番外編
□番外編(第1章中)
34ページ/63ページ
雪合戦(全1P)
今朝はやけに冷え込む。
季節が真冬だから当然と言えば当然なのだが…。今日は午前中の予定も特にないのでこのまま眠るのも悪くないが、それではあいつと同じになってしまう。
普段「だらしねぇ」と言っているだけに、自分が言われないように取り敢えず身支度を整えて食堂へ向かう。
食堂は普段通り賑わっていた。
だが、やはり奴の姿がない。
「…オイ、ユキはどこだ?」
「わ、リヴァイおはよう」
相変わらず食い散らかすように食べているハンジに問うと、「それがさぁ」と続けた。
「雪だーー!とか言って珍しく朝っぱらからどっかへ行っちゃったよ」
「…はぁ?」
これにはもう疑問しか浮かばない。
確かに外を見れば雪が降っているが…、あのユキだぞ?早起きが人生の中で最大の苦痛だとかなんとか呟いていたユキが、雪ごときではしゃいで何処かへ行った?…っていうかどこかってどこだ。
「私もあんなに目をキラッキラさせたユキを、甘い物を目にした時以外に見たことなかったよ」
どこいくの?なんて問いかけもまるで聞こえていないかのように出て行ったんだと、ハンジはケラケラ笑う。
あいつも午前中特に用事があるわけでもないから、別に何をしようと勝手なのだが…。
「このまま午後まで戻ってこなかったりして」
「…さすがにそれは…」
ないだろう。
と、即答はできなかった。
**
***
『雪合戦しよう』
「「「……」」」
私がそういえば、
一瞬の沈黙が落ちた。
「えええ!?ユキさんなんでここに…」
「どこから来たんですか!?」
『どこからって、リフト乗ってきたに決まってるじゃん』
揃って目を見開く皆にいやだなぁと笑う。
ここはどこかというと50メートルの壁の上。今朝起きて外を見た瞬間、一面に広がる銀世界に私は外へ飛び出した。
地下街では雪なんて積もることはなかったし、地上にでるのも大抵夜中ぐらいしかなかったので存分に遊ぶことはできなかった。
仕事がやり辛いだけだと思っていたが、今は違う。この雪で存分に遊ぶことができるのだ。
そうして訓練兵団に来てみれば104期生は壁の上の雪かきをしているという。これは行かなきゃ損だと、私用で立体機動装置は使えないのでリフトで上がってきたというわけだ。
『みんな寒そうな顔しちゃって、せっかく雪がこんなに積もってるのに勿体無いじゃん』
「俺たちはここ一体の雪かきをしろって教官に言われているので…」
「それより姉御、立体機動装置も無しに上がって来るなんて危ない」
『へーきへーき、もし滑って落ちそうになったらミカサが拾ってくれるでしょ?』
「任せて」
コクリと頷くミカサにエレンが本当に大丈夫なのかよと顔を青くさせる。
『そんなことより雪合戦しようよ、雪合戦』
「…ユキさんさっきの話聞いてました?俺たちはこの一体を雪かきしろって教官に…」
『それは大丈夫、キースなら今下で会議してるから。』
その証拠に暫く姿見てないでしょ?
と、言えばみんなはそういえば…と顔を見合わせる。
『私は皆が少しもサボろうとしないクソ真面目な子達だとは思わなかったんだけど?』
にたりと笑って見せれば、みんなはお互いに顔を見合わせ「やります!」と声を揃えた。
「滅多にこんなに積もらないのに、雪かきだけなんてつまらないよな!」
「教官がいないのに真面目にやる必要なんてねーよ!」
「こんな機会滅多にないもんね!」
やはりみんな気持ち同じだったのか、繋がれていた鎖が千切れたようにはしゃぎ始めた。その顔はまさに子どものそれだ。
「チームわけはどうします?」
『男の子チームと女の子チームでいいでしょ』
「え?それでいいんですか…?そしたら俺らが有利なんじゃ…」
いくらユキさんがいても…、というベルトルト。
『大丈夫大丈夫。あと負けた方は昼のデザートを相手チームに渡すってことで』
「デザートですか!?やっほぉぉおおい!」
後ろで気合を入れているサシャの声が聞こえる。少し戸惑っている男性陣に私はもう一度「手加減したら許さないからね」と言って雪合戦が始まった。
**
***
「…つ、強ぇぇ……」
太陽も真上まで登ろうとしていた頃、壁の上では訓練兵が揃って仰向けに寝転がっているという異様な光景が広がっていた。
「これでデザートは私たちの物ですね!!」
訓練兵が…というよりそのうちの男性陣というべきだろう。3会戦も繰り広げられた雪合戦は、女性陣チームの3勝で幕を閉じたのだった。
「うちの女共はどうなっていやがる…、全く勝てる気がしねぇよ」
「っていうかやられた殆どがユキさんとミカサにだろ?…あの二人は一番組ませちゃいけないペアだ…」
「…あぁ、俺なんか怖くて逃げることしかできなかった」
仰向けになり呆然と空を見上げるコニーの瞳にはかすかな涙が浮かんでいる。
「そりゃぁ旗もあっという間に取られるよな…」
「…最後の方なんか旗無視して俺たち倒しに来たもんな」
『めそめそしてないで早く雪かきやるよ、キースがそろそろ戻ってくるから』
「「「ええええ!?」」」
訓練兵がみんなで声を上げる。
キースがまだまだ戻ってこないと思っていた訓練兵が驚くのは当然で、もう戻ってくるというのであればそれはもう絶体絶命な状況だ。
雪合戦で散々遊んだ自分たちの周りには、まだこんもりと雪が積もっている。
このままキースが戻ってくれば…、どうなるか想像しただけでも寒気が走る。
だが、ユキはそんなの気にしないかのようにへらりと笑って口を開いた。
『だから、今から超特急で雪かきするよー』
”私も手伝うから。”
そう言うユキは既にスコップを手に雪かきを始めていた。
あれだけの激戦を繰り広げておいて、どこにそんな体力があるんだ…と雪まみれになった男性陣は思いながらせっせと雪かきを再開した。
**
***
「うわ、どうしたのユキ!?」
廊下の先から聞こえるクソメガネの驚いた声に足を向ければ、外から帰ってきたであろうユキがへらりと笑っていた。
いや、今は表情などどうでもいい。小さな体を雪まみれにさせ、更に赤くなった手にはみかんが2つ握られている。
…一体何がどうなってこうなったと疑問を持たざるを得ない。
これだけ見れば雪山の中にみかんを取りに行ったとしか考えられない。
いくら食欲があるとは言え…、野山にみかんを取りに行っていたのであればこれはもう重症だ。それを越えて引くレベルでもある。
だが、ユキはパンパンと雪を払いながら訓練兵のところで雪合戦をしてきたと言った。このみかんは戦利品だと。…どうやら勝ったらしい。
その表情はまさに子どものそれで、いつもの凛としたユキの雰囲気は僅かにしか残っていなかった。
どこにいっていたのかと思えば訓練兵のところか…。気分のいい話ではないが、この楽しそうな笑顔を見るとため息が零れる。
「そこで雪を払うな、外へ行け」
『ええっ、外がどれだけ寒いか知ってるの?』
「お前が勝手にやったことだろう」
そう言えばユキは嫌そうな顔をしてから分かったと頷き、外へ出る。
『あ、これ持ってて』
その直前に渡された2つのみかんは驚くほどに冷えていて、当然それを持っていたユキの手も冷たかった。
「ユキもやっぱり若いねぇー」
「年寄りか、お前は」
「だって雪合戦しようなんて言われても、あんな風になるまで本気ではしゃげる?」
「…できねぇな」
「でしょ?この年になっちゃうとねぇ」
けらけらと笑いながら言ってはいるが…、お前は絶対存分にはしゃぎまくるだろうと言おうとしてやめた。
そしたら「じゃぁ調査兵団でもやる?」なんて面倒な事を言い出しそうだ。
『やっぱり寒いねー』
雪を払って戻ってきたユキは、寒い寒いと言いながらブーツを脱ぐ。
「また降ってきたのか?」
『え、なんで分かるの?』
クスクスと笑うハンジを何がおかしいとユキは睨みつける。
「馬鹿の頭の上に証拠がのっているんだ」
『え?』
ぽんぽんと雪を払ってやれば、
ユキはハンジと一緒になって笑った。
『ありがとう』
「…早く風呂入ってこい。風邪引くぞ」
『はーい』
持っていたみかんをその小さな手にのせれば寒さでかじかんでいるのか、手のひらにのせてから少ししてきゅっとみかんを握った。
手も、頬も、触れれば驚くほど冷たいのだろう。
その手を握れば温まるだろうか、
小さな体を抱きしめれば温まるだろうか。
そんなことを考えても実行する勇気のない俺は、「午後の訓練に遅れるなよ」とだけ言ってユキが部屋に戻るのを見送った。
ー雪合戦ー
(これだけ降ってたら訓練なんてできないねぇ、調査兵団でも雪合戦やろうか)
(おっ、いいねユキナイスアイディア!)
(ふざけるな)
END