番外編
□副兵士長
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「やっほー!…あぁ、相変わらずリヴァイってば机仕事が似合わないねぇ。それよりユキは?今日はいないの?」
「それより」とはなんだ。勝手に現れて勝手にべらべらと喋っておきながら…とリヴァイはため息をつく。
「今日はそれほどやることもねぇから来なくていいと言ってある」
「えええ!?仕事が無くったって私なら絶対に毎日呼ぶよ!?そうすれば毎日ユキと密室で2人っきりを堪能できるし、ユキが淹れてくれる紅茶だって飲めるのに!」
「お前と一緒にするな、そんなことで呼びつけるわけねぇだろ。お目当てもいねぇんだからさっさと失せろ」
「…と、言うと資料室かなぁ」
勝手に執務机に腰掛けるハンジを「削がれてぇのか」と睨みつける。「はいはい」と仕方なさそうに立ち上がるハンジを蹴り飛ばしてやりたくなるが、こんな奴に構っていたって労力の無駄だ。
「さぁな、だが大した用でもないなら邪魔してやるな」
「ユキったら最近、暇になったら資料室で本積み上げて勉強してるんだもん。初めて知った時には本当に驚いたよ」
ユキは最近、暇を見つけては資料室に足を運んでいた。きっかけとなったのは訓練兵のところに行ったとき、キースに「こんな人間が副兵士長をやっているのか」と言われたことだろう。
ユキは当然ながら教育を受けてきたわけではないし、上手くやっているように見えるが突き詰めれば勉学に関しては一般常識もできないだろう。
あそこでは文字の読み書きすら曖昧なものも多い。ユキはその辺の知識は身に着けていたようだが、他に関してはできなくてもおかしくない…俺だってその辺の奴らに比べればできないことのほうが多い。それは俺たちにとっては当然のことだ。地下ではそんなことを学ぶ暇があるなら人の殺し方を覚えたほうが何百倍も役に立つ。
別に今更気にする必要などないと思うが、ユキはそうは思わなかったらしい。暇を見つけてはたまに資料室で本を読んでいるようだ。もちろん本格的に勉強などしているわけではなく、なんとなく常識的な知識を身に着けているという程度だろう。
だが、前に偶然資料室にいるユキを見つけたときはその集中力に驚かされた。別にこそこそとしていたわけでもないのに、普通に入ってきた俺に気づかず文字を目で追っていた。
声をかけて漸く「あぁ、リヴァイ」と言って顔を上げて笑みを浮かべていたほどだ。
「前は談話室で兵士と酒を囲んでわいわいやってただけだったのに、随分立派になっちゃったよねぇ。まぁ今でもその光景は結構見るけどさ」
「あいつも少しは副兵士長として自覚を持ってきたってことだろう」
「そう、それだよ。副兵士長になってからだよそんなことやり始めたのは。誰に強要されてるわけでもないのに意外と真面目なんだよねぇ。エルヴィンとかミケについていって中央なんかも行ってるみたいだし」
「…そうなのか?」
「……あれ?知らなかった?」
「初耳だが」と言うとハンジはあからさまに「しまった」という表情をする。大方俺がいない時を見計らってユキを連れて行っているのだろう、奴らは。
「あ、あぁー…たぶん今「俺がいないときに連れていきやがって」とか思ってるだろうけど、違うよ?ユキが自分で頼んでついていってるんだ」
「…は?なんだそれは。わざわざあいつらについていく必要なんてないだろう」
「リヴァイと一緒じゃ学べないものを学びに行ってるんだと思うよ。言葉遣いとか礼儀とか、…エルヴィンやミケなんかは本当にお手本のような人たちだからね」
「俺からは学べない」という言葉にイラっときたが、言葉遣いや礼儀と言われては反論できない。…俺はそんなものを気にしたことは殆どないし、もちろん教えられるほど知識があるわけでもない。
ユキも当然そういうものは疎く、目上の人間に対する言葉遣いも拙いことを自覚しているからか、声を掛けられ迷ったときは愛想笑いで誤魔化していることが多い。
普通なら不信感を抱かせるような行為だが、ユキはそれで難なく乗り切っている。容姿に恵まれた者の特権と言えるだろう。ユキに笑顔を向けられて嫌な気分になる人間はいない。
「ユキもさ、ここにいるしかないと思っているから調査兵団にいてくれてるけど、いろんな知識や能力を身に付ければきっとどこでもやっていけるんだと思うんだ。そしたらこんなところから離れて行ってしまうかもしれない…そう思うことがたまにある」
「あいつは立体機動装置を無断で使用していた罰を不問にしてここにいる。もし離れるというのなら、その罰を受けてもらわねぇとだが」
「そんな気さらさら無いくせに」
まぁ、いいやと言ってへらへら笑いながらハンジは「じゃぁねーまた来るよ」と言って出て行った。…まったく、なんなんだあいつは
。勝手に来て好き放題にべらべらしゃべったと思ったら勝手に出ていきやがった。
「…どこかへ行く、か」
ハンジの言葉を繰り返せば、無意識に自分のペンを握った手は止まっていた。
ユキは自分が元ゴロツキであること、東洋人であることを無意識に足枷にしている。だから「調査兵団にいるしかない」と思い込んでいる。…実際そうさせたのは俺達なのだが、確かにあいつの言う通りそう思い込んでいるだけで、他に可能性があることを自覚したらどうするのか…。
いつも傍にいるあいつを見ていて思うのは、意外と努力家で様々な事を身に着けていく才能を持っているということだ。
元々ユキは俺とは違い、誰かに教えられることなく自分一人の力で地下街を生き抜き、あそこまでの技術と経験を身に着けた。自分に必要なものを瞬時に判断し、見聞きしたものを習得する力がユキにはある。
特に驚かされるのは人の顔と名前を良く覚えていることだ。1度会った兵士やパトロンの名前も覚えているので、再び会ったときに名前を呼ばれた相手は大層喜んでいるところをよく見かける。
それら全ての能力を含め、ユキの持っている力は才能だ。更に兵士としての常識も身に付けたら、他のどの兵団も欲しがる逸材となるだろう。兵団に限らずとも、ユキには様々な選択肢が広がってくる。
主のいない机を見て、1つ息をつく。…心配しすぎか。ユキは調査兵団から離れたりしない。そうやって縛り付けているのは俺達じゃねぇか。
**
***
数日後、俺とエルヴィンに付き添う形でユキは中央に赴く機会があった。あまり気乗りのしない俺とは対照的に、ユキは文句の一つも言わずについてきて会議室前で他の補佐役であろう兵士たちと待機することとなった。
今回はいつもとは少し異なり、ザックレーを始めとして他兵団の団長らも顔を揃えている。だからこそ会議も堅苦しく形式的なものも多い面倒なものだったが、無駄に長い息苦しい時間が終わって外に出た瞬間、ユキの姿を見ただけで気分が晴れるのだから俺は重症だ。
どうやら大人しく待っていたらしい。俺たちが出てきたときのユキの姿に思わず驚かされた。他の兵士と同様、背筋を伸ばしてじっと待っていたのだ。
あのユキが欠伸の1つもせず、居眠りもせずにじっと待っていたらしい。…ハンジとのつい先日の会話を思い出し、本当にユキは副兵士長として成長しているのだと思い知らされる。できて当然のことなのだが、ちょっと前まではそれすらできずに駄々を捏ねていやがったのに。
「よく大人しく待てたな」なんてまるで飼い犬にでも言うようなセリフを他兵団長とザックレーがいるこの場で言えるはずもなく、何か言葉をかけたい気持ちを抑え込む。
他の補佐と同じように俺達に合流しようと歩き出したユキを呼び止めた人物に、その場の誰もが驚き目を見開いた。
「君は、噂の調査兵団副兵士長かな?」
兵団を取りまとめる兵団組織のトップであるザックレーの足が、ユキの目の前で止められ彼女を見下ろしている。
通常、ザックレーが主を待っている補佐役に言葉をかけることはないし、そんな光景は見たことがない。周りの人間も驚いたように目を見合わせ、2人に視線を向けている。「オイ」と喉まで出かかった言葉を飲み込み、エルヴィンに視線を向ければ固まっていた。
エルヴィンでさえ驚くべき事態だ。…だが、ここで割り込むわけにもいかない。まさか自分に声を掛けてくるとは思っていなかったであろうユキだったが、すぐに総統に体の正面を向け『はい』と答える。
「どうだ、帰りの馬車までの道のりの話し相手になってもらえるか」
『喜んで』
オイオイオイ!なにが「喜んで」だ!お前にしゃべり相手なんてまともに務まると思ってるのか!?オイ、エルヴィン!てめぇなんとかしろ!
エルヴィンを睨みつけるが、あろうことか小さく笑い返してきやがった。クソ!使えねぇな!お前はあいつがまともに対応できると思ってんのか!?
あいつは目上の人間に対する扱いに慣れてない。慣れてないどころか、まともな一般常識すらできてない。だからこそ普段は笑って誤魔化してなんとかその場を乗り切るか、エルヴィン…お前が助け舟を出してるだろうが!
そうこうしているうちにユキはザックレーと共に歩き出してしまう。一度もこちらを振り返らずに颯爽と背を向けたユキに内心焦りで頭が混乱する。
お前は本当に俺の気も知らねぇで…っ!
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