空色りぼんA

□隠し通せない
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ーー…すとんっ。

ユキの爪先が、
地面につき黒髪が舞った。

結局、初めこそ同時だったものの、その後は全ての的をユキが削ぎ落とした。

傍観していた訓練兵は歓声をあげたり、呆然と口を開いていたりそれぞれの反応を示している。


よかった、いくら首席とは言え訓練兵に負けたりなんかしたらリヴァイに頭殴られるどころじゃ済まなかっただろう。

…と、ユキはホッと一息ついてキースの元に向かった。


「ご苦労だった、いい物を見させてもらった」

『こんなので満足していただければ、よかったですよ。』


ひらひらとブレードを振りながら言うと、キースは鼻で笑った。


「外に迎えの馬車が用意してある」

『ありがとう』


時計を見るとそろそろお昼の時間だ。今日の献立は何だったっけ、と思いながら馬車に向かうと一人の男の子に呼び止められた。


「あの…っ!」

『?』


振り返ってみると、そこには104期生の子達が駆け寄ってきていた。

先頭を走って私を呼び止めたのは、壇上にいる私にずっと純粋な視線を送ってきていた子だった。


「あの…っ、どうやったらあんな風に早く飛べるんですか!?」

「俺にも教えてください!」

「私にも…!」

「あ、お前ら!呼び止めたのは俺なんだぞ!」


ぐいぐいと詰め寄って来られその勢いに圧倒されていると、急に目の前で始まる喧嘩。

ちょ、ちょっと待って欲しい。
この人数で詰め寄られたらさすがの私も少し驚く。

全員私より年下のようだが、ほとんど変わらないだろう。この喧嘩っぷりが子供らしさを感じる。

あ、子供とか言っちゃった。
今のは自滅発言だと、一人勝手に落ち込む。

ただでさえ先日のリヴァイからのクソガキ発言にちょっと食らったと言うのに。


『ちょっと落ち着…ーー』

「お前ら何勝手な真似をしている!ユキ副兵士長の邪魔をするな!」

「「「ーーッ!!」」」


キース教官の怒鳴り声によって、今まで元気いっぱいだった訓練兵達は一気に青ざめピタリと動きを止める。


「早く昼食の仕度に戻らんか!」

「「「はっ!」」」


続けられた言葉に返事をするも、チラリとこちらを見て名残惜しそうな顔をしている。

この子達にとったら私は、滅多に会うことができない貴重な兵士の一人なのだろう。

そういえば、世間体的には私は副兵士長だ。

先頭切って走ってきた男の子の、あの真っ直ぐな瞳を思い出し私は口を開いた。


『私は構わないよ、キース教官。』


その言葉に、訓練兵たちの表情がぱぁっと明るくなる。なんて純粋な子達なんだろう。


「…だが、お前は調査兵団での仕事が残っているだろう。元より多忙なお前を団長に無理言ってこの講義だけと借りたんだ」

『今から昼ご飯なんでしょ?帰ったってご飯を食べることには変わりないし、もしキース教官が許してくれるならお昼をこの子達とご一緒してもいいかなと』


この子達の羨望の眼差しに応えられるかどうかは別として、私もちょっと訓練兵とやらに興味がある。

一緒に刃を交えた黒髪の女の子も、さっきから一言も発しないが私に何か言いたそうな視線を送っている。

そう言うと、キース教官は少し間を置いた後、”いいだろう”と言った。


「やった!すげぇよ!調査兵団の副兵士長と飯が食べられるんだぜ!?」

「ただし貴様ら無礼な態度をとるな!分かってるな!」


浮かれたところに釘を指すのを忘れないのは、流石は指導者だ。

そうして私は訓練兵とご飯を囲むことになったのだった。



**
***




「やっほー、元気にしてる?」


バタンと扉を押し開けてご機嫌で入ってきたハンジに、リヴァイは思いっきり眉間に皺を寄せた。


「嫌だなぁ、そんな明らかに不機嫌そうな顔しないでよ」

「…何の用だ」

「ユキがいないから寂しがってると思って、様子を見に来てあげたんじゃないか」

「帰れ」

「相変わらず容赦ないね」


ハンジはいつものことだとケラケラ笑いながら、”冗談だよ”と書類を差し出した。


「判子をもらいに来たんだ」

「…だったら始めからそう言え」

「様子を見に来たってのは本当なんだよ」


リヴァイは既にハンジの言葉を無視して書類に目を通し始めている。

その間、暇になったハンジはユキの机に視線を向けた。いつもならそこで揺れている空色のりぼんの彼女がいない。

前まではあの机に誰もいないのが当たり前だったが、今では物足りなさを感じる。


書類に目を通し終えたのか、リヴァイは机の引き出しを開けて判子を取り出した。

そこでふと、彼のカップが空になっていることに気がついた。


「あれ、リヴァイ紅茶からっぽじゃないか。淹れてあげようか?」

「いらねぇ」


即答だった。
それに思わずプッと笑うと、
”何笑ってやがる”と睨まれる。

前まではカップが空になると”紅茶を淹れろ”と言ってきたのに、最近では言わなくなった。

ユキが来てからというもの、この男はユキが淹れた紅茶以外滅多に口にしなくなったのだ。

それをユキは知らないだろう。


”いや、なんでもない”と笑いを堪えながら言うと、判子を押した書類をバサリと叩きつけられる。

ちょっとからかいすぎたかもしれないと思ったが、反省するつもりはない。


「それにしてもユキ遅いねぇ」

「あぁ」

「訓練兵団なんて滅多に行く機会もないし、楽しんでるのかもね」

「…あ?」

「…え?」


不意に零された疑問符に、
思わず視線を向けるとリヴァイの鋭い視線と交わった。

え、私何か変なこと言っ…ーー


ーーあああああ!


全身の血の気が引いて行くのが分かる。そうだ、この男にはユキが訓練兵団に行っていることは内緒だったんだ!


ガタリと椅子から立ち上がる音が響き、ビクリと体が震える。

じわりじわりと歩み寄ってくるリヴァイから後退るが、やがて壁に背が当たり距離が詰められる。


「…俺は訓練に行っていると聞いていたが?」

「…う、…うん」

「訓練兵団とはどういうことだ?」


ピリピリとした殺気に、
私は殆ど涙目になりながら白状したのだった。



**
***



「どういう事だ」


…数分後。
執務室に訪れたリヴァイに、
エルヴィンは苦笑を浮かべた。


「…ごめん、エルヴィン。ついうっかり言っちゃった」


しょんぼりと肩を落としているハンジに、正直やはりこうなったかとエルヴィンは思った。


「そんな事はどうでもいい。俺は訓練だと聞いていたが、訓練兵団に行っているとはどういう事だ?」

「間違ったことは言っていないだろう。彼女には訓練に行ってもらった、…訓練兵のね」


リヴァイの眉間に更に皺が刻まれる。こうなると面倒だと思ったから言わないでおいたのだが、まぁバレてしまったのならしょうがない。

ユキの事となると、この男は過剰な反応を見せる。元より隠し通せるとは思っていなかったのだ。


”君に言うと許してくれないと思ってね”というと、リヴァイは盛大に舌打ちをする。


「…どうしてあいつが訓練兵団なんかに行く必要がある?まさか、今更訓練兵でもさせるつもりか?」

「そんな事はしないさ。現在教官をしているキース元団長より示達が届いてね。是非訓練生に調査兵団の立体機動の技術を見せて欲しいと言われたんだ」

「…だったら、ユキじゃなくても良かっただろう」

「今期の訓練兵には、一人でも多く調査兵団に入ってもらう必要がある。今回の件を勧誘に利用するとすれば、君のような無表情な男が行くよりユキが行った方がいいだろう?」


リヴァイには圧倒的な技術があるが、そこに勧誘を加えるとするとこの男は壊滅的に向いていないと言える。

それに比べてユキは技術もあるし人を惹きつける力がある。

多少警戒心を纏っているものの、それがまた凛としていて副兵士長としての威厳を引き立たせるだろう。


すると、少しの静寂の後、
リヴァイが吐き捨てるように口を開いた。


「あいつを客寄せの道具として使ったっていうのか」

「聞こえが悪いが、否定はしない。キース元団長とお互いの利益が一致したから今回の事が実現した」

「…ふん」


身を乗り出すように机に置かれていた手が、ゆっくりと離される。


「…それで、いつ戻ってくる。昼には戻ってくると聞いていたが、あれも嘘か?」

「1講義だけだから昼には戻ってくる予定だった」

「だった?」


含みのある言い方を聞き逃さなかったリヴァイは、再びエルヴィンを睨みつけた。


「向こうで昼食を食べてくることになったと伝令があった」

「どういう風の吹きまわしだ」

「どうやら、ユキが自ら希望したらしい」

「へぇ…!」


瞳を細めるリヴァイとは対照的に、ハンジは少し興味深そうに口を開いた。


「意外だね、ユキが真っ直ぐ帰って来ないなんて」

「訓練過程を経ていないユキにとって、新鮮なのかもしれない」


”それに”
エルヴィンは続けた。


「ここではどうしても年上ばかりに囲まれてしまっているから、自分と年の近い人間と話すのはユキにとってもいい機会だ」

「それもそうだね」

「向こうは今昼食を食べている頃だろう。もし時間があれば、迎えに行ってあげたらどうだ?」

「…そうだな」


リヴァイはそれだけ呟くと、執務室を後にした。

バタンと扉が閉まる。


「…え、嘘。あのリヴァイが”そうだな”…って」


まさか、そんなあっさり迎えに行くとは思わなかった。

餓鬼じゃねぇんだし、一人で帰って来れるだろう。

ぐらい言うのかと思っていたが。
ハンジは思わずエルヴィンの方に視線を向けるが、彼の表情は相変わらず変わらなかった。

まるでリヴァイが頷く事を知っていたかのようだ。


「…もしかして分かってた?」

「いや、半々だ。だが、勝手に行かせてしまったのは事実だし、これで機嫌を直してもらおうと思ってね」


その言葉に、”さすがエルヴィンだよ”とハンジは困ったように髪をかいた。


「それにしても、いつからリヴァイはあんなに心配性になっちゃったんだろうねぇ。一人で壁外に行ったわけでもないのに」

「件の一件をあの男なりに気にしているのだろう。ユキの髪と瞳は人目を引く。むしろ人に囲まれるより巨人の方がまだマシだと思うんじゃないか」

「あはは!…確かに、人の方が怖いかもねぇ」


小さく呟いた二人は、
リヴァイが出て行った扉に視線を向けた。



 

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