番外編

□番外編(第1章中)
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似た者同士の成長(1P)



「おぉー、大分様になってきたじゃない」


一人訓練場で馬にのって駆けるユキを見たハンジは感心したように口を開いた。


「何を言っている、あの速度じゃ置いて行かれるだろ」

「そうだけど、全く乗れなかった状態からあそこまで成長したんだよ?このまま行けばきっと壁外調査までには間に合うよ」


リヴァイは腕を組んで空色のりぼんを揺らす少女に視線を向ける。確かに、あの当初からすれば充分成長した。

馬に跨って歩くのにもぎゃーぎゃー喚いていたのに、今となっては手綱を引いて駆けるほどには成長している。

だが、よく見ればあれは全てがユキの技術ではない。手綱裁きも随分中途半端な上に乗馬体制も取れていない。

それでもユキがそれなりに乗れているのは馬のおかげと言ってもいい。あいつが選んだ馬は性格に問題があっただけで、体格やその他の事柄に問題はなかった。むしろ優秀な軍馬の部類に入るだろう。

馬がユキの気持ちを組み、下手くそな手綱捌きでも主がどちらに行きたいのか読み取っているし、速度も調節してやっている。

ここまで優秀な軍馬はいないだろう。

更にユキが慣れるまでは、逐一足を折って乗り降りしやすいようにしていたのだから、見上げた根性はあるようだ。


『あれ、二人とも来てたんだ』

「時間が空いたからちょっと様子を見にね。調子はどう?」

『やっと走れるようになったくらい』

「随分な進歩じゃないか」

『兵長が合わせてくれてるんだよ』


ユキがひょいっと馬から降り首筋を撫ででやると、ぐるる…と喉を鳴らし気持ち良さそうに瞳を閉じている。

だがそれも一瞬で、瞳を開いたかと思えばまるで睨みつけるように二人に視線を向け始めた。鼻息も荒く、如何にも敵対心剥き出しと言った様子だ。

…そう、この馬の弱点は性格であり、処分の対象にされるほどのものだったのだ。懐いているのはユキにだけで、他の人間には敵対心剥き出し。少しでも触れようとするものなら前足や後足で蹴りを入れようとしてくる。


「やっぱり懐いているのはユキだけにみたいだねぇ」

「それじゃ壁外には連れて行けねぇぞ」


吐き捨てるように言ったリヴァイに、一層喉を鳴らしたユキの馬が蹴りを入れようと上体を起こして前足を振り上げる。


「!」

『兵長!』


リヴァイは間一髪後ろに下がってそれを避けるが、馬の興奮は収まらない。

ユキがゆっくりと首筋を撫でる事によって漸く落ち着きを取り戻した。


「今のは危なかったねぇ。それにしてもユキの馬はリヴァイを特別敵対視しているような気がするけど、どうしてだろうね」


ハンジが首を傾げながら呟く。ユキ以外の人間には全く懐かないのだが、少しずつ触れる事を許すようになってきている。しかし、何故かリヴァイだけには容赦無くその足を振り上げ一歩も触れることは許さないのだ。


「俺が知るかそんなこと」

『兵長同士なのにね』

「その名前はやめろと言っただろう」


チッと舌打ちをし、リヴァイはくるりと背を向けて兵舎へと戻って行ってしまった。

暫く集中していたから気づかなかったが、気づけば空は茜色に染まり始めている。


『もうこんな時間だ、兵長戻してこなきゃ』

「私も付き合うよ」


そう言って笑ったハンジと共に、二人は馬舎へと歩き出した。



**
***



「本当にこの子は運が良かったよね」

『何が?』

「こんなに優秀な軍馬なのに、ユキが来なければ処分されるところだったんだから」


馬舎へと到着し手綱を繋いでいると、ハンジがしみじみと呟き手を伸ばす。しかし、その手は尻尾によってぺちんと払われた。


「あらら、私も嫌われちゃったかな」

『ハンジが気持ち悪いからじゃないの』

「うわぁぁ今のグサッときた」


わざとらしく胸に手を置くハンジにユキは”冗談だって”と笑い馬に向かって手を伸ばした。

すると、馬は何の抵抗もせず、ただただ気持ち良さそうに瞳を閉じて撫でられる。


「本当にユキだけなんだね、少しくらいは他の人にも慣れてきたみたいだけど…」


ハンジが慎重に手を伸ばすと、ぴとりと首筋に触れた。一瞬目を開いてハンジを睨みつけたが手を出さないところを見ると、どうやら触れることだけは許してくれているようだ。

ユキが世話をしているだけあって、毛並みは綺麗に整えられさらさらとした感触が伝わってくる。主とそっくりな黒の毛色だ。

だが、壁外に行くのに適しているとは言えない。他の兵士が落馬すればその兵士を乗せなければいけないこともあるし、またユキもこの馬とはぐれたら他の馬に乗らなければいけないこともある。

ユキは元々身体能力は人一倍あるから練習すればすぐできるようになるだろうが、…馬の性格に関しては一概には言えないというところがある。

その心配が表情に出ていたのか、ユキは小さく笑って口を開いた。


『初めよりはだいぶ進歩したと思うけどね。少なくとも他人に触れられることを許すくらいには』

「…うん、でも…」

『分かってる。』


”だから”
…と、ユキは続けた。



『少しずつ慣れて行こうか。』



ハンジは思わず口を閉じた。

そう言ったユキの言葉は、まるで自分に言い聞かせているかのようで。

細められた瞳は儚く、
とても不安定に揺れていた。

ユキ自身はへらりと笑っていつも気丈に振舞ってはいるけれど、地下街から調査兵団へと突然の環境の変化に戸惑ってないと言い切れる訳ではない。

ただ、私達には分からないだけでユキも内心は困惑しているかもしれない。

決して自分には打ち明けてくれないのは分かっている。
いくら仲良くしてもユキが胸の内を言ってくれることはないし、決して詰められない絶対的な距離が存在している。

これ以上は近寄ってくるなと一線が引かれていて、その内には入り込むことはできないのだ。

その境界線を越えることは、そう簡単にはいかないだろう。これはユキが今まで経験してきた様々な事柄から学んだ、自分自身を護るためのものなのだろうから。


ぐるる…と馬は喉を鳴らしながらユキの頬に自分の顔を寄せる。


『帰ろっか。』


声をかけられてハッとする。
”…あぁ、うん”と何とも微妙な返事にユキは首を傾げていたが、何とか誤魔化して二人で兵舎へと戻った。



**
***



それからもユキは立体機動の訓練は程々に、只管馬術の訓練を繰り返していった。

馬に乗ることへの恐怖が完全になくなってからはやはり元からの潜在能力のおかげなのか、手綱捌きも乗馬体制もみるみるうちに上達していき、次の壁外調査には出られるだろうとエルヴィンも頷くまでに成長した。

馬への恐怖さえなくなってしまえば、他の馬も扱うことができるようになるだろう。


『…はぁ、疲れた』


ユキが手綱を引いて馬舎の扉を開けると、中にいた人物と目があった。


「今終わったのか」

『うん、そろそろ暗くなってきたし』

「そうか」


そこにいたのはリヴァイで、どうやら自分の馬に餌をあげに来たらしい。前までは部下に適当にやらせているんだろうと思っていたが、”馬との信頼を築く為”に自分で世話をしているらしい。

壁外へ赴く足となる馬には自分の命をかけることになる。だから、潔癖なリヴァイも自分の馬だけはガラに合わず可愛がっているようだ。


「少しはマシになったんだろうな」

『当たり前でしょ、もうエルヴィンのOKももらったんだから』

「…ほう」


ユキは自分の馬を所定の場所に入れさせると、ガシャンと逃走防止用の柵を閉めた。

ぶるる…と喉を鳴らしリヴァイを睨みつけてはいるものの、以前のように手を出すことはしない。

ユキはそのまま隣の倉に干し草を取りに行く。リヴァイは暫く自分を睨みつけてくる瞳と視線を合わせた後、ゆっくりと手を伸ばした。


「…」


ぴとっと鼻先に触れる。
だが、暴れも拒否もせず静かに瞳を瞑ったユキの馬に、リヴァイは少し目を開いた。


『成長したでしょ?』


振り返るとバケツに干し草を入れたユキが笑っていた。


「…あぁ、前はあれだけ暴れていたのにな」

『あれは臆病の裏返しだったんだと思う。恐いから自分で遠ざけてただけなんだよ、きっと』


ユキはしゃがみこんで溝に干し草を詰めると、もさもさと食べ始めた馬の頭をゆっくりと撫でてやる。


[臆病者は臆病者で充分だよ]


あの時零された言葉を思い出す。

きっとこいつもそうだったのだろう。自分を護るために、自分で武器を手に取って地下街を生き抜いてきた。

臆病だからこそ他人と距離をとって、自分を守ろうとしている。

つくづく、不器用な奴だ。
だがそれが認めたくないことに、以前の自分と少し似ていて妙な気持ちになる。


「…お前は慣れたのか?ここでの生活は」

『私は基本どこでも合わせられるから大丈夫。』


へらりと笑ったユキだったが、リヴァイの表情を見ると困ったように眉を下げた。


『…って、リヴァイに言っても無駄か』


”そんな怖い顔しないでよ”とユキは困ったように片眉を下げる。どうやら”そんな訳ねぇだろ”と思っていたのが顔に出ていたようだ。

ユキは他人と距離をとっている。絶対に踏み込ませない一線を引いていて、それを隠すようにへらへら笑っている事に、俺が気付かないとでも思ったのだろうか。

すると、ユキは小さくため息をついて口を開いた。


『本当はすごく困惑することが多い。…正直ここは、今までいた世界とは違いすぎる』


周りにいる人間は、自分とは違うのだということを常々思い知らされる。何を思い、どう生きてきたのかは知らないが、いつも陽気に笑い合っていて常に隙だらけだ。警戒心のかけらもない。

きっと平和な部分だけを見てきて、”ああいう場所”があることを知らないのだろう。

だからきっと、私を疑うことなく迎え入れられたのだ。(一部を除いてだが)

私に向けられるあの笑みは何の裏もない本心なのだろうが、汚い自分は「何かあるんじゃないか」と疑ってしまう。

もうそれは自分の中で癖になってしまっている。あの場所で生き抜くために、自分の身を守るために身につけたこれは、なかなか簡単には取れるものではないらしい。


本当に臆病な人間だと、
ユキは静かに笑った。


『頭で分かっていても、なかなかね』

「無理して慣れようとする必要はねぇだろ、そんなものはゆっくりやっていけばいい」


ユキは小さく目を開いた。前に自分が言ったことと同じ言葉を言われたからだった。

ゆっくりと視線を上げる。
すると、自分を見下ろす瞳と視線が交わった。

一瞬、息が詰まるような感覚に陥る。だがその沈黙に耐えられず、何か言わなければとガラにもなく焦って口を開いた。


『そうだよね、コミュニケーション能力ゼロの人だって何とかなってるんだもんね』

「オイ、それは誰のことを言ってるんだ?」


なんでこんな捻くれた言葉しか出てこないんだと頭を抱えたくなった。それ以上に突き刺さる視線の方が痛いのだが。


すっと隣にしゃがみ込んで来たリヴァイに少しだけビクッと体が震える。またデコピンが飛んでくるのか、と思ったが呆れたようにため息をつかれただけだった。


「何もしねぇよ」

『…なんだ』

「お望みならしてやるが?」

『全力で遠慮します』


安心したようにため息を着いたのも束の間、真顔で言われて全力で否定する。

そう言えばリヴァイも自分と殆ど同じような経緯でここにきているのだ。成長過程でコミニュケーション能力をどこかに置いてきてしまったような男が、よくここにいられるなぁとしみじみ思う。

そのリヴァイもそれなりに心を留めているみたいなのだから、きっと私にも出来るだろう。

少しずつ、ゆっくりと慣れていくしかない。

無意識に隣を見ると、リヴァイは再び兵長に手を伸ばしていた。




ーENDー



(私の馬も可愛いでしょ)

(主に似て人懐っこさがなくて可愛げがねぇな)

(…)



 
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