空色りぼんA

□空色りぼん
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その日は朝から騒がしかった。
…と、言ってもクソメガネのような騒がしさではなかったが、何となく騒がしかった。

理由は分からない。
表現するなら、兵団中が落ち着きがないと言うところだろう。


だが、別に興味はない。
どうせ下らない事だろうと思っていると、廊下の先からユキが歩いてきた。

その手には菓子の瓶やら綺麗に包装された袋を持っている。どうせまたエルヴィンや他の奴らにもらったんだろうと溜息をつく。

全く、ここの兵士はユキを甘やかしすぎている。甘い物が好きだと知るや否やエルヴィンを始めとしてユキに菓子を渡しているのだ。


「オイ、いい加減にしねぇと太るぞ」

『う…っ、うるさいな大丈夫だよ。訓練で消費するから』


そう言ってユキは部屋の中へと入って行った。

それにしても、今日はいつにも増して量が多かったようにも見える。そもそも二つ以上持っているところを初めて見た。


まぁ、たまたまだろうと再び足を進めると、不意に真横の扉が開いた。

この扉は…、…最悪だ。
無視して通り過ぎようとしたが、この部屋の住人がそれを許すはずもなかった。


「あ、リヴァイじゃないか!」

「…」

「無視?」


立ち去ろうとした俺の腕は、部屋から出てきてしまったクソメガネに引き止められる。


「…なんだ」

「うわぁ凄い嫌そうな顔。大丈夫だよ、一昨日お風呂に入ったから」


昨日はどうした。
というツッコミをかわすようにハンジは口を開いた。


「それよりリヴァイ、プレゼントは用意した?もちろんしてるよね!?」

「…は?」


唐突の質問に思わず聞き返す。


「プレゼント?…なんのだ」

「え、ええええええ!?」

「うるせぇな」

「何って、ユキのだよ!今日はユキの誕生日じゃないか!」

「…は?」

「まさか知らなかったの!?なんで!?」

「そんなもの俺が聞きたい」


なんでもなにも、
そんな事は聞いていない。

逆にどうしてお前は知っているのか聞き返したいくらいだ。


「この間の飲み会の時にユキが言ってたじゃないか!っていうか私が聞いたんだけど、兵団の皆は知ってるよ!?」

「…」


だから今日は朝から騒々しかったのか。それにユキが持っていたあの袋は、いつもの菓子ではなくプレゼント。

だから、三つも四つも持っていたのかと今更気づく。

…だが、俺と話した時もあいつは特に何も言わなかった。至っていつもと同じだった。

…そもそも何故言わない。


「…まさかリヴァイが知らなかったなんて」

「言われてねぇものを知るわけないだろう」

「てっきりユキの事ならなんでも知ってるもんだと思ってたよ」


なんだそれは。
そんな事ができていたらこんなに苦労はしてねぇよ。


「二人とも、そこで何をしている?」


その声に振り向くと、
エルヴィンが立っていた。

しかも、その手には大きな袋が握られている。これは間違いなく、…ユキへのプレゼントだろう。確認するまでもない。表情こそ出さないものの奴のウキウキとした雰囲気はもう疑いようがなかった。


「…エルヴィン」

「なんだ、二人はもう渡したのか?」


俺の呆れ果てた視線を全く気にする風もなく、エルヴィンは問いかけてくる。調査兵団の団長ともあろうお前が何をやっているんだ。


「聞いてよエルヴィン、リヴァイがユキの誕生日を知らなかったんだって」

「なっ、どうしてだリヴァイ!」

「知るか」


だんだんイライラしてきた。
なんで知らなかったんだと言われても、俺が知るわけないだろう。


「大体、生まれた日がなんだ。どうして生まれた日を祝う必要がある」

「うわ、元も子もないこと言い始めた」


そうだ、誕生日がなんだ。
元々俺はそんなものを気にする人間じゃない。

”勝手にしろ”と言い捨てて去って行ったリヴァイを見た二人は小さくため息をついた。


「まさかリヴァイが知らなかったとは…、あの男はユキのことを何でも知っていると勝手に思っていたが」

「それ私も思って言ったら、”知るか”って冷たく返されちゃったよ」


”それにしても”
ハンジは続けた。


「ユキが一番望んでるのは、リヴァイからのお祝いだっただろうにねぇ」





**
***




その後もユキを見かける度に、何かしら手に持っていた。

あれだけ貰ったら、本当にこいつは肥え太るんじゃないかと心配するほどだ。まぁ、元々小せぇからこれで調和が取れるのかもしれないが。

そんなユキも今は執務室の机で、眠そうな目を擦りながら書類に向かっている。

結局、ユキから俺になにかを言ってくることはなかった。お前は今日誕生日なんだろう?女はそう言う日を面倒臭いほど気にするものなんじゃないのか?

なのに、ユキは特に普段と変わることなく至っていつも通りだ。

こいつも俺と同じようにそういうものを気にするタイプじゃないのか?

そんな事を考えていると、書類もまともに進まない。


俺は誕生日だなんだというものをいちいち気にして、祝おうだなんて思う人間じゃない。

だが、こいつの事となるとどうやら違うようだ。


ガタリとユキが立ち上がり紅茶を淹れ始める。俺のカップが空になったことに気づいたのだろう。

カチャカチャと棚を開けて準備をするユキの背中で、空色のりぼんが揺れている。

それはやはり所々に切り込みが入っていた前のままだ。


俺は机の引き出しを開け、殆ど物が入っていないその奥にしまってあった小さな包みを取り出す。

紅茶を淹れ終えたユキは机の前まで来ると、空になったカップをトレイにのせて新しいものを机に置いた。


「…オイ」

『何?』


立ち去ろうとするユキの背中を呼び止める。

振り返ったユキに持っていた包みをそのまま突き出すと、その大きな瞳が見開かれた。

そのままらしくもなくキョトンと手元を見つめている。


「なに驚いてやがる、今日はお前の誕生日だろう」

『…嘘、リヴァイが私にプレゼント?』

「これで嘘だと言う程俺の性格は悪くない。それとも、いらないなら他の奴に渡すが?」

『いる!…欲しいっ!』


ユキは慌てて俺の手から包みを受け取ると、トレイを置いて包みを両手で大切そうに握りしめる。

その表情は本当に嬉しそうに緩められていて、餓鬼のような笑みに思わず緩めた口元を手の甲で隠した。


『リヴァイは誕生日とか気にしない人だと思ってた』

「そうだな。…だが、自分の直属の部下のくらい祝ってやってもバチはあたらねぇだろう」


ユキはもう一度ぎゅっと包みを握ると、”ありがとう”と満面の笑みを浮かべて言った。


『ねぇ、開けていい?』

「勝手にしろ」


ユキは包みを開ける。
リヴァイからのプレゼント、
…何が入っているんだろう。

包みを開けると、そこから出てきたのは小さく纏められた空色のりぼんだった。


『…!…これ』

「今しているものが汚ねぇから、と思っただけだ。汚ねぇのは気にくわないからな」


前の会話、
覚えててくれたんだ…。

ユキは今つけているりぼんを外し、新しいりぼんを髪に結びつける。前のりぼんより手触りも良く、長さも丁度いい。

鏡でりぼんを確認しているユキに歩み寄ると、リヴァイは彼女のりぼんにそっと触れた。


『…!』


リヴァイの指先が、
空色のりぼんを撫でる。

ユキがゆっくりと視線を上げると、リヴァイは小さく笑って口を開いた。


「やっぱり、お前の髪にはこいつがよく映えるな」

『…っ』


ユキは赤くなった顔を隠すように俯き、唇を噛みしめる。この雰囲気に耐えられず、思わず悪態をついた。


『…前はどうでもいいとか言ってたのに』

「覚えてねぇな」


”だが”…と、
リヴァイは続けた。


「色気も女らしさもねぇんだから、せめて一つくらいこういうものをつけておいてもいいだろう」

『…なっ、色気くらいあるよ』

「それは本気で言っているのか?だったら、もう一度鏡をよく見た方がいい」


“…は”っと鼻で笑うリヴァイに思わず拳を握りしめる。

…こんっの男はぁぁ!
さっきドキドキした分を返せと言いたくなるが、そこをグッと堪えた。

こんな悪態をつかれても嬉しいと思ってしまう自分がいる。

こうして私にプレゼントをくれた。それだけで、私には充分すぎるくらい幸せだ。今日もらった誰からのプレゼントより嬉しかった。

だけど、それは言わない。
言ったら負けたような気がして、
絶対に言いたくなかった。


あぁ、こんな素直じゃないからいつまでたっても餓鬼扱いされるんだ。


「それにしてもお前、どうして俺に誕生日のことを言わなかった」

『だって私から言った訳でもないし…、ハンジに聞かれたから答えたらいつの間にか言いふらしてたみたいで、みんな知ってたんだよ』

「…結局あいつじゃねぇか」


…チッ、と舌打ちをしたリヴァイは”今日になるまで知らなかったんだぞ”と吐き捨てた。


『自分から、私今日誕生日なんだよ!…なんて言えないでしょ?』

「…それもそうだな」


その一言によって何故か少し怒っていたリヴァイの眉間の皺が消えた。

…と、言っても慢性的に眉間に皺があるので減ったというのが正しいだろう。

そこで私の頭の中をふと一つの疑問が浮かんだ。


『だったら、どうしてプレゼント持ってたの?』


今日知って今日買いに行った?
いや、今日はリヴァイは出掛けてはいなかったはずだ。

だったら、どうして?
そう思って問いかけてみると、何故か舌打ちが返ってきた。


「んな事はどうでもいいだろうが。」


まさか、前から持っていたとは言えるはずもない。

これは内地に行った時、りぼんの話を思い出して買ったものだった。

そして渡す機会もなくしまっていたのだが、誕生日という機会を利用して漸く渡すことができたのだ。

…そんな事を正直に全て話すつもりもないが、当の本人が喜んでいるのだから別にいいだろう。


『ありがとう』

「あぁ」


ふわりと笑ったユキの後ろで、空色のりぼんが綺麗に揺れる。やっぱり似合ってると改めて思う。


「それで、お前はいくつになったんだ?」


ギクリとユキの身体が揺れた。

なんだ?
と、視線を向けるとユキは言いづらそうに口を開いた。


『…、…20』

「…は?」

『20』

「聞こえてないわけじゃねぇよ」


ユキは以前”もう20だから子供じゃないんだ”…と、得意気に言っていた。


「てめぇ、嘘つきやがったな?」

『…ごめん』


睨みつけてやると、ユキは視線を逸らしながら”降参”というように両手を小さく上げる。


「…ったく、どうしてそんな下らねぇ嘘ついた」

『…子供だと思われたくなかったから』

「そう言うところが餓鬼なんだ」

『…仰る通りです』

「それに一つ二つ増やしたところで変わらないだろうが」

『変わる…っ、10代と20代の差は大きい』

「俺からしたらどっちも変わらないがな」


グッと唇を噛みしめる。
誰にガキ扱いされたくなかったかって、あんたにだよ!

…と喉まで出かかった言葉を飲み込む。いつものことだ。


「だがまぁ、お前もこれでナリは兎も角大人になったわけだ」

『心も体も大人だから』

「笑わせるな」


くしゃくしゃと乱暴に頭を撫でられ、それだけで嬉しくなってしまう自分に腹が立つ。

今まで誕生日なんてどうでもいいと思っていたのに、兵団のみんなにお祝いしてもらって。

…こうして誰よりも大切な人に祝ってもらえて。

私は本当に幸せ者だ。


『リヴァイ』

「なんだ」

『ありがとう』

「…あぁ」


私はもう一度お礼を言った。




 

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