空色りぼんA

□初めて年下に囲まれて
1ページ/1ページ




[私”も”って事は、お前も誰かの為に調査兵団にいるってことか?]

[さぁ、どうだろう]



返されたその言葉に、それ以上聞くことができなかった。

こいつは誰かの為に調査兵団にいると言った。だが、それが誰なのか。

聞こうとして、
そのまま口を閉じた。

聞く勇気がなかったからだ。
我ながら女々しすぎて笑えてくる。

女1人に振り回されるなんて、少し前の自分では考えられなかった。

今ではあいつの表情一つ一つに心を動かされ、振り回される始末。それも悪くないと思うのだから、全く…あの黒髪の間から見せる表情はタチが悪い。



**
***



季節は冬。
外はとてつもなく寒い。

マフラーに顔を埋め、更に上着を着込んでいる私はせっせと人体格闘訓練をしている訓練兵たちをベンチに悠々と座りながら眺める。

ここで立体機動を披露してからというもの、私は時間が空くと訓練兵団へ足を運んでいた。

ただの気まぐれと言ってはそこまでだが、なんとなくこの子達の成長を見るのは嫌いではなかったからだ。

それに、調査兵団の兵士達がどんな訓練をしてきたのかも分かるし、理解を深めるにはいい機会だろう。


それにしても全く、この寒い中よくやるなぁと感心してしまう。私だったらこんな寒空の下、あんな薄着で立ち回るなど絶対にやりたくない。

そんな中、私の存在に気付いたエレンが“あっ!”と満面の笑みで走ってきた。


「ユキさん、来てたんですね!」

『うん、ちょっと届け物があってそのついでにね』


私は脇に抱えていた封筒を見せる。次の壁外調査時のトロスト区を通過するための申請願いだ。


「姉御」


続いてミカサもトコトコと走り寄ってくる。この”姉御”と言うのは何故かここで浸透してしまった私の呼び名。

女子の殆どからは”姉御”と呼ばれるが、男子は初心な子が多いのか”姉御でいいよ”と言っているのに皆ユキ副兵長かユキさんと呼ぶ。


『ミカサも寒いのに良くやるねぇ』

「身体を動かせば寒くない」

『そういう問題?』


いくら走り回ったって寒さには敵いませんよ。これが若さってやつなのか?と思わされる。

…って、私もまだ若いけど。


『それにしても、身体中泥だらけだよエレン。やっぱりアニにはまだまだ敵わないか』

「悔しいけど、あいつには敵う気がしないです」

『アニは小さいくせして強いもんねぇ』


”あんたがそれを言うか?”
と、周りにいた訓練兵が思うがそれが口に出されることはない。

ユキが怖いというより、
ユキに対する気遣いと言っていい。

要は、彼女に嫌われたくないのだ。


「そう言えば、そろそろ俺たち雪山訓練なんですよ」

『へぇ、訓練兵はそんな面倒くさいことするんだ』

「え?」

『…あ』


私の言葉にエレンがぽかんと口を開ける。しまった、この子達は私が訓練兵をやっていないことを知らないんだった。


『いや、ほら、まだあるんだなーって思って』


慌てて言うと”そういうことですか”と納得した。思った以上に簡単に納得してくれたようでホッと一息つく。


「ユキ副兵長はどのコース行ったんですか?」

『…エレンは?』

「俺は上位目指すので、一番難しいコースにしました」

「…私もエレンと一緒」


ぽつりとミカサは呟き、
少し頬を赤くさせてマフラーに口元を埋める。


『私もそれだったな』

「やっぱそうですよね!」

「…姉御は訓練してないでしょ」


ぼそりと零された言葉に視線を向けると、そこにはアニが立っていた。

えええ、何で知ってるの。


「はぁ?何言ってるんだよ、お前」

「兵士の間では有名な話らしい」


”本当なんですか?”
と、向けられる視線に嘘をついても仕方ないと溜息をついた。


『ごめん、嘘ついた。アニの言うとおりだよ』

「じゃぁどうして調査兵団に入ることになったんですか?」

『それは大人の事情』

「大人って、大して年変わらないだろ?」


そう言ったコニーの頭をぺしっと叩く。全く、この子は悪気がないからタチが悪い。


「そうだ、ユキさん俺の相手になって下さいよ!」

『ええ、嫌だよ。こんな寒いのに』

「エレン、姉御を困らせるような事言わないで」

「…分かったよ」

『手合わせならミカサにやってもらえば?』

「冗談言わないで下さいよ、こいつとやったらボロボロにされるじゃないですか」

「そんな事しない」


二人の会話に思わず笑ってしまう。本当に仲がいいこの二人の雰囲気は好きだ。

特にミカサが幸せそうにしているから、同じ境遇にいる自分も嬉しくなる。


『そろそろ行かなきゃ怒られるから、行くね。頑張って』

「もう行ってしまうの?次はいつ来る?」


捨てられた子犬のような瞳で袖をちょこんと掴んでくるミカサに、思わず口元が緩む。

ミカサは自分より強いユキを、自分の母親と重ねているようだった。


「オイ、お前こそユキさんを困らせるなよ」

「…だって、また暫く会えなくなる」

『またすぐ来るよ』

「どれくらい?」

『二週間くらいかな』

「…」

「…オイ、ミカサ!」


すると、ぎゅっとミカサが抱きついてきた。これは毎回の恒例行事。


「またやってるのか、ミカサ」

「暫く会えなくなるから、充電」

「何言ってるんだよ」

「いいなぁ、俺もやりてぇ」

『なら、来てもいいよ』


ほらほら、と群がる皆に言うが顔を真っ赤にして視線をそらされる。

”本当にいいんですか!?”なんて言うライナー以外は。

そんなデカい図体しておいて意外と甘えん坊か、と思ったがここで兄貴分をやっているから甘えられる相手もいないのだろう。

”おいで”と言ったが“姉御に触るな”と言ったミカサよって突き飛ばされていた。


「また来てねー!」


そんな言葉を聞きながら、
私は駐屯兵団の元へ向かった。




**
***



駐屯兵団に来るのは初めてだ。

普段なら通行許可と門を開閉する申請はエルヴィンが持ってきているのだが、彼は今内地へ行っていて不在。

更にそれにリヴァイまでついていっているため、私しかいなかったのだ。

ハンジに行かせようとしたが、奴は前回の壁外調査で捕えた巨人が先日項を開いた時に死んでショックから立ち直れていないし、しょうがないと私が来ることになったのである。


「オイ、なんだあの女。駐屯兵にあんな人いたか?」

「馬鹿、あの紋章みろよ。あの人は調査兵団の副兵士長だろうが」

「え、あの有名な!?」

「声がでけぇよ」


それにしても、あらぬところから降り注がれる視線が痛い。

まぁしょうがないと言ってはそれまでなのだが、ここまで注目されるとやり辛い。歩くだけでも気を使う。


…と、言うかピクシス司令の部屋はどこだ。

さっきから歩いているのに全然見当たらない。ミケに聞いたら「入って右側だ」なんて簡単に言うものだから直ぐにつくものかと思っていたが、全然違うじゃないか。

入って右側行ったら食堂だったし。

あんなアバウトな道順を聞いただけで来たのが間違いだった。こんなことならエルヴィンに詳しく聞いておくんだった。


「あんた、さっきもここを通っていなかったか?」


声をかけられ振り返ると、
眼鏡をかけた女の子がいた。

服装からして駐屯兵団の兵士のようだ。


『そうかもしれない』

「なんだ、その適当な感じは。」


実際、ここを通ったかどうかもわからなくなっているのだ。正直にそう答えると、その人は小さく溜息をついて口を開いた。


「で、どこへ行きたいんだ?」

『ピクシス司令のところ』

「…ついてきな」


女兵士はそう言うと背中を向けて歩き始めた。これは、案内してくれるということなのだろう。

私はとことことその後をついていった。




 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ