innocent starter
□Act.3-1
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「そこに、あるね」
ポツリと零された言葉が静寂の闇にとけていく。
杖を携えた2人の幼い魔導師は、眼前にそびえ立つ巨大な建物を見上げていた。
おおよそ深夜の学校に足を運ぶことのない2人――――瑞希となのはだったが、深夜の学校という独特の雰囲気に物怖じした様子はない。生ぬるい風が髪を撫でようと、反射した月明かりが不気味な影を生み出そうと、彼らはしっかりとその校舎を、否、校舎に巣くう災厄の根源を見据えていた。
『Stand by ready.』
誰が言うでもなく、その姿をシーリングフォームへと変えたレイジングハート。このデバイスも自身がすべきことを理解しているのだ。
「なのは、お願い」
なのはの肩に乗るユーノはそう言った後、ストン、と地に降りた。
なのはが短く返事をし、瑞希とユーノは数歩下がる。
「リリカル、マジカル――」
キーとなる言葉を紡ぎ始めたなのは。これで5回目となる封印作業は、もはや手なれたもの。すらすらと呪文を並べ、封印の工程をこなしていく。
「…………」
瑞希はその様子を無言で見つめていた。しかし、その表情はどこか暗い。僅かによった眉間のしわに、閉じられた口。強く握られた拳がやけに印象的だった。
** ** **
深夜の住宅街に何かを引きずるような音が響く。その中には金属質な音も混じっていた。
「2人とも、お疲れ様」
音の発信源のすぐ横にいる瑞希。その彼の肩に乗ったユーノが言う。彼らはジュエルシードの封印を無事に終え、帰路に着いている途中だった。
「……僕は、全然」
お世辞にも明るいとは言い難いトーンで話す瑞希にユーノは首を傾げる。
「ミズキ……?」
ユーノが問い掛けても、瑞希は大丈夫、なんでもないとしか答えない。本人の言う通り疲れてはいないようだが、浮かない表情に沈んだ声。どう考えてもなんでもないはずがなかった。しかし、聞いたところで同じ回答しかしない瑞希にユーノは何も聞かなくなった。もちろん、わだかまりを残したまま。
「私も、大丈夫――なんだけど……」
半分しか開けられていない目、力無く垂れ下がった腕。起動されっぱなしのレイジングハートを引きずりながらもなのはが言う。その様子は誰が見ても、疲労困憊。先程から辺りに響いていた音も、この疲れきったなのはが引きずるレイジングハートが原因だった。
「ちょっと、疲れた、かも……」
その言葉を言い切った途端、なのはは目を回して倒れ込んだ。前のめりにバタンと。同時にカラン、とレイジングハートが無機質な音をたてて転がる。
「な、なのはっ!?」
「え、た、高町さんっ!? 大丈夫!?」
その日、慌てふためく2つの声が深夜の住宅街に木霊した。