空色りぼん

□開かずの扉
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賑やかな会場でも、リヴァイが側にいるだけで安心した。そういえば壁外調査の時も、リヴァイが隣にいただけですぐに眠りにつけたなと思い出す。

私はリヴァイを心底信用していて、隣にいるだけでこんなにも安心できるらしい。そう思うとまた胸が苦しくなった。

リヴァイの言葉が、優しさが、触れる指先が…私の心を掴んで離してくれない。こんなんじゃダメだと分かっているのに、どんどんリヴァイに惹かれていく。

忘れなきゃいけないのに、無かったことにしなきゃいけないのに。どうして私の心を掴んで離してくれないのだろう。私の中でリヴァイの存在が大きくなっていくことに焦りを感じる。

どうせ手に入らないと分かっているのに。私にはそんな権利、ありはしないのに。



**
***



髪に櫛を通し、鏡で確認する。

よし、大丈夫。

休みの日だというのに少し早起きな私を誰かが見たら驚くだろう。エルヴィンなんて10時に起きた私に「今日は早いね」なんて言う始末だ。

もちろんそれは休みの日だけで、訓練がある日はちゃんと早起きしている。そこは勘違いしないで欲しい。

しかし、休みの日はいつも太陽が真上に登るくらいまで寝過ごしている私が、珍しく起きているのにはもちろん理由がある。


今日はハンジと市街地に買い物に行く約束をしているのだ。

研究室にずっと引きこもっていたハンジもようやく一息ついたらしく、へらへらと笑いながら出てきたのがつい昨日の話。

ちょうど時間が空いたからと、前から行こうと言っていた市街地の飲食店に行く事になっている。

そこのケーキが美味しいという話を聞いて、ずっと楽しみにしていた私は正直浮かれていた。

調査兵団に来てからと言うもの、滅多に外出許可も出ないものだから必然と甘いものの我慢を強いられていた。

地下街にいた時と比べて一番辛いと感じるのは、甘いものが自由に食べられなくなった事と言っていい。それに比べたら訓練にさほど苦しさは感じない。

…まぁ、相変わらず砂糖は貴重品だから滅多に食べられないのだけれど。

私はもう一度鏡で自分の姿を確認して部屋を出た。ハンジの部屋に迎えに行くことになっているのだ。少し歩いたところにあるハンジの部屋の扉を叩く。


…コンコン。

返事がない。


『ハンジー?』


呼びかけてみても返事が返ってこない。

何をしているんだあいつは。取り敢えず不在のようなので、次にいそうな執務室へ向かう。

ここにもいなかったらどうしてやろうかと思ったが、あんなに目をキラキラさせて喜んでいたハンジだ。ボイコットはあり得ないと思う。

個人の部屋より少し大きい扉を見上げ、小さく拳を作って叩いた。


『ハンジー、ここにい……うわっ!?』

「ユキーーッ!!」


バタァアン!と扉が吹き飛ぶほどの勢いで開き、更にその勢いにも負けない迫力で出てきたハンジに、思わず驚いて目を見開いた。


「助けてユキーーっっ!!」

『え、何!?っていうか痛い痛い、抱きつくな!』


目から大量の涙を流しながら抱きついてきたハンジをベリッと剥がす。いきなり出てくるからビックリしたじゃん!心臓飛び出るかと思ったよ!

だが、埃まみれになって号泣しているハンジに何かが起きたことは明白だ。何かすごく嫌な予感がするが、聞かなければ先に進まない。

私は渋々泣きじゃくるハンジに口を開いた。


『…で、どうしたの?』

「それが、大事な資料を無くしちゃって」

『……は?』


話は2時間ほど前に遡った。



**
***



ガチャリとノックも無しに開かれた扉に、机に向かっていたハンジは書類に向けていた顔を上げた。


「やぁ、珍しいね。リヴァイがここに来るなんて」

「俺だって来たくて来たわけじゃねぇよ」


珍しい人物の訪問にハンジは嬉しそうに言う。リヴァイは余程の用事がなければここには訪れない。

一度絡むと面倒臭いから、それと汚いからが原因だろう。

しかし、そんなこと気にしてもいないハンジに、今日も汚い部屋だなと眉間に皺を寄せたリヴァイはさっさと用事を済まそうと口を開いた。


「この間お前が借りて行った資料があっただろう、もう使わないのなら返せとエルヴィンが言っている」

「あぁ、あれね。それならここにあるよ」


思いの外あっさりと出てきそうな雰囲気にホッと息をつく。

しかし、机の引き出しを開いたハンジの動きが固まった。書類を詰め込めるだけ詰め込みました、という無残な姿になっていたのだ。


「どうした?」

「……あった、と…思ったんだけどなぁ」


表情を引きつらせて冷や汗を滲ませるハンジを、リヴァイは鋭い視線で睨みつけた。


「まさか失くしたんじゃないよな?」

「あはは…まさか……、…無くしたらどうなるの?」

「原本が本部に残されているから大事にはならない」

「ほんと!?」


「よかった!」と瞳を輝かせるハンジに、「…だが」とリヴァイが続けた。


「調査兵団の弱みを握ろうとしている憲兵団の奴らに、調査兵団の書類保管の杜撰さという美味しい餌を与えることになるだろうな」

「…ど、どうしよう」


ダンッ!と叩かれた机にびくりと身体を震わせる。恐る恐る見上げると、リヴァイの鋭い瞳が向けられていた。


「探せ、なんとしてでも探せ。見つかるまでこの部屋から一歩も出るな」

「えええ!?」



……
………と、いうわけで今に至るらしい。

なるほど、その埃を被ったみっともない姿は書類を必死に探していたせいらしい。


「3ヶ月も前に借りた資料なんて見つけられる気がしないよ!」

『じゃぁ一生ここで篭っていればいいのに。どうせいつもそうでしょ』

「だって一歩も出られないんだよ!?そしたらユキとお買い物も行けないし、巨人に会うことだってできなくなるんだよ!?」


そこは並べないで欲しい。だが、今はそんなことを言っている場合ではなかった。このバカの探し物が見つからない限りケーキはお預けになってしまう。


「…手伝ってくれるの?」


部屋に入り机の書類を捲り始めた私を、ハンジは捨てられた子犬のような目で見つめてきた。


『ハンジがどうなろうと知ったこっちゃないけど、ケーキが食べられないのは困るからね』

「ユキーーっっ!」

『くっつくな』


再び抱きついてくるハンジをベリッと引き剥がす。まったく、面倒をかけさせてくれる。


『見つかったらケーキ奢ってよ』

「そんなの全然構わないよ!」

『…それで、この辺はもう見たの?』

「机の上は一通り見たんだ」


机の上だけを見てそんなに埃だらけになったというのか。どんだけ汚れているんだよこの部屋。リヴァイが近寄らないのも頷ける。


『そういうのって案外身近な所に隠れてるものだよ、例えば本の間に挟んじゃったとか』

「それありえるかも」

『じゃあこっち探すよ』


そう言って本棚に手を伸ばした時、ふと部屋の奥の壁に違和感を感じて見てみると、そこには一つの扉があった。


『…ねぇ、ハンジ。この扉何?』

「あぁ、それ?…それは開かずの扉」

『は?』


ハンジの言っている意味が全くわからない。

疑問符を浮かべると、ハンジはガサゴソと床に散らばっている書類を一枚一枚確認しながら答えた。


「元は物置だったんだけどね、急に開かなくなっちゃって開かずの扉になっちゃったんだよ」

『へぇ、いつから?』

「ユキが来る少し前だから、3ヶ月前くらいかなぁ」

『ふーん』


後ろでハンジの「どうしよう、どうしよう」と焦っている声が聞こえる。開かずの扉なんて今時聞いたことがない、そんなの小説の中くらいにしか出てこないだろう。

きっとハンジの言う物置なのだから、中は物凄い惨事になっているに違いない。物が散らかり放題散らかっている様子が容易に想像できる。恐らく中では雪崩が起き、積み上げられた残骸が扉を押さえつけてしまっているのだろう。


……ん?

そこでふと、違和感に気づく。
…今、なんて言った?


『…ハンジ』

「何?」

『この扉が開かなくなったのっていつからだっけ?』


その問いに、ハンジはどうしたの?と小首を傾げた。


「さっきも言ったじゃない。ユキが来る少し前だから3ヶ月くらい前」

『…書類を無くしたのは?』

「3ヶ月前だけど』

『…』

「…」



思わず沈黙が落ちる。
それって、まさかとは思うけど。

…その資料、
ここにあるんじゃないの?

顔を引きつらせてハンジを見ると、ようやくその意味に気づいたのかハッと目を丸くした。


「…ま、まさか!」

『無くなった日とこの扉が封印された日がほぼ同じなんて…そんな偶然ある?』

「…」


小さな静寂の後、ハンジが頭を抱えて声を出した。


「うわぁぁどうしよう!向こうにあったら意味ないよ!?だって取れないんだから!」

『開かないって、本当に開かないの?』

「無駄だと思うよ、多分向こう側で何かが倒れてドアを塞いでるだろうから」


ドアノブを捻って押してみるが、全くビクともしない。なるほど…これは向こうで棚か何かが倒れ、扉を押さえつけているらしい。

そこでふと、扉の一部が酷く壊れているのに気づいた。


『…なにこれ』

「前にこの扉を開けようってことになったとき、リヴァイが蹴り飛ばした跡だよ。まぁ結局中に鉄板が入ってて開けられなかったんだけど」


…なるほど。扉を見ると木の部分は無残にも抉れていて、中に入っている鉄板がむき出しになり変形している。

木を抉るなんてとんでもない破壊力だったのだろうが、流石に鉄板は壊せなかったようだ。


『他に扉はないの?』

「この執務室としか繋がってないからここだけなんだよ。あとは窓だけだけど、立体機動装置がないと入れないし…とは言っても使えないしね」


…それはそうだ。立体機動装置の使用は一々面倒くさい申請が必要となり、事細かに用途を記録される。

なのに「部屋が汚すぎて扉が開かなくなっちゃったから、窓から入るために使用させてください」なんて馬鹿げている。

それこそ憲兵団に何を言われるか分かったものではない上に、調査兵団の馬鹿さを自ら露呈することになるだけだ。


「どうしよう…、このままじゃ私ここから一生出してもらえないよ…っ!それにリヴァイに殴り殺されちゃう!」

『…そこまで鬼じゃないと思……うけど』

「今変な間が空いたよね!?やっぱり今度こそ殺されちゃうんだうわぁぁん!」


ごめんリヴァイ、即答できなかったよ。

そこまで非情じゃないと分かっていても、即答するにはあなたの日頃の行いが悪すぎるよ。

泣きついてくるハンジにどうしたものかと顎に手を当てて考える。


『…あ』

「なになに!?いい案浮かんだ!?」

『私ならこの扉開けられるよ』

「…え?」


ハンジは呆気に取られた表情を浮かべた後、苦笑した。


「何言ってるのさ、どうやってその細い腕で開けるっていうの?」

『…まぁ、それにはあるものが必要になるんだけど』

「あるもの?…拳銃は駄目だよ?そんな音を兵舎からさせたら、それこそ憲兵団に目をつけられちゃうし」

『そんな物じゃないよ。』


コンコンと開かずの扉を叩いて強度を確認する。…うん、このくらいの厚さならできそうだ。問題は一時的とは言え、あれを返してくれるかだけど。


『ちょっと行ってくるから待ってて』


それだけを言い残して、私は部屋を後にした。



 

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