空色りぼん

□真顔はやめて欲しい
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「…」

『…』

「……」

『文句があるなら言ってくれる!?』


会場に着いた時、こちらも珍しく正装をしているリヴァイが馬車から降りて私を見た途端、何とも言えない顔をしていた。

そんな微妙な顔されるくらいだったら笑ってくれた方がまだマシだ。その微妙な反応が一番傷つく。


「嫌だなぁユキ、照れてるんだって」

「…照れてる?こいつにか?」

『そこに真顔で疑問持たないでくれる?』


ケラケラと笑うハンジに、眉間に皺を寄せて真面目に答えるリヴァイ。

はいはい、分かってますよ。言われなくたって似合ってないのは自分だって分かってますよ。

だが地下にいた頃、依頼で夜会に行けばそれなりに評価もされていた。だからこそそういう依頼が私にきていたのだが、やはりこの男には刺さらなかったらしい。

ふんっと不貞腐れていると、エルヴィンがいつもの笑顔で笑った。


「リヴァイはいつものことだから気にすることはない。甲斐性なしの事は放っておけばいい、とっても似合ってるよ」

『そうだね、気にしないことにする。ありがとうエルヴィン』

「ミケもそう思うだろう?」

「あぁ、とても魅力的で綺麗だ。とても美しい」

『…ミケは悪癖さえなければ、強いし優しいしこういう事さらっと言ってくれるし、いい男なんだけどなぁ』


ぽんぽんと頭を撫でながら匂いを嗅ごうとするミケに『嗅ぐなっ』と距離を取る。


「それを差し引いても餓鬼だろう」


この男は…っ!折角みんなが褒めてくれてるのに台無しにしやがって!

キッと睨みつけるが、リヴァイに効果があるはずもなく無視される。言い返してやりたいのに無駄にビシッと決まっていて、これがまた不自然なほど似合ってるから何も言えない。

なんで当然のように着こなしてるんだこの男は!あんた兵士でしょうが!元ゴロツキでしょうが!


「そんなことよりお前、よくこいつを引きずり出せたな」

『そっちが押しつけてきたくせによく言うよ』

「そりゃぁこんな天使みたいな格好したユキが来たら、出て行くしかないでしょ!巨人より可愛いよ!」

『ねぇその基準なに?巨人と並べないでくれる?』


がっしりと肩を組まれ『重いから離れて』と言うがハンジはしつこく首に巻きついて離れない。

ハンジはそのままリヴァイを見るとニタリと笑った。


「どう?ちょっとはユキのこと可愛いなんて思ったんじゃない?」


何を聞いているんだこいつは…っ!だが、自分のすぐ近くの顔を見上げても、にやにや笑っているだけでこっちを見ようともしない。

恐る恐るリヴァイに視線を向けるとバチリと視線がぶつかった。

ドキッと思わず鼓動が鳴る。…が、その視線はあっという間に逸らされた。


「…下らねぇ」

「まぁた照れちゃって!」

『…』


…今、あからさまにそらされた。そんなあからさまに逸らさなくてもよくない…?いくら私でもさすがに傷つきそうだ。

折角ここまで手をかけて化粧をして髪を結って着飾っても、リヴァイは全くの無反応。

別に何か反応を期待したわけじゃない。私はリヴァイへの気持ちを隠すと決めたのだから。…なのにチクリと痛む胸の痛みにため息をつく。ちゃんと隠しきれているだろうかと不安になる。


「盛り上がっているところ悪いが、そろそろ会場だ。発言や行動には気をつけてくれ」


エルヴィンの一言にハンジは「はぁい」と言って首から腕を離す。最後の確認のためドレスや髪を確認していると、「オイ」とリヴァイから声をかけられた。


『なに?』

「いいか、お前が今まで地下街でしてきたような振る舞いはするな」

『リヴァイだって同じくせに。そっちこそ大丈夫なの?』

「俺は上手くやれる。まぁ、夜会に出るのは初めてじゃねぇだろうから基本の礼儀作法くらいはできるんだろう」

『当たり前でしょ。その辺のことは一通り身に付けてるから……って、私夜会に出たことあるって言ったっけ?』

「お前の家にドレスが何着かあったからな。何回か出たことはあるんだろうとは思っていた」


またこの男は…!人の家のもの勝手に見やがって…!そんなところまで見てたのかと驚かされる。


『…人の家のものじろじろ見るとか最低』

「見えるように置いておくのが悪いんだろう」

『調査兵団に捕まって、更にリヴァイがうちに来るなんて予想してるわけないでしょうが!』


そんなことが予想できていたら、私はあの日地上をうろうろなんてしていなかった。ギリっと奥歯を噛み締めて睨みつけるが、当の本人は澄ました顔で知らん顔だ。

私は『はぁ』とため息をつき、もうバレてしまったなら仕方ないと諦めて口を開く。


『貴族の夜会には何度も出てるから礼儀作法の心配はいらないよ。リヴァイほどコミュニケーション能力劣ってないから愛想だって振りまけるし、パトロンにだって気に入ってもらおうと思えばそういう対応もできる』

「今回お前はおまけでくっついてきただけだ。お前がそこまで愛想を振り撒く必要はない。それより出された食事にがっつくつもりじゃねぇだろうな」

『そんなことしませんー。お行儀よく食べますー』

「ならいい」

「そんな勿体無いよ、折角こんな内地まで来たんだからたくさん食べないと」

『ハンジ、涎出てる』


ぺしっと軽くハンジの脇腹を叩く。リヴァイがハンジの事をものすごく汚いものを見るような目で見ているが、ハンジはいつもの事だから気にしていないのだろう。


ゴトンという音と共に、両開きの大きな扉が開かれた。

ここからは一瞬たりとも油断できない。私は付き添いで来ただけとは言え、相手は調査兵団に出資してくれている数少ないパトロンだ。そのご機嫌を損ねるような事は絶対あってはならない。

大きな扉が開けられた瞬間、広がる光景に息を呑んだ。目の前に広がる大きなホールは、いかにもご貴族様の夜会という雰囲気が醸し出されている。

上を見上げれば細かな装飾が施されたシャンデリアが淡い光を灯し、どこまであるんだと思うほど大きなテーブルには、兵舎では到底お目にかかれないような食材が並んでいた。

…そうだ、夜会といえばこういう雰囲気だったなと周囲に視線を配らせる。着飾った貴族達と、豪華な食事、細かな装飾が施された内装。

この雰囲気は好きではないが、豪華な食事を目当てに夜会へ出席する依頼を受けたものだと食事に視線を向ければ、果物やケーキが並べられた一角が目に止まった。

無意識に吸い寄せられるように動く足が、ガクッと何かに突っかかったように前のめりに倒れ、前を歩いていたミケの背中に額をぶつける。


『…うっ!』


慌てて起き上がり後ろを振り返ると、ドレスの裾を踏んでいるリヴァイがこれでもかと言うほど眉間に皺を寄せ睨んでいた。


「阿呆が、数秒前にした会話も覚えてられねぇのかお前は」

『だからってドレスの裾踏むことないじゃん!盛大に転んだらどうするつもりなの!?』


背の高いミケに隠れて会場にいる人達には気づかれなかったようだが、本当になんてことをしてくれるんだこの男は。

ミケは少し驚いたようだったが、なんとなく察したようで振り返る事なく歩いていく。この対応はさすがと言うべきだろう。ミケに感謝しなくてはいけない。


『あのケーキの山見たら行きたくなるでしょ!別にがっくつわけじゃなくて普通に食べるだけなんだからいいじゃん!』

「会場に入って挨拶もせず、早々に食べようとするののどこががっついてないって言うんだ?犬じゃねぇんだから少しは我慢しろ」


はぁ、とこれでもかと言う程深いため息をつかれる。

そうこう言い争っているうちに、エルヴィンはもう何処かの商会の会長であろう人と挨拶を交わし始めていた。

さすがエルヴィン…爽やかな笑顔が様になっている。嘘臭さが全く感じられない。


「そんな固いこと言わないでよリヴァイ、私達は付き添いというか、ただ参加してるだけなんだから挨拶なんていらないって。と、いうわけでユキ!早くケーキ取りに行こう!」

「お前は少しくらい節度を持てクソメガネ。分隊長のお前が挨拶しないでどうする」

「そんなこと言って、兵士長だって向こうからくる挨拶に返事するだけでしょ?だったら私たちも声かけられたら返すでいいじゃないか」


「行こう、行こう」とうきうきしているハンジに、リヴァイはもう何も言い返す気もないようだ。

どうせ来たのだから、美味しいもの食べなきゃ勿体無い。ノリノリのハンジについて行こうと足を踏み出すと「…オイ」と再び呼び止められた。


『なに?』

「…今日一日、お前は必ず誰かと行動を共にしろ」

『どうして?』

「どうしてもだ」


リヴァイはそれだけ吐き捨てるように言うと、エルヴィンの元へと行ってしまった。


『…なに?今の』


今の言葉に何の意味があるのかさっぱり分からない。もしかして迷子になるなってこと?…そんなに餓鬼だと思われてるのか私は。

そんなことを考えていると、クスクスとハンジが笑っていた。


『…何笑ってるの』

「いやぁ、…分かりやすいなと思ってね」

『何が?』

「ユキは分からなくてもいいこと。」


馬鹿にしたように笑うハンジに眉間に皺を寄せて睨みつける。しかし、ハンジはそんなのお構い無しというようにケーキのあるテーブルへと向かって行き呑気に皿に取っていった。


「ほらほら、ユキも取らないとなくなっちゃうよ」

『…それは嫌、食べる』


ハンジの言うことが気になったが、目の前の美味しそうなケーキを前にしたらそんな事はどうでも良くなってしまった。

あまり欲張ってはいけないと、色とりどりに飾られたケーキを真剣に吟味して皿に盛り付けていく。

フォークに刺したケーキを口に放り込むと、口いっぱいに甘さが広がった。


『美味しい』

「それは良かっ……」


途中で途切られた言葉にどうしたのかとハンジを見上げると、ぽかんと間抜面を浮かべていた。


『…どうしたの?』

「…いや、ユキもそうやって笑うんだねぇと思って」

『…は?私はいつだって笑ってるでしょ?そんなに珍しいことじゃないと思うけど』

「いつもの笑顔とは違って、本当に幸せそうに笑うものだから驚いちゃったよ」

『…』


さらりと言われた言葉に、今度は私がぽかんと阿呆面を浮かべた。


「自覚なかったの?本当にユキは甘いもの好きなんだねぇかぁわいい」

『うるさい』

「照れてる照れてる」


ニヤニヤと笑ってくるハンジから顔をそらす。私、今そんなに笑ってたのかなと恥ずかしくなる。…が、いつもの笑顔が作り笑顔っていうのがバレているとは思わなかった。

伊達に分隊長なんてやってないということだ。それなりに人付き合いもしてきているはずだし、人を見抜く能力もある。…本人は巨人の方が興味あるんだろうけど。

「これ美味しいね」と言いながらハンジは次々と料理を食べていく。本当に私達は参加しているだけらしく、全く声もかけられない。エルヴィンは相当の人数を相手にしているようだけど。

私は小さく切られたケーキを、もう1つ口の中に放り込んだ。


『美味しい』


暫くケーキに夢中になっていると新しいワゴンがカーテンの奥から出てきた。その上には見るからにふかふかの美味しそうなパンケーキがのせられている。

ハンジをほったらかして、私の足は自然とワゴンに向かっていった。


『おじさん、このパンケーキを……』


3つ頂戴。と、言おうとしてやめた。「お前は何度言えば分かるんだ」と言うリヴァイの不機嫌そうな表情が頭を過る。はいはい、分かってますよ。


『…1つ頂戴』

「おや、可愛いお嬢さんだねぇ。どこのご令嬢だい?」


どうやら勘違いされているようだ。投資する方じゃなくてされるほうなのにと思ったが、そんなことわざわざ言う必要もないだろう。使用人のようだし、適当にはぐらかしておこう。


『あまり人に言わないようにと言いつけられておりますので』

「そうかいそうかい、それは悪いことを聞いたね。ほら、パンケーキ2つだよ」

『2つ?』

「可愛いお嬢さんにおまけだよ」


なんて気が利くおじさんなんだ。断るつもりも更々ないので『ありがとう』とお礼を言って受け取る。

さて、ハンジの所に戻ろうと踵を返そうとした時、とんとんと肩を叩かれた。振り返るといかにも貴族っぽい男が私を見下ろしていた。


「君、甘いものが好きなのかい?先程も向こうでケーキをとっていたようだが」

『…ええ、お恥ずかしながら』


…捕まった。まるで一人になる瞬間を狙っていたかのようなタイミングに「しまった」と思ったが時既に遅し。

ハンジも見当たらなければ、リヴァイもミケもエルヴィンも見当たらない。


「急に声をかけてしまって驚いただろう」


そう言えばこの人、さっきエルヴィンと話してた人だ。…と、言う事は調査兵団に資金提供してくれている大事なパトロンということになる。

にこりと笑顔を浮かべる男に、私も笑顔を取り繕った。


『いえ、そんな事はありませんよ。嬉しいです』

「あまりにも綺麗だったのでつい呼び止めてしまったんだ。その白い肌も濡れたように綺麗な黒髪も美しい」

『ありがとうございます』


少し瞳を細め、口元を緩めて小さく笑みを浮かべる。

こうすることで貴族令嬢のように上品な笑い方ができるということは分かっている。そして貴族共はこの笑顔をよく好むことも知っている。

地下にいる時から依頼で夜会に来るたびにこの方法で上手く乗り越えることができた。

男がだらしなく口元を緩ませるのを見て、やはりこの笑顔が好きなのかと確信する。


「君はどこのご令嬢かな?」

『…いえ、私は心臓を捧げた兵士。日頃よりお心遣いに感謝しております』

「…なんと、調査兵団の兵士だったのか」

『はい』


ここまで聞かれて、嘘を言うわけにはいかない。それにご機嫌をとっておいて損はないだろう。元々私はそのためにここに来たのだ。

…まさか、一人の時に狙ったように来るとは思わなかったけど。




 

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