空色りぼん

□名もなき机
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リヴァイはエルヴィンの執務室に向かっていた。その手にはユキの刀が握られている。


「エルヴィン、ちょっといいか」

「リヴァイか、どうした?」


リヴァイは机の上にユキの刀を置く。


「これはユキのか?」

「あぁ、そうだ」

「どうしてこれを今お前が持っている?」

「ユキに貸していた」


その言葉にエルヴィンは少し眉間に皺を寄せた。


「どういうことだ?」

「エルヴィン、お前は開かずの扉を知ってるか」

「開かずの扉…?……あぁ、ハンジの執務室の事か。確かリヴァイも開けようとして開かなかったんだったな」

「そうだ。…だが、その扉をユキが開けた。」


「こいつでな」と机に置かれた刀を見下ろすリヴァイに、エルヴィンは信じられないというように瞳を開く。


「…これで?…ユキが?」

「あぁ、文字通り”一刀両断”だ。おまけに壁にも少し亀裂が入った、…この修理の話は後だ。気になるなら後で見に行くといい」

「それを、リヴァイは見たのか?」

「あぁ、それを踏まえて提案がある」

「…なんだ?」


リヴァイは少し考える素振りをした後、ゆっくりと口を開いた。


「俺達が使っている付け替え式の刃で、これと同じようなものは作れるか?」

「我々が使っているしなるものとは別に、これと同じような刀身を作るということか?」

「そうだ、それをユキに持たせる」


ふむ、とエルヴィンは顎に手を置き考え始める。


「あいつは咄嗟の攻撃となると”斬る”という行動に走る傾向があるのはお前も知っているだろう」


前回の壁外遠征で捕獲作戦の時、拘束具から外れた巨人をユキは”斬った”。

その際、削ぐために作られていたブレードは威力に耐えきれずに折れ、無残にも地面に突き刺さっていた。


「削ぐことに関してあいつの技量に問題はない。だが、ユキの斬ると言う技術を使わないのは勿体無いと思わないか?他の兵士に出来ないことをやってのけるようになるだろう」

「もしリヴァイがこの刀を使ったとして、あの扉を破壊することはできたと思うか?」

「無理だな、刀が先に壊れる。力任せでは刀身が先に音を上げる、…あれはユキの技術によって出来た代物だ」


リヴァイは先程、自分が目の当たりにした光景を思い出す。体制を低くしたユキが踏み出した右足に、鞘走りを利用し加速された剣閃。

ただの力任せではない、あれはユキの心技体が揃った技術の結晶と言えるだろう。


「元々10m級の首を切断する技量を持っている子だ、巨人の手足も軽々と切断できるかもしれない」

「あぁ、そうなれば捕獲も今までよりリスクも少なくて済むはずだ。それに丈夫に作られた刃は滅多に消耗することもない」


エルヴィンは机に置かれた刀を手に取り、鞘から引き抜いた刀身に視線を落とす。鉄の扉を破壊したと言うのに、そこには一切の傷や刃こぼれは確認できなかった。


「技術班に掛け合ってみよう。暫く時間はかかると思うが、作らせる価値はありそうだ。」




**
***




『…ふぅ』


ハンジとの買い物を終えたユキは、自室のベットに腰掛け一息ついていた。

久しぶりの市街地は文句無しに楽しかった。ケーキも噂通りの味で満足だ。一つ心残りがあるとすれば、門限までに帰ってこなくてはいけないということ。

いい年して門限って…と思ったが、兵士なのだから仕方ないことなのだろう。自由気ままに、自分のやりたいようにしていた地下での暮らしが懐かしい。

「また行こうね!」と言われハンジと別れたのがついさっき。きっとハンジはこれからまた執務室に篭るのだろう。


『そうだ、報告しに行かなきゃ』


しかも、外出後には報告しなくてはいけないという非常に面倒くさいシステムがある。普通の兵士はその辺の誰かに言えばいいらしいが、監視下にある私はまだエルヴィンに報告しにいかなければならない。

私はベッドから起き上がり、エルヴィンの執務室へ向かった。



**
***



ーーバタン。
と、背後の扉が閉まる。

エルヴィンに帰ってきたことを報告すると、「おかえり」とにこやかな笑顔を浮かべられた。

「楽しかったかい?」とか「変な男に声かけられなかったかい?」とか、散々質問攻めにされた。

相変わらず心配性だなぁと思いながら、取り敢えず「はいはい」と流して部屋を出ようとすると、書類を手渡された。


[…?…なにこれ]

[すまないが、リヴァイに渡して欲しい]


どうして私が?と、思ったが机に積み上げられている書類を見て、相当忙しいんだと理解する。


「頼まれてくれないか」…とあの笑顔で言われ、断る気も失せた私の手に書類が残ったのだった。

しょうがない、とリヴァイの執務室へ足を進める。

そういえば出発前にリヴァイの執務室に行った時、机にすごい量の書類が溜まっていた事を思い出す。…いつもより不機嫌そうな顔してたし。

あのリヴァイが机に座っている姿を初めて見たが、やはり兵士長なのだから私達のように訓練だけやってれば良いという訳ではないのだろう。

そんな事を考えていると、リヴァイの執務室の前まで来てしまう。どうか不機嫌じゃありませんようにと祈りながら扉をノックした。


ーートントン。

「入れ」と中からリヴァイの声。


ギィィ…と扉を押し開くと、やはり中には机に座り書類と向き合っているリヴァイがいた。

顔を上げてこちらを見ると、私が入ってきたのが珍しかったのか少し目を開く。


「…なんだ」

『これ、エルヴィンに渡してくれって頼まれたの』

「…チッ、余計な仕事増やしやがって」


渡された書類を見せると、思いっきり眉間に皺を寄せる。 私にそんな顔を向けられても困る。

だけど、そういう反応をするのも無理はない。リヴァイの机に積まれた書類は出発時より増えているように見えた。


「まぁいい、その辺に積んどけ」

『うん』


ぽふっと書類の上に重ねると、リヴァイは再び目の前の書類にペンを走らせ始めた。

これは今日中に終わるのだろうか。

兵舎で会う時は疲れなんて微塵も感じさせない感じだったけど、いつもこんな事をしていたんだと思うと改めて感心する。

そして、そんな中私の訓練に付き合ってくれていたんだと思うと心が痛んだ。

遠慮なしに憎まれ口を叩く癖に、こういうことは一切口に出さないところが憎らしい。


そこでふと、リヴァイの机の他にもう一つ執務机があることに気づいた。


『…この机って何?』

「知らん、俺が来た時にはあった」

『へぇ』


誰も使っていないのか、その机は書類置きにされていた。まぁ、リヴァイの執務室で当の本人の机は別にあるのだから当たり前なのだが。

それなのに綺麗に掃除されているのはリヴァイの潔癖症の仕業だろう。そんなことを考えていると、リヴァイの鋭い視線を感じた。


「用が済んだのならさっさと出て行け、集中できねぇだろうが」

『ねぇ、これ今日中に終わるの?』

「…さぁな。だが、終わらせるしかねぇだろう」

『手伝おうか?』


そう言うと、リヴァイは眉間に更に皺を刻んだ。「は?」という視線に慌てて口を開く。


『手伝えるものがあればの話だよ?難しいのはできないし、ハンコ押し位ならできるかなぁって。これでも一応普通の読み書きくらいはできるし、筆跡を真似ることもできるからリヴァイのサインだって書けるよ』

「…」

『…』


尚も向けられる鋭い視線に、額を嫌な汗が伝う。

…あれ、何か悪いこと言った?手伝おうかって親切心で言っただけなんだけどなんかごめんなさい。そんな怖い顔で睨まれるなんて思ってなかったんです。

もしかして筆跡をまねられるって言うのがよくなかった?偽の書状を作成できるように身につけた技術だったが、そんなものは犯罪にしか使えない。完全に余計なことを口走った。


『…でしゃばったこと言ってごめん、邪魔だったね。じゃぁまた明日…』

「オイ」


沈黙に耐えられず部屋を出ようとすると、その低い声に呼び止められる。


「誰が邪魔だと言った」

『…え?』

「言い出したからには、最後まで付き合う覚悟はあるんだろうな?」


そう言われると、なんだか物凄く恐ろしい事をさせられるような気がしてならない。…だが、もう言い出してしまったことだ。引き下がるつもりもない。


『あるよ』

「そうか」


そう言うとリヴァイは立ち上がり、自分の机にあった書類をもう一つの机の上に置いた。


「そこを使っていい、この書類に印を押せ」

『私が勝手に押していいのね?』

「それはもう見たから問題ない」


積み上げられた書類に、これだけの量に目を通すだけでもさぞ大変だったのだろうと思う。私はもう一つの机に座り、言われた通り作業を始めた。

内容を見ても全く分からないが、私が理解する必要はないのだろう。

ペンを走らせる音と、書類を捲る音だけが響く。不自然なほど静かな空間なのに、なんだか酷く落ち着く気がするのはとても不思議だった。


「楽しかったか?」

『…え?』


暫くの静寂の中、不意に呟かれた声に思わず疑問符を浮かべた。視線を向けるが、リヴァイは書類にペンを走らせたままだ。


「市街地に行ってきたんだろう、あの馬鹿と」

『あぁ、うん。楽しかったよ』

「そうか」


その短い会話以降、お互いの口が開かれることはなかった。

一旦溜まった書類を他の棚に写し、新たな書類を受け取りに行く。

その時、彼のカップが空っぽになっていたのに気づき紅茶を入れると、「お前も気を使えるんだな」と一言だけ憎まれ口を叩かれた。

せっかく親切心でやってあげたのにと頬を膨らませれば「ありがとうな」と感謝の言葉が出てきて驚いた。

リヴァイってお礼言えるんだ…と思ったが、書類に囲まれ頭がおかしくなっていただけかもしれないと哀れに思う。

その後もリヴァイに言われた通りの雑務を熟し、やっと最後の一枚を終えた私は思わず声を挙げた。


『終わったーっ!』


グッと身体を伸ばして自分の懐中時計を確認すると、そろそろ日付が変わるという時間になっていた。


「思ったより早く終わったな」


リヴァイも時計を確認し、ぽつりと呟く。

え、今なんて?もう日付変わるよ?これで早く終わったっていう基準なの??

当然のように呟かれた言葉に思わず顔を引きつらせる。やっぱり化け物だ、この男は。私だったらこんなの絶対にこなせる自信なんてない。


「助かった、お前はもう上がれ」

『リヴァイは?』

「俺もエルヴィンにこの書類を持って行ったら上がる」

『…エルヴィンもまだ起きてるの?』

「まだこの時間だぞ?」


「当たり前だろう?」という視線を向けられる。それで次の日も朝から活動しているのだから信じられない。

エルヴィンも化け物だなと思ったが、話を聞けばどうやら今は忙しい時期らしい。毎日がこうではないらしく、何だか安心した。


『これ全部持っていくんでしょ?手伝うよ』

「その細い腕でか?」

『書類くらい運べるよ!』


今となっては私だって兵士なんですけど?確かに他の人に比べて圧倒的に非力ではあるが、書類くらい運べる。

不貞腐れたように頬を膨らませる私に、リヴァイは小さくため息をついた。


「…いや、いい。それに、寝坊魔が明日起きてこねぇとエルヴィンに責められるのは俺だからな」


そう言われてしまっては、もう何も言い返せない。確かに今から寝ても明日の朝起きられる自信はあまりない。

悔しそうに眉間に皺を寄せる私に、リヴァイは珍しく口元だけで小さく笑った。


「早く寝ろ、また明日もある」


それはリヴァイだって同じくせに。本当に僅かだが、いつも見られない表情に思わず視線を逸らす。


『リヴァイも早く寝なよ』

「あぁ」

『おやすみ』

「…あぁ」


その短い返事を聞いて、私は執務室を後にした。




**
***




ーードサッ。

目の前に書類が置かれる。
あれ、私なんでここにいるんだっけ?

リヴァイに「来い」と言われノコノコついてきた所までは覚えている。

そして、半強制的に昨日の机に座らされ書類を積み上げられた。訳が分からずリヴァイを見上げると、「なんだ?」と言わんばかりの視線を向けられる。


『…いや、なんだ?じゃなくて…これ、何?』

「何って書類だろう」


いやいや、
それは分かってるけども。

どうして私がまたここに座らされて書類を積み上げられたのかと聞いているんですが。

そう言うと、リヴァイは「何を今更」という顔をした。


「昨日、「明日もある」と言っただろう」

『・・・』


[早く寝ろ、また明日もある]


『えええ!?あれってそういう意味だったの!?』

「当たり前だろう、それ意外に何があると思っていたんだお前は」

『訓練だと思ってたよ!「また明日も訓練があるから早く休め」って意味かと!』

「ただのいつもの訓練如きで俺はわざわざお前を労わらない」


当然の様に返される言葉に、私はやられたと頭を抱える。最後の言葉にそんな意味があったなんて…!

トンっと机にリヴァイの手のひらがのせられる。ふと顔を上げると、リヴァイは怪しげな笑みを浮かべて私を覗き込んでいた。


「最後まで付き合う覚悟があると言ったよな?」

『……、…言いました』

「なら、さっさとやれ」


リヴァイは満足そうに笑うと踵を返して自分の机に腰を下ろし、書類に取り掛かった。

まんまと嵌められた。リヴァイは手のひらの上で転がった私を見て内心ほくそ笑んでいるのだろう。

そう思うと悔しい気持ちが募ってくる。優雅に仕事始めやがってこのやろう。

なんて思いながらも私は再び作業を始める。なんだかんだ言って落ち着くこの空間は嫌ではなかった。

気が向いたらまた手伝いに来ようと、昨日思っていたのだ。…こんな強制的に再び来ることになるとは思っていなかったけど。

書類を取りに行くとカップが空になっていて、また昨日と同じように紅茶を淹れてあげる。

そして無言でその紅茶を飲むのを見ながら、再び作業を始める。


そうしていつの間にか、リヴァイの執務室に置かれたもう一つの机は私の物となり。…私は毎日のようにリヴァイの手伝いをさせられるようになったのだった。



 

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