番外編

□番外編(第1章中)
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無防備な扉(1P)




ユキにはどこかぬけているところがある。

いつもは凛としていて常に警戒心を張っている。これは生まれや育ちのせいだろう、自分も同じだからよく分かる。

…が、ところどころぬけているのだ。人前で居眠りすることもあれば、目の前の柱に気づかずそのまま激突しているところを見かけたこともある。

その中でもいくら注意しても直らないのが自室の鍵だった。

出かける時も開けっ放し、部屋にいる時も開けっ放し。

前に「鍵くらい閉めろ」と言えば『別に知ってる人しかいないんだからいいでしょ』と呑気に言いやがった。

自室に勝手に入られて嫌な気はしないのか?と、思ったがどうやらこいつは平気らしい。

元々住む場所も点々としてたから、あまり気にしないのか。

しかし、兵団の中だからって絶対に安全とは限らない。言いたくはないが、…ユキに変な気を持っている奴はそこかしこにいる。

もし寝ている時に忍び込まれたら、あの寝汚いユキは気付かないだろう。

着替えている最中に開けられたらどうする?

いろいろ考えては焦っている自分が馬鹿みたいだ。本人は全く気にしていないのだから。


「そんなに気にすることないじゃない。まさかユキが部屋の鍵をかけてないなんて誰も思わないって」


なんてクソメガネは言っていたが、気になるものは気になる。

しかし、これはユキが正さない限り解決しない問題だ。…なんと言って強制的にやらせるか…、最近の課題でもあった。



**
***



『…っくしょん!』


ぶるりと体が震える。
やっぱりこの季節のシャワーは寒いなぁと思いながら、急いで体を拭いて寝巻きを羽織る。

髪は後で乾かせばいいや。
それより早く部屋に戻ってあったかい紅茶でも飲もうと、ボタンも中途半端に留めたままバスルームの扉を開ける。


『うぅ、寒い寒……』


ーーぞわっ。

床に足をついた瞬間、ぞわりと背筋を慣れ親しんだ感覚が襲う。

咄嗟に視線を部屋の中に向けた刹那、…手のひらで口を塞がれドアに背中を叩きつけられた。


ーー…ドンッ!


『…っ!』


顔は見えない。
だが、そんなのは関係ない。

ユキは咄嗟に相手の腹に膝蹴りを沈ませてやった。


「…ぐっ」


その一瞬にできた隙に、ユキは自分の首元を掴んでいた手首を捻り上げ、相手の拘束からすり抜ける。

そして、地を蹴りダッと駆け出したユキは勢いそのまま男に向かって飛び蹴りを放った。


ーードガシャァァン!


男の体は背後にあったドアを突き抜け、廊下へと吹っ飛ぶ。

ユキはひたひたと歩み寄って蹴り飛ばした男の顔を覗き込み、その眉間に可愛らしい皺を寄せた。


『…知らない顔。…あれ?…これって自由の翼?』


男の胸元に飾られた自由の翼は、調査兵団の兵士であることを示すもの。

それなのに、この男の顔は一度も見たことがない。


「なになに、なんの騒ぎ!?」

『…ハンジ』

「うわっ、どうしたのこれ!?」


部屋が隣接しているため、騒ぎに気づいたのだろう。いち早く駆けつけて目を瞬かせているハンジに、ユキは手短に事情を説明した。



**
***



「あの男は元調査兵団の兵士だった男だ。手続き不足で団服をそのまま持ち出し、こうして侵入してきたらしい」

「確かに、団服着てれば違和感なく侵入できるもんね」


エルヴィンの言葉にハンジがうんうんと頷く。

あの後、ハンジの後にも騒ぎを聞きつけたエルヴィンとミケ…そしてリヴァイまでもが集まった。

男はそのままミケが連れて行き、今に至る。


「以前からユキのことが気になっていたらしいが、兵団をやめた後もその気持ちは無くならず今回の強行に至ったらしい」

「…チッ」


室内に盛大な舌打ちが響く。
それは言わずもがなリヴァイで、正座をさせたユキの前に仁王立ちしている。


「だからあれほど言ってやったのに、てめぇは…」

『…ごめんなさい』


”正座しろ、顔を上げるな”と言われてからユキは抵抗することなく大人しく従っている。


「…リヴァイ、そろそろ許してやってくれ。ユキも悪気があったわけじゃないんだろう」

「お前が甘やかすからこういうことになるんだろう。俺は前から何度もこいつに言っていた、それを軽視した結果だろう」


鋭い視線で睨みつけてくるリヴァイに、エルヴィンは静かに口を閉じる。…この時、リヴァイの怒りは最高潮に達していた。

今回の事件はユキが自分の言いつけを護って鍵さえ閉めていれば防げたことだ。

それなのにこの失態。
しかし、リヴァイは自分の言うことを守らなかった事より、見ず知らずの男がユキに触れたことが許せなかった。

しかも、髪も濡れたままでボタンすら適当に留めている寝巻き姿のユキにだ。

この格好を見られたことと、ユキに触れたことがどうしようもなくむしゃくしゃする。


(…クソッ)


要は自分の嫉妬だ。
気持ちも伝えていない自分には、これ以上強く言える権利はない。

他人にお前の無防備な姿を見られたくないから、なんて言えるはずもない。


「まぁとりあえず今回は無事だったんだから良かったじゃないか。ユキのスーパーキックもくらって、あいつも反省しただろうし」

「…」

『…』


しょんぼりと肩を落としているユキに視線を向ける。本当に反省はしているらしく、少しも体制を崩していなかった。

その黒髪は濡れ、
僅かに水滴が滴っている。

リヴァイはしゃがみこむとユキの肩にかかっているタオルでわしゃわしゃと乱暴に髪を拭いた。


『わっ!?』

「次はねぇからな」


ぐしゃぐしゃと乱暴に髪をかき混ぜられ、ユキは困惑したように顔を上げ…ーーようとしてやめた。

リヴァイの命令には逆らわないんだと、ハンジとエルヴィンは小さく笑う。

そしてやっぱりこの男は、
最終的にユキに甘いのだ。

なんだかんだ言っても、
最後には許してしまう。

こんな風にリヴァイが妥協するのはユキだけだろうと、ハンジとエルヴィンは視線を合わせて再び小さく笑った。



END



(何もたもたしてやがる、風邪ひくだろうが)
(うん、…ごめん)
((動くなって自分で言ったくせになんて理不尽なんだ))



 
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