番外編
□番外編(第1章中)
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本棚の下(8P〜9P)全2P
*ユキが酔いつぶれた後から、訓練兵団に行く間の話。
*ガキと言われ少し落ち込んでいる主人公。
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「…いねぇな」
もぬけの殻となっている室内を見渡し、リヴァイはチッと舌打ちした。
『いなくても資料回収すればいいんだし、逆にいない方が静かに探せるかもよ』
今回私達がわざわざこんな汚い部屋…もといハンジの執務室に訪れたのは他でもない、エルヴィンから頼まれた資料を回収しに来たのだ。
ちょうど執務室に戻るまでの道中だったのでリヴァイと一緒に回収しに来たのだが、部屋の主がいないときた。
まぁ、いたらいたでギャーギャーと煩かったので、いないうちに回収できる方がいいかもしれない。
『だけど、ハンジがいないとどこにあるのかも分からないね』
「…あいつがいたところでスッと出てくるとは思えないが」
…それもそうだ。どっちにしろ探すハメになるのは変わらない。
私は小さく溜息をついて部屋を見渡した。どこを見ても実験道具やら書籍が積まれている。これだけ散らかし放題散らかされているのに、書類系のものは一切見当たらない。
何故机の上に無いのかは甚だ疑問だが…、そう言えば以前「大切な書類関係は奥の部屋に置いてるんだよ。じゃないといつ何が起こるかわからないからね」なんて言っていたことを思い出す。
何が起こるかって、何を起こすつもりなんだこんな狭い室内で…しかも分けているのはどうせモブリットだろうと、彼の部下を不運に感じたことは記憶に新しい。
「オイ、どこへ行く」
『ハンジが前に書類は奥の部屋に移してるって言ってたこと思い出したの』
「…ほう」
部屋の奥へと向かっていく私に、リヴァイもついてくる。目の前には私が破壊し、今では修繕されてすっかりと綺麗に直されている扉があった。
ゆっくりとドアノブを捻ると重々しい音を立てながら開いていく。
『…』
「…」
中は案の定、不快の森と化していた。
殆どこっちの部屋と変わらないじゃねぇか!何が別にしてるだよ同じような部屋が量産されてるだけだろうが!
「…本当にあるんだろうな」
『あるにはあると思う、…まさか捨てたりなんてしないだろうし。…あ、この辺りに書類が積まれてるよ』
「…チッ、早く探し出してさっさと戻るぞ」
『……うん』
そうして私達は極力埃を舞い上がらせないようにしながら、目的のものを探し始めるのであった。
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***
『…あった!』
そして数分後。
目的の書類を探し出せたことが嬉しくて、思わずリヴァイに突き出すと「汚ねぇ」と払いのけられたが、これでここから出られる。
「早く出るぞ」
『うん』
私は振り返ってドアへ近づき、いち早く新鮮な空気を吸おうとドアノブに手をかけた。
…その時。
ーー…バキッ!
…嫌な音が響いた。
「何だ、今の音は」
全身からサァァ…と血の気が引いていくのが分かる。自分の手の内に収まっているそれに、目を見開き固まった。
恐る恐る後ろを振り返れば「何してんだ?」と言わんばかりに、不思議そうに眉間に皺を寄せたリヴァイの瞳と視線が交わる。
『…トアノブ…、…取れちゃった…』
**
***
「…開かねぇな」
それから扉を開けようと針金を使ったり蹴り飛ばしてみたり色々な方法を試みたが、扉が開く事はなかった。
私達二人なら針金で開けられるかと思ったが、「大切な書類をしまうから」とハンジが無駄に丈夫にしたらしく、ピッキングもできなくなっているらしい。
『…ごめん』
もう謝るしかなかった。
ドアノブを破壊したのは私だ。
もちろん破壊するつもりで捻ったのではなく、ただただ開けようとしたらボキッといってしまったのだが。
ボキッと言うよりポロッに近い。何の抵抗もなく自分の手のひらに落ちてきたのだから。
”…はぁ”と頭上で零されるため息に、体がビクリと震える。
…怒られる。
そう思って体を強張らせると、リヴァイから出た声は予想外に落ち着いたものだった。
「お前が馬鹿力じゃねぇことは知ってる。…大方ハンジの野郎の扱いが悪かったんだろう」
リヴァイは机の僅かに空いているスペースに腰掛けた。
完全に怒られると思っていた私が拍子抜けしている顔を見て、リヴァイは不機嫌そうに眉を寄せる。
「なに間抜ヅラしてやがる」
『い、いや…怒られると思ったから…』
「さっきも言ったが、お前のせいじゃねぇだろ。それとも故意的にやったのか?」
『違うよ』
呆れたように溜息を零されるが、その表情も声色も決して怒っていない。
ぎゅうっと胸が締め付けられるように熱くなる。…こう言う、たまに見る不器用な優しさは反則だ。
「…にしてもだ。閉じ込められた事に変わりはねぇ」
『どうしよう…』
「あのバカが無駄に強化した以上、簡単には開かないだろうな。向こうから開けられるのを待つしかない」
『…ハンジもすぐ戻ってくるだろうし』
はぁと溜息をつく。
そしてふと、ある考えが過った。
まさか、誰かが開けてくれるまで…リヴァイと二人っきり!?
一気に体の熱が上昇していくのが分かった。…って、何考えてるんだ私は!こんな状況で!
いつ解放されるか分からない場所に閉じ込められてるんだぞ、しかも、足の踏み場も無いような部屋で!
「…?…どうした?」
『え!?…いや…何でもない…』
不思議そうに顔を覗き込もうとするリヴァイから咄嗟に顔を背ける。狭い室内では逃げ場もない。…しかも、ハンジが放り込んだ書類のせいで身動きができず距離を取ることも叶わない。
米神あたりにピシピシと視線を感じるが全力で無視するしかない。
『…わっ!?』
なんとか距離を取るために壁によりかかろうとすると、積み上げられた書籍がズザザザッ!と滑り落ちてきた。
咄嗟に避けたものの既に足の踏み場もないほどの室内では、完全に避けきれず足にぶつかってしまう。
地味に痛いそれに眉を顰めた。
『…痛っ』
「何してる」
呆れたように溜息をつきながら、リヴァイは手を差し出してきた。掴むのに一瞬躊躇ったが、足場の悪い今の状態では埋まった足を一人で救出させるのは難しかったので正直助かった。
おずおずと手を出すと、ガシッと手首を掴まれ引っ張られる。その体のどこにそんな力があるんだ?と思うほどの力で引っ張られ思わずバランスを崩しそうになる。
『そ、んな勢い良く引っ張らなくても…!』
「うるせぇ、お前がひょろっとしてるだけだろ」
むっと睨みつけるが、等の本人は何食わぬ顔で天蓋に視線を向けている。
つられて上に視線を向けると、外はもうすっかり暗くなり星空が見えた。
『…そう言えばここに入ってきた時も大分遅かったもんね』
「…あぁ」
すぐ来るだろうと思っていたが、中々ハンジは帰ってこない。まさか、今日は研究室には来ないでこのまま自室で就寝…なんてつもりじゃないだろうか。
そしたらリヴァイと…
…朝までこの部屋で…!?
ドクンッと心臓が大きく跳ねる。
無理無理無理無理!
朝まで二人っきりなんて、私の心臓が持たない!
そこで、ハッと自分の手首を掴んだまま離されていない手に気がつく。ただ手首を掴まれているだけなのに、それが妙に恥ずかしくて咄嗟に腕を引っ込めてしまった。
「…なんだてめぇ」
『…ごめん、…でももう大丈夫だから』
しまった。勢い余って振りほどくようになってしまったかもしれない。
案の定、鋭い視線を向けられ視線を逸らす。…あぁ、この部屋が月明かりしかない暗い状態で本当に良かったと思う。
もし明るかったら、赤くなっている顔を見られていただろうから。
「まぁ、どうでもいいが…」
『…!』
そう呟いた瞬間、グッと私の腰に手を回したリヴァイはそのまま私の体を引き寄せた。
目の前にある白いシャツと回された筋肉質の腕に、思わず目を見開いて固まる。
「あんまり離れるな、…危ねぇだろうが」
片腕で抱き寄せられ、耳元で零される声に体がぶるりと震える。
その行動は私の頭の中をパニックにさせるのに、充分すぎる破壊力を持っていた。
『だ、大丈夫だって!ほら、私まだ今日お風呂入ってないし』
慌ててリヴァイの胸板を押してバッと離れる。離れていく体温に惜しい事をした…と思ったがあれ以上は私の心臓がもたない。
これ以上、リヴァイの前で冷静さは欠きたくないと思い咄嗟に離れると、ドンッと何かが背中に当たった。
ーー…グラッ。
「…っ、馬鹿!」
”へ?”と後ろを振り返ると、自分より2回りも大きい本棚が倒れてくる光景が映った。
リヴァイの怒鳴り声を遠くに聞きながら、来たるべき衝撃に備えてぎゅっと瞳を閉じた。
ーー…ドサドサ…ドサッ!
背中に大きな衝撃が走り、思わず息を詰まらせる。しかし思ったほどの衝撃は来なかった。
”…あれ?”と恐る恐る瞳を開けると、自分に覆いかぶさるようにしながら歯を食いしばるリヴァイの姿があった。
「ぐっ…」
『…え?』
思わず目を見開く。
一体なんだこの状況は?
しかしリヴァイの後ろにある本棚を見た瞬間、全てを理解した。
リヴァイは本棚の下敷きになろうとしていた私を庇ってくれたのだ。
『リヴァイ…!?…そんな、どうして』
「…うるせぇ、…ピーピー喚くな」
ゆっくりと閉じられていた瞳が開かれる。だが、その眉は少し苦しそうに寄せられていた。
「怪我してないだろうな」
『私の心配なんてしなくていいよ!それよりリヴァイが…』
「問題ない、本棚はそこの机に引っかかってくれてるおかげで下敷きにならずに済んだ」
だが、その本棚から落ちてきた本は容赦無くリヴァイの体に落ちたはずだ。
どうして私を助けたのか…、そう言おうとしてやめる。そんなの分かりきったことだ。
…リヴァイは普段どんなに憎まれ口を叩こうが軽い暴力的なものを振るおうが、…結局は優しい。だから咄嗟のことになると、こうして他人を助けてしまう。
「…ったく、無茶なことしやがって…自分の周りの状況も見れねぇのかお前は」
『…ごめんなさい』
チッと舌打ちが零される。
この短時間で二回も謝らなくてはいけないとは…、我ながら情けない。
さっきのは偶然ドアノブが取れたのだとしても…今のは完全に私の不注意がもたらした結果だ。
そして、ふと顔の両側につけられた腕に意識が集中する。そろそろ触れるのではないかと思うほどの互いの距離に、私はおずおずとリヴァイを見上げた。
『…あ、あの?』
「なんだ」
『どかないの?』
「…動けねぇんだよ」
その答えに思わず”え!?”と言うと、リヴァイは不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「本棚と積み上げられた本が邪魔して動けねぇ」
目をパチクリと瞬かせる。
確かに、僅かにしか見えないが真上倒れてきている本棚とリヴァイの背中の距離は数センチ程。
両側には元々積まれてあった本に、更に本棚から落下してきたものが付け加えられている。
本当に奇跡的にできた空間に私たちはすっぽりと収まり、なんとか難をやり過ごしたらしい。
…じ、じゃぁまさか…。
誰かが来てくれるまでこの状態のまま!?
思わず見上げれば、リヴァイは罰が悪そうに視線をそらした。
「もっとマシな方法があったかもしれないが…、ここに押し込める以外方法が見つからなかった」
”潰されるよりはマシだろう”とリヴァイは視線をそらす。
「…不本意だろうが、これはお前の不注意が招いた結果だ。…我慢しろ」
不本意だなんてあるわけない。…むしろ、不本意なのはリヴァイでしょう?
こんなところに閉じ込められて、…しかも私と二人でこんな体制になるなんて。はたから見れば押し倒されている状態だ。
ゆっくりと見上げるとリヴァイは視線をそらしたままだったが、改めて見ると思ったより近い距離に息が詰まりそうになった 。
顔の両側につけられた腕に、皺一つない白いシャツから覗く首筋、胸元。
僅かに触れるお互いの足にさえも意識が集中し、どんどん顔に熱が登ってくる。
これじゃぁ私はただの変態だ。
一度ぎゅっと目を瞑って再び開くと、リヴァイの背中に本棚から落ちてきたのだろう本が乗っかっているのが見えた。
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