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□好きなだけ
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好きなだけ
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目を覚まし、彼がまず目にしたのは幾分か見慣れ始めてしまった白い天井だった。
そんな自分に若干嫌気がさしたヴェルベットは手で目を覆った。これで何度目だろうか? 鼻をくすぐる薬品の匂いを無視しながら考える。これも、徐々に嗅ぎなれ始めていることにはあえて触れない。
「ん……?」
ふと、薬品の匂いに混じる甘い香りを嗅ぎとった。ヴェルベットは香りを嗅ぎわけることができてしまったことに憂鬱になったが、一先ず、香りの元を確認することを優先した。
「調子はどうかしら?」
「……おかげさまで、なんとか」
香りの発信源は目の前にいた。ヴェルベットの顔を覗き込むようにしていた白衣を纏った女性。ヴォルケンリッターが一人、湖の騎士シャマル。彼女こそがそうだった。
「これで何回目だっけ?」
苦笑を浮かべながら問うヴェルベット。彼がシャマルの城である医務室に来る回数は、ここ最近うなぎ登りだった。もはや数えることすら億劫になっており、彼は指の数を超えた時点でそれを止めた。自身の名前がびっしりと並んだ使用記録を見た時、思わず涙したのはまだ記憶に新しい。
「えーっと」
「あ、やっぱいいや」
パラパラとトラウマの象徴でもある使用記録をめくり始めたシャマルにストップをかける。
「また、なのはちゃん?」
「いや、今日はぐっさん」
容赦無いよあの人とぼやくヴェルベットの口からため息が漏れる。
「ぐっさん? ――ああ、シグナムね」
なるほどと頷き、ご愁傷様でしたと告げるシャマルに、ヴェルベットはひらひらと手を振った。
「同情するなら止めてくれ。ぐっさんを」
「無理ね。生粋だもの、彼女」
伊達じゃない長年の付き合いが、彼女にそう言わせた。
目を閉じれば、瞼の裏に浮かぶ嬉々とした表情のシグナム。表情だけ捉えれば、普段は仏頂面の彼女の笑顔だ。非常に稀有で、稀少で、レアだった。しかし、全体像を見ればもはや日常。右手に握られた炎の魔剣が輝く笑顔を、邪悪なものに変える。
「でもダメージはほとんど残ってないでしょう? シグナムはそういうの上手いから」
「残んなきゃ良いってもんじゃない」
それはそうだとクスクス笑うシャマル。
「コーヒーでも入れるわね」
おもむろに立ち上がり、シャマルは備え付けのポットへ向かう。途中、カップを2つとるのを忘れない。慣れた手つきで注がれた黒い液体は、湯気をたてながらヴェルベットの手元へとやってきた。ありがとう。ヴェルベットが短くそう告げると満足そうにシャマルは笑った。どういたしまして。
コーヒーの香りが鼻を刺激する。ヴェルベットは一口含み、思わずぼやいた。
「五臓六腑に染み渡る……」
「カフェインが? なんか、体に悪そう」
苦笑を浮かべたシャマルが続き、和やかな空気が漂う。気分も体調も、仕事には差し支えない程度には回復しているヴェルベットだったが、その空気がこの部屋を出ることを躊躇わせていたのだった。
end
(なぁ、まだここに居ても良いか?)
(どうぞ、好きなだけ)