番外編

□番外編(第1章中)
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舞姫(55P〜56P)全2P


第1章「馬鹿を引き摺り出す為には」から始まった夜会の番外編。


**
***


様々な料理の匂いと共に、貴族共のきつい香水の匂いが鼻をつく。始めはごちゃごちゃと言っていたクソメガネも、夜会が始まってから数時間後にはこの有様だ。

今では遠慮も無く…いや、こいつにしては遠慮をしているのだろうが、並べられた料理を何とも幸せそうな顔をしながら食ってやがる。まぁ、こちらに提供されている料理なのだから手をつけるなとは言わないが、さっきまでの緊張はどこへいったんだと聞いてやりたい。


「何、リヴァイ食べないの?もったいない」

「こんな香水の匂いのするところでよく食えるな、お前は」

「そんなの料理の前に顔を持ってきちゃえば分からないよ。あぁ、やっぱりそんなことよりユキが心配?」


ハンジは料理から顔を上げ俺と同じように会場に視線を向けた。さっきまでこの馬鹿と一緒にいたはずのユキは今ここにはいない。どこへ行ったんだと聞いたら、クソメガネも気づいたらいなくなっていたらしい。

全く使えねぇ奴だ…、と思うと同時にきっとあいつが出てきたワゴンか何かに飛びついたのだろうとため息をつく。

ユキの容姿は人目を惹く。東洋人独特の黒髪と兵士を思わせない身体つきは、周りの貴族にとっては自分たちと同じ立場の人間だと思わせるだろう。まぁ、その辺の貴族に襲われたところで黙っている女ではないが…。

…というか俺はどうしてユキのことを気にしているんだ。自分が今考えたようにユキは放っておいても問題ない。

それなのにユキの姿を探してしまうのは…、クソメガネが言ったように俺はユキのことを心配しているからなのか。
エルヴィンやミケの事を過保護だと思っていたが…俺も奴らの過保護さがうつってしまったのかもしれない。


「何言ってやがる、あいつは兵士だ。心配する必要がどこにある?」

「それはそうなんだけどさ。今日のユキの格好見たでしょ?あれで誰にも声かけられないなんてことありえないよ。それにユキはどこか危なっかしいところもあるし」


「そう思うならちゃんと見張っておけ」と言うとハンジは「だって本当に一瞬目を離した隙にいなくなっちゃんたんだ」と言う。

その時、会場に音楽が流れ始めた。貴族が集まる場所ではダンスがあると相場が決まっている。当然、俺たちのようにそういった機会に縁がない兵士は側から見ているだけだが。

とりあえずこれでごちゃごちゃと煩い貴族たちの視線が中央に集まり静かになる。そうすればユキもいい加減戻ってくるだろう。

誰がなんというわけでもなく、音楽がかかったというそれだけで貴族共は我先にと中央へ赴き踊り始めた。そういえば以前の夜会ではエルヴィンがどこぞの貴族と踊っていたな…と思い出す。

無理矢理相手をさせられたとかなんとか言っていたが、随分様になっていた。調査兵団の団長として上の人間と関わることが多いエルヴィンはそんな技術も身につけたのだろう。

だからと言って、俺は絶対にやらないしやろうとも思わないが。


「リヴァイってさぁ、踊れたりするの?」

「誰がするか。」

「だよねー、第一似合わないし」

「お前に言われたくねぇよ」


自分が踊りなど似合わないことくらい分かっているが、こいつに言われるのだけは勘に触る。お前だって同じようなものだろうが。むしろお前よりは上手くやれる自信すらある。


「私たちはこういうことに縁がないからねぇ、本当はできた方がいいんだろうけど」

「くだらねぇ、巨人を削げればそれでいいだろ」

「巨人を削ぐのにも刃がいるし立体機動装置もいる。壁外に出るためには馬も物資も必要になる。それを提供してくれるのは奇しくもここにいるきっつい香水を身に纏ったご貴族様だからね」


そう言って酒を片手に中央へ視線を向けるハンジと同じように中央を見ると、貴族たちが自分の舞台だと言わんばかりにその腕を披露している。

「すごいね」というハンジの言葉を遠くに中央から視線を外せば、中央に視線を向けるユキの姿があった。しかし、彼女の隣には見ず知らずの男がいる。

男の方はユキに懸命に話しかけているがユキは迷惑そうに体を少し離している。俺から見たら完全な作り笑いでも、あの男にしたら自分との時間を楽しんでくれているのだと自惚れているだろう。心底気に入らない。


「失礼。調査兵団分隊長、ハンジ・ゾエ殿とお見受けする」


声のした方を振り返れば、1人の男がハンジに向かって笑いかけていた。身なりからしてそれなりの地位を持った貴族だということが見てとれるが…一体クソメガネに何の用だ?

口説きにきたというのなら口出しはしないが、こいつの本性を知った時にどんな顔をするか拝んでやりたいものだ。


「はぁ、そうですが」

「一曲付き合ってもらいたいのだが」

「え?」


きょとんと瞳を見開くハンジと同じように、不覚にも同じ表情を浮かべてしまった。兵士は貴族たちが嗜むような踊りや歌などには精通していないのは当然で、こういう場でも暗黙の了解として奴らも誘ってくることは今まで一度たりともなかった。

なのに、こいつは一体どういうつもりだ?ただ常識を知らない空気の読めない貴族ということか?

視線を向ければ男はへらへらと笑っている。気に入らない貼り付けたような笑みはこの男が純粋にハンジと踊りを楽しみたいと思っているのではないという証拠。

こいつは何が目的だ?
何を企んでやがる?


「い、いや…申し訳ありませんが私踊りは…」

「一曲だけなら問題ないだろう?そう長く時間はとらせない」

「そういう意味ではなくてですね…」

「それとも何か?調査兵団の分隊長ともあろうお方は踊りも満足にできないと?」


あぁ、そういう事かと漸く理解した。この男…どうも見た事がないと思っていたら調査兵団のパトロンじゃないな?

他の兵団のパトロンか、それともただ俺たちに不満をもった人間か…いずれにしてもこの状況は良くない。周りの人間も異変に気付き俺たちに集中してきている。

まわりも特に口を出してこないとは言え、やはり兵団の分隊長クラスの人間が踊り一つもできないというのはあまり良くない事には変わりない。暗黙の了解とはいえ、憲兵団や駐屯兵団の幹部クラスはある程度できるのだろうから。

この男は俺たちの評判を落としに紛れ込んできたということか…。わざわざご苦労な事だが、面倒な奴に目をつけられたものだ。


「…チッ」


思わず舌打ちが零れる。

…どうする?このままじゃこの男の思う壺だ。ハンジは形を取り繕うくらいの事もできないし、このまま中央に放り出しても余計に恥をかくだけだ。


「どうなんだ?」

「…それは」


ハンジが言葉を詰まらせた時、音楽に紛れカツンと高らかなヒールの音が響き渡った。


『そのお相手、私がお引き受けします』


聞きなれた澄んだ声に振り返れば、そこには先程まで他の男と話していたはずのユキがいた。空色のドレスの裾を靡かせながら近づくユキに、男は少し瞳を揺らし…口を開いた。


「なんだい?君は」

『調査兵団副兵士長のユキと申します。ハンジ・ゾエ分隊長は先日の壁外調査で足を負傷しておりますので、私が代わりに勤めさせていただきます』


ユキは自然な動作で胸元に片手を添え、頭を下げた。「…ユキ?」とハンジが小さく声を零す。

俺もハンジもユキが踊っているところなんて一度も見た事がない。第一、ユキは踊りとは無縁だったはずだ。俺もそうだったが地下街にいる人間はこういう場に足を運ぶ事はまず無いし、もちろん調査兵団に来てからユキが夜会に出たのは今回が初めてだというのに、ユキはわざわざハンジが足を怪我しているという嘘までついて名乗り出た。


「…驚いたな。君はどこかの貴族のお嬢さんかと思っていたが」

『いえ、私は人類のために心臓を捧げた兵士。私ではご不満ですか?』

「いや、いいだろう。」


ユキを上から下まで舐めるように見た男は満足そうにそう言った。ユキは『光栄です』と思っても無いだろう事をすんなりと口にする。

一体どういうつもりだ?ハンジを庇ったつもりなのか?できもしない人間がいったところで何の解決にもならねぇだろうが!


どういうつもりだと男の後を追おうとするユキを睨みつければ、ユキは口元だけに小さな笑みを浮かべて口を動かした。

”大丈夫”…と。


「どうしよう…私のせいでユキが…」

「…あいつが何考えてるかは知らねぇが、今更止めることもできないだろう」

「ユキって踊れるの?」

「さぁな、俺は一度も見た事がないが」


俺たちは揃ってゴクリと唾を飲み込む。そんな俺たちの気持ちを他所に一曲目の音楽が終わり、中央の人間が次の曲に向けて入れ替わっていく。

男はユキの手をとり、もう片方の手は腰に添えられた。それを見た瞬間心の中にドス黒い感情が生まれた気がしたが、気づかないフリをして中央に視線を向ける。手のひらは気づかないうちに汗をかいていた。

演奏者たちが一斉に楽器を構える。
一瞬の静寂。

何時間にも感じるほどの沈黙の後、二曲目の音楽が始まった。

一斉に中央の人間が動き出し、それぞれ思い思いにダンスを楽しみ始める。そんな中何の違和感もなく先程の男とダンスを踊っているユキに「…え」と俺の隣で同じように見ていたハンジが驚きの声を漏らした。


「ユキが踊ってる…」


その言葉通り、ユキは曲に合わせて周りの貴族達と同様に男の手をとり見事な踊りを披露していた。いや、むしろ他の貴族よりも上手いようにさえ見える。踊りのことはよく分からないが男のリードを良く汲み取って、相手に合わせてやっているのがよく分かる。


「…すごい、ユキってばすごく上手いじゃないか…」

「…」


俺とハンジはユキの動きに吸い込まれるように視線を向けていた。少し伏せられた瞳。高いヒールを履いた足は器用にステップを踏み、纏められた黒髪と彼女の身体を包み込む空色のドレスの裾がユキの動きに合わせて綺麗に舞う。

その繊細で華麗な動きは俺たちはもちろん、会場にいる他の視線も引き寄せていた。

…意外だった。ユキは地下街出身で、同じように地下街に長く身を置いていた俺はこんな夜会なんかに顔を出す機会はなかったし、貴族がするような踊りなんかとは全く無縁だった。

地下街で生き抜くために必要なのは華麗な踊りをすることでもなく、綺麗な歌を歌うことでもなく、己が生きぬくための技術だけだ。

だからユキも当然できないと思っていたが…、どうやらユキを侮っていたらしい。会場の中心で舞うユキは素直に綺麗だと思えるほど華麗に舞っていた。

しかし、しかし…だ。 ユキと一緒に踊っている男が先程からわざとらしくユキの身体に触っているのが気にいらない。他の人間を見てもそうだし踊りというものがこういうものだということは充分理解しているつもりだが、あれは明らかにわざとらしすぎる。

自分の心の中が再びドス黒い感情で埋め尽くされていく。どうしてこんなにむしゃくしゃするんだ?と一瞬頭の中を疑問が浮かんだが、自分の部下があんな目にあわされたら誰だってイラつくだろうと思い、無意識に深く考えることをやめた。

もしハンジが同じことをされていたら、イラつきはしてもこんなに抑えられなくなるほど同じように感情が湧いてくるのか…ということはこの時考えないようにした。

中央で踊るユキはもう少し見ていたい気もしたが、それ以上に汚ねぇ手で触るなという思いが勝り、早く終われと意味もなく演奏者を睨みつける。

たった数分が数時間にも感じた時、漸く曲は終わりを迎えた。どこからか数名の人間が拍手をしているらしく乾いた音が響きわたる。先程はなかったその拍手はユキとあの男に向かって送られているものだろう。

男はユキと短く何か言葉を交わすと、あれだけベタベタと触っておきながら面白くなさそうな顔を浮かべて去っていった。当初の目的であっただろう調査兵団の面目を潰すということがユキによって阻止されたことを思い出したらしい。

だが、邪魔されたにしては男の顔はそんなに悔しそうではなかった。ユキと踊ったからか…そう考えるとあの男の顔面を一発殴ってやりたくなる。

その後、あの踊りを見ていたのであろう貴族の男共から「私と一曲」と何度も求められながらもなんとか振り切りって戻って来たユキに、クソメガネは思いっきり抱きつこうとして…直前でやめた。

周りの目があることに気づいたのだろう。コホンとわざとらしく咳払いをして口を開いた。




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