innocent starter

□Act.3-2
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瑞希が目的の人物たちを見つけたのは、偶然だったのかもしれない。

** ** **

忙しなく動かし続けていた瑞希の足が自然と止まった。身体を折り、両の膝に手をつく。大きく上下する身体の動きは、そのまま呼吸の深さを表していた。なのはたちと別れてからどの位経っただろうか。その間、常に走り続けていた瑞希の体力は段々と底が見えはじめていた。やはり小学3年生。しかし、弱冠9歳である彼にそこまでの体力があっただけでも称賛ものだろう。

「……ふぅ」

瑞希は1度だけゆっくりと、それでいて深く息を吐き出した。それは彼にとって区切りのようなものだったのだろう。その証拠に、瑞希の呼吸のペースは徐々にだが普段のそれに近付きつつある。さらに、呼吸と共に落ち着けるのは高揚してしまっている精神だ。何事もクールに。どこかで聞いた言葉を瑞希は思い出していた。いまいちクールの意味がわからないが、落ち着けと言うニュアンスが込められていることくらいには理解していた。

「――よしっ」

しかし、あまりゆっくりなどしていられない。瑞希は顔を上げた。彼が呼吸を落ち着けるために費やした時間はおよそ2分。休憩と言うにはあまりにも短すぎる。当然、疲労は色濃く顔に張り付いたままであり、呼吸も落ち着き切っていない。やらないよりはやった方が良いだろう。それは気休め程度の休憩に過ぎなかったのだ。

ジュエルシード。

放っておくにはあまりにもリスキーな代物。事実、瑞希はまだ数える程しかジュエルシードと相対していないが、その危険性の高さを察していた。それは本能から来たものかもしれないが、そうじゃないかもしれない。本人ですらわかっていないのだ。ただ瑞希にわかるのは、『それ』が危険なものであり、早急に対処しなくてはいけないということ。そして、それをどうにかできる力を自分ないし、なのはが持っているということだけ。だから瑞希は休むのも程々に、再び足を動かそうとしているのだ。

今は自分しかいないのだから。





再び走り出した瑞希がいくつめかの角を折れたとき、それは唐突に訪れた。

「わぷっ!?」

一瞬、瑞希の視界の中を銀色の何かがちらつき、目の前が真っ暗になる。顔に柔らかい衝撃を感じ、同時に甘い匂いが鼻をつく。跳ね返されるように身体が後ろに傾き、そのまま尻餅をついた。

――ああ、誰かにぶつかったんだな。

瑞希が理解するのに時間はかからなかった。と同時に、まず最初にしなくてはならないことも頭に浮かぶ。

「ご、ごめんなさいっ!!」

顔を上げ、体勢を立て直しながらも口にしたのは謝罪の言葉。しかし――。

「――あれっ?」

瑞希の目の前には誰もいなかった。見通しの良い通り。やや開けたその場所は、海鳴市内のメインストリートだ。並んだ様々な店舗には何度か足を運んだ場所もある。そして何より、道路を挟んで視界の端に小さく写る喫茶店は先ほどまでいた場所だ。

尻餅をついたままの体勢で、呆然とする瑞希。

――なんで?

疑問が浮かんだ。なんでここに出たんだ、と。戻ってきた? そんなバカな。あの道順でここに出るはずがない。なんであそこに翠屋があるんだ。 

ぐるぐると渦巻く思考の中、翠屋とは反対に位置する視界の端に何かが映り混む。自然と意識がそちらに向く。

目を凝らした瑞希が確認した見覚えのあるジャージ姿の男女。その確かに瑞希が探していた人物たちだった。その人物たちは、まるで瑞希の視線から逃げ出すようなタイミングで角を折れる。

しかし、すでに瑞希は走りだしていた。なんでここに出たのかなんてどうでもいい。今考えるべきはそれじゃない。今は、今は――。

「僕だって、できるんだ……!」

首から下げているレイジングハートを、まるで確認するかのように握りしめた。
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