空色りぼん

□嫉妬
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壁外調査の日程が告げられた。

次回は二週間後。それまでに各自鍛錬を怠らないようにと団長から調査兵団の兵士に告げられる。

もちろんリヴァイや私、分隊長などの幹部にはもっと前から日程は告げられていた。

そのため元々多かった書類に、更に陣形の配置図や各兵士の資料なども積み重ねられ、私とリヴァイは追われに追われていた。

やってもやっても終わりが見えてこない。だけど、壁外調査の事を考えると訓練をしないわけにもいかない。

どんな身体をしているのか、リヴァイは昼間に訓練をしても夜は黙々と書類を片付けている。

副兵士長になってから初めての壁外調査。一兵士の時はただただ訓練の日々だったが、幹部になるとこんなに面倒なことをしていたのか。

改めてエルヴィンやリヴァイの凄さを実感させられる。


昼間は訓練、
夜は副兵士長としての机仕事。

眠い目を擦りながら必死にペンを走らせ、壁外調査までに全ての仕事を終わらせるため気合を入れる。

自分が死ぬかもしれないために、あとに引き継ぐようなこともしたくない。


「やぁ、ユキ」

『…エルヴィン?』


全兵士に知らされてから一週間経った頃。眠気と戦いながら訓練をしていると、エルヴィンが小さく手を振りながらやってきた。

普段あまり訓練場に来ないエルヴィンに少し驚いて振り向くと、一緒に訓練していたリヴァイも不思議そうに視線を向けていた。


「お前が来るとは、珍しいこともあるもんだな」

「はは、そうだな。今日はユキに用があってきたんだ」

『…私に用?』


ユキが小首を傾げると、エルヴィンはあるものを差し出した。


『…なにこれ』

「開けてごらん」

「もったいぶるんじゃねぇよ、面倒くせぇ」

「まぁそう言うな」


突如渡された包みにリヴァイもなんだと眉間に皺を寄せる。

6、70センチほどの細長い包みを慎重に開けたユキの瞳が大きく見開いた。


『…これって、ブレード?』

「気に入ってくれたかい?」


包みに入っていたのは2本の刃だった。鋭く光る銀色の刃の質感はブレードとは異なるが、ユキにとっては酷く見覚えのあるものだった。


「君の刀を参考にさせて技術班にそっくりなものを作らせた。ブレードと同じ付け替え式になっている」

『ほんとだ!すごい!』

「君専用の刃だ、次の壁外調査に持って行くといい」

『私専用!?いいの!?…でもどうして急にこんなもの作ってくれたの?』

「私からのささやかなお祝いだ、少し遅れてしまったが副兵士長になったことのね」

『ありがとう、エルヴィン』


『すごいすごい!』と喜びながらお礼を言うユキの様子を見て得意げな表情をしているエルヴィンを、リヴァイは鋭い視線で睨みつけた。


…待てよ、と。
どうしてこいつは「自分が用意しました」という顔ができているんだ。

そもそもユキにこの刃を作ってやってくれと提案したのは俺だ。技術班に掛け合ったのはエルヴィンかもしれないが、どうしてそこまで得意げな顔ができる。

まさに愛娘にプレゼントをあげる父親のようなエルヴィンに舌打ちをする。


…そんなリヴァイの視線に気づいているのかいないのか、…いや、気づいて無視しているのだろう。

彼の方など見向きもせずに、エルヴィンは爽やかな笑顔を浮かべている。


「ただし持って行くのは二本までだ、普段はブレードを使って欲しい。それほど生産もできないし、何よりそれでは巨人の肉を削ぐことはできない。特別任務の時だけ使用するものとして考えていてくれ」

『わかった』


ユキはブレードの刃を鞘に戻し、新しい刃に付け替える。

そして刃にその白い指先を滑らせるとやはり慣れた感覚なのか嬉しそうに口角を上げた。


『やっぱりしっくりくる、…ねぇエルヴィン、これ今試しに使ってもいい?』

「もちろんだ」

『的1つくらいなら壊してもいい?』

「向こうのもう使わないものなら構わない。ただし1つだけだぞ」

『やったー!』


ユキはびゅんっと勢い良く空へ上がっていく。

そして巨人を模した模型に向かって急降下すると、模型を真っ二つに斬り落とした。その光景を見ていた他の兵士から小さく感嘆の声が漏れる。

そのまま的をあっという間に斬り刻んだユキは、満足げに笑顔を浮かべながら戻ってきた。


『本当に私が使ってたものと同じ感覚だよ。切れ味も良いし、これなら巨人の手足なんて簡単に斬り落とせる』

「喜んでもらえたようでなによりだ。技術班に無理言って作らせた甲斐があった」

『これがあるだけで大分安心感が違うよ』


再び地上に降り立ったユキは刃を確かめるように太陽の光を反射させて見つめる。

そんなユキにリヴァイは口を開いた。


「そんなもんではしゃぐな、馬鹿が」

『だって私専用に用意してくれたんだよ、すごいじゃん!』

「調子にのるな、それは肉を斬れても削ぐ事はできねぇ。巨人を倒すなら首ごと切り落としたあと頸を斬る必要がある。それを壁外でやってみろ、お前の豆粒並みの体力じゃあっという間に力尽きる」

『そのくらい分かってるよ…っ!』


2人の口喧嘩が始まりそうになったところで、エルヴィンが口を開いた。


「ユキにはそれを、次の捕獲任務で使ってもらおうと思っている」

『捕獲任務か…うん、いいね』

「あぁ、ユキが手足を切り落としてくれれば巨人に食べられるリスクは少なくなり、格段に捕獲成功率があがる」

『リヴァイがブレードでやると損耗もするし、ブレードだと必ず切れるとは限らないもんね』

「手足の腱を削げば問題ないだろう」

『でも根本から切り落とした方が再生に時間もかかるし、その間に拘束もしやすいよ』

「その通りだ。君の腕に期待しているよ、ユキ」


ユキは『そんなに期待しないでくれる?』とへらりと笑って答え、自分の鞘にその刃をしまった。



**
***



その後、残りの訓練を終えたユキはベンチに腰を下ろした。

今日も一日疲れた、と言いたいところだがこれから帰ってやらなくてはいけない書類も溜まっている。

装備を外し兵舎へ戻ろうとすると、休憩用の椅子に上着がぽつりと置いてあった。誰のだろう、と思ったがそこに先程までペトラが座っていたことを思い出す。

周りを少し見渡せば、
揺れる茶髪が見つかった。


『ペトラ』

「…!…、…ユキ」

『?』


一瞬あいた間に『なんだろう』と首を傾げると、ペトラは慌てたように口を開いた。


「そ、それ私の上着?」

『え?あ、うん。そこに置きっぱなしになってたから』

「ありがとう」


ペトラは私の手から上着を受け取ると、そのまま背を向けて兵舎へと戻っていってしまった。

なんだったんだ?と、思わず眉根を寄せる。あのよそよそしい態度、妙に開いた間。…なにより一度も合わせられなかった視線。

ユキは小さな顎に手をあてて少しの間立ち尽くしていた。



**
***



(…最低だ、私)


ペトラは兵舎への帰り道、
唇を強く噛みしめ瞳を瞑る。

先程自分がとったユキへの態度は最低だった。目も合わせず、しかも避けるような態度をとってしまった。


[君の腕に期待しているよ]

突如訓練所に現れたエルヴィン団長は、ユキに特別な刃を持ってきた。

それを見た時にすぐにピンときた。ゴロツキに捕まった時、ユキはモップの棒をまるで剣のように使っていた事を思い出し、どうしてユキだけに特別な刃が渡されたのかを理解する。

団長でさえもユキの剣の腕を認めているのだ。だからこそ、わざわざ特別に作ったのだろう。

リヴァイ兵長も何も疑問を持つ様子はなくその光景を見つめていた。それが、どうしても羨ましかった。悔しかった。

だから、まともにユキの表情を見れなかった。見たら醜い感情が溢れ出しそうだったから。


「…はぁ」


深く、深くため息をつく。こんな風に思ってしまう自分に吐き気がする。

ペトラは再び兵舎へ向けて足を進めた。



**
***



『…おかしい』

「お前がおかしいのはいつものことだろう。今更気づいたのか」

『いや、違うから。っていうか私のことそんな風に思ってたの?』


いつものように二人で静かにペンを走らせていると、ユキがふいにぽつりと呟く。


「…だったら何だ」


どうせ下らない事だろうと思いつつも、リヴァイは問い返してやる。


『私、何かしたのかな』

「お前は何を言っている、人に言うならせめて分かるように言え」

『…ペトラが最近ちょっと変なんだよね』

「は?」

『避けられてるっていうか、…よそよそしいっていうか』


リヴァイは呆れたようにため息をついた。


「くだらないな」

『私は真剣なんだけど』

「女の話は総じて面倒臭えものだ」


ユキはむっと眉間にシワを寄せるが、リヴァイはどこ吹く風だ。


『コミュニケーション能力が欠損してる人に言ったのが間違いだった』

「喧嘩売ってんのかてめぇ」


リヴァイに言ってもこうなることは分かっていたのにと、ユキはため息をつく。


「オイ」

『ん?』

「こいつをエルヴィンに持っていけ」

『はいはい』

「ついでに紅茶も淹れていけ」

『はいはい』


どこがついでだよと思っても口には出さない。この男のわがままにはもう慣れたし、世話を焼くのも嫌いではない。

書類を受け取ると、リヴァイがこちらを見上げているのが分かった。


『…なに?』

「大分良くなったな」


その視線に右頬の傷だと言う事が分かる。少し前までは腫れていたが、大分引いてきて今では包帯もしなくてよくなった。


『お陰様で』

「傷は残るのか」

『ちょっと腫れただけだから残らないよ』

「顔じゃねぇ、手首だ」


ぐいっと腕を引かれ少し驚く。こちらはまだ包帯が外せる状態ではなかった。


『どうだろう、残らないとは思うけど』

「…そうか」


すっと離された手にどうしたのだろうと首を傾げる。すると、その視線に気づいたのかリヴァイは眉間に皺を寄せた。


「お前みたいな奴でも一応女だろう、傷は残さない方がいい」

『…』


思わずぽかんと口を開けてしまった。…今、なんて言った?…え、今リヴァイが言ったんだよね?他の人がいたんじゃないよね?

キョロキョロとしていると「何をしている」と睨まれる。


『…他に誰かいないよなって思って』

「何を言ってるんだお前は」

『まさかリヴァイがそんなこと言うなんて思わなかったから、…と言うか似合わなさすぎてびっくりしてる』

「削がれてぇんだったら素直にそう言ったらどうだ?」

『滅相もございません』


ぶんぶんと顔を左右に振ればリヴァイは「早く紅茶を淹れろ」とばかりに睨みつける。

やっぱり何も言われなくても、何が言いたいのか分かってしまうのだ。


『はいはい』


紅茶を淹れ、リヴァイの机の上に置く。そうすればリヴァイは紅茶を手に取り、一口飲みながらいつまでも机の前にいる私に視線を向けた。


「なんだ」

『ありがとう、心配してくれて』

「…いつまでもそんな包帯されてちゃ目障りなだけだ」

『もう少しで外せるよ』

「そうか」

『うん、…でも傷が残るなんて心配してくれると思ってなかった。私は今までそんなこと言われたことなかったから。リヴァイが私のことを女の子として認識してくれてるのも意外だったな』

「なにが意外なんだ。お前は女なんだから当たり前だろう」

『うん、そうだね。ありがとう』


そう言って笑う私にリヴァイは納得していないような表情を浮かべていたが、私は資料を届けるため『いってくるね』と言って執務室を後にした。

今まで女として心配してもらうことがなかったからか「女なんだから傷は残らない方がいい」と言われたことがすごく新鮮で嬉しく感じた。

それがリヴァイに言われたのだから尚更嬉しかった。リヴァイがあんな風に心配して気を遣っているのを、他の兵士にしているところを見たことがない。

これは副兵士長として側にいる者の特権なのだろう。私は上機嫌でエルヴィンの元へ向かった。



 

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