空色りぼん

□繰り返される悪癖
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副兵士長になってからというもの、エルヴィンやリヴァイが言っていたように特に変わった事をさせられるようなことは無かった。

強いて言えば訓練の時間が少し短くなり、執務室にいる時間が長くなったこと。

そして印押しや書類の整理しかしなかった私が、自分のサインを書類に残すようになった事だった。

それ以外は本当に変わらない。訓練をして兵団の仲間とおしゃべりをして、リヴァイの執務室に向かう。

初めこそ役職についた事を驚かれたりお祝いしてもらったり色々あったが、今となってはもうすっかり馴染んでいる。

「副兵長」と呼ばれて振り返るのにも、もう慣れた。

あれだけ驚いて柄にもなく緊張していたというのに、拍子抜けしたというのが正直な感想だ。


これが内地に呼ばれるようになったらもっと変わるのだろうか。

そんなことを考えながら資料室で頼まれていた調べ物をしていると、記述が二つあることに気づいた。

どうして同じ記述が二つもあるんだろう?

私は取り敢えずその二つの資料を抱え、執務室へ戻った。



**
***



『リヴァイ、ちょっと聞きたいことが……あれ、ミケがいる』


執務室に戻ると、そこには珍しくミケがいた。


『…邪魔しちゃった?』

「いい、気にするな」


リヴァイにそう言われるが、ミケも何かを聞きに来たのだろう。『お先にどうぞ』と言うと、私が抱えている資料を見て「あとでいい」と返された。全く紳士な人だ。


「調べて来いと言ったものがあったはずだが?」

『分からないことがあったから聞きにきたの。同じような記述が二つあるんだよ』

「何馬鹿な事を言ってやがる。一つの事柄に対して二つ以上の記述があるわけないだろう」

『だから聞きに来たんだってば』


その二つの資料を見せると、リヴァイは嫌そうな顔をしながらも教えてくれた。結果として憲兵団と調査兵団の解釈の二つがあったというわけだったのだが、「憲兵団のは無視しろ」というその一言で解決した。


『ごめんねミケ、話を遮っちゃって』

「構わない」

『嗅ぐなっ』


そう言いながらスンスンと鼻を寄せるミケからバッと距離をとる。

全く、どうしてこの男は会う度に私の匂いを嗅ごうとするのだ。エルヴィンやハンジにはその癖をしているところを見たことがない。

リヴァイはそんな事はさせないのだろうが、初見の人間にだけやる癖だと聞いていたのに話が違う。

前からそれが気になっていた。
どうして私だけなんだ?…と。

まさか私変な匂いするの?大丈夫だよね?ハンジと違って毎日お風呂に入ってるよ?

そんな悶々とした考えを巡らせながらも、到底聞く勇気もない私は憲兵団の資料を戻しに行くため『お邪魔しましたー』と執務室を後にした。



**
***



部屋を出ていく小さな背中を見送ったリヴァイは、机に肘をついてミケを見上げた。


「お前が初対面の相手にその悪癖をするのは知っている。…だがあいつに対しては会う度にやっているようだが、何か意味があるのか?」


ゆっくりとミケに視線を向けられ、リヴァイは再び口を開いた。


「ユキが気にしているようだったからな」

「そんなつもりは無かったのだが、…それは悪いことをした」


ミケは申し訳なさそうに視線を落とし、少ししてから再び口を開いた。


「先週はカトレア、その前はマーガレット、そして今日はアイリスの香りを纏っていた」

「…花か、あいつにそんな趣味があったとは知らなかったが」

「ユキは自分で花を買ったり、摘んできている訳じゃない」

「だったらどうして花の香りがするんだ?」

「…知らないのか?ユキが部屋に飾っている花は全て、彼女がもらった物だ」


リヴァイは驚いたように少し目を開いた後、「…ほう」と小さく呟く。


「憲兵団や駐屯兵団の兵士からもらっていると聞く。カトレア、マーガレット、アイリス…そのどれもが愛を語る花言葉を持っている」

「…それは、物好きもいたものだな」

「あの容姿だ、どこに行っても目立つだろう。それに前回の夜会で内地に行った事があっただろう?あの時多くの兵士の目に晒されたのも原因の1つなんじゃないか?」


(…あの時か)

水色のドレスに身を包み、黒髪に飾られた白い花飾りを揺らしていたユキを思い出す。

確かにユキは綺麗だった。あの姿は誰が見てもそう思うだろう。男が寄り付くだろうなとも思っていた。

だが、まさか他兵団の兵士から花をもらうまでとは思っていなかった。…まぁ、ユキの容姿を考えれば不思議なことではないのだろう。


「副兵士長になったことによって、他兵団から注目を浴びるようになったから余計だろう」


人類最強の兵士長に、突如現れた東洋人の女副兵士長。その異色の組み合わせに注目しない方がおかしい。…しかし、それとミケの悪癖は別の話だ。


「…ミケ、お前は口数が少ないから変に誤解を招くことがある。注意したほうがいい」

「リヴァイも人のことを言えないだろう」

「俺は元々口数は多い方だ」

「人によってだろう」


リヴァイは自分で口数が多い方、と言っているがそれは相手を選ぶ。気に食わない相手…特に内地の貴族や憲兵団には酷ければ口すら開かず睨みつけることもある。

リヴァイはチッと舌打ちをする。その様子を見て、ミケは話を本題に戻した。



**
***



夜の闇も深くなってきた頃、執務室に残っていたリヴァイはふとユキの机に髪留めが残されているのに気がついた。

キラキラと控えめに光る飾りが施されたそれは、最近ユキが書類整理の時に使っているものだ。


[…お前、そんなもの付けてたか?]

[もらい物なんだけど、大きさも使い勝手もいいの。かわいいでしょ]


いつか書類整理中に気になって聞いてみると、ユキはそう言って笑っていた。

部屋でも使っているのか、ユキは毎回この髪留めを部屋に持って帰っている。先に帰らせたユキが忘れたのだろう。

俺に気を遣っているのか、執務室を後にする時は机の上を綺麗にしているのに、この髪留めだけがぽつりと残されている。

大事そうにしていたくせに、置いて行くとは間抜けな女だ。

ユキと机仕事を共にすることで、今まで知らなかったユキの一面をより知る機会は多くなった。

地下街出身の人間は読み書きすらまともにできない奴もいるが、ユキは自分で言っていたようになんなく熟している。

初めは簡単なものからやらせていたが、普通の業務も少し説明すればすぐに理解して進めていた。自分の判断でできるものとできないものを振り分け、できないものは俺の手が開くタイミングを見計らって聞いてくるし、できるものはさっさと処理していく。

その速さと正確さには何度も驚かされた。当然人間故に間違えることもあるが、反省して同じことを繰り返さないよう自分なりに工夫しているらしい。

本当に何でも器用に熟すやつだなと思うが、何よりも一番ありがたいのは俺の言いたいことを良く汲み取ってくれるところだ。

俺の少ない言葉以上に俺の言いたいことを汲み取り、先回りして準備している。作業の一区切りがつき、そろそろ休息しようかと思っている時に出てくる紅茶は素直に感心する。

自分でも表情が表に出ないことは認めているが、そんな俺のことをここまで汲み取れる人間はユキ意外にいないだろう。

だからこそユキを副兵士長にしたわけだが、完璧に見えてどこか抜けているところは間違いなくある。

普段の生活では気が抜けているのか毎日のように寝坊ギリギリで起きてくるし、寝ぼけて壁にぶつかりそうになっているときもある。

最近ではあまりないが、兵士と酒を煽りそのまま談話室で眠ることもあると聞く。…そういえばこの間はシャツのボタンがずれて留められていたなと思い出す。


ため息をつき、机の上に置かれている髪留めを手に取った。あとで無くなったと騒がれても面倒だ。

俺は髪留めを届けるため幹部の部屋に移動したユキの部屋に向かい、軽く扉をノックをすると『どうぞー』と中から声が聞こえてきた。

…なんだ?こいつはいつも誰が来たかも確認しないで招き入れるのか?

と思った時、ガチャリと扉が開いた。


『わっ』


ユキは出てきて早々、人の顔を見て驚いた表情を浮かべる。普通に失礼な行動だが、俺が来るのは確かに珍しい。驚くのも無理はなかった。


『…どうしたの?珍しい』

「忘れ物だ」


手のひらに乗せられた髪留めを見ると、ユキは目を開いて驚いた。


『あれ?私忘れちゃってたんだ』

「大切な物なんだろう、もっと大事に扱え」

『うっかり忘れちゃったみたい。わざわざこれを届けに来てくれたの?』

「あぁ」

『ありがとう。面倒かけてごめんね』


申し訳なさそうに言うユキは風呂上がりなのだろう。まだ少し水分を含んだ黒髪からは甘い石鹸の香りがした。

用も済んだと帰ろうとした時、ふと部屋の中から石鹸とは違う香りが鼻を掠める。食堂で嗅ぐような匂いに、思わず眉間に皺を寄せた。



**
***



「…お前、何か食ってるのか?」

『あぁ、うん。お腹空いたから食堂の調理場を借りてスープを作ったの。少し多く作り過ぎちゃったんだけどリヴァイも食べてく?』


そう言うと、リヴァイは瞳を細めてこちらを睨んできた。言葉にされなくてもリヴァイの考えている事は分かる。

これは「お前が作った…?ちゃんと食える物なのか?」いう視線だろう。


『ちゃんと食べられるよ。地下ではずっと自炊してたし、料理は得意な方だよ』

「…なら、食べていこう」

『どうぞ』


扉を開けてリヴァイを招き入れる。

一瞬、リヴァイを部屋に入れるなんて…と思ったが、この男には以前にも部屋には入られている。

しかも、寝起きの時を蹴り起こされるというオプション付きた。今更緊張も何もないだろう。

悲しいことにこの男はこっちが気にしているほど、私のことなんて気にしていないのだから。

リヴァイは椅子に座る…かと思いきや、鍋の蓋を開けた私の後ろに立ち、手元を覗き込んできた。

カパッと蓋を開けると、ふわふわとした蒸気と共に美味しそうな匂いが立ち込める。


『…何?』

「これを一人で食うつもりだったのか?」

『お腹が空いている状態で料理すると、気持ち多めに作っちゃうから仕方ないじゃん。食材は自分のお金で買ってるんだから私の勝手でしょ』

「晩飯も食べていただろう。こんな夜中にコソコソ食堂の厨房を使いやがって」

『誰かさんがコキ使うからでしょ。それに厨房の使用許可はちゃんととってますー』

「自分の大食いを人のせいにするな」


悪態をつくリヴァイに『もう、いいから座ってて!』と椅子へ誘導する。大人しく腰を下ろしたリヴァイを確認して私は器にスープを盛り付け、コトリと彼に差し出した。


『どうぞ』

「…」


リヴァイは初めこそ疑っていたようだったが、やがてスプーンを手に取りスープを口に運んだ。

そういえば人に食べさせるのは初めてかもしれない。そう思うとなんとも言えない緊張が走り、リヴァイの表情を伺ってしまう。


『…どう?』

「悪くないな」


その答えにホッと息をつく。

リヴァイが「美味しい」なんて素直に褒めるはずもないから、これはまぁ上出来なんじゃないだろうか。

私も向かい側に座り一口食べると、自分で言うのもなんだがいつも通り美味しく出来ていた。

ふと、顔を見上げるとリヴァイは黙々とスープを口に運んでいる。…と、言う事はやっぱり美味しいって事なのかな?

もしかして兵士長の胃袋を掴めたかもしれないなんて考えて、思わず自嘲じみた笑みが零れた。



 

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