山獄

□それぞれの道を行くけど
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 無事卒業式が終わり、昼過ぎに終わった最後のホームルームで号泣した生徒達も、3時を過ぎた頃にはほとんど学校を去っていった。
 大号泣するツナにつられツナ以上に大号泣した獄寺は、しばらく別れを惜しんでツナとの会話を弾ませ、教室の生徒の数もまばらになりツナが他の友達と遊びに行く時間になった頃、ツナと最後の笑顔を交わしてから屋上へ向かった。

 青い空に白い雲、眼下のグラウンド、帰っていく並盛中の生徒達。

 屋上の柵に寄りかかっていつもの風景に見とれた。普段はなんともないのに、こういうときになるとなにもかもが愛おしい。

 と、ぼーっとしている獄寺の元へ駆け寄ってくる足音。

「獄寺!わりー遅れた!」
「ちっ、テメーから呼んどいて遅れたはねーだろ!」
「わりーわりー」

 笑いながら頭をぼりぼりと掻く山本と、イラッとした様子で煙草に火をつける獄寺。
 これも、いつもの光景。

「わざわざここに呼んで、なんか用でもあんのか?」
「いや……いつもここでツナと獄寺と3人で昼飯食ったりしてたから、最後にまた来たいなーと思って」

 獄寺は口から煙をふぅーっと静かに吐き出して、伏せていた目を山本へ向ける。

「じゃあなんで俺だけ呼ぶんだよ」
「んー、なんとなく?」
「はぁ?なんとなく呼んだのかよ俺を!さすが野球バカの考えてることは違うぜ」

 と言って煙草を足元へ落として右足で踏み潰すと、再び山本の方へ向き直った。

「用が無いなら帰る」
「い、いや!ちょっと待って」
「なんだよ」
「いや……あのさ……」

 真剣な表情で何かを悩む山本を、黙って見つめる獄寺。2人の間を隔てる約2メートルの距離は先程から変わらない。

「あ、そうそう!獄寺は卒業したらどうすんの?」
「イタリアに戻る」
「えっ……イタリア?」
「おう」

 目を大きく見開いて愕然とする山本は、しばらくそのまま動きを止めた。山本の左手が、制服のズボンをぐしゃっと握り締める。

「山本は?」
「俺は高校行きながら親父から寿司職人になるための修行を受けるのな」
「へっ、野球バカが立派な寿司職人になるにゃ千年あっても足りねーよ」
「ひでーこと言うよな獄寺ってさ〜!」

 山本はさっきまでとは変わってハハッといつものように笑うと、頭の上で手を組んで空を見上げた。

「……イタリア行ったら山本が立派な寿司職人になった姿見れねーじゃん」
「ご、獄寺……」
「ま、なれねーだろうけど」

 そのままの姿勢で顔だけ獄寺の方へ向けると、獄寺はそっぽを向いた。2人の間にまだ少し冷たい春の風が通り抜ける。

「俺……獄寺に会えなくなるのが嫌だ」
「……」

 そっぽを向いたまま柵に寄りかかって遠くを見つめる獄寺の胸を、何かが強く締め付ける。切ないのか、悲しいのか、何に対する感情なのかわからない何か。それは山本の胸を締め付けているものでもあった。

「……おめぇはこれからももっと友達ができんだから俺がいなくなったって関係ねーだろ」
「そういうことじゃないのな」

 目の前の獄寺が、今この瞬間に消えてしまいそうな気がして、山本は1歩近寄った。それでも獄寺はそっぽを向いたまま山本を見ようとはしない。

「じゃあ、せめて俺のことを忘れねーようにすることだな」
「も、もちろんなのな!!」
「次日本に来たとき誰だっけ、なんて顔すんなよ!」
「するわけないぜ!」

 再び風が通り抜ける。今度は少し強い。
 獄寺は風で乱れた銀の髪を左手で掻き分けると、柵から離れ、山本と真正面に向き合った。山本の目をしっかりと捉えて。
 沈黙が2人を包む。風が吹く音や電車が通る音は2人の耳には届かない。

「……ごくで……」
「じゃ、またな山本」
「えっ……まだ話が」
「早く寿司職人になれよ、野球バカ」

 そう獄寺が言った次の瞬間には、獄寺は階下へ続く階段の出入り口の所へ駆け出していて、山本がまた声をかける間も無く獄寺はその扉の向こうへ消えていった。




「獄寺……」

 獄寺が入っていった扉を見つめる。微かに残る煙草の匂いも、春の風にさらわれてすぐに消えた。

「またな、獄寺……」

 山本の頬を、一筋の涙が伝う。それを拭うこともせず、ただひたすらにその扉を見つめた。


「ずっと好きだったぜ、獄寺」





「……なんてやっぱり言えねーよな」
 
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