番外編

□番外編(第1章中)
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雨の日(全1P)



『…すごい降ってきた』


外へ出た私は思わず分厚い雲に覆われた空を見上げた。エルヴィンからちょっとしたお使い…といっても内容は駐屯兵団支部へ書類を届けるというただそれだけのものだったのだが、支部を出た途端外は物凄い勢いで雨が降り注いでいた。

出発するときに「傘持っていった方がいいわよ」とペトラに言われ傘を持ってきて正解だった。もう書類は届けたからいくら濡れても大丈夫といえば大丈夫だができれば濡れたくはない。

私は傘を開き本部への帰路をとぼとぼと歩く。あまり長居したつもりはなかったが、道は既にぬかるんでいて歩く度にびちゃびちゃと泥が跳ねるほどになっている。

雨音が強く周りの人間が何を話しているかも聞き取れない…と、いってもこんな大雨の時に外を歩いている人間自体少ないのだが。

距離が近かったから馬でこなかったのは正解だった。傘もさせないし愛馬に風邪をひかせてしまったかもしれない。

どうせこれからの訓練も中止になるだろうからと私はゆっくりと帰路を歩く。

すると、雨音に紛れて小さく子供の声が聞こえたような気がして道端へ視線を向けると、やはりそこには2人の子どもがいた。

物置小屋の屋根の下で呆然と空を見上げながら、寒いのかお互いに身を寄せ合っている。兄弟だろうか?どことなく顔が似ている2人に私は歩み寄った。


『傘持ってないの?』


そう問いかけると、恐らくお兄ちゃんであろう年上の子が「うん」と頷く。弟であろう子の唇はよく見ると青くなり震えている。


『家は遠いの?』

「…向こうの時計台の下」


指差した方を見ると確かに時計台があった。…だが、思ったよりも遠く確かにあの距離を傘なしで行ったらずぶ濡れになることは間違いない。


『じゃぁ私の傘あげるから、早く帰りな』

「…いいの?」

『私は家が近いからなくても大丈夫』


本当は上着も貸してあげたかったけど、一応団服なのでそう簡単に手放すわけにはいかない。

年上の方に傘を差し出すと、少し迷った素振りを見せたが頭を下げて傘を受け取った。


「ありがとう、お姉ちゃん」

『どういたしまして』


二人の男の子はぱしゃぱしゃと音を立てながら駆けていく。…さて、どうしたものかと私は先程まで二人がいたところに腰を下ろした。

なんとなく見ていられなくて傘を渡してしまったが、私が帰るべき調査兵団本部まではまだまだ距離がある。

こんな雨の中本部まで走って行ったらずぶ濡れになるどころか、大雨の中傘もささないで全力疾走する唯の不審者だ。こんな下らないところで調査兵団の評判を落としたくない…って言っても気がつけば道を歩いている人は一人もいなくなっていたので誰も見ていないだろうが。


ザーザーという雨音だけが響く。雨宿りしている屋根の端から時々、ぽたりぽたりと水が垂れては岩にぶつかり流れ落ちていく。

あの子どもたちも身を震わせていたが…、確かにここでじっとしていると寒く、日も当たらない場所はこの時期は少しキツい。

私は捲っていた制服の裾を伸ばし、身体を縮こませた。この雨はいつになったら止むのだろうか…。まさか今日一日止まなかったらどうしようと懐中時計を確認すると、本部を出発してから大分時間が経っていた。

訓練は中止になるとはいえ、リヴァイは今頃あいつは何をやっているんだと思っているだろう。もうこのまま帰ってしまおうか…。

そう思って空を見上げた時、ピカッと空が光った。直後にゴロゴロと雷が落ちる音が地響きのように響きわたる。

これは…ちょっとでれないなと諦め、私はいつも持ち歩いているお菓子をポケットから取り出し雷が止むのを待つことにした。



**
***



『…やまないなぁ』


お菓子を食べ終わった頃には雷は収まっていたが、雨はまだ止みそうもない。懐中時計を見て思わず目を見開く。

どうやらあれから一時間近くも経っていたらしい…。私はパタンと蓋を閉じて再びポケットの中に懐中時計をしまった。

寒さはなんとか我慢できるが、雨の中一人でぽつんとしているとなんとも言えない寂しさが募ってくる。

小さく溜息をついてもう一度抱えた足に顔をうずめると、ぴちゃりと水の跳ねる音がした。


「こんなところで何をやっているんだ、お前は」


雨音の中、酷く聞き覚えのある声に顔を上げると如何にも不機嫌そうなリヴァイが自分を見下ろしていた。

見間違いなんじゃないかと手の甲で目を擦ってもう一度見上げると、更に眉間に皺を寄せたリヴァイに「何やってるんだ馬鹿が」と頭を叩かれる。


『どうしてリヴァイがここに…なんで?どうして…?』

「こんな大雨が降ってるっていうのにいつまで経ってもお前が帰ってこないから探しに来たんだろうが。お陰で靴が汚れた」


…チッ、と舌打ちをするリヴァイに『ごめん…』と言えば、リヴァイは自分の足元から視線を上げて私の手元に視線を落とす。


「お前、傘はどうした?持って行ったんだろう?」

『それは、…えーっと…途中であげちゃった』

「は?」


ここで雨宿りしてた子どもに…、と言うとリヴァイはもう一度私の頭を叩いた。


『痛い…』

「それでそいつらに傘を渡したお前はここで成す術もなく惨めに雨宿りか。間抜けだな」


痛いという訴えも完全に無視され鼻で笑われるが…、言っていることが最もすぎて言い返す言葉が見つからない。

だが、そんなことよりもリヴァイがここまで探しに来てくれたということに驚いた。まさかあのリヴァイが大雨の中、私を探しに来てくれるなんて思ってもいなかった。

リヴァイの足元を見れば泥が跳ね、いつも綺麗に磨き上げられた靴が汚れている。こうなることは分かっていただろうに、それでも私を探しに来てくれたということに申し訳ないと思いながらも、私は心底嬉しかった。


恐らく赤くなっているだろう顔を隠すように俯きながら叩かれた頭をさすっていると、私の身体に影がかかった。

ゆっくりと顔を上げるとリヴァイが私に向かって傘を傾けている。意味が分からず暫く傘を持ったリヴァイの手を見つめていると、リヴァイは不機嫌そうに口を開いた。


「早く入れ」


入れって、その傘に入れってこと?
私がぽかんと口を開けていると、
リヴァイは再び舌打ちをした。


「お前が傘を持っていると思っていたからこれしか持ってきていない。文句があるならここに置いていくが?」

『ちょっと待って、文句なんてないから!』


そのまま歩き出そうとするリヴァイに駆け寄り、私達は1つの傘の下を寄り添いながら歩く。

雨の音が煩くて本当に良かったと息をつく。そうじゃないと聞こえてしまうんじゃないかと思うほど、私の心臓はこれでもかというほど波打っていた。

離れて歩けばリヴァイが余計に濡れてしまうと思い、私は覚悟を決め…僅かに空いていた距離を少しだけ詰める。そうすれば歩く度に僅かに肩が触れ、その度にドキドキと音を鳴らす鼓動を止めようと必死に堪える。

あぁ、なんて幸せなんだろう。こんなこと大雨の中私を探しに来たリヴァイには口が裂けても言えないけど…。こんな機会は今後一生ないだろう。

私もリヴァイもお互い特に口を開くこともなく暫く歩いていると、バシャバシャと後ろから誰かが走ってくる音が聞こえた。


「お姉ちゃん!」


その声に振り返ると先程の男の子が二人、息をきらしていた。傘をさしている反対側の手には私の傘が握られている。


「なんだ?あの餓鬼は」

『さっき私が傘を貸した子だ…』


男の子二人は私の元に駆け寄ると、先程私が貸してあげた傘を差し出してきた。


「僕達に傘を貸しちゃったから、お姉ちゃんが困ってると思って…」


どうやら家に帰ったこの子たちは、傘がなくなって私が困っていると思いわざわざ返しに来てくれたらしい。

まさか返しに来ると思っていなかった私は驚いたが、『ありがとう』と言って受け取ると二人は無邪気な笑顔を浮かべて去っていった。


「わざわざ返しに戻ってきたのか。餓鬼の割に律儀な奴らだな」

『うん、私も返しに来てくれるとは思わなかった』


自分の手元にある傘に視線を落とす私にリヴァイは「早く行くぞ」と言った。


『ねぇ、リヴァイ』

「何だ」

『このまま帰ってもいい?』


そう言うとリヴァイは言葉の意味が分かったらしく「好きにしろ」と言った。傘の半分のスペースを開けて。


『うん』


私達は再び帰路を歩き出す。
リヴァイの持つ1つ傘の下を寄り添いながら。

先程まであった心細さもなくなり、このまま兵舎に着かなければいいのにと思った。




END
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