番外編
□番外編(第1章中)
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妹の決意(全1P)
「やっほぉぉおい!また私の方が深く削ぎましたよ!」
「うるせぇ!俺の方が早く削いだだろうが!」
「またあいつらやってんのかよ…、本当に仲良いよな」
「仲がいいっていうか、レベルが同じなんじゃないの?…頭の。」
ギャーギャーと騒ぐサシャとコニーを見て、周りの訓練兵たちはため息をつく。
別にこの二人のやりとりが嫌いなわけではない。みんな微笑ましく見守っているというところだ。
「くっそ、どうしてあいつより深く削げないんだっ、力なら俺の方があるはずなのに」
『コニーが力任せに振ってるからだよ』
「ユキさん…、…て、ええ!?」
コニーが振り返ろうとした時、ユキがふわりと彼の手をとり刀を構えさせる。
ユキの手が直接触れたことに驚き、顔を赤く染めているコニーに気づいているのかいないのか。
更に”あいつずりーぞ”と言わんばかりの男子の視線と、ミカサの殺気に気づいているのかいないのか、ユキはそのまま的に向かって刃を傾けた。
『コニーは刃の角度が的からちょっと反れてるから、しなって上手く削げないんだよ。この的は巨人の肉に近く作られてるから、もう少し刃を傾けてやってみな?』
「は、はい!」
『じゃぁサシャ、もう一回コニーとやってみてくれる?』
「勝ったら何かもらえますか!?」
『コニーのパンあげる』
「ちょっと勝手に…!」
うひょぉぉい!と喜ぶサシャ。
少し焦るコニーにユキは、”勝てばいいんだよ”なんて平然と言い放った。
『大丈夫、私が教えた通りやってみてよ』
「…はい」
そうして高く舞い上がった二人は、目の前に現れた的に向かって同時に切り込んでいく。
綺麗に切り離された的が二つ宙を舞う。その深さは若干の差ではあるが、コニーの方が深く削いでいた。
「やった!芋女に勝った!」
「いやぁぁ!パンがぁぁぁ!」
「俺が勝ったんだからパンはもらうからな!」
「私が負けたらパンをあげるなんて約束はしてませんよ!」
「それはずるいだろ!俺だけにリスク背負わせやがって!」
「初めに言っておかないのが悪いんですぅ、詰めが甘かったですね」
「この…っ」
再びぎゃーぎゃーと騒ぎ始める二人。
けらけらと笑うユキを見て、アルミンが感心したように小さく呟く。
「…すごいや、少し見ただけでコニーのくせを見抜くなんて」
「当たり前だろ、あの人は調査兵団の副兵士長だぞ?」
”それぐらい分かるだろ”
と、エレンは続けた。
「それにしてもよくあの細腕で巨人を倒せるよな。どう見てもアルミンの方が力はありそうなのに」
「酷いよエレン、…確かにそうだとは思うけど…」
「私が前に姉御と一緒に飛んだ時…、姉御は私より深く削いでいた」
「本当かよ、ミカサ」
目を見開くエレンにミカサはコクリと頷く。
「きっと技術があるんだよ。それに、ユキさんは10m級の巨人の首を一撃で切り離したって話も聞いたことある」
「すげぇなあの人は…、一体どうやったらそんな芸当ができるんだ」
「…」
「…ミカサ?」
休憩場所から離れていくミカサの背中に声をかけるが、ミカサは止まることなくそのまま進んでいく。
その先にはケラケラと楽しそう笑うユキ。
「姉御」
『ミカサ、どうしたの?』
「姉御に話がある」
『?』
真剣な眼差しでそう言うミカサにユキはこてんと首を傾げる。
『話って?』
「少しだけ、こっちにきて欲しい」
「…なんだ?あいつ」
「さぁ」
訓練用の森に入っていく二人を見て、エレンとアルミンは首を傾げた。
**
***
「姉御に頼みがある」
『頼み?』
「…私に、姉御の剣を教えてほしい。」
真っ直ぐな瞳でそう言われ、
思わず呆然としてしまう。
話があるからと言われて来てみれば、ミカサは”剣を教えてほしい”という。
そんなことわざわざ皆から離れて言わなくても教えてあげられる。それはまぁ時間が空いた時にふらっと来るくらいの頻度だけど。
そう言うとミカサは小さく首を振った。
「…みんなに教えるのではなく、…私に個別に教えてほしい。」
『どうして?』
「わがままを言っていることはわかってる。…でも、もっと強くなりたい」
『ミカサは今のままでも充分強いじゃない。成績だってダントツでトップだって聞いたけど』
「この中で一番強くたって意味がない。私はどんな状況になってもエレンを守れるくらい強くなりたい」
何をやらせても訓練兵団でトップが取れる実力を持っていても、巨人と戦闘になった時、優秀な成績を残せるとは限らない。
どんな状況になっても、
大切な人を守れるようになりたい。
そう言った強い眼差しは、
私の心を動かすには充分だった。
なんと言ったって私も大切な人を護るために、こうして副兵士長なんて面倒くさい役職についているんだから。
「姉御は私より力がないのに、私より深く削いだ。それに巨人の首を一撃で切り離したとも聞いた」
…あらら、そんな話どこで聞いたの…。
「だから、姉御のその力を私にも教えてほしい。私はもっと力が欲しい」
『いいよ』
「…!…本当に?」
”うん”、と頷けばミカサはぱぁぁっと笑顔を浮かべる。普段無表情なミカサのこんな笑顔は滅多に見られない。
よっぽど嬉しいんだろうと思わず笑ってしまう。
『でも、普通の訓練だって厳しいって聞くのにそれ以上に他のことができるの?』
「大丈夫、体力には自信がある。」
『それならいいけど。私も色々やらなきゃいけないことがあるから、あいてる時間だけになるけどそれでもいい?』
「もちろん構わない」
ぎゅうっと抱きついてくるミカサは素直に可愛いと思う。「姉御」と言って慕ってくれているし、私も本当に妹みたいに思っている。唯一の東洋人ということもきっと影響しているのだろう。
きっとミカサは強くなる。
誰かを護ろうとする意思は何よりも強いのだから。
**
***
「お前、ミカサ知らないか?」
「ミカサならさっき上機嫌でどこかへ行ったよ」
「はぁ?上機嫌で?」
アニにそう言われ、
エレンとアルミンは疑問符を浮かべる。
「上機嫌って…、どこに行ったんだあいつ」
「さぁね、私は知らないけど。最近は一週間か二週間に一回くらいはこうやっていなくなるよ」
「…ミカサ、どこに行ってるんだろう」
「まさか男か?」
「…エレンがそう言ったなんてミカサが聞いたらショック受けるよ…」
なんでショック受けるんだよ。
というエレンに、アルミンは小さくため息をついた。
**
***
『ミカサは力が強いから、上手くやらないと刃の損傷が大きくて一回で駄目になっちゃうね』
「…姐御の言う通りにやろうとしても、難しい」
『感覚を掴むのは難しいかもしれないけど、ミカサならすぐにできるよ』
”ちょっと休憩。”
と、私は松明でぼんやりと照らされている休息用の椅子に座る。
ここは調査兵団の訓練場だが、この時間なら誰も来ないというのは以前ここで練習していた私は知っている。
まさか訓練兵団のほうでやってキースにでも見つかったら面倒臭いし。…第一あの目は威圧感がハンパないので、できれば避けて通りたいものだ。
「…姉御は護りたい人がいるって前に言っていたけど…」
『うん?…あぁ、そう言えばいったかも』
それで帰り際にリヴァイに聞かれて冷や汗かいたんだっけ。少し前のそんな出来事を思い出すと思わず笑ってしまう。
あの時は本当に危なかった。本人に聞かれるのだけは絶対に嫌だ。恥ずかしすぎる。
「その人は強い?」
『強いよ』
「どれぐらい強い?」
『どれぐらい…うーん、』
”人類最強”って言ったら、
もう名前を言ってるようなものだし…。
『私よりずっと強いかな。あの人より強い人を、私は見たことないし』
「…姉御より」
”…そうか、姉御より”
と、ぶつぶつ呟くミカサ。
一体何を考えているんだろうと思っていると、ギロリと上げられた視線は鋭い殺気を含んでいて思わず身を引きそうになる。
なんで?今の流れでどうしてそんな目になってるの?
私何か怒らせるようなこと言った?
「…姉御、私はそいつより強くなってみせる」
『…うん、…うん?』
「それで姉御を奪い返す」
『…んん?』
エレンを護るのももちろんだけど。
そう続けられる言葉に、初めてミカサが何を言っているのか分からなくなる。
この無表情の中に現れる僅かな違いを見抜くのは、リヴァイのおかげである程度読み取れるようになったと思っていたが…。
今のミカサからは殺気と、そのうちに込められた何らかの決意しか見えてこない。
「姉御は絶対に奪い返す」
そう言って訓練兵団に戻って行ったミカサを、私はただただ呆然と身送ることしかできなかった。
ーー後日。
ミカサの言葉が気になってアルミンに話してみると困ったように笑いながら、
「ミカサはユキさんの事を本当のお姉さんのように思っているので、他の誰にも取られたくないんですよ。きっと」
と、言っていた。
つまり私が”護りたい人”と言った人に嫉妬して、私をその人に取られまいと必死になっているところがあるらしい。
ミカサには両親がいないと聞いたし、唯一出会えた東洋人である私を本当に慕ってくれているのだろう。
それは嬉しい限りではあるが…、まさかそこまで想われていたとは驚きだ。
いつかミカサが調査兵団に入ってリヴァイのことを知ったらどうなるだろうか。
少し先のことを想像して、
私は小さく苦笑した。
END
(またあいつはふらふらとほっつき歩きやがって…)
(拗ねない拗ねないっ、代わりに私が構ってあげるからさ)
(黙れクソメガネ、削ぐぞ)
(うわ、本気で怖いその目やめて謝るから)