空色りぼんA

□…続きは。
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顔を上げると、リヴァイが私を見下ろしていた。

その姿にさえ心臓が煩く鼓動を刻み、”…あぁ、やっぱり好きなんだ”と実感させられる。

今すぐ抱きつけたらどれだけ幸せなのだろうか。”好きだ”と言ったら、どうなるんだろうか。


この男は私の世界を二度も変えた。一度目は地下街から逃げた時、そして二度目は街を歩いていた私を捕まえ調査兵団に入団させた。

リヴァイがいなければ今の私はない。あの出会いがなければ、今頃私は地下街でひたすら繰り返される負の連鎖を欲望に従って、人の命を断ち続けていたのだろう。


『…リヴァイ』

「なんだ?」


せめて、これくらいは伝えてもいいだろうか。こんな私でも、感謝の気持ちを伝えるくらいは許して欲しい。

好きだと言えなくても、せめてこれだけは伝えておきたい。伝えておかなければいけない。


『…』

「なんだ、話さねぇのか?」


中々話出さない私にリヴァイは問いかけ、その手を頬に伸ばして触れてきた。

目付きも口も悪いくせに、優しく触れる手にどうしようもなく愛しさが募る。


『ちゃんと、伝えなきゃいけないことがあるの』

「…どうした、改まって」

『巨人に囲まれて死ぬかもしれないって思った時、ちゃんと伝えておけば良かったって思った事があったから…』


”死ぬかもしれない”というところで、リヴァイの眉間に皺が寄せられる。

だが、私は続けた。


『…あの時もしリヴァイが私のことを見つけて捕まえていなかったら、今頃私は地下街にいたと思う』


一度目も、二度目も。

理不尽な世界に生まれて、
理不尽な扱いを腐る程受けてきた。

自分の生きる意味は道具として扱われること。それが本当に自分の生きる意味なのかと、何も知らない小さい頃は何度も考えた。

そう言う私の言葉を、
リヴァイは静かに聞いている。


『その答えが見つからなくて、ただなんとなく生きてきて…そして、リヴァイに出会った。』

「…」

『始めは無理矢理連れて来られたようなものだったけど、みんなと…リヴァイと過ごせて今はすごく楽しい』


そう言いながらふと思った。

なんだ、私は充分幸せ者じゃないかと。好きな人の側にいられて、その手に触れられて。

もっともっとと自分が欲を出して願っているだけで、私はもう充分に幸せ者じゃないか。

…これ以上、何を望むと言うんだ。

私は思わず口元を緩めた。
リヴァイの顔を見るとやはり鋭い瞳の中に優しい光が灯っていて、それにまた笑ってしまった。

いくら憎まれ口を叩いていても、結局は優しい。そういうところに私は惹かれたんだから。


『私、あの時リヴァイに出会えてよかった。あの時リヴァイが追いかけてきれくれて良かった。…ありがとう、リヴァイ』


ユキは、今までに見せたことのないような柔らかい笑みで笑った。

本当に嬉しそうに、
…幸せそうに笑った。

その笑みに、リヴァイは目を見開き彼女の瞳を見つめる。


…どうしてこいつは、不意にこういう表情をして俺を惑わせる。

紡がれた言葉も、向けられた表情も全てがどうしようもなく愛しく感じて、リヴァイはユキを強引に引き寄せてその腕に閉じ込めた。


ピクンと小さく震える体。
始めは呆然としていたユキだが今の現状に気づいてハッとし、その手で押し返してくるが全く意味はない。

抱き締める腕に力を込めれば、耳元で焦ったような声が聞こえてきた。


『…は、…離して』

「誰が離すか」

『…どうして』


二度目のこの行動に、
ユキも流石に混乱する。

今はさっきとは違う。
死地から生還した感動の再会などではなく、ただただ抱き締められている。

混乱しているユキの耳元で、リヴァイは静かに口を開いた。


「…前に、あの時お前を助けたことは間違ってはいなかったと言ったな」

『…うん』


…確かに言われた。
あの時助けたのは気分だったが、正解だったと。間違いではなかったと。


「俺は今でもそう思っている。あれがなければお前はここに来ていなかった」


耳元で囁かれる声に背筋がぞくぞくと震える。体を包み込むように回された逞しくも優しい腕に、熱を帯びていくのが分かる。

一体どうしたと言うのだろうか。
早く離してくれないと、こっちの身がもたない。

今にも爆発しそうな心臓を落ち着かせるように瞳をぎゅっと瞑れば、続けられたリヴァイの言葉に私は耳を疑った。


「今ではそんなお前の表情一つ一つに振り回されている。…お前は知らないだろうが」

『…え?』

「お前が寂しそうに笑う度に気になってしょうがない。さっきみたいに泣かれでもしたら最悪だ」


信じられなかった。
リヴァイが、私のことを気にかけてくれていた…?


「だが、今のような笑顔はそれだけで全ての事を忘れさせてくれる」


リヴァイはそう言うと、ゆっくりとユキの身体を離してその瞳を真っ直ぐに見つめた。

ユキの火照った顔が、リヴァイを見上げる。



「…ユキ。俺の補佐としてだけじゃなく、俺の側にいろ。」



ユキは大きく目を見開いた。

だが、すぐ目の前にいる男は真剣な表情で自分を見据えている。


一瞬思考が停止してしまった私が”…え?”と呟くと、リヴァイはため息をついた。


「お前は、1から全部言わねぇと分からないのか?」

『…いや、…だって…』


私は更に困惑する。
思い違いでなければ補佐としてだけじゃなく…ってことは、…そういうこと?

兵士としてではなく、
リヴァイの側にいていいってこと…?


解答を求むように見上げると、
リヴァイは”しょうがねぇな”と口を開いた。


「お前の事が好きなんだよ。ずっと前から、お前だけを見ていた」

『…っ』


その言葉が信じられなくて思わず一歩後退ろうとすると、腕を掴まれ制される。


「どうして逃げる」

『…し、…信じられな』

「お前は俺がどんな覚悟をして言ったのか分かってるのか?それを信じられないだと?」


ぐいっと腕を引き寄せられ、至近距離で視線が交わる。睨んでいるようにも見えるその目は、冗談ではなく真剣そのものだった。

思わず視線を反らす。
いきなりの事で頭の中がぐちゃぐちゃだ。


『…だ、だって…いいの?』

「何がだ」

『私は、…その……』


地下街の人間で、それなりに非道なこともやってきた。それこそ地上でやれば即地下牢行きのことばかりだ。

その前なんて…

…と、言おうとしたところで、リヴァイが言葉を遮った。


「お前が何を言おうとしているのかは、まぁ大体分かる。下らねぇな」

『下らないって、そんなこと…っ!』

「いいか、よく聞け。俺の目の前にいるのは不器用で鈍感で救いようのない馬鹿だ。へらへら笑ったかと思えば泣きそうなツラして笑う、人の心を弄んでいるのかと疑いたくなるほどどうしようもない女だ」


そう言い切るリヴァイに、
思わず呆然と立ち尽くす。

…それって何もいい事ないのでは?

”…だが”
と、リヴァイは続けた。


「その過去があるから今のお前がいる。そのお前に俺は惚れて、側にいろと言っている」


”これで分かったか?”と問いかけられ、私は唇を噛み締めた。

どうしようもないくらい色んな気持ちが溢れ出てきて、目頭が熱くなる。容赦無く込み上げてくる涙を堪えようと必死に唇を噛み締めるが、それくらいでは耐えきれずに涙が頬を伝った。


「泣く事はないだろ」

『…っ、泣く、ことだよ』


リヴァイが私を好きでいてくれた。
しかも彼は私の過去を知っていても尚、それでも側にいろと言ってくれた。

こんなことになるとは思っていなかった私の瞳からは、情けないくらい次々と涙が零れ落ていく。

リヴァイは呆れたようにため息をつきながら、頬に指を滑らせて涙を拭った。


「それで、お前の返事を聞いてないが?」

『…っ、私も、ずっと好きだったよ』

「そうか」


満足気に笑ったリヴァイは再び私を抱き締めた。まるで壊れものを扱うように優しい腕に、また涙が溢れてきた。

そんな私の頭を子供をあやすように撫でてくる手に、どうしようもなく好きだという気持ちが溢れてくる。


『…ずっとこうして抱きしめて欲しかった…っ』

「だったら始めからそう言え、馬鹿」


それから暫く泣き続けていた私を、リヴァイはずっと抱き締めてくれていた。

ずっと、言いたくて言えなかったことが伝わった。ずっと焦がれていたその腕に、抱きしめられているのが信じられない。

こんな幸せを、少し前までの自分は想像できただろうか。私はこんなに幸せになっていいのだろうか。


「…泣き顔を見るのは二回目だな」

『なんで覚えてるの?…忘れてよ…』

「忘れるかよ。お前の言った言葉も表情も全部…忘れてたまるか」


リヴァイはそう言うと私の頬に触れていた手を滑らせ、顎を持ち上げてキスをした。

触れるだけの優しいキス。

少しの間の後、名残惜しそうに唇を離したリヴァイの瞳と視線が交わるとリヴァイは少し驚いた表情を浮かべた後、口元を緩めて小さく笑った。


「なんてツラだてめぇ」


きっと真っ赤になっているだろう私の表情のことを言っているのだろう。いきなりこんなことをされて赤くならないわけないじゃないかと訴えると、リヴァイはとんでもないことを言い出した。


「言っておくが、初めてじゃねぇからな」

『…え、えええ!?』


突然の告白に私の頭は更に困惑する。

”いつ!?”と聞いても知らんぷりされる。当然私にそんな記憶はないとすれば…。


『…まさか、寝込み?』

「さぁな」

『リヴァイが寝込みを襲うような人間だったなんて』

「阿呆面さらして寝ているのが悪い」


やっぱり寝込みか!
…と、視線で訴えかけるとリヴァイは再びニタリと口元を不敵に吊り上げた。


「…だが、これからは我慢する必要はないんだろう?」


再び顔を寄せられ、
今度は頬にキスを落とされる。

ちゅっと小さなリップ音が鳴らされれば、それだけで身体が硬直する。そんな私をからかうように耳元に唇を寄せ、リヴァイは小さく囁いた。


「続きは、帰ってからだな」

『…っ』


耳元で囁かれ思わず背筋がゾクゾクと震える。

それを悟られないように睨み付けたが、この男には全く通用しない。

そして私の顔を見て”…チッ”と舌打ちした。


「その顔じゃ歩かせられないな」

『…ごめん』

「それで、お前がここで一人泣いてた理由はなんだ?」


言うか言わないか迷ったが、リヴァイがそれを許すはずがない。

観念してハンジと言い争いをしたことを話した。内容は掻い摘んでだったが理解してくれたようだ。


「…ほう、あいつもたまにはまともな事を言うんだな」

『…うん』


あんなに私の事を考えて必死になってくれていたのに、そのハンジを突き放してしまった。


「取り敢えず、謝っておけ」

『うん、…そうする』


くしゃくしゃと頭撫でられ、
明日ハンジに謝ろうと決意した。




 

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