番外編
□番外編(第1章中)
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彼女のいない時間(10P〜11P)全2P
「ユキはまだ帰ってこねぇのか」
「だから、一週間だって言ってるでしょー?」
「何回言うのさ。」ハンジはため息をつきながら、自分を刺し殺さんばかりの視線を向けてくるリヴァイにため息をつく。
「そんな目したって私がユキを連れ戻せるわけでもないんだからね」
「…チッ」
やれやれと再びため息をつく。
この男がこんなに不機嫌全開にしているのは何故かというと…、会話からも分かるようにユキがいないからだった。
事の発端は3日前に遡る…ーー
ーー…
「…と、言う訳でユキには一週間内地に行ってもらう」
「…はぁ?」
エルヴィンの発言にリヴァイはこれでもかというほど眉間に皺を寄せた。
「んなもん却下だ、認めねぇ。」
「そうはいかないだろう。私も不在になってしまうし、君たち二人が一緒に行ってしまってはここに誰もいなくなってしまう」
「分隊長が二人残っていれば問題ないだろう」
「ミケとハンジは別件でここを外すことになっているんだ」
小さな沈黙が落ちる。
リヴァイの鋭い視線が向けられるが、エルヴィンはそれをものともせず続ける。
「…しょうがないだろう、急な話だったんだ。私も行かせたくないが断るわけにもいかない」
「…、…ユキには言ったのか」
「ああ、了承してくれたよ」
「…チッ、あの馬鹿…勝手に二つ返事で了承しやがって」
「すまないね」
ーー…
そんな会話が行われ、後で散々ネチネチと言われていたユキだったが、「断れないでしょ」と言い残して内地へと行ってしまった。
まぁ、ユキの意見がご最もである。つまりはこの男が駄々を捏ねていただけの話なのだから。
…そんなわけで私とミケが帰ってきて様子を見た時には、リヴァイの機嫌は既に下降していた。
底辺も底辺、不機嫌さを隠そうともしない態度に他の兵士がビビりまくっている。
…本人は何ともないように振舞っているのだろうが、オーラが滲み出てしまっているのだ。
「リヴァイがああだこうだ言っても、ユキはあと4日後にしか帰ってこないんだから。エルドも一緒に行ったんだし、大丈夫でしょ?」
ユキだけだと心配だ、というエルヴィンの配慮の元つけられたのが成績も中々優秀のエルドだった。
過保護で束縛の強いリヴァイを安心させようと言ったつもりだったが、この男は更に眉間の皺を深く刻みやがる。
…あぁ、自分が一緒に行けなかったのに他の奴が行ったのも気に食わないのか。
なんだよもう付き合っちゃえよ。
どうしてこんなに距離が近いくせして、くっつきそうでくっつかないんだよ。
いい加減にしてくれないと、こっちがそわそわしてしまってしょうがない。
微妙な距離感とふわふわした空気は居心地が悪くてしょうがない。
一人執務室で黙々と作業を進めるリヴァイを見ながら、そんなことを思う。
チラリと視線を横に向ければ、主のいない机。いつもならそこに空色のりぼんが揺れているが今はない。
「用がないならさっさと出て行け」
「はいはい」
これ以上ご機嫌斜めな男の部屋にいたら、暴力を振るわれかねない。
また様子を見に来ようと、私は執務室を後にした。
**
***
その次の日も、その次の日もリヴァイの機嫌は絶賛下降中だった。
他の兵にも八つ当たり…まではさすがに行かないが、リヴァイから滲み出るオーラに竦み上がっている。
これには別件から帰ってきたエルヴィンも困り果てていたが、「しょうがないだろう」と諦めていた。あと2日すればユキが戻ってくる。
昨日ユキから届いた報告書を読んだが、ユキもどうやら上手くやっているようで私も安心した。
ーーコンコン。
「入れ」
ノックをすると、中から聞こえてくるのはリヴァイの声。いつもはユキが返事をしてくれるので(ノックしないで入る事の方が多いが)、なんだか変な感じだ。
「…何しにきやがった」
…うわぁめっちゃ不機嫌。
「忙しいところ悪いんだけど、報告書持ってきたんだ」
「…」
差し出した書類を無言で受け取られる。もはや舌打ちすらない。
…それもそのはず。リヴァイの机にはあらゆる書類が積み上げられているのだから。
こんなに積まれているのを見るのは久し振りで、ユキが入団する前以来の光景だった。
「君が書類をこんなに溜めるなんて珍しいね」
「…うるせぇよ」
「どう?ユキの大切さが身に染みて分かったんじゃない?」
「…」
重い沈黙が落ちる。
やばい、地雷を踏んでしまったか?
…と身構えるが、この男から零された声に怒りは一切なく、むしろ寂しそうにさえも聞こえた。
「んなもん、初めから分かってる。」
…これは、相当キていると言っていいだろう。
あのリヴァイが怒りもせず、睨みつけもせず…書類に向かいながらこんな風に言葉を零すなんて。
不機嫌さを通り越して、何か悟りの超地でも開いてしまったかのようだ。
「…なんだ?」
「いや、なんでもないよ」
無言で固まっていた私を不審そうな目で見上げるリヴァイに、慌てて弁解する。
「何か手伝おうか?」と言うと「そう思うならここから出て行け」と一蹴された。
ユキがいないと寂しいと私も思うしエルヴィンもごちゃごちゃと騒いでいたが…、一番必要としているのはやっぱりリヴァイなのだと思わず笑ってしまった。
ギロリと視線が向けられ、背筋が凍る。…おっと危ない。
今のリヴァイは本当に「触れるな危険」状態だったのを忘れていた。
私はそそくさと執務室を後にした。
**
***
カリカリと自分のペンを走らせる音だけが響き渡る。チラリと視線を向けるが、もう一つの机にいつもあるはずの姿はない。
いつもならこの時間、眠さと葛藤しながら書類に向き合うユキがいるというのに…今はその小さな頭がこくりこくりと動く姿を拝むこともできない。
ユキが内地へ行ってから5日。…漸く5日経った。
普段なら5日などあっという間に過ぎ去って行くものだが、あいつがいないというそれだけで、こんなにも時の流れを遅く感じるものなのかと痛感する。
それほどまでに俺は、
あいつに依存しているという事なのか…。
その姿を見ないだけで、側にいないだけでこんなにも落ち着かない自分がいる。
内地に行ったユキは上手くやれているのか…、変な奴らにちょっかいを出されていないか想像してはイライラする。
そもそも一緒に行ったあの男…、エルドと言ったか。あいつも気に入らない。
成績がいいだとか性格がいいだとかそんなものはどうでもいい。あいつの隣にいるのは俺だというのに、…あの男。
…エルヴィンが決めたのであの男に罪はないが…、それでも気に入らない。
カランとペンを机に転がし、
背もたれに身体を沈める。
少しの間ぼんやりと天井を見つめていたが、机の上に積まれた書類を思い出して再び身体を起こしてペンを握る。
初めのうちは書類も全く溜まることはなかった。だが、次第に溜まっていく書類に、ユキが出発前に粗方片付けて行ったのだということに気がついた。
夜中までこそこそエルヴィンの部屋で何かやっていたが、あれは内地への準備ではなくこっちの書類をできるところまで片付けていたということらしい。
俺のいるところだと止められるか没収されるから、エルヴィンの執務室でやっていったのだろう。
そういうところが何ともいじらしい。
自分もこれから内地での仕事があるというのに、なるべく負担をかけさせないようにとせっせと仕事を片付けて行ったのだから。
更にエルヴィンから下ろされる書類がてんでバラバラになっているのを見て、いつもはユキが俺のやり易い様に並び替えているということにも気がつく。
そう言えばユキが入団して来る前までは、これくらい書類が積まれているのは当然でいつもの光景だった。
それがユキがきてからというもの、…本当に楽になったんだなと実感する。
[ユキの大切さが身に染みて分かったでしょ?]
だから、ハンジのあの言葉にも即答することができた。
一週間…、いや、数日いないだけでこんなにも調子が狂うのだ。書類なんかよりも自分自身の調子が狂ってしまってしょうがない。
取り敢えずこの書類を何とかしなければ。
内地から帰ってきたユキに、これを押し付ける訳にもいかねぇからな…。
リヴァイは再び書類にペンを走らせた。
**
***
「おかえり、ユキ」
『ただいまエルヴィン』
ーー…1週間後。
漸く戻ってきたユキは団長室を訪れていた。
「ご苦労だったな、向こうで何かされたりしなかったか?」
『ううん、全然。むしろ丁重にもてなされたよ』
「それは良かった」
『それより何かあったの?帰ってくるなりハンジに抱きつかれるわ、いろんな兵士から「おかえり!」って言われるわ…』
「…あぁ、それはな…」
きっと不機嫌だったリヴァイの被害にあった人たちだろう。直接の被害は受けなくとも、ここ数日のリヴァイは自分でも近寄り難いほどピリピリしていた。
ユキが帰ってくることによってあの男の機嫌も治るだろう。
調査兵団に再び平和が戻るというものだ。
「みんな寂しかったんだろう」
『…ふーん?」
これは嘘ではない。
事実、みんな寂しくて早く帰ってきて欲しいという気持ちだった。
そしてそれを暴走させた男も一人いたのだが。
「今日はゆっくり休むといい」
『うん、そうさせてもらう』
なんて言いながら扉を出て行くが、リヴァイのところに行くのは分かっていた。
エルヴィンは小さく安堵のため息をつき、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。
自分の娘の帰還と、調査兵団に戻った平和に再び安堵のため息をついた。
END
(ただいま)
(…あぁ)
(…)
(…)
(…中央の奴らに変なことされなかっただろうな?)
(うん)
(そうか)
素直になれない2人。
”寂しかった”なんて口が裂けても言えない。
空白の一週間をどう過ごしたかも、
本当は聞きたくてしょうがないくせに聞けない。
(…素直になればいいのに。)
ハンジが小さくため息をつく。
→おまけ