番外編

□番外編(第1章中)
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彼女を動かすもの(59P〜60P)全2P



「うわぁ、美味しそう。どうしたのこれ」

「ハンジ分隊長」

食堂の端にできていた人集りを覗き込むとその中心には見事なホールケーキがあり、ペトラが切り分けているところだった。

「団長がもらったらしくて、今いる人だけで分けろって言ってくれたんです」

「へぇ、ケーキをもらうなんて誕生日でもないのにね」

「分隊長も食べます?」

「食べる食べる。あぁ、あとユキの分もくれる?持って行くから」

そう言うとペトラは頷いてケーキを2つ切り分けてくれた。フォークで一口大に切ってから口に運べば、それはもう美味いのなんの。

思わず「美味ぇぇえええ!」と叫べば周りの兵士に「全員分ないんですから静かにしてください!」と口を塞がれた。そう言えばここにいる皆で分けると言っていたような気もする。

だが、これは美味い。本当に美味い。あの無類の甘い物好きが食べたら相当喜ぶんだろうなと、あの小さな口いっぱいに頬張った時の幸せそうな表情を想像して笑みが零れる。

その時ユキがまるでケーキの匂いを嗅ぎつけてきたのかと思うほどちょうど良く食堂前を通りかかるのが見えた。

「あ、ユキ!ちょっとこっち来て!」

すかさず呼び止めるとユキはゆっくりとこちらを振り返りのそのそと歩いてくる。なんだか足取りが重いような気がするがこれを見ればそんなもの一瞬でどこかに消し飛ぶだろう。ユキにはどんな万能薬より甘味のほうが特効薬となる。

ほらご覧!このケーキに飛びついてクールな顔を崩し、口いっぱいにこれを頬張れ!そしてその表情を私が満足するまで見せろ!

…と、そんなことを言ったら持ち帰って私のいないところで食べるのは明白なので内心を押さえ込み、平静を装ってユキにケーキを勧めた。

「ケーキだよ、ユキ。もちろんユキの分もとってあるから安心して!」

『いらない』

「「「……え?」」」


い、いい今なんて言った…?
いらない?
…いやいやいや、まさか。

そんなことはあり得ない。
きっと私の聞き間違えだ。


「何言ってるの?ユキの大好きなケーキだよ?」

『いらない。』

ユキはハッキリともう一度そう言うと、踵を返してスタスタと食堂を出て行ってしまった。

「…う、嘘だろ?」

ざわざわと空気が揺れる。ゆっくりと後ろを振り返れば、ケーキを囲っていた兵士達も今の光景を信じられないと言わんばかりに揃ってぽかんと口を開けていた。恐らく私も同じように情けなく口を開けているのだろう。

いや、しかし…しかしだ。
あのユキが…甘いものには目がないユキがケーキを受け取らずに「いらない」と言った。

いつもなら目を輝かせてあげると言ってもいないのに私の手から取り上げて一直線に口に放り込むユキが…

私は自分の食べかけのケーキの事も忘れて一目散に食堂を飛び出した。


***


「ユキが難病にかかったかもしれない!!」

「…」

ゼェゼェと切れる息を抑え込んで執務室に飛び込み両手を机に叩きつけ、大声をあげて訴える私をリヴァイは怪訝そうに見上げた。

「ユキが難病にかかったかもしれない!!」

「聞こえてないわけじゃねぇよ」

同じことを繰り返す私に呆れたように息をついたリヴァイは再び書類に向かい合う。

「突然駆け込んできて何を言いだすかと思えば…お前は何がしたいんだ?構って欲しいなら部下にでも構ってもらえ」

「何呑気なこと言ってるのさ!ユキが病気かもしれないんだよ!?」

「…てめぇ」

リヴァイから書類を取り上げれば殺気のこもった視線が突きつけられる。だが、そんなの構うものか!大の親友が命の危機に晒されているかもしれないんだぞ!?何をそんなすました顔してるんだ!

「ユキがケーキをいらないって言ったんだ!あのユキが!」

「…それだけか?」

「それだけって…!あのユキだよ!?糖分で生きているユキがだよ!?きっと難病にかかったんだうわぁぁあああああ!」

取り上げた書類を何度も何度も机に叩きつければ、返ってきたのは「うるせぇな」の一言。表情を一度も崩しやがらない。

「なんでそんなに冷静でいられるのさ!?ユキのことが心配じゃないの!?」

「たかが食い物をもらわなかったからって大袈裟すぎるんだよ。たまたまそう言う気分じゃなかっただけかもしれねぇだろ」

「今までユキにそんなことは一度だってなかったじゃないか!もし食べられないとしたらそれこそ病気にかかってるとしか思えない!」

「取り敢えずお前は叫ぶな、うるせぇし汚い」

「うわぁぁぁユキが死んじゃうぅぅうううう!」

どうしてリヴァイはそんなに冷静なんだよ!四六時中ユキのことしか頭にないユキ依存症のくせして!

ユキの甘い物好きは知っているだろう!?なのにどうしてこの非常事態に書類なんかと向かい合っているんだ!


一頻り泣き叫び、なんとか落ち着いてきた頭に先ほどのリヴァイの言葉が蘇る。

[たまたまそういう気分じゃなかっただけだろう]

確かにそういうこともあるかもしれない…。いくらユキだからって毎日毎日甘い物ばっかり食べていたら、たまには食べたくない時もあるのかもしれない。

…だけど、…だけど


「やっぱりおかしいよ」

「そうか?俺は日頃食べ過ぎている方が問題あると思うが」

「そうかもしれないけど…、何より食堂に入ってきた時のユキの足取りが重かったんだ」

「ほう?」

食堂の前を通り過ぎるユキを呼び止めた時、ユキの表情は暗かった。こちらに歩み寄ってきた時の足取りも重かったし、本当に体調が悪いのかもしれない。

…と、言うとリヴァイは「さっきまで変わった様子はなかったが」と思い出すように言う。

ただの気まぐれではなく体調不良かもしれないとなった途端、リヴァイは先程とは打って変わって真剣な目つきになった。さっきまでの私を小馬鹿にするような態度が嘘のようだ。

それは置いておいてリヴァイがユキの体調不良を見逃すだろうか?…いや、ないだろう。この男はユキの様子の変化に気持ち悪いほどすぐ気がつく。恋愛感情には呆れるほど鈍感だが。

…と、なるとユキがあんな奇行に走ったのは何故だ?本当に気分じゃなかったからだけか?

そもそも女の子が甘い物を食べなくなる理由はほぼ1つしかない。…となると

「リヴァイ」

「なんだ」

「ユキに何か言ってないよね?」

「は?」

リヴァイは眉間に皺を寄せて睨みつけてくる。しかし、もう心当たりと言ったらそれくらいしかないのだ。

「何かってなんだ」

「太ったとか」

「あぁ、言ったが?」


元凶はお前かよ!!

ガックリと項垂れる私にリヴァイは「それがどうした」と聞いてくる。呆れて言葉も出ないとはこの事だ。

リヴァイにはデリカシーというものがない。「クソでも長引いたか?」なんて言ってくるのはもう慣れたものだ。

だが、まさか女の子に向かって太ったなんていう奴がいるだろうか。それを心から慕っているリヴァイから言われたとあってはユキだって食欲もなくなる。あんな重い足取りになっていたのも大好きなケーキを断ったのも頷ける。

彼女は相当なショックを受けた。自分の大好きなものを拒絶するほどに。

「オイ、急に黙るな」

なのにこの男ときたら…!
鈍感にもほどがある!

私は込み上げる怒りを押し留めながら改めてリヴァイと向かい合い、諭すように口を開く。

「あのね…、ユキが甘い物を食べなくなったのはリヴァイのせいだ」

「は?どうして俺のせいになる」

「女の子に向かって太ったなんて普通言う?それがショックだったんだよ、ユキは」

「俺は事実を言っただけだが」

こんの男は…ッ!どこまで女心を分かってないんだ!その澄ました顔を殴ってやろうか!?…殴り返されるだろうからやらないけど!

言われてみればユキは少し太ったかもしれない…いや、そうは言っても言われればというくらいの違いしかないし元々痩せていたから標準に近づいたくらいだ。

それなのに…、
…それなのにこの男は!!

お前の言葉がユキにとってどれだけ影響力があるかいい加減自覚しろよ!

「…もういい。ユキが病気じゃないってわかったから」

私はもう構っていられないと、眉間に皺を寄せるリヴァイの元を後にした。


***


パタンと扉を閉めてため息をつく。


[お前、太ったな]

執務室で書類整理を終え帰ろうとしたとき、唐突に言われた言葉に私は目の前が真っ白になったような気がした。

確かに冬に入った最近では雪で怪我をする危険性があるからと立体機動の訓練も少なかったし、寒さを避けるため極力部屋からも出ようとしなかった。

壁外調査も行われない今のうちにと今までできなかった書類整理ばっかりしていたくせに、食べる量は以前と同じ…これでは太って当然だ。

自覚はしていた。二の腕や太ももに触れると以前より柔らかい感触が手のひらから伝わってくる。

リヴァイに言われたあの言葉を思い出してはズキリと胸に痛みが走った。

…その後のことはあまり覚えていないが、執務室を出て食堂前で呼び止められ死ぬほど美味しそうなケーキを断ってきたような気がする。

あのケーキは本物だったのだろうか。私が見た幻覚だったんじゃないだろうかと思うほど美味しそうだった…。

だけど誓ったんだ。私は今日から甘い物を食べないと。

『絶対に我慢してやる…っ』

だが、それだけで痩せることなんてできるのだろうか?

そういえば「やせる」ということを考えたことなんて今までなかった。思えばここに来てからというもの甘い物を山ほどもらうようになってそれを食べ続けていたが…地下街にいた頃より断然運動量が増えていたから平気だった。

だが、書類整理ばかりをして消費されずに脂肪がついてしまったというなら運動をしなければ解決には繋がらないんじゃないだろうか。

『ミケに対人格闘付き合ってもらおう』

そう思って扉に手をかけて待てよ…と手を止める。そう言えば以前、ミケに対人格闘を付き合ってもらっていたらリヴァイに「今度からは俺が付き合う」と言われていた。

…どうしよう。まさか太ったと言われた張本人に頼むなんて嫌だ。お前が痩せるために付き合わせるのかと思われるに違いないし第一頼み難い。

しかし、他の人間に頼むことはできないし…どうしたものか。

私は再び扉を背に立ち尽くす。調査兵団の人が駄目だとすればミカサに相手してもらおうか?…いや、彼女とは訓練との折り合いを図るために一週間に一度と既に約束がある。

『… 1人でやろう』

私は扉を静かに開けて廊下を見渡し、誰もいないことを確認して兵舎を抜け出した。


***


兵舎から少し歩いた場所にある訓練場に松明の炎を灯せば、周りを囲む木々がぼんやりと姿を現した。

それにしても寒い。周囲を見渡せば足元には一昨日降った雪がまだちらほらと残っていて、夜だというのにそこまで暗くは感じさせないほどに辺りはぼんやりと明るかった。

倉庫から拝借してきた木刀を手に素振りを繰り返す。始めは寒くてどうしようもなかったのが次第に熱くなり、羽織っていた上着を脱いで更に素振りを続けた。

ブンブンと腕を振る度に木刀が空を切り風切音が鳴る。目の前に燻る松明の灯。周りを包む静寂…。

そう言えば前もこうやって練習したことがあったなぁと思い出す。調査兵団に入団して間もない頃、ブレードの扱い方に早く慣れるためにこうして一人で練習した。

あの頃はどうしてそんなに必死になったんだろうと思ったが、今になってみればリヴァイに早く認められたかったんだと思う。調査兵団に入ってから私の原動力はいつだってリヴァイだった。

その前は確か、地下街にいたときだ。拘束されていた場所から初めて飛び出して、自分自身の力のみで生きていかなくてはいけなくなったとき、こうして一人で練習をした。

金と力が物を言うあの場所で、私が初めて手にしたのは拳銃だった。拳銃は何をするにも便利で力で勝てない者にも隙さえつければ簡単に勝つことができる、まさに自分のように力のない者の為の道具だと思った。

だが、拳銃を使用するには当然弾がなければならず、それを調達するのがなかなかに困難な作業だったのをよく覚えている。

そんなとき私は見知らぬ男が持っていた長身のナイフを目にしてそれを拝借し、使いこなせるように必死に努力を重ねた。

お腹がすけば拳銃を持って食料を調達し、満たされればまた人目のつかないところで練習する。そんなことを繰り返して徐々に弱そうな相手からナイフを使うようになり、慣れてしまった頃には拳銃よりもナイフばかりを使うようになった。

のちにそのナイフは東洋から伝わってきた刀というものだと言うことを知り、気づけば地下街でも屈指の暗殺者として大金を稼いでいた。

それも刀を手にしたあの頃、何度も何度も練習をしてきたからこその事だと思う。腕が痛くなっても手のひらから血が滲んでも、止める事なく時には実践も交えて1人でずっと続けてきた。

自分に力がなければ、
また汚い男共に弄ばれる。

もう他人に好き勝手されるのは嫌だ。絶対に強くなってやる。強くなって自由に生きてやる。

そして自分が強くなったら気に食わない奴を全員…ーー


『…殺してやる。』


自分の口から零れた言葉にハッとし現実に引き戻される。

辺りを見渡せば先程と全く変わらない光景が広がり、周りを取り囲む木々と揺れる松明が不気味に木刀を照らしていた。

周りに人の気配もなくホッと一息つけば、自分の手がこれでもかというほど強く木刀を握りしめていたことに気づく。懐中時計を確認すれば30分以上も経過していて、自分が周りも見えないほど集中してしまっていたことに驚いた。

私はもう一度深く息をついて懐中時計の蓋を閉じ、もう1人でやるのはやめようと誓い松明の灯を消す。

今回はたまたま運が良かったが、誰かに自分のあんな姿を見られたくはないし自分自身も今いい気分とは言えない。

明日は何か別の方法を考えよう。
私は松明の後始末をし、木刀を倉庫にしまって兵舎に戻った。


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