番外編

□番外編(第1章中)
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ここに居続ける覚悟(47P〜48P)全2P


*主人公が副兵士長に就任する少し前からのお話。



調査兵団に来てから数ヶ月。私は何度目かの壁外調査へと赴いていた。

天候は曇り。これから回復していくという予想とは対照的に天候は下降し次第に雨が降ってきた。

フードを深く被り、ただ只管隊列からはぐれないように目的地を目指す。


「これじゃ信煙弾が見えないわね」

『目的地は変わらないからこのまま南へ進んでいればはぐれないはずだけど、…巨人を回避するためのこの陣形は機能しないね』

「ええ。私たちも巨人と遭遇する可能性は高いわ」


索敵が機能しないということは内側である私たちの前にも突然巨人が現れてもおかしくない。

雨も冷たく体温は奪われていくし、今回の壁外調査は本当についてないな…。と思った時、視界の右端に何かがうつった。


「ユキ?」


馬を止めた私と共にナナバと他班員も馬を止める。


「何をしているの!?こんなところで止まってたらはぐれてしま…」


ナナバの言葉はそこで途切られ、目を見開き私と同じ方向に視線を向け固まった。

馬で駆けている時に私が見つけたのは地面に転がる兵士の片足。その先に視線を凝らせば、一体何人分かも分からない手や足、首が転がっていた。

その全てが血と泥で汚れ、降り注ぐ雨が静かにそれらを洗い流していく。

巨人の襲撃にあったというのは火を見るよりも明らか。泥に沈んでいる一つの頭部を見ると、私たちの前列の班だろうということが分かった。


「巨人が近くにいるのか!?」

「班長、今すぐ立体機動にうつった方が…」

『その必要はないよ。巨人の足跡がずっと遠くまで続いてる。』


地面に刻まれた巨人の足跡は右翼側へと続いていて、視界が悪くともこの近くにいないことは分かった。…あくまでもこの班を襲った巨人は、だが。


『行こう』

「…ええ」


振り返ると全員がフードの下から苦い表情を浮かべていた。これまで仲間の死は何度も見てきただろうが、これだけの人数の死体が集まっているのは彼らにとって初めてだったのかもしれない。私も調査兵団に来てからは初めてなような気がする。


私たちは再び馬を走らせた。後ろを振り返るともう彼らの姿は見えなくなっていた。



**
***



拠点につく頃に雨は止み、荷物を運び込む作業は滞りなく行われた。

エルヴィンに報告し、愛馬である兵長に跨って見張りの位置につく。どうやらここに着くまでに命を落としたのは私達が見た彼らだけだったらしく、右翼側に向かった巨人とはどの班も遭遇しなかったようだ。

やはり巨人もあの雨の中、地上で馬に乗っている兵士を見つけるのは至難の技ということなのだろうか。何はともあれ被害があれ以上拡大しなくて本当に良かった。


「なにボーッとしてやがる」

『…ぼーっとなんてしないよ』


ふと隣にいるリヴァイから声をかけられ少し慌てて返事を返す。確かに今は少し考え事をしていた。油断していた表情になっていたかもしれない。


「お前身体はちゃんと拭いたのか?髪が濡れてる、風邪引くぞ」

『拭いたよ。男性陣と違って長い髪はなかなか乾かないものなの』

「面倒だな」

『本当にね』


寒くないか?と聞かれ大丈夫だよ、と答えればリヴァイはあまり納得していないような表情で…そうかとだけ答えた。

これは心配してくれているのだろうか?…いや、こんなところで風邪を引かれて足手纏いになるのが嫌なのだろう。荷台に乗せられる人数は限られているのだから。


今まで雲で隠れていたから気づかなかったが、日はもう大分傾き始めていた。茜色に染まる景色の先に目を凝らして巨人が近づいてこないか確認する。

…まぁ、屋根の上にいるミケが先に発見しそうなものだが、風向きによっては彼の鼻でも感知できない場合もある。

少し風が冷たくなってきた時、ぶるるっと兵長が身体を震わせた。


『ごめんね、もうちょっと我慢して』


エルヴィンに報告している間、ぶるぶると身体を揺さぶって身体についた雨水を振り払っていたが、それでも取りきれなかったのだろう。鬣にそっと触れてみればしっとりと湿っていた。

日が落ちれば巨人の活動もなくなり見張りの任務も解除される。それまでの辛抱だからと私がタオルでわしゃわしゃと身体を拭いてあげると、気持ち良さそうに瞳を閉じた。


「そんなことしなくても馬は勝手に体温調節する生き物だ。余計なことはするな」

『だって寒そうなのを見てられないよ。自分の愛馬なんだから』

「調査兵団の馬は長距離にも粗食にも耐える。お前の馬は性格に問題があるだけでその辺は他の馬より優れているはずだ」

『馬との絆は大切でしょ?私達はこうやって愛を深めてるの。ねー、兵長』


そう言うとぐるる…とまるで返事をするように喉を鳴らした兵長に、リヴァイは眉間に皺を寄せた。


「…何度も言っているが、その名前はどうにかならないのか?」

『ならない。この子ももう自分の名前が兵長だって理解してるみたいだし、今更変えられないよ』


リヴァイの盛大な舌打ちが零されるが気にしない。そんな会話をしているうちに全員中に入るようにとの指示が下されたのだった。



**
***



すっかり日が沈み、雲がなくなった空には星がいくつも輝いていた。

壁外調査も何度か経験し、何の役職もついていない私は必然的に夜の見張り当番を割り当てられる。

夜風は冷たいが湿っていた髪はすっかり乾き、コートを羽織っていれば耐えられない寒さではない。立体機動装置の鞘がぶつからないように壁によじ登り、積み上げられた石と石の間に身体を忍ばせればすっぽりとちょうどいい感じに納まった。

少し身体のバランスを崩して落ちれば軽傷じゃ済まない高さだが、立体機動装置がある今ならその心配もない。ずっと立っているのも疲れるし、この方が良く見えるから問題ないだろう。

淡い月の光が照らし出す地上に巨人の姿はなく、その気配も全く感じない。こうしていると壁外ということを忘れてしまうほど昼間とは対照的な光景に、油断してはいけないと自分を叱咤する。

いつ巨人と遭遇するか分からない。油断すれば次の瞬間には巨人の胃袋の中かもしれないのだから。


『…』


視線を落とした時、私の頭の中を過ったのは昼間の光景だった。

泥に沈む死体は人間としての姿を失い、もうどれが誰のものなのか分からないほど散り散りに飛散していた。

見覚えのある頭部はその虚空の瞳で空を仰ぎ、色を失った肌に付着した汚れを降り注ぐ雨が静かに洗い流していた。

再び出発しようと振り返った時に目に映った班員の表情は苦いもので、彼らは今何を思っているのだろうといつもの私なら他人事のように考えていたはずだったのに、…今回は少し違った。

あの光景を見た瞬間、私の中で何かが痛んだ感覚が走った。

それは何だろうということは少し考えただけで自分の心なのだと気づく。あの時私は確かに悲しいとか、悔しいとかそういった感情を感じたのだ。

これまで先程見た以上の死体なんて見たことはいくらでもあるし、自分で奪ってきた命もある。だからなんとも思わず他人事のように捉えられていたはずだったのに、今回は違った。

いや、前もそうだった。

初めての壁外調査でも私は同じように思ったような気がする。死んでいった仲間たちを一人一人思い出して、「生きたい」と事切れる直前まで願っていた彼らの顔を思い出していた。


私は、どうしてしまったんだろう?今までは感じなかったものを、どうして今更になって感じるようになってしまったんだろう?

今までと違うものはなんだ?と考え、漸く一つの考えに辿り着く。今まで目にしていたのは自分とは関係のなかった人間で、ここに入ってから失っていたものは「仲間」だったんだと。

共に訓練をし、寝食に加えて夜には酒を囲みながらトランプやチェスで遊んだ仲間。私は仲間なんて必要ないし依存しないようにしようと思っていたのにいつの間にか…、私の中で彼らはそんな軽い存在ではなくなってしまったらしい。

私はこの環境に、
…依存し始めている。

そう考えた時、ぞわりと背筋が凍った。適当に流して適当に過ごして、その内ここから離れようと思っていた。

だから自分からは干渉しなかったし距離もとっていたはずなのに、みるみるこの組織に入り込んでいる自分がいる。

ここに長く身を置きすぎたのだろうか。思えばこんなに長く同じ場所に居続けたことはなかった。自分以外は信じない、信じられるのは自分の力だけ…他人に干渉することもなければ干渉されることもない、それが当たり前だった。


[俺の許可なく死ぬことは許さねぇ]


それなのにほぼ強制的とはいえリヴァイとはこんな約束までしてしまって、しかもリヴァイの事を好きだと思ってしまう自分がいる。

人を信じるな。
この世界にいるのは所詮、自分と他人だけ。

だから絶対に心を動かすな、心を殺せと自分に言い聞かせたはずだったのに、どんどんと流されている自分がいる。


ここに留まるのは間違いなのだろうか。こんな風に自分が壊れていくようなら、ここから離れるべきなのだろうか。

私はもう一度星空を見上げる。壁がなくどこまでも続いている星空は、壁の中で見るものより綺麗に見えた。




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