Short Short
□アイス
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「アイス―ッ!」
不意に開いた扉になんだなんだと視線をやったヴェルベットが見たのは、叫びながら走って来る肉体系女子だった。
「スバル、普通に入って来なさい」
やれやれと肩をすくめ、視線を戻しながらスバルの乱入で中断されてしまった新聞の閲覧を再び始めるヴェルベット。活字を読むのは良いと聞いたのだ。古参の騎士に。て言うか、シグナムに。
ヴェルベットは何が良いのかなんて忘れてしまったが、ちょっと楽しくなって来た所だった。何が楽しいのかと聞かれれば、わからないとしか答えられそうにもないが、とにかく楽しかったのだ。感覚が麻痺してきたのかな、なんてことはないだろう。きっと。
それにせっかく高町家の新聞を地球から送ってもらったのだ。読まなければ申し訳ない。もしくは、バチがあたりそうで恐い。
思わずぱっと浮かんだメロディーに歌詞を付けてみる。SLBは恐いの〜と。
「アイス〜」
しゅんとし、指をくわえたスバル。ヴェルベットはソファー越しに見えたその姿にため息を一つ。
「ちょっとこっち来なさい」
ヴェルベットがちょいちょいと手招きすれば、目を輝かせてスバルは飛びついた。アイスー! と言いながら。
首の辺りに纏わり付くスバルを軽くあしらいながらヴェルベットは思う―――餌付けした記憶は無いんだけど。
「女の子がむやみやたらに男に飛びつくもんじゃないよ」
ふとスバルの腕がヴェルベットの首に回された。あれ、と気付いた所でもう遅い。お世辞にも華奢とは言いがたいその腕が、お世辞にも太いとは言えない首に徐々に食い込んでいく。痺れを切らしたスバルからのささやかな抵抗だった。
「スバル、入ってる。入って――ッ 」
自分の手はこんなに早く動くのかと関心してしまう程のタップを繰り返す。
「アイス、ちょーだい?」
その声に背筋が凍りそうになった。恐る恐るスバルの顔を確認したヴェルベットの頬に汗が伝う。冷や汗だ。何故なら、彼女は笑っていたから。清々しい程の冷笑を浮かべていたから。
「ちょーだい?」
「――バニラとチョコ、どっちが良い?」
負けた。早かった。潔かった。
軽く身の危険を感じたヴェルベットの対応は正しかったのかも知れない。するり、と首に回されていた腕が前に垂れたのだ。
後ろからヴェルベットに体を預けるスバルは思案し始めるが、それも一瞬。
「ヴェルさんが決めていーよ」
耳元で囁かれた言葉にまたも背筋が凍る思いだった。
んふふーと上機嫌に笑うスバルはヴェルベットの耳を甘噛みし始め、次第に力を強めていく。
「じゃあ、バニラで」
耳を噛みちぎられる前に答えを急いだヴェルベット。心なしかつまらなそうに離れたスバルを一瞥すると、バニラアイスを取りにキッチンへと向かった。
「…………」
冷凍室を覗き、確認したのは2つのアイス。カップに入ったそれを1つ取り出した所でヴェルベットの目には残ったもう片方が映った。
自分もご一緒しようかと手を伸ばしたヴェルベットだったが、ぴたりとその手を止めた。そのまま手を引き、静かに扉を閉め、ぽつりと呟く。
「後で、持っていくか」
どこに? と聞かれれば、彼はこう答えるだろう。ルームメイトに苦労してる誰かさんの所にと。
** ** **
アイス
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end
(あれ、スバルが黒い……?)