番外編
□番外編(第1章中)
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手に入れたもの(13P〜19P)全7P
『ハンジ!』
ノックも無しに勢い良く扉を開ける。部屋の主が毎回ノックをしてこないのだから、こちらもノックしてやる義理など毛頭ない。
しかも、今回も毎度お馴染みの書類の取り立てだ。リヴァイの機嫌が絶賛下降中な今、被害者が出ないうちに回収しに来てやっているのだから感謝して欲しいくらいだ。
『…』
しかし、扉の先に目的の人物の姿はない。
いつも「わぁーユキだ!今日も可愛いね!」なんて呑気に言うあいつがいない。
…どこに行きやがった。
書類が散らばる室内に足を踏み入れる。なんだが埃っぽくおまけに湿っぽい。
ハンジがいなくとも書類はどこかに完成されて置いてあるかもしれない。…その可能性は地下街のかなり底より低い話だが、このまま帰るのも癪だ。
そう思って机に向かって歩き出した時、ふとサイドテーブルに置いてあるものに気がついた。
『…なんだろ、これ』
そこに置かれていたのはガラスのビン。
ひょいっと持ち上げて中身を見てみると、中には飴玉だろか…綺麗に光った丸い物体がいっぱいに詰められていた。
もらったのか買ったのかは分からないが、まだ部屋に馴染んでいないそれは埃一つ被っていない。
ビンの蓋もしっかり閉められ密閉されているので、中身は綺麗な状態だ。
ここまで足を運ばされて部屋の主がいないのだ。一つくらいもらってもバチは当たらないはず。うん。
ーーカポッ。
蓋を開けると大好きな甘い香りが鼻腔を擽る。
やっぱり間違いない。
ハンジも一応分隊長だし、何かいいものをもらったに違いない。
『いただきまーす』
ぱくっと口の中に放り込むと、
予想通りの甘い味が広がっていく。
これは美味しい。今度またハンジにもらおうと思いながら、再び机に向かって足を踏み出した…ーー瞬間。
ーープツンと突然、私の意識はそこで途切れた。
**
***
ーーガシャァアアアン!!
「なに、なに!?」
隣の部屋から聞こえてきた音に、ハンジは漸く書類から顔を上げて音の元へ駆けつける。
「え、…ユキ!?」
自分の部屋で倒れている大親友の姿に、ハンジは大きく目を見開いた。
更にユキの頭からは血が流れ、床に小さな血溜まりが作られている。
一体自分が隣の部屋にいる間に、何があったと言うのか。
パニックになるハンジだったが、取り敢えず医務室に運ぼうとその小さな体を持ちあげて廊下へ飛び出した。
「…はぁ、はぁっ」
部屋を出て数十メートルというところで、ふと隣の扉が開いた。
「ハンジか?そんなに急いで一体どうし…」
そこから出てきたのはエルヴィンで、ハンジが抱えているユキを見て珍しくその瞳を見開いた。
「大変なんだ!ユキが倒れてて頭から出血もしてる!急いで医務室に連れて行かないと!」
「…待て、私の部屋に道具がある。医務室に行くより早く手当てができるだろう」
「本当に!?じゃぁ遠慮なく使わせてもらうよ!」
そう言って二人はエルヴィンの執務室へと駆け込み、ユキの応急処置に入ったのだった。
**
***
「これは一体どういうことだ」
リヴァイの地を這うような低い声が室内に響き渡る。
「クソメガネてめぇ…、書類放ったらかしておいて漸く見つけたと思ったら…これはどういう事だ」
「書類のことは…、うん、素直に謝る。だけどユキのことは私も気づいたら部屋で倒れてて何が何だかさっぱり分からないんだ」
リヴァイの眉間に深い皺が刻まれた。
ユキがなかなか戻ってこないと思い探してみたら、エルヴィンの部屋に勢揃いしていた。
しかも、ユキの頭には痛々しく包帯が巻かれ、その瞳を閉じてソファで眠っているときた。
一体何がどうなっているんだと聞いても「分からない」と答えるハンジに、リヴァイの怒りの矛先が向けられるのも当然だった。
「君は隣の部屋にいて、倒れる音が聞こえて駆けつけたらユキが倒れていた…ということか」
「そうだよ」
「どうしてこいつは急に気を失ったんだ?」
「…それは、…分からない。貧血とかかもしれないし」
確かに貧血だったら充分にありえる。最近は忙しいこともあって、無理をさせてしまっていたかもしれない。
だが、それでも分からない点がもう一つあった。
「どうして倒れただけで頭から出血してる?」
ただ倒れただけでは出血まではしないはずだ。いくらこいつの体が脆かろうと。
「床にガラス片みたいなのが散らばってたから、倒れた拍子にビンか何かを落として、それで怪我しちゃったのかも」
「…チッ、どんくせぇ奴だな」
「とにかく、大事にならなくてよかった」
エルヴィンがホッと息をついて、すやすやと気持ち良さそうに眠るユキに視線を向ける。
顔色も悪くないし、
そのうち起きるだろう。
「…とにかく、今回のはこいつのどんくささもあるだろうが、クソメガネの部屋が汚なすぎるというのもある。いい加減掃除をしろ」
「…分かったよ」
ハンジが素直に頷くのは珍しい。
ユキの怪我にこいつなりに責任を感じているのだろう。
これであの汚い部屋が少しは改善されるはずだ。
『…ん』
「「ユキ!?」」
小さく零される声に、ハンジとエルヴィンが一斉に駆け寄る。
ハンジは兎も角、エルヴィンてめぇまで一緒になるとは。どれだけ親バカ気取りなんだとリヴァイは小さくため息をつく。
「よかったぁぁ本当によかった!私のせいでこのまま目覚めなかったらリヴァイに殺されるところだったよ!」
「ハンジ、あまり大声を出すな。傷に響くだろう」
ぎゃーぎゃーとくだらない事を言い合っている二人の下で、ユキの瞳が薄っすらと開かれた。
「…?」
しかし何かが違う。
「…っ、離れろクソメガネ!」
「え?」
その直後、まるで獲物を狩るような鋭い瞳に変わったことに気づいたリヴァイが声を上げる。
…が、それは間に合わずユキはハンジの胸倉を掴むと、勢いそのまま背中から床に叩きつけた。
ーーダァンッ!
「…かはっ!?」
ハンジから手を離したユキは軸足を回転させ、エルヴィンの方に駆け出す。
「ユキ!?」
ーーバキィィ…ッ!
「…チッ」
咄嗟にエルヴィンの前に入ったリヴァイは、真っ直ぐに放たれた蹴りを腕で受け止める。
ふわりと黒髪が舞う。
息を付く間も無く繰り出される拳をパシッと掴んだ瞬間、黒髪から覗く瞳と視線が交わった。
「!」
いつものそれと全く違う瞳は、
鋭く細められ殺気を含んでいる。
この瞳はよく知っていた。
地下街で向けられていたそれだ。
ユキは自分と同じ地下街出身だが、普段そんな素振りは見せることはなかったのに…何故だ?
ーーバシッ!
そんなことを考えていると、
掴んでいた拳が振りほどかれる。
一歩距離を取ったユキは体制を低くし、そのまま右手を左腰に伸ばした。
『!?』
しかし、目的のものがないことに気づいたのか、微かにその瞳が開かれた。
それによって一瞬できた隙をリヴァイが見逃すはずもなく、そのまま腕を彼女の背中で固定して壁に押さえつけた。
『…っ、離して!』
「…お前」
「リヴァイ、これは一体どういうことだ?」
ジタバタと暴れるユキを押さえつけるリヴァイに、エルヴィンが問う。
目覚めたユキはハンジを床に叩きつけ、エルヴィンにまで手を出そうとした挙句、リヴァイに押さえつけられている状態。
あの瞳を見る限り本気でリヴァイを殺しにかかっていたのだろう。更にユキは自分の左腰に手を伸ばしていた。
あれは、ユキがここに来る前に持っていた刀を抜く仕草。
「オイ、ユキ。一体これはどういうつもりだ?」
『それはこっちが聞きたい、一体私をどうするつもり?』
「は?」
振り返って睨みつけてくるユキの言葉に、二人は疑問符を浮かべる。
「何言ってんだ、お前」
『どうせ東洋人の血が目的なんでしょ』
「…ユキ、一体どうしたと言うんだ?」
『誰か分からないけど、私の名前を軽々しく呼ばないで』
「「…」」
ユキから放たれた冷たい言葉に、二人は言葉を失った。
「…誰か、分からない…だと?」
『売人の名前なんて、知るわけないでしょ』
「…う、げほっ」
後ろで伸びていたハンジが咳き込みながら起き上がる。
「もしかしたらそれ、…記憶喪失かも」
「「は?」」
そして、呟かれた言葉にリヴァイとエルヴィンは再び言葉を失うことになった。
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