空色りぼんA
□ここにいる理由
1ページ/1ページ
訓練兵は調査兵団に負けず劣らず個性派揃いだった。
「俺、調査兵団に入りたくて訓練兵になったんです!」
『へぇ、珍しいね。どうして?』
「外の世界をこの目で見るためです!」
壇上にいたときから羨望の眼差しを向けてきていた男の子はエレン。
珍しいね、なんて今現在調査兵団にいる奴が何を言っているんだと自分で思ったが、エレンはキラキラとした瞳のままそう言った。
「ユキさんは外の世界に行ったことがあるんですか?」
次に問いかけてきたのはアルミン。隣にいる首席のミカサと三人は幼馴染らしい。
こちらもまた興味津々と行った様子だ。
『私が入ったのはマリアが崩壊してからだから、壁の外には出たことないな』
「すげぇぇ!ってことは入って一年もしないうちに副兵士長になったってことか!?」
「すごいです!」
コニーとサシャが口に食べ物をこんもり溜めたまま叫ぶ。
うん、ちょっと落ち着こうか。
このサシャという子は相当な大食いだ、私も大概だがこの子には到底敵わないだろう。
「お前ら見ただろ?実力があってこそだ」
ライナーが落ち着いた声で言う。
この中で言えば兄貴分だろう。悔しいが私が隣に並んだら間違いなく年上には見られない。
「それにしても綺麗な黒髪ですね」
「なぁ、あんたどうして調査兵団なんかになったんだ?どう見たって戦場とは遠いお高いところにいそうじゃねぇか」
「ユミル!失礼でしょ!」
ゴチンッとクリスタが頭突きをかます。可愛い顔して今のは結構痛そうだ。
『いいよ、私は元々副兵士長なんてガラでもないし』
「そ、それにしても本当に…綺麗な黒髪ですね」
そう言ってきたのは顔を赤くさせたジャンだ。
だが、私は覚えている。
この子は先程の訓練で私のことを”小っさい”と言った子だ。
『どうもありがとう。だけど君、さっき私のことをミニマムドチビって言ったよね?』
「え!?俺そこまで言ってな…ーー」
『今度言ったら項削ぐよ?』
にこりと笑って見せると、ジャンは怯えたように頷いた。
『よし、許す』
「…!」
ぽんぽんと頭を撫でると、あっという間に顔が真っ赤になった。こんなに純粋に反応されるとこっちも恥ずかしくなってくる。
からかわれているジャンを横目に、アニが小さく口を開いた。
「それで、どうしてあなたは調査兵団に?」
『まぁ、…流れで?』
「望んでなかったってことですか?」
驚いたように言うベルトルトに、
私は頬をかきながら答えた。
『始めはそうだったけど、今は違うかな。あそこには護りたい人がいる』
「護りたい人…」
ミカサがぽつりと呟いた。
「巨人を倒したいとかじゃ、ないんですか?」
『巨人を倒すのも自由の為っていうより、その人の為』
”不謹慎だけどね”
…と、続けるとみんなは少し驚いたような表情をしていた。
「その人の為に、命を危険に晒すことができるんですか?」
『できるよ。多分、その人に巨人の口に突っ込めって言われたら迷わず突っ込むと思う。何かその人なりに考えがあるんだろうなって思ってね』
そう答えると、表情の灯らないミカサの瞳に光が宿ったように見えた。
もしかしたら、この子もそう思えるような人がいるのだろうか。
「ユキさんは副兵士長なんですよね?…ってことはリヴァイ兵長のすぐ側にいるってことですか!?」
エレンが身を乗り出すように問いかけてくる。
どんなタイミングで何ということを言ってくるんだと一瞬ヒヤリとしたが、当の本人に全く自覚はないらしい。
そう言えば調査兵団に入りたいと言っていた。…ということは人類最強のリヴァイはこの子にとって憧れの対象なのだろう。
その瞳からひしひしと伝わってきて、思わず笑ってしまった。
『ええ、そうだね』
「一人で一個旅団並みの戦力があるって本当ですか!?」
『リヴァイは強いよ、私よりずっと強い』
”すげぇ”と感嘆の声が零れる。
ただ、潔癖だし目つきが悪いし、態度はデカイしどうしようもないんだよ。
…と、言おうとしたがこの純粋な瞳を汚せる気がしなかったので黙っておくことにしようと胸の内にしまった。
**
***
騒がしい昼食を終えて、”ありがとうございました!”と全員に綺麗な敬礼をされてちょっと圧倒された。
「あ、あのまた来てくれますか?」
おずおずと様子を伺うように言われ、思わず笑ってしまいそうになる。
『教官のお許しがもらえたら、また来るよ』
”待ってます!”と言われて、私は食堂を後にした。
酷い質問責めにされたが、とても楽しかったというのが正直な感想だ。
ああいう純粋な眼差しを受けるのには慣れないが、もしかしたら調査兵団として仲間になるかもしれない子達だと考えると変な感じがする。
改めて自分が調査兵団の副兵士長なんだなぁ、とぼんやり思った。
キース教官に軽く挨拶をして兵舎を出ると、目の前にいた人物に思わず目を開いた。
『リヴァイ!?』
「遅ぇ」
腕を組みながら柱に寄りかかっていたのは、ここにいるはずのないリヴァイ。
…と、言うか私がここに来ていることを知らないはずだ。
『…どうしてリヴァイがここに?…私がここにいること知らなかったんじゃないの?』
「クソメガネがボロを出した」
『…あぁ、そう』
その一言で納得してしまう。
どうせぽろっと言ってしまったところを問い詰められたのだろう。
”ごめんねー”なんて言いながら舌を出している姿を想像して、勝手にイラっとした。
だが、何故迎えに来てくれたのだろうか。それを聞こうと口を開いたが、リヴァイに先を越されてしまった。
「随分と満喫したみたいじゃねぇか。昼飯まで食うとはな」
『なんだか質問責めにあっちゃって』
「そんなもん無視すればよかっただろう」
『…リヴァイを来させなかったエルヴィンは正解だったね』
「俺はクソガキを相手に茶会なんざできる気がしねぇ」
『だと思う』
吐き捨てるように言うリヴァイと一緒に馬車の元へ足を進める。
すると、タタタッと小さな足音が聞こえてきた。
「…あの」
『ミカサ?』
振り返ると、そこにいたのはミカサだった。みんなの目を盗んで出てきたらしく一人だ。
「なんだ、クソガキ。茶会なら終わっただろう」
『リヴァイ』
威圧的な視線を送るリヴァイを横目で睨むと、リヴァイは舌打ちをした。
ミカサの方に視線を戻すと、
彼女は少し不安げな瞳を浮かべていた。
『追いかけてくると思った。聞きたいことがあったんでしょ?』
「…はい」
「手短に終わらせろ」
吐き捨てるように言うリヴァイの言葉を無視してやる。
すると、ミカサは言い辛そうに言葉を選びながら口を開いた。
「…その、…ユキさんは…東洋人なんですか?」
『ええ、ミカサもでしょ?』
「…はい」
やっぱりそうだった。
初めて見た時から何か言いたそうにしていたのは、私のこの黒髪を見たからだろう。
「…兵団でも、やっぱり目立ちますか?」
『ちょっとね。だけど、皆が守ってくれるから大丈夫』
隣にいるリヴァイにチラリと視線を向けるが、彼は背を向けていた。
「…私は以前東洋人だからという理由で家族を失いました。…だから、新しい家族を、…エレンを私のせいで巻き込みたくないんです」
『…!』
なるほど。
ミカサはエレンの為に調査兵団に入ろうとしている。だから、さっき私の話に食いついてきたのかと納得した。
『ここには、仲間がいるから心配することないよ。調査兵団には私もいるし』
小さく笑って見せると、
ミカサは少し顔を赤くしてマフラーに口元を埋めた。
「私も、ユキさんみたいに大切な人を支えられるように頑張ります」
『うん』
そう言うと、ミカサはぺこりとお辞儀をして去って行った。
『さ、戻ろ』
踵を返して歩き出すと、リヴァイはゆっくりと口を開いた。
「あの女も兵団に入る以上、気をつけさせたほうがいい」
『それはミカサも分かってると思うよ?私たちにとって”人の集まる場所”での警戒は常に付き纏うものだから』
へらりと笑ったユキに、
リヴァイは眉間に皺を刻んだ。
彼女は東洋人であったがために、家族を失った。だが、新たな家族がいると言っていた。
無表情な彼女が執拗にエレンにだけ寄り添っているように見えたのは、そういうことだったのか。
ミカサは新たな家族を巻き込まないようにと、再び失わないようにと必死なのだ。
「人の事を心配する余裕なんざ、あのガキにはないだろう」
『自分の事より大事なんだよ、家族ってやつが。私はその家族の温かみっていうのを知らないから、どうしてそこまで必死になるのかは分からないけど』
そう言ったユキは、
寂しそうに瞳を伏せていた。
ユキが時折見せるこの儚げな表情は苦手だ、何故か嫌な胸騒ぎがする。
どこかへ消えてしまいそうな、
そんな危なっかしい気持ちにさせられる。
「そんなもん、持ってるやつしか分からないだろう」
『皮肉だねぇ。持ってる人より、持ってない人の方が本当に大切なものの尊さを知ってるなんて』
思わず自嘲染みた笑みを零す。
私たちは、家族の温かさを知らない。
だからこそ、それがどれだけ大切なものかを痛いほど知っている。
馬車に乗り込むと、行きと同じ眠気を誘うような心地よい揺れに揺られた。
暫くの沈黙の後、
リヴァイが思い出したように口を開いた。
「…私”も”大切な人を支えられるように…か」
ぽつりと呟かれた声に、
思わず顔を引きつらせる。
背中を向けていたくせに、
しっかり聞いていやがったこの男!
聞いてなかったと思って安心してたのに!
さりげなく視線をそらすが、米神あたりにぴしぴしと視線を感じる。
なんてことを言ってくれたんだミカサ!しかも張本人の前で!
…と、言ってもミカサは悪気もなかったのだろう。何せ私のそれが”リヴァイ”だとは言っていなかったのだから。
「私”も”って事は、お前も誰かの為に調査兵団にいるってことか?」
『さぁ、どうだろう』
私は全力で流してやった。
こんなその場凌ぎは通用しないと思っていたが、リヴァイは予想に反してそれ以上聞いてくることはなかった。
もしかして、バレてる?
そんなことを思って一瞬ヒヤリとしたが、今更バレたところで別にいいやと思った。
私は、あなたの為にいるんだよ。
直接言うことは多分一生できないけど、それを知ってほしいような気もした。
窓から流れてくる風が、
冷たく頬を叩く。
そろそろ雪でも降るのではないだろうかと思わせる寒さに、ゆっくりと窓を閉めた。
壁外調査も、
暫くは行われないだろう。
こんな寒さの中、壁外へなど流石のエルヴィンでも言わないはずだ。
『暫くは平和だね』
「巨人が壁を壊して来なければな」
『そうだった』
苦笑を浮かべたユキの髪が、さらりと肩から零れ落ちた。