番外編
□番外編(第1章中)
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ハンジの悪戯(22P〜27P)全6P
『…私って強いのかな』
ぽつりと零される言葉に視線を上げると、ユキは珍しくぼーっと窓の外を見ていた。
急に何を言い出すんだ、と思いながら「強いに決まってるじゃない。」と返すと、ユキは『…そう』と少し寂しそうに言った。
リヴァイに継ぐ実力を持ち、副兵士長という立場にいながらいきなりどうしたというのだ。
「副兵士長様がいきなりどうしたのさ」
『…今日訓練兵のところにいってきたんだけどさ』
ぽつりぽつりとさくらんぼのように赤い唇が零した言葉はこうだ。
暇ができたユキはいつものように訓練兵のところに行っていた。そしてそこのアツアツのカップルは、か弱い彼女を彼氏が護っていたのだという。
「…あぁ、なるほど。それでちょっと憧れちゃったってわけ?」
『…』
無言の肯定。
確かにユキは強いから他の兵士からもいろんな意味で尊敬されているし、誰も彼女のことを弱いだなんて思っていない。
見た目は別として、ユキの実力を知っている人達は彼女を護ろうだなんて思わないだろう。
むしろ護るどころか護られるのが殆どだ。壁外調査で今まで彼女に護られた兵士が何人いたことか。
だけど、心配されていないわけじゃない。ユキを絶対的に可愛がっているあの男がいる。
それは言わずもがなリヴァイだが、あれだけリヴァイに心配され大切にされていて、これ以上このお嬢様は何を望むというのか。
…って言ってもユキは自分が一方的に尽くしていると思っているから、軽く鼻で笑われて終わりだろうが。
「まぁ、そうはいってもその女の子だって兵士なんだから強くなるでしょ。その彼氏と別れたら自分で身を護らなきゃいけないんだから」
『別れる前提みたいな言い方やめてくれる?夢がなくなる』
「生憎私は現実主義だからね。私たち兵士はそんな甘いラブストーリーを期待できないよ」
”別にそんなのを期待してるわけじゃないけど”
と、窓の外を見つめながら呟くユキ。…私たち兵士になんて言っちゃったけど、あんたはもうラブストーリーを手にする寸前でしょうが。というかもう真っ只中でしょうが。
ユキが視線を机の書類に戻すと、絹のような黒髪がするりと肩から零れ落ちた。
「ユキがそんな乙女チックな夢持ってるなんて思わなかったな」
誰にも干渉させず、
誰にも護られず。
自分の身は自分で護る。
そんな凛とした雰囲気を纏っているユキのことを考えると、今回の発言は意外だった。
そういうとユキは書類に視線を落としながら口を開く。
『別に夢を持ってるってわけじゃないよ。ただ私は生きるためだけに必死に努力してきたけど、か弱い女の子でもいられるんだったら、そうしていたんだろうなって思っただけ』
か弱い女の子のままじゃ生ていけなかった。でも、それでも生きていける環境にもしいたなら、ああやって誰かに護られながら生きていたのかもしれない。
『散々色んなことしておいて、今更か弱い女の子になれるなんて思ってないけどね』
と言ったユキはいつもと同じでありながら、どこか寂しそうな雰囲気があった。
弱いままではいられない状況に放り投げられていたユキ。だからこそ今ここで一緒にいられるわけだが、他の人間に勝手に祭り上げられてしまう今の現状には確かに重いものがある。
副兵士長として戦場に出ればリヴァイに継ぐ実力。だが、そんな彼女にも弱い部分はある。
それを知っているからこそリヴァイはユキの事をあれだけ大切にしているのだ。
ユキのそんな部分も全て好いているのだから、あれは相当ベタ惚れだ。あの顔からは想像もできないが。
「…ユキ、もしかして生理?」
『は?』
「いやぁ、なんかブルーだなって思って」
『殺すぞ』
ヒュンッと何かが顔面の真横を通り過ぎ、後方からドスッという鈍い音が聞こえた。
後ろを振り向くと壁に突き刺さった万年筆。再び前を振り返ると不機嫌オーラ全開のユキ。
冗談で言ったつもりが、
どうやら確信をついてしまったらしい。
そそくさとユキの部屋を退散し、扉を閉める。
「その願い、叶えてあげようじゃないの」
口元が自然と吊り上がる。
誰かが見ていたら速通報ものだ。
私はるんるんとスキップをしながら自室へ向かった。
**
***
『…もう疲れた』
「甘ったれるな」
ぐてっと木に寄りかかっていると、リヴァイに襟元を掴まれ引き摺られる。
今は立体機動の訓練中だが、その前に基礎体力訓練があった。いわゆる筋トレだ。
もう手も足も思い通りに動かない。疲れたし、眠いし、眠い。他の兵士だってぐったりしているというのに、本当にこの男の体力はどうなっているんだと聞いてやりたい。
『もう疲れた、休憩しようよ』
「さっきそこで伸びていた奴が何を言っている」
『伸びてたら一瞬でリヴァイに引きずり起こされたんだけど』
「まだ始まったばかりだろうが」
”そんなだからすぐバテるんだ”
と睨まれる。
『…分かったよ。大人しくやるから手離して』
「…」
襟元を掴んでいた手が離され、よいしょとしょうがなく起き上がる。
「これ終わったら休憩にしてやる」
『何分?』
「10分だ」
『15分』
「うるせぇ」
『ケチ』
5分の交渉に失敗した私は小さくため息をつき、諦めて木にアンカーを放ちリヴァイの後に続く。
木の隙間から遠くの方で時折光が見える。刃やワイヤーが太陽の光を反射したそれから、近くで他の兵士も訓練をしているということがわかる。
リヴァイの後に続き、
立体機動で風を切る。
一つ目の的を発見した時、
リヴァイが急速に加速したのが分かった。
私もついていくため速度を上げる。だが、アンカーを木に放った瞬間、ドクンと心臓が強く波打った。
『…!?』
直後に視界が反転し、バランスが崩れる。体勢を立て直そうとしても手足に力が入らない。
『…何、これっ』
「ユキ!体勢を立て直せ!」
上からリヴァイの声が聞こえる。
このまま木にぶつかる…っ。そう思ってギュッと目を瞑った瞬間、私の体は何かに抱えられた。
ーードガ…ッ!
身体に走る衝撃。
しかし痛みは殆ど感じられずゆっくりと瞳を開ければ、リヴァイが私の身体を抱えていた。
「…ぐっ」
『リヴァイ!』
私を庇い背中から木に衝突したリヴァイは歯を噛み締め痛みに耐えている。
しかしそれも一瞬で、リヴァイは素早く木にアンカーを刺し落下は免れた。
「…なにやってんだ、てめぇ」
『…ごめん』
苦しそうに紡がれる言葉。
リヴァイはゆっくりと地面に着地すると、抱えていた私を下ろした。
『…本当にごめん、大丈夫?』
「あぁ、問題ない」
リヴァイはパンパンと服についた土を払うと、”それで”と口を開いた。
「どうした?お前が体勢を崩すのは珍しいな」
『…』
私は自分の手の平を見る。
さっきは全く力が入らなかった。疲れて入らなかったわけじゃない。確かに疲れているのもあるが、それでもいつも体は動く。
立体機動中に油断をしてはいけないことくらい十分承知しているはずなのにどうして…。
『…分からない、急に力が入らなくなって…』
「…は?」
リヴァイも眉間に皺を寄せいている。当然だ、本人だって現状がわかっていないのだから。
私は木の前に立ち、
右足を前に出した状態で構える。
「オイ、何をしている」
リヴァイの声を背中に聞きながら、私はそのまま刃を木に向かって振り払った。
ーートスッ。
しかし、刃が木に沈んだのはほんの数センチ程。この程度の木なら切り落とせるはずなのに…。
その様子を見たリヴァイは珍しく目を見開いた。
「…お前」
『やっぱり、力が入らない…』
なんで?どうして?
特別不調なわけでもないのに、立体機動も操れないほど力が入らないなんて…。
「…悪かった。やっぱり休憩するか」
『ううん、これは疲れてるからなんかじゃない…』
”だったら何だ?”
という問いかけに頭を悩ませる。
さっき一瞬感じた心臓の鼓動。
あれからいきなり体から力が抜けた。
自分の体の中から何かがすっぽりと抜け落ちたような感覚。…あんなのは今まで一度も感じたことはない。
[ユキがそんな乙女チックな夢持ってるとは思わなかったな]
…あ、あいつかぁぁッ!!
そう言えば今朝「ユキ、このお菓子美味しいよ」なんて言ってもらったお菓子があった。
あんの野郎…ッ!
私は全速力でハンジの元へ向かった。
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