空色りぼんA

□訓練兵団
1ページ/1ページ




太陽の光が窓から差し込み、
寒さを多少なりとも緩和させてくれる。

だが、季節はまさに冬。
冷える指先を擦り合わせながら、私は慣れない馬車に揺られていた。


なぜ、私が馬車に乗っているのかというと話は数日前に遡る。


『私が訓練兵団に?』


唐突にエルヴィンから告げられた言葉に、私は思わず気の抜けた声で聞き返した。


「あぁ、以前調査兵団の団長をしていたキースという方から声をかけられてね。是非、一度立体機動の手本として訓練生の前で披露して欲しいと」

『…だいたい状況は分かったけど、どうして私なの?』


そう言う事ならもっと適任がいるだろう。

どうせ立体機動を見せるなら人類最強だっているし、そもそも私は他の人とは少し違う使い方をすることくらい自覚している。

訓練過程を経ていないから基礎から違うのだ。それを見せるのは如何なものだろうか。

そう言うと、エルヴィンは再び口を開いた。


「キース教官もそれを充分承知だ。その上で立体機動の新たな可能性として訓練兵に見せたいそうだ」

『…でも、だったらリヴァイが行った方がいいんじゃないの?』

「今期の訓練兵には是非一人でも多く調査兵団を志望して欲しいと思っている。それなのに、リヴァイに行かせたら彼に怯んでしまう可能性もあるだろう」


なるほど、と思わず納得してしまった。

彼の立体機動には誰もが憧れるだろうが、大抵の人間はあの刺し殺されそうな目付きに対する恐怖が勝る。


「キース教官からは一度だけでいいと言われている。…お願いできないか?」

『…分かった』


首を横に振ることを許さないようなその穏やかな笑みに、小さなため息をついて了承した。


『いつ?』

「明後日の昼前に立体機動の訓練がある。ここまで迎えがくるからそれに乗って行けばいい」

『…リヴァイには言ってあるの?』

「できれば言わないで欲しい。駄目だと駄々を捏ねられても困るからね」


そんな事はしないと思うけど。
と、思ったがエルヴィンがそう言うので黙って来た。

今日分の書類まで片付けている私を不思議そうな表情で見ていたが、全力で知らんぷりをした。

全く、気が抜けない男だ。


そんなこんなで、
私は訓練兵団についた。

丁寧に馬車の扉を開けられ地に降り立つと、一際迫力のある男が立っていた。この人が恐らくキース教官だろう。


「よく来てくれた」

『…本当に私で良かったの?』

「あぁ、きっと訓練兵にいい刺激を与えてくれると思った」


”期待に答えられればいいですけど。”と言い、歩き始める彼の後についていった。

調査兵団以外の兵団に来るのは初めてだ。作りこそ同じような感じもするが、やっぱり新鮮な感じがする。


一つの建物を通過すると、大きな木々が生い茂る場所にでた。立体機動の訓練場だろう。

調査兵団にも同じような場所があるのですぐに分かった。普段見ている巨人を模された的も設置してある。


『ここが訓練場?』

「あぁ、調査兵団のものと同じくらいの規模がある」


すぐ下にある小さな広場のようなところに、沢山の訓練兵が集まっていた。

教官が入ってくると同時にピシッと姿勢を正す所は、やはり訓練兵なんだということを実感させられる。

…自分には縁の無い環境だが。


「全員、注目!」


いきなり大声を張り上げたキース教官に、思わず驚きそうになる。

びっくりするじゃん、一言言ってよ。と、文句を言おうとしたが訓練兵が本当に全員綺麗に整列をして視線を向けてきたので開きかけていた口を閉じた。


「…オイ、アルミン。…あれって調査兵団の副兵士長じゃないか?」

「ほ、本当だ…どうしてこんなところにいるんだろう」

「オイオイ、あの小ちゃい美人が副兵士長?そんなもんあるわけねーだろが」

「見間違えるわけねぇだろ、凱旋で見たんだ!」


教官の隣に立つ私を見て何人かが驚いたように目を見開き、ヒソヒソ話を始める。

おい、今小ちゃいって言った奴覚えておくからな。


「誰が話していいと言った!」


だが、彼の一言で一気に静寂に包まれる。よっぽど彼らにとってこの男は恐怖の対象なんだろう。

全員の表情が一気に強張った。


「今回の講義には特別に調査兵団のユキ副兵士長に来てもらった」


再びざわざわとどよめきが起こる。

”すげぇ、本物だ!”
という声も聞こえてくる。


「こんな事は二度とない機会だ、彼女の動きを見て今後の訓練に役立てろ!」

「「「はっ!」」」


全員が揃って敬礼のポーズをする。その余りの迫力に後退りしそうになるくらいだ。

チラリと視線を下に向けると、期待に胸を膨らませたようなキラキラと光る純粋な瞳と視線が交わる。

今まで向けられたことがないその瞳に、思わず居心地の悪さを振り払うようにキース教官に問いかけた。


『…で、私は何をすれば?まさか一人で飛んでくれと?』

「そうしてくれるのもいいが、それより対比対象があったほうがお前の力も分かるだろう」

『…はぁ』


私は再び視線を向けると、まだ羨望の眼差しが向けられていた。

特に私の姿を見て初めに口を開いた男の子は、これでもかというほどキラキラとした瞳をしている。

この瞳にはどうも慣れない。


「ミカサ・アッカーマン、前へ!」

「はっ!」


キース教官に呼ばれて出てきたのは、1人の女の子だった。

冷たい瞳と少し無表情なところはリヴァイに似ている人種かもしれない。

それよりも、その子の黒髪に少し驚かされた。もしかしたら、この子も東洋人なのだろうか。


「ミカサ・アッカーマンはこの訓練兵の首席だ」

『そうですか』


確かに、女の子の割りに背も高いし骨格もしっかりとしている。むしろ、贅肉なんてないんじゃないかと思うほど筋肉がついているようにも見える。


「今から二人で立体機動の模擬訓練をしてもらう」

「はっ、光栄です」


そして私達は立体機動の準備に入った。



**
***



それぞれの立ち位置に立った二人に、周りで見守る訓練兵が口を開いた。


「エレン、本当にあの小さいのが副兵士長か?しかも女じゃねぇか」

「馬鹿だろお前、あの人は兵士長の次席って言われるほどの実力者なんだぞ!?」

「って言ってもなぁ…」


顎に手を置いたジャンはブレードを構えるユキを見上げる。


「やっぱり俺にはあの人が強そうになんて見えねぇよ。どうみたって戦闘はできなさそうに見える」

「少なくともミカサに勝てるようには見えないな」

「ライナーまで何言ってんだよ!」

「でも、もしこれでミカサが勝っちゃったらどうなるんだろう?」


ポツンと呟いたアルミンに、エレンは”んなことあるわけねぇよ”と言う。

…が、並んでいる二人の姿を見比べると、そう思ってしまうのも無理はない。

筋肉がしっかりとついているミカサに比べて、ユキは普通の女の子だ。しかも小さい。

まるで、精巧な人形が動き出したかのような姿に目を惹かれるが、それと強さは関係ない。

普段、ミカサの強さを目の当たりにしてる彼らにとって、目の前のユキがミカサ以上の力を持っているようには思えなかった。


(…やり辛いな)

こんなに大勢の注目を浴びるのは久し振りだ。調査兵団に入団した当初を思い出す。

ルールは簡単。
出される模型をいち早く見つけて、項を削ぐだけだ。

だが、今回は相手より早くというのが条件となる。


「準備はいいか?」

「はっ!」

『いつでも』


綺麗な敬礼をするミカサと比べると、自分の返事は随分と気の抜けた緊張感の無い物だ。

まぁ、そんなこと気にするのも馬鹿らしい。ミカサがブレードを構えると同時に私も鞘からブレードを抜き放つ。


「初めッッ!」


キースの声と共に二人は一気に空へと舞い上がった。その二人の速度はほぼ互角だ。

一体目の的がゴトンと音を立てて木の影から現れる。

それを見つけたミカサがいち早く角度を変えて、近くの木にアンカーを放った。


「流石に早ぇな」

「…あぁ、こうやって客観的に見たのは初めてだが、こんなに早く動いてたんだな」

「そりゃ敵わないはずだぜ」


直様急降下するミカサに全員の視線が向けられる。反対側からアンカーを放ち飛び上がるユキとほぼ同速度で、二人は交差するように模型の項を削いだ。


バシュッと独特の音が響く。
速さ、肉を削いだ深さ共にほぼ互角だった。

その光景に訓練兵は少しがっかりとした雰囲気に包まれる。調査兵団の副兵士長という肩書きから、散々言いはしたが彼女はもっと強いのだと勝手に思っていた。

だが、やってみればミカサとほぼ同レベル。

それは凄いことなのだが、期待していたほどではなかったと言うのが正直な感想だ。


「ミカサはもう訓練兵なんてやらなくてもいいんじゃねぇの?」

「このままでも十分だろ、今の副兵士長と張り合ってるんだから」


そんな声も聞こえてきた時、
二体目の模型がガタンと現れた。

再びミカサが素早く反応し、
アンカーを放って模型に向かっていく。

また、同時だろう。
そんな雰囲気に包まれた空間を、パシュッという音が切り裂いた。


「…な!?」


模型の背後を横切った小さな影は、ふわりと舞い上がり既に次の模型を探している。


一体、何が起こったというのだ?

その光景に、
誰もが目を見開く。

困惑するミカサはまだ模型に向かってブレードを振り上げたという所だった。

なのに、彼女は既に項を切り落とし、何事もなかったかのような涼しげな顔で次の的を探している。

どこから出てきたのかも、いつ方向転換したのかも分からなかった。その光景に呆気に取られていると、新たな模型が姿を現した。

ミカサは歯を食いしばり、再びアンカーを放って模型に向かって飛び上がる。


距離的には、ミカサの方が圧倒的に近い。ユキとは別の方角だ。

全員の視線がユキとミカサに集中する。

ユキは後ろをチラリと振り返り、アンカーを放つと同時に身体を旋回させて急降下した。

地面に追突するんじゃないかと思うほどギリギリまで降下したユキは、再びアンカーを放って舞い上がる。


その光景に、
誰もが息を飲んだ。

見たことのない立体機動の動き。
そしてそのスピードに呆気に取られているうちに、ユキは回転しながら模型の項を削ぎ落とした。


「…す、すげぇ」


小さな声が零れる。
圧倒的な実力差。

小さな手でブレードを握り一閃を放つユキは、まるで舞っているかのように空を飛び回る。

小さな背中に掲げられた自由の翼が、
まるで本物のように彼女の背中で揺れる。

黒髪を束ねる空色のリボンが、
ひらりと彼女の軌跡を描いた。



 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ