番外編

□番外編(第1章中)
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ハンジの苦悩(20P〜21P)全2P



「最近ユキ、綺麗になったよね」

『は?』


書類にペンを走らせる親友に問いかけると、いつもと同じように眉間に可愛らしい皺を刻んで睨みつけてくる。

普通の人が見たら少し怖じけづきそうな迫力があるが、彼女の上司の睨みに慣れている私にはきかない。

ちなみにその上司は今どこをほっつき歩いているのか不在で、私はその隙にユキとの時間を楽しみに来たわけである。


「最近はちゃんと肌の手入れもしてるし、なんか色気がある」

『何馬鹿なこと言ってんの?肌の手入れくらい前だってしてたよ』

「前より丁寧じゃない。髪だって濡れたままほったらかして寝なくなったし。それってやっぱり恋してるから?」


バキッと嫌な音が響く。
ユキの手に収まっていたペンが無残にも潰された音だった。


『…くだらない。あんたの頭の中はお花畑が広がってるの?一回開いて見てあげようか?』

「相変わらず怖いねぇ、ユキもリヴァイも似たもの同士でさ。もう告白しちゃえば?」

『ふざけたこと言ってないで仕事しろ。』

「つれないなぁ。」


ユキは握り潰したペンをゴミ箱に放り投げ、新しいペンをとって再び書類と向かい始める。

本当に熱心なものだ。
彼女が元々書類整理やらなんやらという作業が好きじゃないことはわかっている。

なんと言ったって地下街のゴロツキだったのだ。

そんな細かい作業とは無縁だった彼女が好きなわけがない。リヴァイもここに来た当初はぶつぶつと文句を言いながらやっていたものだ。…今も言っているが。

似た者同士な二人なのだから、ユキも相当我慢しながらやっているのだろう。

嫌な顔一つしないでやっているのはリヴァイの為。彼女が最も敬愛するあのチンピラのためだ。

そんなユキは、私がつい先程口走ったように本当に綺麗になったと思う。いや、前から綺麗だったのだが、最近はなんというか…本当に女らしくなったと思う。

女は恋すると別人のようになるというが、ユキもその例外ではなく女の私でもたまにドキッとしてしまう。

そんな彼女はリヴァイに一方的に尽くしていると思っているからか、リヴァイの気持ちに全く気付いていない。

はたから見ればもう「なんであの二人くっつかないんだよ」とつっこんでやりたくなる毎日だが、どうやらこの二人は自分のことに関しては最高に鈍感らしい。

普段は周りの状況をよく読み取っているが、自分たちのことだけはまるで気づかない。その点に関してのアンテナは崩壊していると言っていい。

そんなくっつきそうでくっつかないお前たちを見ているこっちの立場も考えて欲しい。

昨日も食堂でユキがリヴァイの襟元をなおし、リヴァイはユキの髪を撫で寝癖をなおしていた。

それを一般の兵士がチラチラと見ていたのも、この二人は気付いていないのだろう。いや、気づいていただろうが、またどうせリヴァイの目付きが怖いからとかユキの食いっぷりが良すぎるからとか、そんな的外れな事を考えているに違いない。


…まったく、
二人揃ってどうしようもない。

そんなところがもどかしくもあり、人間らしくて親しみやすいところでもあるのだが。


「ユキさぁ、もしリヴァイに告白されたらどうするの?」

『まだその話続いてるの?』


”はぁ?”という表情を浮かべるユキ。

うん、最高に不機嫌だな。
眉間の皺どころかこめかみに青筋まで浮かんでいるようにも見える。


『そんなことありえないね。』

「どうして?いつも一緒にいるのに」


すると、ユキは呆れたように溜息をつく。再び開かれた瞳は少し寂しげに伏せられた。


『いつも一緒にいるのはリヴァイが兵士長で私が副兵士長だからっていうそれだけのこと。この関係がなければ一緒にいることもないと思う』


それは絶対にない。
兵士長と副兵士長という肩書きが無くなったところで、あんたら2人は絶対に一緒にいる。断言してもいい。

だが、当の本人はそうは思っていないらしく、いつものように寂しそうに瞳を伏せ書類にペンを走らせていた。



**
***


「…と、いうわけでさぁ。あの二人本当にどうにかならないものかな」


ハンジは盛大に溜息をつく。
隣を歩くモブリットも少し難しそうな表情を浮かべた。


「あのお二方は自分の事になると非常に鈍感ですからねぇ…。」

「そうなんだよ、周りのことばっか気にしてさぁ」

「ちょっと分隊長、お二人に聞かれたらどうするんですか」

「そんなのどうでもいいね!むしろこの思いが伝わる方が、全兵士の為にもなるってもの…ーー」


ぴたりと足を止めたハンジに、モブリットは”どうしたんですか?”と声をかける。

そしてハンジと同じように窓の外に視線を向け、思わず口元が緩んでしまった。


「やっぱり、仲良いですねぇ…あの二人」


そこには渡り廊下を並んで歩いている二人の姿があった。

別に珍しいことでもない。
いつもの見慣れた光景だ。

仲良さそうに並んで歩いている姿は、それだけで心が温まる。人類最強と言われる兵士長とそれを側で支え続ける副兵士長。

数々の重圧を受けながら最前線に立つ二人も、あれだけ穏やかな表情を浮かべるのだ。…と、いってもそんなに露骨に分かるわけでもないが、長い付き合いをしていると小さな表情の違いも分かってくる。


「本当、早くくっついてくれないかなぁ…焦れったくてこっちが恥ずかしいよ」

「それはお二人に任せるしかないですからねぇ」

「どうしてユキはあんなチンピラに惚れたのか、理解に苦しむよ」

「それは分隊長もおっしゃってたじゃないですか。リヴァイ兵士長は、本当は仲間思いで優しい一面もあるって」

「それはそうだけどさ…、そんなの本当にちょびっとだよ?ほんとみじんこくらい。私になんて容赦無く暴力ふるってくるし」


それはあんたが書類を溜め込むからでしょう。

と、モブリットは冷たい視線を送るが、ハンジはいつものことだと気にせず続けた。


「でも、ユキに対してだけは違うんだから詐欺だよね、あれは。」


ハンジは溜息をつきながらボリボリと乱暴に髪をかく。


「まぁ今に始まったことじゃないけどさ。取り敢えずこの書類も届けなきゃいけないし、あのあま〜い空間に行くとしようか。」


二人で向こうに歩いて行ったということは、執務室へ戻っていったのだろう。

忙しい二人のことだ。
この機会を逃せばまたどこかへ行ってしまうかもしれない。

そうなる前に書類を届けようと、ハンジは手に持っている封筒を嫌そうにヒラヒラと振った。


**
***


執務室の扉前についたハンジが、「今最高にいい雰囲気だったりしたらどうしよう」なんて笑いながら言うと、モブリットに早く入れと促された。

兵長と副兵長は仕事中にそんなことをするような人たちではないと。…うん、確かにイチャイチャしてるところを目撃したというのは聞いたことがない。

あくまでいつも二人が無意識的にやっているようなものをノーカンとしたらの話だが。


『リヴァイはさ、巨人がいなくなったら何したい?』


扉に手をかけた時、室内から聞こえてきたユキの言葉にハンジは動きを止めた。


「…なんだ、唐突に」

『今日訓練兵のところに行ってきたら、みんなでそういう話してたからリヴァイにも聞いてみたくなって』


”またお前はガキどものところに行っていたのか”

という文句と、呆れたような小さなため息が聞こえてくる。


「まぁ別になんもしねぇな。」

『ええ、もったいない』

「だったらお前は何かあるのか?」

『別にないけど』

「結局お前も無いんじゃねぇか」

『そんなこと言われても、元々ふらふらしてたわけだし。今こうやって目的を持って仕事するってこと自体初めてだからなぁ』

「…あぁ、あったぞ。やること」

『え、なに?』

「放っておいたら一日中眠りこける寝汚いお前を蹴り起こして、肉団子にならないよう見張る」

『…なっ、酷い』

「やることなくなったら、どうせそうなるだろうが」

『…、じゃぁ私はリヴァイの通訳』

「は?何だ、それは」

『私がいないと目つきと口の悪さで一人ぼっちになっちゃうであろうリヴァイのへたっぴな言葉の通訳』


バチンッ!
鈍い音が鳴り響く。

恐らくリヴァイがユキの額を叩いた音。


『痛…っ!だって本当の事じゃん!』

「何が一人ぼっちになっちゃうだ。餓鬼か俺は、なめた口きいたら今度はこんなもんじゃすまねぇぞ」

『前お偉いさんに”てめェ”って言って危なかったやつ、誰が仲介したと思ってるの』

やっぱり必要でしょ、いらねぇ。
一匹狼、上等だ。

と、始まる下らない痴話喧嘩。


「…だが、面倒な人付き合いをしなくていいのは悪くない」

『はいはい。しょうがないから面倒見てあげるよ』

「オイ、勘違いするな。面倒をみてやるのは俺の方だ」

『私のほうだから』


うがぁぁぁあああああ!!

ガンガンと反対側の扉に頭を打ち付けるハンジを、モブリットが”何やってるんですか”と必死に止める。


「激しくどっちでもいい!どっちもどっちだろ!っていうかどうしてくっつかないんだよ焦れったいんだようわぁぁあああ!」

「分隊長やめてください!気持ちは分かりますがやめてください!!」

『…なんか変な音しない?』


扉の向こう側から聞こえる声。
モブリットが”…ハッ”と気づいた時には時既に遅し。

カチャリと扉が開き、ユキが姿を表す。

そして、そのガラス玉のような瞳をまるで変質者を見るかのように細め、眉間に皺を寄せた。



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