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□ウワサ好きなあの子
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ウワサ好きなあの子
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資料を乱雑に乗せられた机がある。それこそデスクワーク専用なのか、ヴェルベットには資料の他に目に付くものは無かった。
「ささっ、どーぞ。遠慮なんかしないでずずいっと座っちゃって下さい」
喋る言葉の語尾全てに音符が付くんじゃないか、という程に笑顔を振り撒く少女、シャリオ・フィニーノ。先の机を挟み腰を下ろしている彼女はヴェルベットにどこからか持ってきた簡易的な椅子を勧め、座るように促した。どうも。軽く返し、そのまま腰を落ち着ける。ヴェルベットはぐるりと辺りを見回した。
ふと目に留まった時計は、すでに一般業務の終了時間を過ぎていた。
場所はシャリオの根城であるデバイス調整室。機動六課のデバイス持ちは全員が世話になるだろう場所だ。透明なケースの中に浮かぶいくつかのデバイスは調整中なのだろう。横に浮かんだ小さなモニターには「Install」の文字が並んでいる。
「それは新人の皆の新しいデバイスです。私となのはさん、それにレイジングハートさんの3人で制作してるんですよ」
ヴェルベットの視線に気が付いたシャリオが補足した。
「あ、コレはまだ皆には秘密なので、くれぐれも内密にお願いします。3人で決めたんですよー。びっくりさせようって」
いたずらな笑みを浮かべるシャリオに曖昧な返事をし、視線をデバイスから外したヴェルベット。はたして、デバイスを「〜人」と数えていいのだろうか。しかし、浮かんだ疑問は口にしない。多分、彼女なりの愛情表現の一種なんだ。デバイスを愛し過ぎて、脳内で擬人化とかしているに違いない。きっと彼氏とかいないし、これから先もできないタイプだ、と強引に簡潔させ、再びシャリオを瞳に写し――かけて止めた。けして、面倒臭かったとか、あんまり関わりたくないとかじゃない。断じて。
「では改めまして。シャリオ・フィニーノ一等陸士です。起動六課のデバイス方面を担当してます」
可愛らしい小さな敬礼と共に送られてきた笑顔に他意は毛ほども見えない。無邪気とはこういうことを言うのか、とヴェルベットは感嘆した。
「……ん?」
ややあって、シャリオの催促するような視線に気が付いたヴェルベットは後頭部を軽く2、3度掻く。頭の中で言葉を選んでいるらしい。そして、ゆっくりと口を開いた。
「――ヴェルベット・リオセンテ。階級は空曹長」
以上。と些か短い挨拶を返せば、シャリオは浮かべた笑顔を一段と輝かせた。
「リオセンテ空曹長はここに来るのは、はじめてですので、良い機会ですし色々説明しちゃいますね」
と、饒舌に話をはじめるシャリオは返事をする間を与えない。確実にヴェルベットは置き去りだ。あれはあれするもので、これはこれを。それはそうして、etc...。
羅列される専門用語に、聞いたこともない機材の名称。ヴェルベットにはさっぱり理解できない。もちろん、理解する気も毛頭ないが。
「この機材には簡易的な重力制御装置がついていてですね」
「へぇ」
「あっちは最新のものではないんですけど、機能的には申し分なくて」
「そっか。スゴイな」
「で、リオセンテ空曹――あの、名前で呼んでも良いですか? 私のこともシャーリーで構わないので」
「好きにしてくれ」
シャリオの説明がちんぷんかんぷんなので、途中から聞き流す態勢にシフトしていたヴェルベットは、おざなりな返事をしつつ、しげしげと彼女を見た。
そこまで差はないだろうが、年下であろうこの少女。人懐っこい笑みと、悪意を微塵も感じさせない喋り方は少なくとも悪印象を植え付けられることはなかった。むしろ、好印象である。まだまだ幼さを残す顔も悪くない。いや、かわいい部類なのだろう。きっともう少し年を重ねればそれはもう大人の女性へと昇華し、ゆくゆくは世の異性共をはべらかすことも不可ではなくなるはずだ。
――もっとも。
「あ、知ってます? デバイスの構築理論を最初に唱えた人なんですけど――」
この性格じゃなければ、の話だが。
何故だか込み上げる残念な気持ちを代弁するかのように、ヴェルベットの口からため息が小さく漏れた。シャリオに気付いた様子はない。物事に熱中できるのは良いことだ。ヴェルベットだってそう思う。しかし、その反面。限度というか何というか。やはり、ある程度の自重は必要なのだとも思う。けして悪いと言っている訳じゃない。そう、けして――。
「あのー、聞いてますかー? ヴェルベット空曹長ー? ヴェルベットさーん? ヴェルさんてばー」
「ん、悪い。聞いてなかった」
すんなりと正直なことを言った自分は割と大物になるんじゃないだろうか。ヴェルベットはそんなことを思ったが、すぐにその考えを打ち消した。もう一個の本音を口にしなかったからだ。
――大して興味無いから。
なんてことが言える訳なかった。流石にそんなことを言う程、ヴェルベットは野暮じゃない。確かに、部屋にある機材の説明をされても正直困る。自分が使う訳ではないのだから。もちろん、デバイスの構築理論を並べられても同様だ。理解なんてできる気がしない。だって、興味が無いのだから。
「――まぁ、言わないけど」
いつの間にか疑問符を添付しながらもぐっと顔を近づけ、覗き込む様に自分を伺うシャリオをヴェルベットは戻る様に促した。近いから近いから、と。
「あ、あはは……。すみません……」
すごすごと戻るシャリオは、良く言われるんですと控え目に言う。言い方から、多少なりとも自覚している節が伺えた。その頬は僅かに朱色。どうやら、羞恥心もあるようだ。
一瞬の沈黙。ヴェルベットはすかさず話題を切り出す。妙な沈黙の間が嫌いなのだ。彼は会話のときに気を使うタイプなのかもしれない。
「それで、だ。俺をここに呼んだ理由だが――」
「そ、そうですっ! それですよそれっ!」
ヴェルベットの言葉を遮り、シャリオは再び身を乗り出した。彼女の女性らしい細めな眉は、僅かに吊り上がっている。
実はヴェルベットがここ、デバイス調整室にいるのには理由があるのだ。といってもヴェルベット本人は知らない。別段、デバイスの調子が悪い訳ではないし、先日、半ば義務付けられたデバイスのデータも定期的に送信している。つまるところ、こちらには呼ばれる理由がないのだ。そう、こちらには。しかし、彼は呼ばれた。もしかしたら向こうに用件でもあるのだろうか、とも考えたが彼は日中シャリオと何度かニアミスしている。
――だったら、その時で良いはず。
しかし、シャリオはそうしなかった。あえて、終業後に呼び出したのだ。一体、どんな意図が隠されているのだろうか。ヴェルベットは業務中何度か頭を捻った。しかし、答えが出てくる気配は無かった。だから、諦めた。なるようになるさ、と。
「ヴェルさんってば、ヴェルさんってば……」
俯き、わなわなと肩を揺らすシャリオ。ヴェルベットの頬をかいた覚えのない汗が伝う。どうやら、何か重大なことをやらかしてしまったらしい。身に覚えは全く無いが。ヴェルベットは目ざとく悟った。もはや、いつの間にか愛称で呼ばれていることなど気にならない。
生唾を飲み込む。その音はやけに耳に残った。
「――機動六課が設立してから1度もここに来てくれないじゃないですかー!」
視線をシャリオから外し、右に。次に下。そして上に。どこか、遠くを見る目だ。その後、たっぷりの間を置いてヴェルベットは返す。
「……すまん。今、何て?」
だから、と前置きをしてシャリオは言う。なんでここに来てくれないんですかーっ! と。ぷんぷんと擬音が聞こえてきそうな怒りの表情。子供っぽい。ヴェルベットはそう思った。もちろん、口にしたりはしない。さっきのシリアス返せ。そうも思った。もちろん、これも口にしたりはしない。余計な怒りを買うのは御免なのだ。
「デバイスの簡易整備は自分でやっちゃうし、この間の中損だって本局で済ませてきちゃうしーっ!」
先ほどまでの笑顔や照れはどこに行ったのやら。徐々にフラストレーションが膨れ上がってきたのか、むきーっと両手を振り上げ抗議するシャリオ。そんな彼女を宥めるようにヴェルベットは両手を前に出した。どうどう、落ち着け、と。
「簡易整備は長年のクセみたいなものだし、中損は――うん。まぁ、もののついでだった」
調度良く掛かり付けのデバイス技師がいたのだから、仕方ない。そう仕方なかったんだ。オーバーホールも近かったし。ヴェルベットは怒り心頭なシャリオに言い聞かせる。
「私もヴェルさんのインテレッセ・ローズさんを整備したいです! オーバーホールしたいです! そしてあわよくばお喋りしてヴェルさんのあーんなことやこーんなことを聞き出すのです!」
「待つんだシャーリー。本音が漏れてる。そして金輪際君にはローズを触らせたくなくなった」
バンッと机を大きく叩き、豪語したシャリオに冷静に応対したヴェルベット。お互いに舞い散る資料には目もくれない。
「独占欲ですね、わかります」
「断じて違うからな、フィニーノ一等陸士」
呼称が変わったのは溝ができた証なのかもしれない。
「ヴェルさんともお喋りしたいんですよ。なのはさんとかフェイトさんとか、いろんな人からヴェルさんのお話聞きますし」
「――ほう。どんな?」
正直、そろそろお暇したくなってきたヴェルベットだったが、興味が出たのだろう。他人からの評価は気になるものだとシャリオに尋ねた。
「気配りができて、ちゃんと相談にのってくれる。話すと面白いし、頼りになる。あとは――」
「ふむふむ」
あれ、知らない場所で意外と好評価。指折り数えながら聞き得たことを挙げていくシャリオをしり目にヴェルベットはそんなことを思った。彼女の話を聞きつつも、自然とニヤついてしまう口元を隠すように手で覆う。目元はそれっぽいものにしておくのも忘れない。
「――財布」
「フィニーノ一等陸士、今すぐソイツをここに呼んで来るんだ。さぁ、早く!」
張っ倒してやるとばかりにヴェルベットは言い放った。先ほどまでニヤついていた顔も僅かに歪む。しかし、その表情から本気で怒りを示していないことがうかがえる。
「でも、ヴィ――じゃなくて、その人は違うことも言ってましたよ」
「今、ヴィって言ったろ? 言ったよな? 1人しか思いつかないんだけど。赤くてちっこいヤツしか思いつかないんだけど」
「やだなぁ。そんなこと言ってないですって。空耳ですよ空耳」
ケラケラと笑うシャリオにヴェルベットは頬をひくつかせた。この野郎。いや、女だけど。
「で、その人はですね、まるでお兄さんみたいだって言ってました」
「どう受け取って良いかわからん……」
喜んで良いのか、はたまた困るべきなのか。素直に喜んだらロの烙印を押されそうな気もする。だからといって、困るって程困ってもいない。
確かに、ヴェルベットにはソイツ――ヴィータだと判断――に何かしら奢った(半強制だが)記憶はある。しかし財布兼、お兄さんとはどういう二律背反なのだろうか。彼は首を捻った。
「と、言うわけでお兄さん」
「誰がお兄さんだ、誰が」
話の腰を折るようにシャリオがにこやかにヴェルベットを呼び、さらに、華麗かつ優雅に反論を無視した。
「私ともお話しして下さい」
「してるじゃないか……?」
何言ってんだこのメカおたくは、とばかりにヴェルベットの顔が疑問の色を浮かべる。違う違う、そうじゃない。シャリオは首を横に振った。
「違いますよー。こうやって強引に場を設けたときだけじゃなくて、普段からもお話ししましょうってことです」
「それは改めて言うことか……?」
呆れたとばかりにため息を漏らすヴェルベット。
「まぁ、あまり意識してなかったこちらにも非は――」
いや、待て。別にない気もするな、とヴェルベットは思い直す。