番外編
□番外編(第1章中)
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小さな手(37P〜44P)全8P
「オイ、ユキはどこだ」
朝の食堂。
他の兵士が集まる中、眉間に皺を寄せたリヴァイが言う通り親友であるユキの姿はどこにもなかった。
「うーん、そう言えば見てないなぁ…、まさかとは思うけど寝坊かな?」
「…チッ、あの馬鹿」
リヴァイは舌打ちを零し、
踵を返して早々に食堂を出て行く。
その様子を見たハンジが慌ててその背中を追いかけた。
「ちょっと待ってリヴァイ!女の子の部屋に押し入る気!?」
「変な言い方をするな。寝坊した馬鹿を叩き起こしに行くんだ。」
「毎朝時間ギリギリのくせに涼しい顔して『滑り込みセーフ』とか言ってるユキだけど、遅刻なんて最初の頃以外した事なかったじゃない。きっと何かあったんだよ、具合が悪くて起きられないとか」
「なら、尚更行かなきゃならねぇだろうが」
だからそう言う意味じゃないんだってば!
ズンズンと廊下を進んでいくリヴァイを止めようと上着をひっぱるが、この男全くびくともしやがらない。小さいくせにどこにそんな力があるんだと言いたくなるほど私を引きずる勢いで進んでいく。
しかも、「もうあいつの寝顔は見慣れてる」と聞き耳すら持たない始末だ。
確かにリヴァイは眠っているユキの部屋に既に何回も侵入している前科がある。
だからといって、ここで見過ごすわけにはいかない。ユキだって乙女だ。どこでも寝ちゃうけど!
「ちょっと待ってちょっと待って!」
「…なんだ」
「私が始めに入って様子を見てくるから、リヴァイはここで待ってて」
「…」
遂にユキの部屋の前まで来てしまい、そのまま乗り込もうとするリヴァイの前に両手を広げて立ち塞がる。
今にでもどかしてやろうという視線を突きつけられたものの、「さっさとしろ」と漸く手を引いてくれた。
…よし、ユキの清らかな寝顔を悪質な男から守ってやったぞ!偉い私!
リヴァイが本当に入ってこないことを確認してからドアを叩いて声をかけてみる。
「おーい、ユキ起きてる?」
しかし、返事はない。
「入るよー」と言って扉を開けると、ユキの部屋は朝だというのにカーテンが開けられておらず、薄暗いままだった。
ベッドを見てみれば小さな膨らみが一つ。ユキがそこにいるのは明らかで、これだけ呼びかけても起きないとなると本当に具合でも悪いのかと心配になってきた。
「ユキ、おきてー。ユキー?」
かけ布団を揺すってみても反応はない。しかしそこで私はある違和感に気づいた。
(…なんか、小さい?)
布団の中にあるユキと思わしき物体が小さい気がする。揺すって見た感じも明らかに軽い。
…いや、ユキは元々小さいし軽いのは間違いない。
それを分かった上で感じた違和感に眉根を寄せる。
「何もたもたやってんだ、こんなもん剥いじまえばいいだろう」
「わー、ちょっと待って!」
「ここまで起きないこいつが悪い。」
いつの間にか部屋に入ってきていたリヴァイは、遠慮無しにかけ布団を勢い良く剥いだ。
…その瞬間。
「「・・・」」
目の前に広がる光景に私達は揃って目を見開き、…固まった。
『…Zzz』
白いシーツに広がる絹のような黒髪。口元に添えられた小さな手は握られ、すやすやと気持ち良さそうに眠っている。
…見たこともない女の子が。
「え、なにこれ…え?私の目がおかしいの?ユキが、…ユキが小さくなって…というかユキなのこの子」
「何がおかしいんだ、元々こんなもんだっただろ」
「いやいや、よーく見て、もうちょっと大きかったから」
ユキのベッドで気持ち良さそうに眠っている小さな少女。年齢は4、5歳くらいだろうか…突然現れた謎の少女に私たちの間に動揺が走る。
だが、この濡れたような黒髪に白い肌、愛くるしい寝顔…全てがユキにそっくりだ。何より決定的なのはこの少女がユキのお気に入りのパジャマを着ていることだった。袖や裾はぶかぶかになっているが。
「…てめぇ、ユキに何しやがった」
「ええ、私!?」
「お前以外に誰がいるって言うんだ?どうせまたお前の下らん研究のせいでこんなことになったんだろうが!」
「今回ばかりは記憶にないよ!本当に!」
さっそく胸倉を掴まれ、捕らえられた罪人よろしくリヴァイに絞り上げられる。
…確かに前科はある。
だから疑われるのも無理ないけど、本当に今回は何も知らないんだってと必死に訴え何とか窒息死は免れた。
「どうしよう」
「…取り敢えずエルヴィンのところに連れて行くしかないだろう」
リヴァイが起こそうと手を伸ばした瞬間、閉じられていた瞳がゆっくりと開かれた。
**
***
「何故だ!何故そんな男に懐いて、私には懐いてくれない!?」
室内に悲痛な叫び声が響き渡る。
その声を聞いた少女…、もとい突如幼児となってしまったユキは驚き、小さな体を更に小さくさせてリヴァイの足に隠れた。
[取り敢えずエルヴィンのところに連れて行くしかない]
そう言ってリヴァイが起こそうとした瞬間、眠っていたユキは瞳を開いた。
ゆっくりと起き上がったかと思えばいつものユキと同じように手の甲で目を数回擦り、水分を含んだ大きな瞳で周りを見渡して暫くじぃ…とリヴァイを見上げていた。
それから立ち上がったユキはリヴァイの足にしがみつき、以降リヴァイの団服の裾を握りながら後ろをついていた。
そしてエルヴィンの元を訪れれば、エルヴィンはそれはもう今までに見たことがないほど大きく目を見開いて固まり、「ユキが小さくなった」という説明を聞いた途端、室内に風が巻き起こったかと思うほどの勢いでユキに迫った。
…が、ユキはあまりの勢いにびっくりしたのか、怯えたように震えたままリヴァイに必死にしがみ付いてエルヴィンから遠ざかる。
そうしてさっきの叫び声が上がったというわけだ。
「あーあー、エルヴィンがあまりに勢い良く迫ってくるもんだから怖がっちゃってるんだよ」
「この可愛さだぞ!?飛びつかない方がおかしいだろう!」
「いや、気持ちはわかるけどさ…完全に怖がってるから」
「オイ、エルヴィン。どうでもいいからこいつを何とかしてくれ」
「どうでもいいとはなんだ!?…というか、どうしてリヴァイにくっついているんだ離れなさい!無愛想がうつってしまうだろう!」
血相を変えて声を上げるエルヴィンに、リヴァイは深く溜息をつく。なんとなくこうなることは分かっていた。
ユキを自分の娘だという妄想を掲げているエルヴィンは、こうなったユキを見たら暴走するだろうと…。
だが、調査兵団団長であるエルヴィンにこの非常事態を伝えないわけにもいかないと連れてきたら…予想通りの結果になってしまった。
必死に自分の足にしがみついているユキを見下ろせば、その瞳には涙が溜まり始めている。
大きな黒瞳を閉じれば、
涙が零れ落ちそうだった。
「落ち着いてエルヴィン、ユキを泣かせたいわけじゃないでしょう?」
「…ぐっ」
ハンジに諭され、
ようやく大人しく席に座る。
…その目は俺を依然睨みつけてきているが。
「それで、どうしてユキが突然幼児姿になってしまったんだ?」
「ユキがいつまで経ってもこなくて、私とリヴァイでユキの部屋に行ったんだ。そしたらその時には既にこうなってて…」
「…ハンジ、またお前か」
「違うって!本当に心当たりないんだよ!」
なにさエルヴィンまで!
と、迷わず自分を疑ってきたエルヴィンにハンジは頬を膨らませる。
やはりエルヴィンもハンジが犯人だと思っているようだ。…というか、こいつが覚えていないだけでハンジ以外に犯人などいるはずがない。
「原因は後で追及するとして…、どうしてユキだと分かったんだ?そのパジャマは元々着ていたのか?」
「…あぁ、ズボンは引きずるから脱がしたが。」
漸くエルヴィンの恐怖がなくなったのか、ユキはけらけらと笑いながらパジャマの上着をワンピースのように身に纏いながら、リヴァイの周りを上機嫌でくるくると回っている。
やがてぴたりと止まると、
リヴァイを見上げて口を開いた。
『…おなかすいた』
「あ?」
『おなかぺこぺこ』
ユキはぐいぐいとリヴァイの団服を引っ張る。
「記憶もないみたいなんだけど、起きてから何故かリヴァイにくっついちゃって離れないんだ」
「…ほう?」
「どうして俺なんだ面倒くせぇ、勝手に食ってこい」
『おにいちゃんもいっしょ』
「ご指名だよリヴァイ、こんなことになっちゃったとは言えユキだよ?まずはお腹を満たしてあげないと何も始まらないよ」
確かにあの大食いなユキなのだから、腹がすいていては何もできないだろう。
なんだかんだと騒いでいたお陰で食堂はもう利用時間を過ぎていた。一応副兵士長がこんなことになっているというのはしられない方がいいだろう…ということで一般の兵士がいない今なら食堂に行けるので丁度いいということになった。
だが、どうして俺なんだ。
正直ガキは得意じゃない。
どうして俺のまわりをうろちょろするのか分からなかった。エルヴィンがどうして俺に懐くんだと嘆いているのも頷ける。
俺は自分が子どもに好かれるような人間じゃないことくらいわかっている。ハンジやエルヴィンのほうが間違いなく子どもに好かれやすいだろう。
だが、ユキは俺の側から離れようとしない。記憶がない上にガキになっているとはいえ、ユキが自分を選んだということは正直嬉しいことだった。他の奴に懐こうものなら自分の狭すぎる心はそれを許さないだろう。
俺に懐いたユキに優越感を感じていると、二人はぐいぐいと身を乗り出してきた。
「ねぇユキ、やっぱりおねえちゃんと一緒にいかない?」
「なっ、ぬけがけかハンジ!だったら私と行こう!」
小さくなったユキを相当気に入ったのか…、二人はそう言ってユキに迫る。
…こいつらッ、ユキと一緒に行きたいからと必死になりやがって!少しは自重しろ!
そんな風に考えているとユキは小さく首を振り、…そして、
『おにいちゃんといっしょにいく。』
そう、はっきりと答えた。ざまぁみろ、ユキはてめぇらじゃなく俺を選んだんだ。言葉には出さなかったものの表情には出てしまっていたかもしれない。
「本当にリヴァイがお気に入りなんだねぇ」なんていうハンジとは対照的に、エルヴィンは相当落ち込んでいた。
言い様だ。これを機会にユキが自分の娘だなんて下らない妄想はやめることだな。
「いいか、俺たちが飯に行っている間、お前は自分の記憶を隅から隅まで掘り起こしておけ」
「ええー、本当に覚えないのに」
「お前以外にいねぇんだよ。必ずお前が関わってるんだ、死ぬ気で腐った脳から記憶を絞り出せ」
ハンジにキツく言いつけ、俺は上機嫌に鼻歌を歌うユキを連れて食堂へ向かった。
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