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□Break.
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「はぁ……はぁ……」

荒い呼吸。滴る汗。必死な表情の男――ヴェルベットは走っていた。彼は時おり後ろを振り返ったり、先の見えない曲がり角に着く度に慎重にその先を覗き込む。その姿はまるで何かを警戒――いや、恐れているように窺えた。

「やられて……たまるかっ……!!」

そう言い放ったヴェルベットは長い通路を一気に駆け抜けた。

** ** ** 

Break.

** ** ** 

遡ること、1時間ほど前。

「冗談……だろ……?」

機動六課、隊舎内にある食堂。そこにいたヴェルベットはまるでこの世の終わりかと思うほどに顔を歪め、言った。

2人がけのテーブルに腰をかける彼の目の前には、かの有名な管理局の白い悪魔――高町なのはが神妙な面持ちをしながら食後のコーヒーを弄んでいた。

「冗談、なんだろ……?」

そうと言ってくれと言わんばかりにヴェルベットはもう一度なのはへと問う。それに対し、彼女は口元に運ぼうとしていたカップを静かに置き、首を横に振った――――本当なの。

「――っ」

ヴェルベットは言葉を失った。なぜ、なぜなんだと心当たりを探すため自問自答を繰り返す。頭を抱え、必死に答えを求める。しかし、答えは出ない。

食事も終わり、いざくつろごうかとした時、なのはから聞いた驚愕の話にヴェルベットは思わず耳を疑ったのだ。

――シグナムさんがヴェルくんをブレイクしようとしてるの。

始めは何を突拍子もないことをとバカにしていたが、その表情から真面目な話だと窺えた。

――ブレイク? 壊す? 俺を? シグナムが?

「――り、理由は、わかるか?」

落ち着け、クールになるんだ。必死に自分に言い聞かせるヴェルベットは三度なのはに問う。しかし、なのはも理由はわからないと再び首を横に振った。実はなのはも本人に直接聞いた訳ではなく、シグナムがそんな話をしていたと又聞きしただけなのだ。

ヴェルベットが誰から聞いたのかと聞けば、なのははシャーリーと答える。

「……アイツか」

シャーリー。本名、シャリオ・フィニーノ。機動六課のデバイス整備士でフェイト・T・ハラオウン執務管の補佐。気さくで話好きの彼女とはヴェルベットも仲が良い。そんな彼女が悪戯にこんな物騒な噂を流すとは考え辛い。ヴェルベットは話に信憑性が出てきたことに頭痛を覚えた。

「――ん?」

すっ、とヴェルベットの前を1枚の紙が差し出された。折り畳まれたメモ用紙のようにも見えるそれは、先程からなのはが出しあぐねていたものだった。

訝しげなまま、ヴェルベットの視線はなのはとメモ用紙を行き来する。

なのはの視線がそれを見るように催促した。

嫌な予感しかしないヴェルベットだったが、見ない訳にもいかない。仕方なしに、嫌々にそれを手にとった。開いた。絶望した。

字にまで滲み出る凛々しさはこのメモ用紙の持ち主を明示していた。そう、シグナムだ。彼女の文字で綴られたそれは簡潔。丸で囲われたヴェルベットの名前とそこから引っ張られた矢印。さらにその先には筆記体でのBreakの文字。もはや疑いようのない。ヴェルベットは理解したのだ。

――俺は、狙われている。

** ** **

そして、冒頭へ。

「俺が何したってんだよ」

悪たれを吐いたヴェルベットは相も変わらず警戒中。気を許す時間が得られない。

実は途中で逃げ込んだトイレで会ったヴァイスが言っていたのだ。

――シグナムの姉さんが探してましたよ。

ヴェルベットは居場所がバレないように全力で口封じ(暴力的な意味で)をし、逃走を謀る。しかし、次に通路で会ったティアナも同じことを口にした。

――シグナム副隊長が探してましたけど。

ティアナにもやはり口封じ(飯を奢る的な意味で)をし、逃走を謀る。若干涙目になりながらもヴェルベットは逃げ続けた。

そして――――。

「探したぞ」

見つかった。割とあっさりと。一カ所にいてはとやたらに移動していたのが裏目に出たらしい。2人は通路でばったりと鉢合わせをしたのだ。

――逃げなきゃダメだ。逃げなきゃダメだ。逃げなきゃダメだ。

ヴェルベットは弛緩してしまっている身体を動かそうとした。しかし、一向に動きそうにない。

「どうした、凄い汗だぞ?」

汗をダラダラと垂れ流すヴェルベットを不審に思ったのか、シグナムは問う。

お前のせいだよ。内心で愚痴をこぼすヴェルベット。これは単なる汗ではなく、冷や汗なのだ。

「訓練でもしてきたのか。良い心がけだ。だが、あまり根を詰めるなよ」

満足げに頷き、僅かに表情を緩めたシグナムからありがたいお言葉をいただいたヴェルベット。

「そ、そいつはどうも……」

引き攣った笑顔のまま何とか声を絞りだす。同時に、ようやく身体が言うことを聞きはじめたのでジリジリと後ずさる。

「訓練上がりか……。ふむ、丁度良い」

ヴェルベットは心臓が跳ね上がったのがわかった。

――丁度良いだって? トドメをさすのにか?

ヴェルベットは勘弁しろよと内心で舌打ちをし、ここぞとばかりに逃走を謀った。

「まぁ、待て」

失敗。

がっちりと肩を掴まれ、阻まれる。手加減しようと、さすがは守護騎士。おおよそ女性とは思えない力だった。

――終わった。

ヴェルベットは悟った。俺の人生はここで終わるのだと。

「探した、と言っただろう。少し付き合え。なに、それほど時間は取らん」

襟首を掴まれ、ズルズルと引きずられていくヴェルベットは余生を惜しむようにシクシクと涙を流した。

「……つかぬ事を聞くけど」

もはや流す涙も枯れた頃、ヴェルベットはようやく口を開く。気が付けば、2人のいる場所は機動六課の正面玄関。ヴェルベットと並んで立っているシグナムは何かを待っているように見える。

「どこに……?」

てっきり訓練場に行くものだと思っていたヴェルベットにとって、それは本当に疑問だった。

「喫茶店だ。今、テスタロッサが車を回してくれている」

「――は?」

シグナムの耳に間の抜けた声が入るが、彼女は気にする様子もなく話を続ける。

「テスタロッサが美味いコーヒーを出す店を見つけたらしくてな。誘われたんだ。それでお前も、と思ってな」

「え、えっーと……?」

今いち理解しきれないヴェルベットは混乱していた。なのはから聞いていた話しとはかなり食い違っているからだ。

「あの、俺を壊すって話しは……?」

「――は?」

恐る恐る聞いたヴェルベットの耳にあまり聞きなれないシグナムの間の抜けた声が入る。

「いや、そんな噂を聞いたんだけど……」

「よくわからんが、そんなことをする訳がないだろう」

何を言っているんだとばかりにため息を吐くシグナム。

「じゃあ、これは?」

ヴェルベットがズボンのポケットから取り出したのは、なのはに見せられたメモ用紙。いらないと突っぱねたのだが、半ば無理矢理なのはに持たされていたのだ。

なぜお前がそれを、と訝しげにシグナムは眉を寄せた。とっさに拾ったと適当にごまかし、メモ用紙の真意を問うヴェルベット。

「まぁ、殴り書きみたいなものだ」

シグナムはそう言い、メモ用紙を取り上げた。さらに自前のボールペンで何かをサラサラと書き込む。それはBreakの文字の上に付け足され、続けて読むことで全く違う意味を成した。

『Coffee Break』

ヴェルベットは言葉を失った。

「まぁ、こういうことだ」

ヴェルベットが言っていた言葉の意味を理解し、苦笑を浮かべたシグナム。メモ用紙をヴェルベットに一度見せ、確認させてから自分のポケットへとしまう。

「な、なんだよそれ……」

あまりのくだらないオチにヴェルベットは脱力した。しゃがみ込み、盛大な安堵のため息を吐く。勘違いだった。無駄に信憑性が募っていたが、全て勘違いだったのだ。

「先ほども言ったが、私はそんなことはしない」

変わらず苦笑を浮かべるシグナムの耳に、最近聞き慣れはじめたエンジン音が入る。

「それがお前なら、なおさらだ」

コツ、とヒール独特の音をたてシグナムは遠方に見えはじめた黒い車に向かって歩きだした。

「は? どういう意味だよ?」

反応を見せたヴェルベットに足を止めたシグナムが半身を向けて答えた。

「私は割とお前のことを気に入っているんだ」

普段はあまり見せない柔らかい笑みを浮かべたシグナム。彼女は言い終わったあと、再び背を向けて歩きだす。

あとに残されたヴェルベットはポカンと口を開け、呆けていた。脳内の処理が追い付いていないのだ。

「――まぁ、それなりに、だがな」

だから、先ほどとは違いシニカルな笑みで続けられたシグナムの言葉は、ヴェルベットの耳には届かなかった。



end

(さて、ヴェルくんのファミリーネームを考えないとな……)
 

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