空色りぼんA

□打ち明ける想い
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「全体、隊列を整えろ!」


降り積もっていた雪が溶け、
凍えるような冬が終わった。

…と、言ってもまだまだ寒さは続いているが、3ヶ月ぶりに壁外調査が再開された。

兵士はなるべく軽装を、と言われていたがどうしてもマフラーとグローブだけは手放せない。

動いたらそりゃ熱くなるんだろうけど、それまで馬にのって風を切るのだ。そんなのに耐えられる自信はない。


「やっぱりリヴァイからもらったりぼんはつけて来たんだねぇ」


ハンジがにやりと笑いながら言ってくる。このりぼんを付けている時は毎回からかってくるのだ。


『前からりぼんはつけてるでしょ』

「前のは捨てちゃったの?」

『もう必要ないし』

「ふーん…、…いたたたた!眼球出る!眼球出るから!」


意味深に笑うハンジにイラッとしてゴーグルの後ろのゴム部分を思いっきり引っ張ってやる。

暫く痛めつけてから離してやると、パシッと頭にゴムが当たってそれも痛そうだったが自業自得だ。


「…酷いよユキ〜」

『そっちがからかってきたんでしょうが』


ゴーグルを一旦外して瞳を擦りながら、ハンジは再び口を開いた。


「でも、あれだね。なんて言ったって好きな人からのプレゼントだもんね」

『そうだね』

「そうだよ…、ね…って、ええええ!?」


ガバッと目を見開いて叫ぶハンジに”うるさい”と耳を塞いで睨みつける。

だが、こいつは止まらなかった。


「今、今そうだね…って!」

『悪い?』

「…」


今まで否定するか軽く流していた私が、初めて肯定したから驚いているのだろう。呆然と口を開いているハンジに小さくため息をついた。


『そんなの知ってたでしょ』

「それは知ってたけど…、…まさかユキが自分で認めるとは思わなかった。…どうして急に認めたの?」

『気分』

「…気分、ね。でも嬉しいよ。ユキがやっと本当のこと言ってくれて」


ハンジはにこりと笑う。
それはさっきまでのようなニヤニヤした笑いではなく本当に嬉しそうな笑顔で、またイラッとして舌打ちした。


”ええ、なんで舌打ち!?”
と、いう言葉が聞こえたが無視。

今、ハンジに言ったのは本当に気分だと言ったらそれまでだ。

…だが、ふと思った。
もしこのまま壁外調査で死んだら、この気持ちは永遠とリヴァイに届かないままなのだろうと。

もしハンジが言ったとしても、それは彼女の憶測の域から出ることはない。

もちろん”死ぬな”と言われているから死ぬつもりはないが、何が起こるか分からないのが壁外だ。

万が一の時、それを伝えてくれるのはこいつだろう。一々イライラする事もあるがハンジは絶対に壁内に戻ってくると思うし、他人にべらべらと口外するような奴でもない。

悔しいがなんだかんだ言って、信頼できる奴だ。


「ユキ」

『ん?』

「…お願いだから、死なないでね」


真面目な口調で改めてそう言われ、思わず眉間に皺を寄せた。


『何、どうしたの?』

「…なんとなく」


そう言いながらも、珍しく表情を歪めているハンジに”当たり前でしょ”と返すと、”だよね”と笑って返された。


(急にそんな事言い出すなんて、…まるで死ぬ前みたいじゃないか)


ハンジはユキに悟られないようにグッと手綱を強く握り締める。

大の親友が自分に気持ちを打ち明けてくれた事は正直に嬉しい。きっと、言われたのは自分だけだ。

だから正直に喜びたかったが、まるで死ぬ前に言っておこうという感じがして背筋が凍った。

ユキはいつものように”当たり前でしょ”と帰ってくる意思を示してくれてホッとしたが、何だか嫌な予感がする。


(…やっぱり私の考えすぎか)


「ユキ」

『リヴァイ』


名前を呼ばれ振り返ると、
馬に乗ったリヴァイがいた。


「いやぁ、噂をすればってやつだね」

「…噂?」

「痛い痛い痛い!」


いきなり何を言い出すんだこいつは!

再びゴーグルを引っ張ってやると、”ごめんってば!”と涙目になりながら謝ってきたので、再びペチンと離す。


『なんでもないよ、…ね?ハンジ』

「なんでもございません」


念を押すように…、というか脅すように言うとハンジは涙目になりながら頷く。そんな私達のやり取りに”下らねぇ”とため息をついたリヴァイは口を開いた。


「集合場所は分かってるんだろうな」

『大丈夫だよ、また向こうまでは別々だね』

「…あぁ」


私とリヴァイは今回も索敵陣形では別々の配置になっている。

前は荷馬車を挟んで両側だったが、今回はお互い二列分外側になった。エルヴィンの考えによるもので荷馬車の護衛はもちろん、索敵に大きな損害があった時にそちらにも対応できるようにとの考えだ。


「今度は二体捕獲してくれることを期待してるよ」

「捕獲用の装備さえあれば、いくらでも捕まえられる」

「頼もしい言葉で安心したよ」


ふんっとリヴァイは視線をそらす。今回私達の捕獲目標は二体、当然二体分の捕獲装置が荷馬車に積まれている。

リヴァイの言う通り私達二人なら、持って帰る装備さえあれば何体でも捕獲できる。


「ユキ副兵長ー!」

『!』


不意に聞こえてきた声に視線を向けると、集まっていた民衆の後列の方にエレンとミカサ、アルミンの姿が見えた。


「…なんだ、あいつらは」


”うわぁ、かわいい”と言うハンジとは対照的に、リヴァイは三人を睨みつける。

ちょっと、エレンたち怖がっちゃってるよ。


『訓練兵の子達だよ、104期生』

「…ほう」


私が小さく手を振ると、三人は嬉しそうに大きく手を振り返してくる。


「姉御、必ず帰ってきて」

「俺達の卒業を見届けて下さい!」

『分かってるよ』


そうか、今日が卒業式か。
と言うことは帰ってきたらあの子たちは調査兵団に入ってくるんだ。

他のみんなは分からないけど、エレンは絶対に調査兵団に入るだろう。

帰ってくるのが楽しみだ。


「ユキは随分慕われてるんだね。見てよあの子たちの目、キラキラしてて眩しいくらいだ」

『あの三人は調査兵団になるんだって』

「へぇ、期待できそうな子達じゃないか」

「…オイ、なんだあの呼び方は」

『あぁ、姉御?よく分からないんだけどいつの間にか広まっちゃって、104期生は初心な男の子以外みんな姉御って呼んでくれるよ』

「…そうか」


リヴァイの眉間に小さな皺が刻まれる。訓練兵のところに遊びにいていたのは知っていたけど、ユキがここまで浸透しているとは思わなかった。

正直に驚いたが、リヴァイのこの眉間の皺はただの嫉妬だろうとハンジは笑いを堪えながら前を向いた。


「開門ーーッ!」


号令が響く。
重苦しい音と共に門が開き、
一斉に馬が走り出す。

土煙が舞う。
歓声が上がる。

門を潜った瞬間、
冷たい風が頬を叩いた。



**
***



市街地を抜け、
広い草原に出る。

ここからは援護班の助けは無くなり、完全に巨人の領域だ。


『…寒っ』


何も遮るものがない草原は、
ダイレクトに冷たい風が吹き付けてくる。

地下街で使っていたものをそのまま持っていてよかった。このグローブが無ければ多分手が悴んで手綱を持っていられなかった。


暫くすると、反対側の右翼から赤色の煙弾が上がった。すぐに緑の煙弾が打ち上げられ進路が変更される。

次は左翼から上がるだろうな、と思っているとやはり上がった。エルヴィンから緑の煙弾が上げられ進路が変更される。

それを暫く繰り返していく。
伝令も回ってこないし、今のところ大きな損害もないのだろう。

この先にある市街地までまだ暫く道のりがある。このまま何もなければいいのだが。


そう思っていた矢先、赤と黒の煙弾が左翼索敵側から同時に上がった。

あの位置は中央あたりだ。
私は班長であるナナバと視線を合わせる。もし、索敵に大きな損害が発生した場合は援護に向かう事になっている。

だが、まだ動くには早い。
なるべく陣形は崩さないに越したことはない。


『進路変更して、それでも煙弾が上がったらにしよう』

「そうね」


緑の煙弾が上がって進路が変更される。煙弾は上がらなくなった。


ーードォォオオン!

大丈夫だったのかと思ったその時、左翼側から緊急用の煙弾が打ち上げられた。


『…行ってくる』

「ええ」


私は兵長の手綱を引き、
索敵側へ進路を変更した。

後方にいたため中央までは随分距離がある。すれ違う兵士達が不安そうな表情を浮かべていた。


「ユキ副兵長!」

『何か伝令は来てないの?』

「それが、全く…」


…どういう事だ?
あれだけ煙弾が上がっておいて伝令の一つもないと言うことは、まさか伝令ができないほど損害が出ているという事?

もしそうだとしたら、
陣形が破壊される緊急事態だ。

私は更に手綱を引いて速力を上げた。



**
***



『…何これ』


煙弾が上がったところまで来た私は、目の前の光景に思わず顔を引きつらせた。

中心に風車が建てられた小さな村らしきところに7、8体の巨人が群がっている。

立体機動で対抗しているのが何人かいるが、その下に転がっている死体の方が多い。

…全くもって酷い現状だと言えた。


「うわぁぁあ!」

1人の兵士が放っていたアンカーが別の巨人の足に引っかかり、その体は一直線に家の壁に向かって飛ばされていく。

このままだと叩きつけられる…。
素早くアンカーを放ち、一気に飛び出して兵士の体をぎりぎりというところでキャッチした。


ーー…ドガッ!

『…ぐっ』


兵士と壁の間に挟まれ背中から叩きつけられた身体には強い衝撃と圧迫が襲いかかり、一瞬呼吸が止まったかような錯覚を覚える。

足に力を入れて踏ん張るが、ガラガラと古家の壁が崩れ落ちるのと同様に私の身体は呆気なく地面に崩れ落ちた。


「ユキ副兵長!?」


私の腕から離れた兵士が顔を真っ青にさせて叫んでいるのが見える。


『…だ…、』


大丈夫。

と、言おうとしたが背中を強く叩きつけられた衝撃のせいで上手く声が出てくれない。

こんな事をしている場合じゃない…こうしている間にも巨人はこちらに向かって足を進め、陣形は前進している。片手で胸元を握りしめ、精一杯呼吸を整える。涙をいっぱいに溜めた瞳で私を見上げる兵士に告げる。


「…っユキ副兵長…ッ!」

『私は大丈夫だから、今の現状を簡潔に説明して』


”早く”と促すと、
兵士は慌てて言葉を紡いだ。


「き、奇行種を一体倒したら、そいつに群がるように急に巨人が集まり出して…っ、…始めは索敵班だけで対処していたんですが徐々に集まって行くうちに…」

『分かった』


対処しきれないうちに後列が来て、戦ったものの命を落としたというところだろう。

確かにこの数の巨人を放っておくことはできない。普段なら馬の速力に任せて振り切るところだが、目的地が既に見えている。

ここで片付けなければ、市街地にこの巨人達を引き連れて行くことになってしまうだろう。それだけは避けなければならなかった。


「ユキ副兵長、…俺は」

『急いで伝令を。ここの現状は陣形まで伝わっていない』

「…でもっ、皆を残してなんて…副兵長だって今怪我を…」

『いいから早く行って、これ以上損害を大きくさせるわけにはいかないでしょう?』


少しの間動かなかったが、兵士は”ご武運を!”と行って馬に跨り駆け出した。


私は痛む体を無理矢理立ち上がらせる。

それにしても酷い状況だ。だが、これだけの巨人が集まっていて被害が2班だったというのは、まだましだったと考えるべきなのかもしれない。

再び村を見渡せば、戦っているのは残り一人になっていた。


『ロイ』

「ユキ副兵長!」


彼に手を伸ばそうとしている巨人の項を削ぎ落とし、ロイと屋根の上で背中合わせになる。


「まさか、あの緊急用の煙弾であんたが来てくれるとはな」

『一応来てみてよかったけど、それにしても酷い状況だね。巨人が復讐してくるなんて思わなかった』

「…あぁ、どうやら奴らの恨みを買っちまったらしい」


巨人は残った私たちを我先に食べようと歩み寄ってくる。周りにいるのは3体だが、更に遠くの方からこちらに向かってくる巨人が見える。


『ロイ、貴方も伝令に行って』

「オイオイ、冗談だろ。ここにあんた一人を置いていけと?」

『あなたは私が死ぬと思ってるの?』

「そうじゃねぇが…」

『だったら、伝令に行って。一人行かせたけど二人いた方が確実でしょ』


ユキはそれだけ言うとアンカーを放って高く飛び上がった。

ふわりと黒髪が舞い、急降下すると同時に旋回しながら2体の巨人の項を削ぎ落とす。

激しい蒸気が舞い上がる。その姿に呆気に取られていると、”早く行け”と言わんばかりに睨まれた。


「…くそっ、死なないでくれよ!」


ロイはそう言って駆け出した。

さて、これからどうしたものか。
目の前には増えてきた巨人を合わせて5体。

大きさはバラバラだが、どうやら奇行種はいないらしい。みんな私に向かって手を伸ばしてきている。


しかしその中で、陣形の人間が通り過ぎて行くのを見た1体の巨人が走り出した。


『そっちには行かせない』


パシュッとアンカーを放ち、
ユキは再び宙を舞った。

 

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