空色りぼんA

□託される意思
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巨人の背後にある風車の支柱にアンカーを放ち、ガスを吹かして速度を上げ項を削ぐ。

飛び散る液体が頬に飛ぶ。
目に入りそうになって間一髪で片目を閉じた。

ドシン…と巨体が地面に沈み、
地響きのような振動が足元から伝わってくる。


『…はぁ、…はぁっ』


もう何体巨人を削いだのだろうか。

肩で必死に呼吸を整えながら辺りを見渡す。動いている巨人は4体。

10体までは数えていたが、それ以降はもう何体倒したのか分からない。

刃も今装備している二枚と、
特別仕様の刃があと二枚だけ。

これはちょっと不味いかもしれない。刃が無ければ巨人を倒すことはできない。


自分に向かって伸ばされる腕をかわして足場にし、そのまま巨人の足にアンカーを放って背後に回り込む。そして、アンカーを項に刺し直して巻き取った。


ーーズシャッ…!


『うわ』


完璧に削いだと思ったが、やはりブレードの斬れ味は限界らしく肉が抉れただけで削ぐまでには至らなかった。

巨人は奇声を上げながら項を手で押さえ、悶え苦しんでいる。

そのうちに建物の隙間に隠れ、カチッと今つけている刃を外して刀状の刃を鞘から抜き放つ。

エルヴィンにはあまり使うなと言われているが、緊急事態だからしょうがない。これなら一本で首を切断できる。

…それも自分の体力がもてばの話で、一度でも失敗すれば巨人の手の平に収まる可能性があるが。


「…ゲホッ!」


背後から聞こえた声に思わず体が震える。しかし、それは巨人のものではなく死体だと思っていた調査兵団の兵士だった。


…まだ生きている?
僅かな望みをのせて駆け寄ったが彼の片足は既に失われており、腹部からは大量の血が流れ出している。

地面に作られた血溜まりは致死量を到底超えている。意識があるのが奇跡に近かった。


『…何か言い残すことは?』

「…あぁ、お前さんが来てくれたのか…」


地面に膝を付くと、兵士は今にも消え入りそうな声で口を開いた。そして、私の手元を見ると苦しそうにしながら言葉を続けた。


「…それは、この後の捕獲任務用だろう」

『もうこれしか残っていないから』

「…、…俺の刃を使ってくれ、ガスも結構残っているはずだ」


彼の鞘を見ると刃は8枚ほど残っていた。これだけあればまだ十分に戦えるだろう。


『ありがとう、大切に使わせてもらう』

「ユキ副兵長…、あんたは俺達の希望だ、…生きてくれ。そんな小さな背中に重いもん背負わせちまってすまねぇな。…だが、こうなっちまった俺はもう誰かに希望を託すしかねぇんだよ…」

『…その希望は私が受け取っていく。私は生きて壁の中に帰るよ』

「…はっ、俺の娘もあんたと同じ年くらいなんだが…、…あんたみてぇに強くなって欲しいもんだ…」


うっすらと瞳が閉じていく。
人の命が、消える瞬間。
何度も立ち会ったこの瞬間に、
やはり慣れというものは生まれない。


「…あぁ、まだ娘と嫁と生きたかったなぁ」


そうして、男は最後に笑って瞳を閉じた。


私達の体を影が覆う。
上を見上げると巨人たちが、建物の隙間にいる私を何とかその手の中に収めようと必死に手を伸ばしている。

思わず自嘲染みた笑みが零れた。


『…ねぇ、確かあなたの娘さんって15歳じゃなかった?』


同い年ではないじゃないか。
私はもう20歳だ。

…そんな悪態を尽きながら、彼の鞘から刃を抜き取りガス管を交換する。

刀状の刃を鞘に納めてブレードを再び装着する。頬についた巨人の血を手の甲で拭い、地を蹴った。

巨人の顔のすぐ真横をすり抜け、
その巨体を見下ろせる高さまで一気に飛び上がる。

自分に向かって手を伸ばしていた巨人の項はガラ空きになっていた。今まで自分の下にいた人間が急に視界からいなくなって、戸惑っている。


『もうそこにはいないよ』


私は重力に身を任せ、
そのまま項を削ぎ落とした。

ガクンと巨人の体から力が抜けて建物に全体重がかけられると、建物はあっけなく崩壊していく。

その下には先程の兵士の死体が埋まったことだろう。だが、それを一々気にしていたら私もここで死んでしまう。


彼の残してくれた刃とガスを、
無駄にしないためにも。

”死ぬな”という命令の為にも。

面倒臭いけど、
私は生きなければいけない。


例えそれがどんなに絶望的だろうと、最後まで諦める事は許されない。誰かが助けにきてくれるか先に命が尽きるか。


私はブレードを構え直し、
再びアンカーを放った。




**
***




左翼側からの煙弾が上がらなくなった。

その事実に、調査兵団の兵士は全員がホッと一息ついたと言ったところだろう。


「落ち着いたのかな」

「…どうだろうな」


ぽつりと言葉を零すハンジにリヴァイは短く返す。この二人は今回隣接した場所に配置されていた。


「次は右翼側が来るかもしれないね」

「目的地はすぐそこだ。いざとなったら逃げ込むことだってできるだろう」

「そうだね」


二人の眼前には目的地である市街地が見えてきていた。なんとか到着することができそうだ。

そう思われた雰囲気は、
一つの伝令によって崩される。


「口頭伝達です!最左翼索敵2班が壊滅、現在ユキ副兵長が巨人を食い止めているとのこと!」

「…なっ」


思わず瞳を見開く。
リヴァイを見ると彼も珍しく目を開き、理解できないという表情をしていた。


「どういうこと!?ユキが残ってって…まさか一人でじゃないよね?」

「詳しくは分かりません!ただ、伝令によればユキ副兵長が一人で残ったということしか…」

「…っ」


一体どういうことだ。
理解できない私がおかしいのか?

確かに、ユキとリヴァイはそれぞれ索敵に多大な損害が出た場合はその対応に回るように言われている。

だが、一人で残る事態なんて想定していなかった。それほど向こうでは陣形を崩壊させるほどの緊急事態が起こっているというのか。


出発前の会話を思い出して全身に寒気が走る。”まるで死ぬみたいだ”と思ったあの瞬間。

…まさかこんな非常事態が本当に起こるなんて…。


「聞いていたな、伝達しろ」

「は、…はい!」

「…リヴァイ」


リヴァイは班員にそう命令すると、チッと舌打ちした。


「あの馬鹿が、…何やってやがる」


その瞳は細められ、
眉間には皺が刻まれている。

本当は今すぐにでもユキのところに向かいたいのだろう。私もそうだ、だが陣形を崩さないようにと必死に冷静さを取り繕っている。


「…リヴァイ、行ってきて」

「お前は何を言い出すつもりだ、一時の感情に流されるな」

「もう目的地は見えてる。こっち側で何かあったらリヴァイの代わりに私がなんとかするから」

「…お前」


リヴァイの瞳が真っ直ぐに向けられる。ハンジのいつもとは違う焦った様子を見抜いたのだろう。

リヴァイは口を閉じた。


「…こんな事は言いたくないけど、なんだか嫌な予感がするんだ。だからきっと、今行かないと後悔する」

「…」

「…リヴァイが行かないっていうなら、私が行く」


二人は暫く視線を合わせる。
少しの間の後、リヴァイが舌打ちをして馬の進路を変えた。


「誰がお前に行かせるか」


そう言ったリヴァイは自由の翼を翻し左翼側に向かって駆け出した。


「…頼んだよ、リヴァイ」


この嫌な予感が、
思い違いであったらいい。

そう願いながら、
ハンジは再び前進した。



**
***



最左翼側まで来ると、
巨人の返り血を浴びた兵士が二人いた。

壊滅した、と伝令された最左翼班の兵士だ。”何をやっている”と睨みつければ泣きながら”副兵士長が逃がしてくれた”と言いやがる。

…どう言うことだ、こいつは。

身体の奥底から熱い何かが湧き上がってくる。怒りと焦りがぐちゃぐちゃに入り混じっていて自分でも納めることができない。


ユキがどうしてこいつらを伝令に走らせたのかは簡単に理解できた。

奴らの鞘の刃は僅かしか残っていない上に、陣形には左翼索敵班が大きな損害を受けたことが伝わっていなかった。

何としてでもこの事態をエルヴィンに伝えなければいけない。目的地も見えているこの場では、振り切ろうとすれば市街地に巨人が押し寄せることになっていただろう。

それを阻止するにはここで食い止めるしかない。そして、食い止められるのは自分だとあいつは残った。


[こんな事は言いたくないけど、嫌な予感がするんだ。]


「…クソッ」

柄にもなく冷静さを欠いている自分に苛立つ。ユキに限って死ぬことはあり得ない、勝手に死ぬなという命令をユキが破るとは思えない。

あいつは散々ぶつくさと文句を言うが、今まで一度も約束を破ったことはないのだ。

どうせいつものようにへらへら笑って、”ごめんね”と俺の前に帰ってくるはずだ。

…帰ってこなければ許さねぇ。



ーー…ドド、ドドッ…


暫く馬を走らせ、蒸気で包まれた小さな村に辿り着く。

しかし、そこはもう村としての原型は無くなっていた。中心に聳え立っていたであろう風車は支柱から折れ、所々に建てられた民家の殆どが崩壊している。

どうやら巨人が倒れこんだらしく、廃材の上では巨人であっただろう肉の塊が蒸気を発していた。


「…ッ」


リヴァイは刃を抜いて馬から降り、辺りに視線を巡らせる。

…酷い蒸気だ。
数メートル先の状況も分からない。

これではいつ蒸気の中から巨人が襲ってくるか分からない。周囲に気を張りながら、リヴァイはそれでも進んでいく。

その途中で転がっている死体を見つけては、それが黒髪でないことを確認する。

頭部を切り離されていたら確認する手段が無いが、身体の大きさで分かる。あれだけ小さな兵士はそういない。



ーードシン…ッ!


聞き慣れた足音に刃を逆手に構え直し、蒸気の先に視線を向ける。

この状態で無闇に立体機動を使えば、視界が開けた瞬間巨人の口の中なんてこともありえなくない。

いつ姿を表すのか。リヴァイは刃を構え、その鋭い瞳で蒸気の先を見据えた。


ーー…キィンッ!


しかし、次に聞こえてきたのは空間を斬り裂くような鋭い金属音。

直後、血が噴き出す音が聞こえてくると、首から上が無くなった巨人の体が前のめりに倒れてきた。


…ドシィィン!


この斬り口は間違いない…!

綺麗に首を切断された巨人を確認したリヴァイは直ぐに駆け出した。

そして、崩壊しかけた民家の壁に背を預けて座り込んでいるユキを見つける。


巨人の返り血で染まったマントに包まれた小さな体は、くったりと力が抜けて蒸気を発していた。


「…ユキ!」


ユキの瞳が、
ゆっくりと自分を見上げる。




 

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