山獄

□お前はいつも
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お前はいつも


笑っていて


とにかく明るくて


そんな姿を見るたび


胸を痛めるのは


どうしてだろう−−−










昼飯の時間、俺はまた屋上に来ていた。
季節は秋。やっと涼しくなりはじめ、あの夏の蒸し暑さから開放されたころだった。


誰もいない屋上は、唯一学校で落ち着ける場所だった。
それなのに−−−。

「あ!やっぱりここにいたのか!」
満面の笑みでこちらに向かってくるのは、野球バカ。
「なんだよ」
「一緒に飯食おうぜ」
「ふざけんな。俺は一人になりたくてここ来たんだよ」


嘘です。
本当は、山本がみんなと喋っているときの、あの笑顔を見るたびに何故だか胸が苦しくなるから、逃げてきたんです。


しかし全くこの気持ちの正体が掴めないでいた。

「いいじゃん。いっつもツナと俺ら3人でここで食ってんじゃん」
「今日はそういう気分じゃねぇ!……つか十代目いらっしゃらないなら尚更だ!」

今日は十代目が熱を出して休んでいる。
だから俺は今日一日一人でいる。山本がよく寄って来たが、最近自分の中に芽生えた正体不明の気持ちが、山本を避けていた。
−−−いや、“避けなきゃいけない”のかもしれない。

「どうしたんだよ?なんかあったのか」
「うるせぇ!なんでもねぇからとにかくどっか行け!」
「俺は獄寺と二人で飯食いたいの」
「は!?」
山本の口から出た衝撃発言に、本気でぶっ倒れるかと思った。

「へ、変なこと言ってんじゃ……」
「俺獄寺のこと好きかも」
「は!?!?何言って……ッ!?」
言葉を言い終える前に、いきなり正面から山本に抱き着かれた。全く予想していなかった出来事に、俺の頭の中は真っ白になってしまった。

「やめろ……ッ!」
ようやく我に返り、俺は恥ずかしさのあまり思いきり山本を両手で突き放してしまった。
山本は一瞬驚いた顔をしたが、それはすぐに悲しげな表情へと変わった。

「……ごめんな、俺おかしいよな」
「ちょ、ちょっと待て……」
「これやるよ」
「?」
山本が自分の弁当袋から何かが入ったプラスチックのパックを取り出し、それを俺へと投げ渡した。

「なんだよこれ……」

その中には、かわいいサイズのおにぎりと、野菜の炒め物やから揚げ、タコウィンナーなどがたくさん詰まっていた。

「獄寺いつもパンしか食ってねーから……。大事に食ってくれよ?」
「や、山本……」
「早起きは慣れてるからな」
そう言って微笑むと、山本は階下へ続く階段の扉へと走って行ってしまった。



「…………サンキュー、山本」
ポツリとそういうと、その場に座り込み、山本に貰ったパックを開ける。
すごくいい匂いがする。

俺は貪るように、しかし味わいながら食べた。


食べている途中、自然と涙が出てきた。山本はこんなに俺のこと考えてくれてたのか、と。

そして、俺はやっと気付いた。





俺は、アイツに恋してるんだ−−−。





















5時間目と6時間目の授業は、いつも以上に話が頭をすり抜けていった。まあ普段は聞こうとしないだけだが。

ただ単に自分が気にしすぎなのかもしれないが、授業中ずっと背中に視線を感じていた。

(意識しすぎだよな…………)

俺は山本のことが好きだということに気付いてから、まともに山本を見ることができなくなった。見るだけで顔が赤くなるのがわかる。

それと、山本が他の奴と喋っているのを見ると、嫉妬のような気持ちが湧く。

(それよりあんときの“好きかも”って本気だったのか……?)

これも、山本に対する態度の変化の原因の一つだった。

好きなんて、しかも男同士で、簡単に言えることだろうか。
それに、抱き着かれたし−−−。

目を閉じて、抱き着かれたときのことを思い出す。
だけど、もうあの時の温もりまでは思い出せなかった。





















全ての授業が終わり、やっと帰る時間になった。

「さようなら!」
教師の掛け声に続き生徒が元気よく挨拶を返す。
俺はそれを他人事のように眺め、ほとんどの生徒が教室を出ていく中で、ドスンと椅子に座り直した。


「獄寺!」
「!!」
いきなり声をかけられ、心臓がドクンと跳ねる。
「なんでそんなびっくりしてんの?」
「してねぇよ」
そうは言うものの、明らかにさっきのは顔と態度に出ていたと思う。
「なあ、屋上行こう」
「…………あぁ」
俺は特に反抗もせず、山本と一緒に教室を出て行った。








「弁当どうだった?」
「うまかったぜ」
「まじで!?よかった!」
山本がよほど嬉しかったのか、子供のようにぴょんぴょんと跳ねている。

「……なぁ」
「ん?」
山本の動きが止まる。笑顔のままだが。

「俺のこと好きかもっつったよな」
「……あぁ、言った」


数秒間沈黙が続く。
その沈黙を破ったのは、山本だった。
もうその顔に笑みはなく、真剣なものへと変わっていた。

「俺は……好きかも、じゃなくて、好きだ」
「なっ……!?」
「気持ち悪いよな。男同士のくせに……」
「お、俺も好きだぜ」

思わず口が動いた。
ただ、それは相手に聞こえるか聞こえないかぐらいの、囁きのようなもの。

「え!?聞こえなかっ……」
「ふざけんな!もう言わねぇからな!」
「……嘘。聞こえちゃった」
「ッ!?」


本日二度目。


「あれは冗談で……」
「冗談でもいいや」
山本はそう言って、抱きしめる力を更に強めた。
心臓の激しい鼓動が伝わってしまわないか心配だ。

「……本気なのか?」
「何が?」
山本が俺を抱く力を弱めて、顔が見えるようにする。
俺はきっと今、めちゃくちゃ顔が赤いんだろう。そう考えるとすごく恥ずかしい気がして、山本から目を逸らした。

「好きってのも、こうやって抱き着いてくんのも、全部友達としてか?」


一瞬時が止まった気がした。
だが、それは本当に一瞬だった。



「俺はいつからか獄寺を友達としてじゃなく……特別な存在として見てた」

心臓の動きが更に激しくなる。

「んで……最近それが恋っていう感情だって知った」

俺と同じじゃん……と心の中で呟く。

「そうわかってからは獄寺のことを……早く俺のにしたいと思い始めて……」
昼飯の時に、俺に弁当を投げ渡した山本の少し照れた顔が浮かぶ。

「……俺は冗談なんかじゃない。今だってかなり我慢してんだぜ?」
「何を……ッ!!」
いきなり山本の顔が近くなったと思うと、山本はそのまま止まらず……唇に唇でそっと触れた。

「ッにすんだよ!」
「……獄寺は俺のことどうなの」
「…………さっき言っただろ」
「本気?」
「…………本気じゃなかったら今すぐに警察にセクハラされたって通報しに行ってる」
「ハハッ、だよな!」

山本はそう笑って、また俺に飛び付いてきた。
「しつけぇな!」
「…………幸せ」
「…………」
「何年経ったって、このままでいたい」
「…………離すなよ」
「絶対離さねーよ」

また山本の抱きしめる腕に力がこもった。
俺も抱き返す。

「なぁ」
「ん?」
「もう他の女と喋んなよ」
「なるべくな」
「絶対だ!」
「……そんなに俺のこと好き!?」
「別にそうじゃねぇよ!」
「まじ可愛い」
「死ね!果てろ!」

そんな罵声を浴びせつつ、俺は山本を抱く力を弱めなかった。
山本も、強く強く抱きしめてくれた。





















「おはよう獄寺!」
「…………」

昨日の出来事を思い出してしまい、山本を直視できない。

「照れてる?」
「うっせぇ!早く行くぞ!」
俺は恥ずかしさに耐えられず、スタスタと先に歩きだした。

「まあまあ、仲良くしようぜ?」
そう山本が言うと俺の隣に並んだ。次の瞬間、山本は周りの目など気にしないといった様子で手を繋いできた。
驚いて思わず跳びはねる。

「なっ……誰かに見られたらどうすんだよ!」
「俺は別にいいけどっ!」
「ニコニコすんな!」

他人の目を気にしつつ、心の奥では喜ぶ自分が確実にいる。

「……変態」
「そうかもな」

そしてまた笑う。
俺もつられて笑ってしまった。










お前はいつも


笑っていて


とにかく明るくて


でも


もうその姿を見て


胸を痛めることはない


お前の笑顔は


俺の笑顔でもあるから−−−








fin

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