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□頑張ろうと思った
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とある日の昼下がり。本来ならすでに勤務時間にあたるこの時間帯。昼食によって満たされたお腹と、気持ちの良い陽気が眠気を誘う。
デスクワークに追われる人に、部下のフォローに回る人。己を鍛えるためにひたすらに剣を振るい続ける人、事件解決のために走り続ける人。さらには、身体検査と称し胸を揉むタヌキと、にっこりと笑い頭を冷やさせる魔王。
様々な人が様々な思惑を抱き忙しなく動き続ける中、この2人、ヴェルベットとティアナは機動六課の敷地内にあるガレージで会話を繰り広げていた。
「なぁ、やっぱり止めないか?」
「今さら何を言ってるんですか」
実はこの2人、本日午後からオフシフト。だからその格好も管理局指定の制服ではなく、私服。どうやら、偶然に重なったその時間を有意義に使うため、共に過ごそうとしているらしい。
……実際の所は、ここ連日の激務だったためか、急に与えられた休暇にヴェルベットが戸惑い、ティアナに泣きついたのだが。
「早くして下さいよ。時間、あんまり無いんですから」
さすがは女の子。機能性を重視しつつも、決して可愛さを損なわない服装のティアナは、ヴァイスより拝借したバイクに跨りながら、自分から誘ったくせに渋っているヴェルベットに手招きした。気のせいか、チッチッと舌を鳴らしながらされている手招きは人を呼ぶときのそれではなく、猫などを構うときに使用されるそれに見える。
「バカにしてるだろ?」
頬を引くつかせ、うっすらと青すじを浮かべたヴェルベットは一歩、また一歩とティアナへと近付く。そして、そのままストンとティアナの後ろに腰を落ち着けた。
「やっぱり恥ずかしいんだが……。歩きで行かないか?」
「時間と体力の無駄です。それに私は風になりたい」
「スピード狂っ!?」
冗談です。咳ばらいを一つ挟み、ティアナはヴェルベットにどこかつかまるように促す。
「えっと……」
ヴェルベットは躊躇した。どこかと言われても、つかまれる箇所なんて限られてくる。ましては、相手は女の子。下手なところを触ったら何を言われるかわかったもんじゃない。翌日から白い目が殺到するのは確実だし、お説教(SLB)が飛び交うに違いない。ヴェルベットは思った――――だから嫌なんだよ。
「ちなみに、お約束とか言って胸を触ったりしたら訴えて殺します」
「殺すんだっ!?」
「アナタを殺して、私は埋めます」
「隠蔽する気満々だなっ!!」
冗談です。ため息一つ。騙されんなよとでも言いたげなティアナは、無難なところでお腹に手を回すように指示。
仕方がない。そう、仕方がないんだ。ヴェルベットはそう思い込むことで割り切り、恐る恐るティアナのお腹に手を回した。それでもなるべく身体は触れないように離し、回した手もティアナの身体に触れないようにしてある。
「これ、意味あるんですか?」
呆れた表情でティアナはヴェルベットにもっともなことを問う。だって、と言葉を濁すヴェルベットの顔は若干赤い。そう、彼は単純に恥ずかしいだけなのだ。
「だって、じゃないです。私が良いって言ってるんですから良いんですよ」
ホラホラ、早く早く。子供じゃないんだから。そう訴えかけるティアナの視線に、ヴェルベットは根負け。何度か深呼吸を繰り返し、ようやく意を決し、振り落とされないようにとティアナに密着した。
「――あんっ」
途端、なまめかしい声を上げ、僅かに身じろぐティアナ。
「やめてもらえませんかっ!? そういう反応やめてもらえませんかっ!?」
彼女の反応に焦り、すかさず飛びのいたヴェルベットは必死に訴える。その顔は赤く、若干涙目だ。
「ヴェルさんがくっつき過ぎたせいです。耳に息がかかりました」
私は悪くないと言わんばかりにティアナは頬を膨らませた。しかし、僅かながらも頬を赤くさせていることから、彼女にも多少の羞恥があることが伺える。
咳ばらい。
「ほら、もう一回乗って下さい」
先ほどの咳ばらいはティアナなりの仕切直しだったらしく、今度は上手くやれとヴェルベットを急かした。
――なんで外出する前にこんなに疲れているんだろう。
ふと、そんなことを思ってしまったヴェルベット。彼はのそのそと歩き、再びティアナの後ろへ。言われた通り、今度は上手くやった。離れ過ぎず、くっつき過ぎない。絶妙な距離感を作り出したヴェルベットは内心ガッツポーズ。見たか、これが俺の実力だ。
「――うぉっ!?」
ヴェルベットの首が、がくんと前後する。発進したらしい。
「動きますよー」
「動いてから言ってるよねっ!?」
棒読みな台詞はきっとわざとだ。先のティアナの行動が確信犯なのは間違いない。ヴェルベットはそう思わざるを得なかった。
流れる景色。ヴェルベットの目に映るそれは、何故か酷く新鮮だった。普段から見慣れているはずなのに。そんな疑問が過ぎったからか、口数も少なくヴェルベットはただティアナの後ろに跨がっていた。
「どうしたんですか? 黙っちゃって」
訝しげなティアナの声がヴェルベットに届いた。届いたといっても耳ではなく、頭に。念話だ。ティアナは振り向くことなく前方を黙視している。彼女は安全運転を心掛けているからだ。
「いや、なんか良いなって思って。こういうの」
同じく念話で返したヴェルベット。照れ臭そうに頬を少しだけ朱に染めたのはティアナに見られることはなかった。
それからは沈黙。ヴェルベットの返事をどう受け取ったのか、ティアナはそれ以降会話を続けようとはせず、ただひたすらにバイクを走らせた。
「――なぁ、バイクの免許って、取るのは大変なのか?」
陸ばかりだった景色に青い海がちらつき始めた頃。ゆっくりと、それでいてしっかりとヴェルベットは沈黙を破った。今度は念話ではなく、言葉を口にして。
「わりと簡単ですよ。金銭面に問題がなければ、ですけど」
淡々と返事をしたティアナ。興味が無いという訳ではなさそうだが、その表情はどこかつまらなそうにも見える。彼女としてはもう少し気の利いた台詞を求めていたのかもしれない。何せ、男と2人で出かけるなんて初めてなのだから。
「そっか。簡単なのか」
妙に意味深な返事をしたヴェルベットはそこで沈黙した。何かを思案しているような表情だが、ティアナにはそれは見えない。そんな彼女は不審に思うも、尋ねることはしなかった。
「なぁ、ティアナ」
再びの沈黙はそう長くは続かなかった。ヴェルベットはティアナの反応を待たずに言葉を繋げる。
「俺がさ、免許取ったらまたこうやって付き合ってくれるか?」
「ツーリングですか? 構いませんよ」
休みが合えばですけど、と付け足したティアナ。
「よし。それじゃあその時は、俺が運転でティアナは後ろな」
途端、車体が揺れた。僅かに動揺したティアナがハンドル操作を誤ったのだ。
「安全運転でお願いしますっ!!」
「ヴェルさんが変なこと言うからですっ!!」
ティアナはバイクを路肩によせ、一時停止。ヴェルベットの方に顔を向け言った。気のせいか、その顔は僅かに朱を帯びている。
「変、か?」
キョトンとした顔で返されたため、ティアナは思わずどもった。しかし、そんな彼女に構わず言葉を続けるヴェルベット。
「いや、ほらさ、ティアナって運転ばっかしてるイメージだし」
言われてみればそうかもしれない。ティアナは思った。よくよく考えると、誰かに乗せてもらった記憶はあまりない。元々そういう機会は少なかったし、自分が運転できる。まぁいいか程度で大して気にしてはなかったのだ。
「だから、交代だ。たまには後ろに乗って景色を楽しめばいい」
な、と笑いかけるヴェルベット。その顔を直視することは危険と判断したティアナは、すかさず正面に向き直った。
「……動きます」
「ん、ああ、了解」
今度はキチンと発進することを告げてくれたティアナにヴェルベットは思わず苦笑を浮かべた。
「――楽しみにしてます」
ポツリと零れた呟きのあと、2人を乗せたバイクは動き始めた。次第に上がっていくスピードは先ほどより早く、法定速度ギリギリ。これは彼女なりの照れ隠しなのかもしれない。そんなこと思いながらヴェルベットは上機嫌で景色を眺めていた。
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頑張ろうと思った
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end
(更新遅いうえに、このオチ。どうしようもない……)