空色りぼん

□遠回しの約束
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壁外調査へ行くことが決まってから約2週間。ユキはこれまで通り訓練を続けていた。

そのうちユキの実力は兵団内に定着していき、ミケを抜いて実質リヴァイに次ぐ実力者という噂が流れた。もちろんそれは噂ではなくミケ本人も認めている事だった。



**
***



市街地を馬に乗りゆっくりと往来を進んでいく。

きょろきょろと周りを見渡していると、リヴァイに「きょろきょろするな」と怒られた。

確かにきょろきょろしていたかもしれないが、こんなにたくさんの人に注目されるのは初めてだったのだから仕方ないじゃないか。

私は頬を膨らませて大人しく前を向く。すると、斜め後ろにいたハンジが声をかけてきた。


「どう?緊張する?」

『ううん、思ったより平気かな。巨人も初めて見るわけじゃないし』

「すごいね、初めて壁外に出るっていうのに」


ハンジは感心したように言うが、本当に緊張という緊張はない。不謹慎と言われればそれまでだ。


『そういうハンジだって全然緊張してないでしょ。むしろ楽しそう』

「当たり前だよ!今回はどんな巨人に会えるのか楽しみで寝られなかったんだから!」

『あー、はいはい』

「なんてったって今回は巨人の捕獲も任務の中に入ってるんだから!どんな子を捕まえるか目移りしちゃうよ!」


ぐへへ、と涎を垂らしながら言うハンジに若干引いた。だが、私以上にリヴァイはもっと目に見えるように引いていた。


「その汚ェ面をどうにかしろ、民衆の視線がある」

「そんな硬いこと言わないでよ。この日をどんなに待ち侘びていたことか!!」

「盛り上がってるところ悪いが、捕獲する巨人をもたもた選んでる暇はない。捕らえやすそうなものをやるまでだ、文句は言わせねぇ」

「分かってるよ、それは二人に任せる」


今回の任務では、進路の構築以外に巨人の捕獲という任務も入っていた。

そしてそれに指名されたのはリヴァイと私だった。当然の如くエルヴィンが決定した事だが、これには私も驚いた。

まだ入団して間もない私を、こんな重要な任務に就かせていいのか。

もっとベテランがやるべきなんじゃないかという視線に気づいたのか、エルヴィンは「君のことを信用している」と有無を言わさない笑顔で言った。…実力、共にと。

…まぁリヴァイが一緒なのだからきっと大丈夫だろう。

実際、リヴァイは私のことは邪魔だと言わんばかりに「俺一人で充分だ」とエルヴィンに宣言していた。

少しずつ信頼を得るようになってきたように思っていたが、私はまだ完全にリヴァイの信頼を得るまでには至っていないらしい。…当たり前だけど。

巨人の捕獲作戦は最終日だ。気を引き締めないとな…。

隣にはリヴァイ、斜め後ろにはハンジ、その近くにはモブリットとミケも見える。

だが、これも市街地まで。一度市街地を抜ければ索敵陣形が展開され、あっという間にみんなの姿は見えなくなるだろう。

私は三列三・伝達という、まあまあ安全な所に配置されたが、今晩泊まるであろう拠点までみんなとはお別れだ。

その拠点に集合した時、この中の誰かがいなくなっているなんてことはあるのだろうか。


「何を考えている」


そんなことを考えていると突然リヴァイに声をかけられ、私は慌てて『なんでもないよ』と返す。

「そうか」と言ったリヴァイは視線を落とし、何かを考え込んでいるようだった。


(…チッ、クソメガネの奴が余計なことを言うせいで気になっちまうじゃねぇか)


へらへらと笑うユキを横目に、リヴァイは昨夜ハンジに言われたことを思い出していた。


[やっぱり私はユキの事が心配だよ]


ノックもなしに開けられる扉。許可もなく深刻そうな顔をして執務室に入ってきたハンジは、来て早々そんな事を言い出した。


「あいつの実力は今じゃミケを超えている、何も心配することはないだろう」

「違うんだよ、実力とかの問題じゃないんだ」

「なら何だ?」

「…うーん、なんて言うのかな。…ユキからは生きることへの執着が感じられない気がするんだよ」

「…は?」

「壁外調査の参加を言われた時も少しも抵抗を見せなかったし、普通だったら少しでも行きたくないと思うものじゃない?少なくともあの場なら、「まだもう少し訓練してからがいい」って簡単に言い逃れできたはずだ」


確かに志願して調査兵になったわけでもないユキは壁外に行きたいなんて思っていないだろう。できればいきたくないと思うのが普通だ。

実際、もう少し訓練したいと言われたらそれに異を唱える者はいないだろう。ユキはまだここにきて一ヶ月も経ってない。

難しそうな表情を浮かべ、言葉を選びながらハンジはゆっくりと口を開く。


「それに何というかこう…話しててもふわふわしてるというか。上手くは言い表せないんだけど、地に足がついてない感じがするんだ。まるで自分のことなんてどうでもいいと思っているような気がしてね…」


リヴァイも感じたことないかい?

と問いかけられ、いつものように「知らねぇよ」と突き返すことができなかった。

確かに思い当たる節はあった。クソメガネの言う通りユキは自分のことを”どうでもいい”と思っているようなところがある。

仲間内で話しているときも、下らない悪ふざけをしているときも、どこか心ここに在らずなのだ。

自暴自棄になっている訳ではないが、どうにも自分に興味がないように見える。


[この子はこんなに美人で器用でなんでもこなすくせに、自分のことにあんまり興味がなくてなぁ。こんな地下街でて暮らせって言ってるのに聞かなかったんだ]


ふと、地下にあるユキの住処の1階にいた店主の言葉を思い出す。やはりユキが自分に興味がないというのは、あながち間違いではないらしい。


「だから今回の壁外調査で何かあったら、簡単に自分の命を犠牲にしてしまうような気がするんだ」


それはただの自殺行為ではなく、他の何かと自分の命を天秤にかけた時。ユキは自分の命すらも場合によっては放り投げてしまうのではないかと言うハンジに、リヴァイはくだらねェと一蹴した。


「あいつは地下街で生きてきた奴だぞ。そう簡単に命を捨てるようなら、とっくに生きてねぇよ」

「うん、そうだよね…私の考えすぎかな」


……

………


門の前に到達し、隊列が一斉に整列する。準備が出来次第、扉が開かれる。


「ユキ」

『ん?』


ユキはけろりとした表情で振り向いた。その表情に緊張感はない。


「ここでは生きて帰ってきて、初めて一人前と呼ばれるようになる」

『そうらしいね』

「お前は初めての壁外調査だ、くれぐれも無理をしてお前を見込んでここに引き入れたエルヴィンに恥をかかせてくれるなよ」


二人の視線が交わったその瞬間、「開門ーーッ!」と言う掛け声と共に鐘の音が響き渡った。

今のはもしかして「生きて帰ってこい」と言ってくれたのだろうかと、ユキは小さく笑みを浮かべる。

だとしたらすごく遠回しな言葉だ。やっぱり自分の考えすぎで、言葉以上の意味はなかったのかなとユキは思った。


…ゴゴゴ、と扉の開く音が地響きの様に響き渡る。


『リヴァイ』

「なんだ」

『私1人で巨人の捕獲なんてさせないでよね』

「…あぁ」


その返事を最後に、ユキ達はそれぞれ索敵陣形へと展開した。

必ず生きて会おうとお互いに遠回しの約束を交わし、ユキは自分の班員の後を追いかけた。


空色のリボンが、ふわりと風に舞った。




 

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