空色りぼんA

□手放した警戒心
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「やっぱりみんなで飲む酒は最高だね!」


わいわいと騒ぐ声が響く室内。
調査兵団は”歓迎会”という名の恒例化した飲み会をしていた。

今回新しく入った新人を囲み酒を飲ませ、潰させるというこれもまた恒例化した行事を各自思い思いに楽しんでいる最中なのである。

普段の厳しい訓練の中で唯一ハメを外せる機会とあって、意識が飛ぶほど飲んだのか既に潰れているものもチラホラ見かける。

まぁ、要は手が付けられない状態になっているのだ。


「ねぇ、オルオ。いい加減兵長の真似するのやめてくれる?気持ち悪いし全然似てない」

「ペトラ、お前は随分となめた口をきくようになったな。言っておくが俺は亭主関白だぞ?」

「本当にやめてくれない?」

『あっはっは!オルオそっくりだよ!』

「ちょっとユキ、変なこと言わないでよ。そんなこと言ったら、こいつすぐ調子にのるんだから!」


ケラケラと笑うユキは、ほんのりと頬を赤く染めていた。

小さな手に大きな酒瓶を持って高らかに笑っている。今回の飲み会ではある一つの作戦が実行されていた。



ーーユキを酔わせる。


ただそれだけを聞いたら「はぁ?なんだそれ」と言いたくなるだろうが、兵団のものは知っている。

ユキが滅法酒に強いということを。


自由時間に酒を囲みながらトランプやチェスをしているときも、周りのものが酔って行く中、一人澄ました顔で酒を煽っている。

最後は寝てしまう兵士もいる中、ユキだけはケロリとしているというのだ。


それを聞いたハンジが”いい機会だ”と飲み会でユキを酔わせてみよう、と作戦を立てたのだ。

単純にユキが酔ったらどんな風になってしまうのか興味があった。

もしかしたらとんでもなく、あられもない姿を見せてくれるかもしれない。

普段冷静で警戒心を常に張っているユキが、もしかしたらただのか弱い女の子になるかもしれない。

と、期待を込めて他兵士の協力を募り(簡単に集まった)いざ作戦を開始した。

…が、噂通りユキは一向に酔わなかった。本当に今注いだのお酒だよね?アルコール入ってるよね?

と、疑いたくなるほど平然とその小さな手はコップを口元に傾けていく。


これはやばい。
何がやばいって、ユキのペースに合わせて飲んでいる私達の方が先に限界を迎えようとしている。

最終作戦だ、…と、この店で一番度数の高いアルコールを投入する。


お願いだから酔ってくれ、
お願いだからその酒をこっちに入れる前に酔ってくれ。

ハンジを含む他兵士は祈るような気持ちでユキに酒を注いた。


その時、ユキの目がとろんと伏せられた。しかも、頬も赤く紅潮している、間違いない。…酔った!


ハンジは振り返ってガッツポーズを向けると、他兵士たちもガッツポーズを返した。

その後ろでは何人かが目を回して倒れこんでいる。

君たちの犠牲は無駄ではなかった、私たちは見事ユキを酔わせることに成功したぞ!

そうしてユキを酔わせることに成功し、先程の会話に戻る。

さぁ、どんなあられもない姿を見せてくれるんだ!…と、期待の視線を向けているとユキは早速隣にいたエルドにもたれかかった。

ユキを酔わせよう作戦を知らないエルドは驚いたように目を見開き、自分に寄りかかるユキに視線を向ける。


「うお!?大丈夫か、ユキ」

『んー…』


平静を装っているように見えるが、エルドの顔は真っ赤だ。もちろん酒に酔ったから赤くなっているわけではない。


「…ユキ、もしかして酔ってるの?」

「それはないだろペトラ、あのユキだぞ?」

「…だが、どう見ても酔ってるだろう」

「その喋り方やめてって言ってるでしょ」


エルドにもたれかかるユキに、ペトラやオルオも珍しいものを見るような視線を向ける。


『んー…エルドぉ…』

「…っ!」


だが、ユキはエルドの腕に自分の腕を絡ませて密着すると、すりすりと頬を寄せた。


(((な、なんだこの小動物はぁぁぁ!!)))


ハンジ含めその場の全員がその光景に釘付けになる。

あのユキが、
あのいつもキリッとしているユキが!


「か、かわいいいいい!!」

「ちょっとハンジ分隊長!な、なんとかして下さい!」

「何言ってるのさエルド!こんなに可愛いのに嫌だとでも言うのかい!?」

「誰が嫌だって言いました!?むしろ嬉しすぎてこのまま死んでもいいです!」

「そうだろうそうだろう!?」


だが、エルドは既に限界を迎えようとしていた。なんと言ったって腕を掴んでいるユキの胸がしっかりとあたっているのだ。

更に赤くなっていくエルドに、ペトラが冷たい視線を向ける。


「最低」

「だな」

「オイオイ待ってくれよ!これは不可抗力だろ!?」


必死に誤解を解こうとしていると、ユキが”んー…”と顔をあげる。


「…ユキ!た、頼むからこれ以上変な印象がつく前に離れてくれ!」

『…どうして?』

「…え?」


黒真珠のような瞳と、
至近距離で視線が交わる。

水分を含んだとろんとした瞳と紅潮した頬に、エルドは固まった。


…瞬間。

ユキはそのままエルドの頬にキスをした。ちゅっと小さなリップ音が鳴る。


その瞬間、エルドはバタンと倒れた。



「エルドォォォ!(笑)」

「なんで笑ってるんですかハンジ分隊長!」


真っ赤になって気絶しているエルドを見てハンジは爆笑。当の本人であるユキは『あれ〜?』なんて首を傾げている。


『エルド寝ちゃったぁ…』

「オイ、ユキ。飲み過ぎだ」

『グンタぁ』


見兼ねたグンタが水を差し出すと、ユキはその手でコップをとって口に傾け…るかと思ったがテーブルに置いてグンタに擦り寄った。


「ちょ、オイ!?」

『グンタ、ちゅー』

「え、…え!?」


しなやかに首に腕を回され、グンタは顔を真っ赤にしながら必死にユキを止める。

だが、綺麗な瞳と視線を合わせてしまっては打つ手はなくなる。

グンタもエルドと同様に頬にキスをされ、バタンと気を失って倒れた。


「ちょ、どうするんですか分隊長!」

「いやぁ、まさか酔うとこんなになるなんてねぇ…」


既に被害者二名。
ユキのとろんとした瞳と、あのしなだれかかるような仕草はまさに兵器だ。

他の兵士も普段見られないユキの様子を、顔を真っ赤にしながら見つめている。

このままでは被害は拡大する一方。…呼び覚ましてしまったのは私の責任だし、なんとか止めなくては。


「ほらユキ、水飲みなー?そんな誘惑しちゃ駄目でしょー?」

『…ハンジ』


とろんとした瞳で見上げられ、同性にも関わらずドクンと鼓動が音を立てる。

私でもこうなんだから、男からしたらそれはもうたまったものではないだろう。

エルドとグンタはよく押し倒さなかったと褒めてやりたいくらいだ。


『ハンジぃぃーーっ!』

「はいはい」


ぎゅっと抱きつかれ、
優しく頭を撫でてやる。

こんなこと普段のユキは絶対にしてくれない!酔ったユキ万歳!最高に可愛い!


「ぶ、分隊長!顔がにやけてますよ!」

「これがニヤけずにいられるか!」

「えええ、逆ギレですか!?」

『んん…』

「ん?どうしたのユキ?」


ゆっくりと起き上がったユキの黒髪がさらりと零れ落ちる。

その光景に目を奪われていると、ユキは徐にシャツのボタンを外し始めた。


「ちょ、ちょっとユキ!?」

『…熱い』

「それは駄目だって!それはさすがに私も目を瞑っていられないよ!」

『うるさい!』


ユキはハンジの手を振り払い、上着を脱ぎ始めた。

ヤバイ、これは本当にヤバイ!
こんなところで脱がれでもしたら、私の命は確実になくなる。

そもそもこの計画は秘密裏に仲間内だけでやっていたのだ。そして、一番注意を払ったのはリヴァイの存在。

席が遠い事をいい事に、リヴァイに気づかれないようにやると言うことになっていた。

なのに、これだけの騒ぎになってしまったら、確実にあの男に気づかれる!

そんなことになれば私の命は確実に無くなる、項をあっという間に削がれる!!


「お願いだからやめてユキ!私の項がリヴァイに削がれる!」

「俺がどうしたって?」


その低い声にぴしりと空間が凍りついた。

恐る恐る振り向くと、そこにはリヴァイがこれでもかというほど鋭い視線を向けて立っていた。


「これはどういうことだ?」

「…あ、これは…」


まさに蛇に睨まれた蛙状態。
どう答えようか迷っていると、ユキの瞳がリヴァイを捉えた。


『リヴァイーーっ!』

「あっ」


ハンジの腕をすり抜けたユキは、勢い良くリヴァイに抱きついた。


「…」


リヴァイが珍しく少し驚いたように瞳を開く。他兵士もその光景に思わず息を飲んだ。

…が、赤く染まるユキの頬と少し乱れた胸元を見たリヴァイは再びハンジを睨みつけた。


「もう一度聞く、これはどういうことだ」


ハンジは両手を挙げて”降参”のポーズを取り、全てをリヴァイに話し始めた。


**
***



「下らねぇ」

「ごめんなさい」

「本当にお前は下らない事しか思いつかねぇな」

「ごめんなさい」

「…まぁ、それにまんまとハメられたこいつも大概だが」


ユキは相変わらずリヴァイに引っ付いて猫のように擦り寄っている。

そのユキに表情を変えることなく眉間に皺を寄せているリヴァイに、周りは”さすがだな”と痛感させられる。

あの二人はあっという間に気絶したというのに。


 

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