Short Short
□社内恋愛?
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「お、リオセンテ空曹長」
「あれ、八神部隊長。お疲れ様です」
僅かに正午を過ぎた時間帯。機動六課隊社内の食堂に程近い廊下でヴェルベットは背後から声をかけられた。
目についた栗色のショートボブは、空戦魔導士の身でありながら陸の肩書を持つ女性、八神はやてだ。機動六課の設立者及び部隊長、その人である。
「はい、お疲れ様です。リオセンテ空曹長はこれからご飯ですか?」
独特のイントネーションに加えほんの少しだけ首を傾げたずねたはやては、何かの資料であろうファイルを抱える様に持っていた。
「ええ、そんなところです」
ヴェルベットは簡素な受け答えをし、視線をファイルに移した。
「それは?」
視線を追ったはやてはファイルをひょいとヴェルベットの目線まで上げ、にんまりと笑った。
「六課の業務日報。リオセンテ空曹長のも入っとるよー」
ちゃんとお仕事してるかチェックしますんで、とイタズラな笑みを浮かべるはやてにヴェルベットは苦笑を返す。下手なことは書いていないハズだ、と自分に言い聞かせながら。
「で、話は戻りますけど実は私もこれからご飯なんです」
ああ、なるほど。先ほどの笑みとは違い可愛らしく微笑んだはやての意図をヴェルベットは素早く組んだ。
「ご一緒しませんか? エスコートしますよ」
と言ってもそこの食堂ですけど、などと後から付け足し場を茶化したヴェルベットに対し、はやては思わず笑みをこぼした。
「それならお願いしようかな、ステキな魔導師さん」
** ** **
社内恋愛?
** ** **
「――なんて時期もあったねー」
「あったなー。ほぼファーストコンタクトの時やね」
互いに昔を懐かしみながら笑いを飛ばすヴェルベットとはやては、部隊長室でコーヒーを堪能していた。時刻は15時を僅かに過ぎた頃。機動六課ではちょっとした休憩時間にあたる時間帯だ。短いながらも各自が背筋を伸ばせる至福の時間である。
「ステキな魔導師さん(笑)」
「やめて」
言い放ったヴェルベットに間髪いれずにはやてが返す。もちろん、それが冗談だということはすでにそこそこ親睦を深めているはやては容易に理解している。しかし、なんか腹が立ったのでヴェルベットの肩あたりを軽く小突いておいた。
「それにしてもゴメンなー。リィンがいないとなんかこの部屋寂しくて」
苦笑混じりにはやてが言う。視線は両手に包んだマグカップではなく、割りとすぐ隣に腰を落ち着けているヴェルベットに向けられていた。
今現在この部隊長室にいるのはヴェルベットと、日頃この部屋で過ごすことの多いはやての二人である。本来ならヴェルベットの代わりにもう一人、元気印の小さな空曹長が大抵いるのだが、今日に限りその小さな空曹長は席を外していた。どうやら私用で少々お留守らしい。
「確かに一人だと寂しいかもね、ここ」
会話が途切れればすぐにでも静寂の訪れる部隊長室に対して、はやてと同意件のヴェルベット。彼はたまたま書類を届けに来たところを一人寂しく豆汁でも啜ろうか、と思っていたはやてにキャプチャーされたのだ。ウホッ。いい話し相手。
「まぁ、今はヴェルさんいるし、寂しいことないけど」
「よせよ。照れる」
「おー、照れろ照れろ」
ほれほれーと煽るはやての口にお茶菓子としては置いてあったクッキーを突っ込み場の沈静化を測ったヴェルベット。大成功だ。
そんな彼を尻目にむぐむぐとしながらもクッキーを順調に消化していくはやては、仕上げとばかりにコーヒーで口の中のものを流し込む。すると、そういえば、と何かを思い出したように彼女は言葉を口にする。
「最近、シャーリーと随分仲ええみたいやね」
ひょいとクッキーを一つだけつまみ上げ、ヴェルベットに向ける。心なしか先程までより目が細められていた。
「んー、そうかな。確かに良く話すけど」
ヴェルベットが向けられたクッキーを受け取ろうと手を出すも、サッと避けられる。なんなんだ。しかし、ヴェルベットが手を引っ込めるとはやては再びクッキーをヴェルベットに向けた。本当になんなんだ。
「わかってるかと思いますが、一応言っておきますと社内恋愛は禁止されてますので」
なんだそんなことか。それはヴァイスにでも言ってやれ、とヴェルベットはカラカラ笑った。
「ヴァイスくんはすでにお話(SLB)済みです」
「え、あ、ああ。お話(SLB)済みでしたか……」
「SLB(お話)済みです」
あれ? なんか違くね? なんて思いつつも、視線を反らしながらヴェルベットは頷いた。もちろん、同時に割りと気の合う友人の冥福を祈ることも忘れない。
「今ならもれなくザンバーもついてくるよ!」
「結構です」
「ご一緒に隼とギガントもいかがですか?」
「結構です」
「お望みとあらば、BGMに私が笛を!」
「終演のヤツですね、わかります。結構です」
閑話休題。
「で、さっきから俺に向けてるクッキーは何さ」
「ん、さっきのお返し。あーん」
食いねぇ食いねぇとばかりにはやてはヴェルベットの口元にクッキーを差し出した。そういうことか、と何の躊躇いもなしにヴェルベットはそれを口で受け取る。
「美味しい?」
「ふつう」
「ですよね」
これが手作りだったらな。恋人に作ってもらって。紹介してよ。私がしてほしいわ。なんて不毛なやり取りがその後も延々と続き、気がつけば休憩時間も残すところあと僅かになっていた。
もうこんな時間か、とヴェルベットは席を立とうと腰を浮かせた。
「おかわり、入れてくるよ」
ほぼ同時にはやてが返事を待たずにヴェルベットのマグカップを取り、言った。空のマグカップを二つ持ち、そのまま備え付けのシンクの方へ歩を進める。
ヴェルベットは半ば戸惑いながらその華奢な背中にありがとうと感謝の言葉を贈った。はやては少し振り返り、二コリと笑ってそれを返事とした。
「……まぁいいか」
浮かせた腰を下ろし、一息。ここでもう一杯コーヒーを頂いてしまったらまず間違いなく休憩時間の枠を超えてしまうことは明白だ。しかし、鼻歌交じりでコーヒーを入れている上機嫌な部隊長さん直々のお誘いだ。断るのも忍びない。そう、仕方ないんだ。そんなことを自分に言い聞かせ、ヴェルベットはクッキーを口に含んだ。さくり。
「私にもちょうだい」
いつの間にかヴェルベットのすぐ近くまできていたはやてが、両手にマグカップを持ちながら口を開け待っていた。ヴェルベットは最後の一つとなっていたクッキーをひょいとつまみ上げると、はやての口元へと運んだ。ぱくり。それがはやての口に含まれる。
「美味しい?」
「ふつうやね」
「ですよね」
そして再び手作り云々から始まる互いにいもしない恋人談義。結果としてお互いに恋人ないし、紹介できる友人を作ろうという方向で落ち着いた。
「リィン遅いなー」
「遅いなー」
この二人はそんなことを言い合いながら結構な時間までダラダラ過ごしていて、後々になって帰ってきた小さな空曹長にタップリとお叱りを頂いたのだった。
end.
(しゃ、社内恋愛は禁止ですぅー!)
(え?)
(え?)