかったねーっあともう少しで勝てたのに!控えめに言っても熟練の兵士以上だ、これってすごいことだよ!」
「的だって破壊しちゃうしね」と言いながらハンジは斬り落とされた的を見る。綺麗な切り口は少しのブレもなく、まさに一刀両断だ。しかもリヴァイが削いだ場所より数センチ上から斬っており、的の深さも合わせて骨組みまで斬り落としている。
加えてユキのブレードは刃こぼれ1つしておらず、ブレードの扱いの技術の高さが伺えた。
ハンジと同じように視線を落としていたエルヴィンも感心したように口を開く。
「君の立体機動は見事だった。それにこの的の破壊も見事だ。巨人の首を切り落としたと言うのも頷ける。だが、今後は的の破壊はやめてもらいたいものだな」
『全部斬るつもりはなかったんだけど、ごめん。勢い余った』
勢い余って的を骨組みごと斬るってどういうことだと全員が思う。この的は当然だがこんなふうに簡単に斬れるものじゃない。
「あとはその豆粒みてェな体力をどうにかしろ」
『誰が豆粒みたいな身長だって!?』
「そんなこと言ってないよ、ユキ。落ち着いて」
”人のこと言えないくせに!”と、騒いでいるユキをリヴァイは完全無視。珍しくハンジがどうどう、と収めていた。
「どうだリヴァイ、君の見解は」
「悪くない」
「そうか」
エルヴィンは満足したように頷くと、”今日は疲れただろうからもう休むといい”とユキに言った。
**
***
その後、食堂にて。
「オイ」
『ん?』
ハンジと二人で仲良く食事をしているユキの元に、リヴァイが不機嫌そうにやってきた。
『どうしたの?』
「どうしたの、じゃねェだろ。約束を忘れたとでも言うつもりか」
『約束?』
「そのパンは俺のものだ」
本気で忘れていたのだろう。”あ!”と思い出したように言うユキの食膳から、リヴァイは当然のようにパンを奪った。
『私のパン!』
「俺のだ」
『…大人げない』
「好きに言え」
”勝負は勝負だろ”と言われ、ユキは不満そうに口を閉じる。ユキの隣に座り黙々と食べ始めるリヴァイに、ハンジは笑いながら言った。
「容赦ないねぇ、リヴァイは。ユキ、私のパン半分あげるよ」
『…いい。勝負に負けたのは私だから』
「そんなこと言わないでさ、もっと食べないと大きくなれないよ?それにユキはもっと体力つけないと」
『余計なお世話』
黙々と食事をするリヴァイは既に2人の会話は完全に無視している。
ミケも流石だったが、リヴァイは別格だということを改めてユキは実感させられていた。あれでも手を抜かれていたのだ…全く敵う気がしない。
「しかし、今日はいいものを見せてもらったよ。二人の訓練なんてなかなか見られないだろうから」
『私は疲れた。身体ぶつけたところも痛いし』
「それはお前が間抜けだからだろう」
『まだ操作感が慣れてなかったんだからしょうがないでしょ』
「あれは本当にびっくりしたよ、大きな怪我が無くて本当によかった。それにしてもユキの立体機動の技術はすごかったよ」
「いくら立体機動ができても、巨人を倒せなきゃ意味がない。首を切断してもその後切り口から項を削がなきゃ倒せねぇからな」
『項?』
「今日それを模した的があっただろう。後頭部より下、うなじにかけての縦1m、幅10cmの部分を削ぎ落とすしか巨人を倒す方法は無い。それ以外はいくら攻撃しようが再生する」
『…だからあの時の巨人も再生してたんだ。でも肉を削ぎ落とすのって難しそう…今までにやったことがない動きだよ』
昼間に見たリヴァイの動きを思い出しているのか、ユキが自分の手を動かしながら悩んでいる姿に”かわいいなぁもう”とハンジが興奮している。
ハンジは相当ユキのことを気に入っているらしい。
「やり方はまた明日教えてあげるよ」
『ほんと?』
「リヴァイがね」
「誰がやるか」
”お前がやれ”と冷たく言うリヴァイに、ハンジが”照れちゃって〜”というとそれ以降リヴァイはハンジの言葉を完全無視していた。
”怒らせちゃった”と舌を出して言うハンジにユキはリヴァイ相手にさすがだなと感心する。
でも、やっぱりこういうところには彼女みたいな人も必要なのだろう。すると、暫く無言で食事をしていたリヴァイが思い出したように口を開いた。
「お前、馬には乗れるのか」
『一度もないよ』
「壁外調査において馬は唯一の移動手段だ。巨人を殺す方法の前にまずはこっちが優先だろうな…明日から覚悟しておけ」
『ええー』
「文句を言える立場じゃねぇだろうが」
そう言いながらガタリと立ち上がるリヴァイのお膳の上には、デザートが残されたままになっていた。
『リヴァイ、デザートは?』
「いらねェ、食いたきゃ食え」
ユキはぱちくりと目を瞬かせる。しかし、スタスタと去って行くリヴァイは振り返ることなく食堂を出て行ってしまった。
「良かったじゃない、きっとリヴァイなりにユキの実力を認めたってことだと思うよ」
『…そうなの?あれで?』
「もう気づいてると思うけど、びっくりするぐらい不器用だからね、彼は」
思いもよらなかった出来事に、ユキは呆然と残されたデザートを見つめていた。
もしこれが本当にハンジの言うように私の実力を少しでも認めてくれたということなら、あまりにも不器用すぎる。
そういえば今日の立体機動の訓練で木に衝突した私に駆け寄ってきたリヴァイは、焦ったような声を出していた。そして私を抱えて地上に下ろしてくれた手はとても優しく、いつものぶっきらぼうな印象とはまるで違った。
なんとなく彼のことが分かってきたような気がした。
…本当は、優しい人なんじゃないかと。
ただ、その優しさは滅多に見せることはないし、自分に向けられることもほとんどないが、ここの仲間はそんな彼の優しさを知っているのかもしれない。
その優しさがもう少し自分にも向けられたらいいのになと思いながら、信頼されていない自分にそんな日はこないんだろうなとユキは深く息をつき、デザートを頬張った。
**
***
…翌日。
もう同じ失敗は繰り返さないと早く起きた。
…と、言っても周りの人はもっと早起きで、最後から数えた方が早いくらいだった。
配膳に並び食事を受け取るとハンジとリヴァイ、ミケともう一人…確かハンジの副官のモブリットがいた。
仲間に入れてもらおうと思った時、ニヤニヤと笑っているハンジにモブリットが”どうしたんですか”と問いかけていた。
「放っとけ、どうせ下らないことでも考えてるんだろう」
「下らないとは酷いなぁリヴァイ、ユキのことを考えていたって言うのに」
”はぁ?”と他三人は眉を潜める。
もちろん私も同じような表情をしていた。
「それがね、聞いてよ!昨日もユキと一緒にお風呂に入ったんだけどさぁ!これがまたすごくそそられるんだよね!」
ハンジは巨人の事を話す時のように、笑顔を浮かべて興奮気味に続けた。
「やっぱり兵士とは違うんだよ!肉付きとかがすごく女性的でくびれなんて皆に見せてあげたいくらいだよ!肌は白いし、なんと言っても柔らかいしね!」
今度触らせてもらいなよ!と、当然のように言うハンジにミケとモブリットは赤面し、持っていたスプーンを落としそうになっていた。
リヴァイは表情こそ固まっていたものの、眉間に皺を寄せてハンジを睨んでいる。
「しかも、あんなに身長が小さいのに胸が…ーー」
『…ハンジ?』
ーーゴンっ。
と、食膳をハンジの頭の上に勢い良く置く。
「あぁユキおはよう、今ちょうど君のことを噂してたところだったんだよ!」
『うん、聞・い・て・たッ』
「いたたたたた!」
ハンジの頭をグリグリと肘で攻撃すれば、ハンジは「ごめんよ、許して」と涙目で訴えてきた。
「いたた…そんなに怒らなくてもいいじゃない、悪口じゃないんだから」
『まだ悪口のようがマシだったよ』
”ええー”というハンジの言葉をよそに、席について食事を始める。
お前があんなこと言うから前向けないじゃん!皆の顔が見れないよ!
「今日はまともに起きてきたんだな」
『…昨日が特別寝坊しただけだから』
「ほう?起こされても起きねえ上に、二度寝までしようとしてた奴がよく言うな」
…まぁ、昨日の朝はそうだったかもしれない。確かに私は朝が驚くほどに弱いし、今日だって何度も二度寝の誘惑を乗り越えてなんとか早起きした。
…だとしてもこの男は…ッ!
さっきのハンジの話に全く何にも感じるところがないというのが痛いほど伝わってくる。
…分かってたけどね!この朴念仁がそれくらいのことで動揺するなんて思っていなかったが、女として全く何も思われないのも悲しいものだ。
『もう絶対ハンジとお風呂には行かないから。今後一切、一生行かない』
「えーっ!?私の楽しみを奪わないでよ!」
『気持ち悪い!二度と近寄るなっ!』