夜の闇と月の光

□青天の霹靂 発覚編
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「親父、母ちゃん。話あんだけど」



ある晴れた日の午後。
奈良家では穏やかな時間が流れていた。

シカクは久しぶりの休暇で居間でくつろぎ、ヨシノは夕飯の献立を考えながら洗濯物をたたんでいる。
そこへシカマルが顔を出した。
すでに上忍にもなり、すっかり家に寄り付かなくなった息子が、改めて話があると言う。
珍しい様子にヨシノは内心首を傾げながら、いつもの小言を言う。

「シカマル、帰ったらまずただいまでしょう。」

上忍にもなって挨拶もできないの、と続けた。

「なんだあ、珍しい。ガキでも出来たか」

ケケケ、と笑いながらシカクがからかう。
これもいつものことだ。
いつもと違ったのはここからである。
シカマルが(あのシカマルが!)にっこり笑って答えた。

「実はそうなんだ」

「「は?」」



……………………。

息子の顔をまじまじと見る。
その顔はいつもの締まりのない顔だ。
さっきの笑顔はまぼろしか?
そして発言は冗談か。それとも幻聴なのか。

「それでシカマル、あんた夕飯食べてくの?」

「お前どうせろくなもん食ってねぇだろ。たまにはまともなもん食ってけ」

幻聴として処理することにしたらしい。

「子どもが出来たんだ」

シカマルがまたまたニッコリ笑って言い放った。



「「……………はあ?!」」



奈良夫妻は二の句がつげなかった。
シカマルは見たこともないような顔でにこにこ、にっこり笑っている。

それはどう視ても幻ではない。
ついでに幻聴でもないらしい。



木の葉では早婚が奨励される。
住人の大半が忍で、やはり一般人より死亡率が高いからだ。
死ぬ前に子供を遺してくれないと、どんどん住人が減ってしまう。
名家旧家となれば余計にその傾向は強い。
死ぬ前にその血を遺すのは一種の義務とも言える。

シカマルももう十八だ。
すでに上忍にもなっていて、若手の中ではかなりの有望株。
そんな話が出てもおかしくはない。
少なくとも早すぎる、ということはないだろう。

しかし名だたるくノ一たちがどれだけ迫ろうとも、シカマルはまるで相手にしていなかったようにみえたのだが。



「今、三ヶ月だと。もうあと半年ちょいで生まれてくる」

シカマルは相変わらず笑っている。
奈良夫妻は息をついた。

「アンタって子は…っ」

「シカマルおめぇ、なかなかやるじゃねぇか」

「いったいどこのお嬢さんに粗相したの!」

「相手はどんな娘だ?可愛いんだろうな?」

夫婦で見事に視点がすれ違っている。

「お父さん!そういう問題じゃないでしょう?!」

「なに言ってんだ。一番大事なことじゃねぇか」

「そうだけど!そうだけどね?!…あー、あちらの親御さんにどんな顔して会えばいいの!?」

ヨシノは完全にパニックだ。
今までトンと色っぽい話題には無縁だった息子なだけに、混乱しているらしい。
逆にシカクは冷静だ。
冷静におもしろがっている。
なにをするにもメンドクセェしか言わなかった、色事に関してもそれは変わらなかった、息子。
同じ男としてどうなのかと思っていたが、押さえるところは押さえていたらしい。

「とにかく、今度連れて来いや。話はそれからだ」

「そうね、結婚の日取りにしてもあちらと相談しないといけないし。体調によっては出産後の方がいいかしら」

さすが忍里、基本的に子が産まれることは歓迎される。
しかし明るかったのはそこまでだった。

「いや、結婚はしない」

静かに告げられた言葉に、息子の顔をまじまじと見た。

「“結婚”は、しないんだ」

シカマルは真顔だ。
いつの間にか先ほどまでの(珍しい)笑顔がない。
その瞳は真剣な何かを湛え、知らない感情に揺れている。

「…どういうことなの」

「まさかゆきずりだとか言うんじゃねぇだろな」

さっきまでの慌てながらも喜ばしげな声は、事態の読めない不安に沈んだ。
シカマルはそれに一瞬眼を伏せ、視線を合わせてはっきりと言った。

「それはねぇよ。
俺はアイツに惚れてるし、アイツも俺が好きだ。
ただ結婚は出来ない。」


「…人妻だとか?」

「身分違い、はねぇか」

「他里の者だとか」

いくつか考えられることを挙げてみるが、シカマルは首をふる。

「アイツは独身だし、確かに木の葉の者だ。
身分、は人によっては不相応だというかもしれないが大したことじゃない。
俺だってもうそれなりに木の葉の中枢に食い込んでるしな。だけど」

シカマルはここで一旦、言葉を切った。
狂おしいほど真剣に両親を見つめ、振り絞るように続ける。

「“結婚”は出来ないんだ。
それがアイツにとって、俺にとって、奈良家にとって、里にとって。
何より、子供に、とって。
最善だと結論した。

―――――二人で何度も話し合った。
………俺はよ。
俺のためとか奈良家のため、里のため、とかなら突っぱねた。
だけどアイツと、何より子供のためには。…これが最善だ。

―――少なくとも、今は」

言いきって、自嘲するように笑う。

「…相手は誰だ?」

唸るように尋ねるシカクに、シカマルは薄く笑って眸を伏せるだけ。
答える気がないのは明らかだった。

「シカマルッ!!」

焦れて強く呼びかけると、今度はシカクと眼を合わせて静かに語りだす。

「俺はさ。アイツに想いを告げて、そしてアイツがそれを受け入れてくれた時から。
アイツを生涯の伴侶だと思ってる。
アイツ以外はいらないんだ。
アイツにとっても同じ事だ。かなりの覚悟が必要だったはずだから。

だけど結婚すんのは難しいのも、分かってた。
子供も半分諦めてたし。
だから表向きは生涯独身で子供は養子を貰うか。
それとも家督自体、従兄弟に譲るか…」

「おい!」

「…だけど今回なんの巡り合わせか子が出来て。
アイツは産むと言ってくれた。
かなり無理すんのが分かってて、それでも産みたい、と。

産まれてくるのは間違いなく俺の子。親父の孫。
この木の葉旧家、奈良家の長子だ。

―――それを、受け入れてくれるか」



「…他の娘とは結婚しないの」

息子のいつにない真摯な眼差しに、なにも言えなくなったシカクに代わり、ヨシノが口をひらく。

「しない。
例えアイツが俺を裏切る事があろうと、俺がアイツを裏切る事はない」

「じゃあ子供の養育はどうするのよ」

現実的な問題を指摘したヨシノに、シカマルは今日初めて情けない顔をした。

「それはその、申し訳ないけどかなり母ちゃんを頼ることになると思う」

「じゃあその娘は子育てに参加しないのね?」

「出来ない。
アイツと子供の関係は極力隠さないといけないから」

「私たちにも子供本人にも、隠すつもり?」

ヨシノの眼ははっきりと非難していたが、シカマルは揺るがなかった。

「状況しだい。
いつかは話せるといいと思ってるけど、約束は出来ない。
子供には、そうだな。
少なくとも、物事の理解、判断がつくようになるまでは話せない。
―――どこからでも、万が一にも。
漏れることがあってはならないんだ」

その徹底さにため息が漏れる。

「いったい…」

「アイツに関しては最重要機密なんだ。俺が勝手に話していいことじゃない。」

息を呑んだ。

「最、重要…機密…」

「あんた…、いったいどこでそんな娘と…」

「おい!」

思わず呟いたヨシノにシカクがたしなめる。
最重要機密なんて迂濶には触れられない。
下手したらその存在を知ったという、ただそれだけで殺されかねない。
シカマルは苦笑した。

「…昔、夜中に散歩してて偶然会った。
死んでもおかしくなかったんだけど、どういう訳か殺されなかった。
おまけに決死の覚悟で告白したら、なんと叶っちまって、さ」

「昔って…」

「下忍の頃」

「「げっ下忍?!」」

最重要機密を知った下忍?!

「まさかその頃から…」

「うん」

「だ、だってお前が下忍だったのなんてホンの数ヶ月じゃねぇか!」

「そうだけど」

「え?て、お前いくつから…」

「十二」

「………今お前確か十八じゃなかったか…」

「そうだよ。十二の歳から足掛け六年、恋人として付き合ってる」

呆気にとられた。
色恋には疎いと思ってた息子が。その実、親にも隠れて密かな恋を六年間も暖めていたとは。
おまけにその娘以外はイヤだという。
えらい情熱だ。



ふー。

静まりかえった居間に、いやに響いたため息。

「可愛い娘か?」

それは先にも訊かれた事だった。
しかしそこに含まれる意味、そして重さはまるで違う。

「そりゃあな」

「産まれてくる児も、可愛いんだろうな?」

「もちろん。俺に似なきゃ確実に可愛いだろ」

沈黙が降りる。
臆面もなく言うシカマルに、多少呆れた。

こんなヤツだったのか。

十八年目にして初めて知った、息子の一面だった。

「そんじゃ俺たちは初孫を楽しみに待つとするか」

「そうね、お父さん。
男の子かしら、女の子かしらね?ああ、お部屋の準備しなきゃ」

わざと明るく言ってやる。シカマルはあからさまにホッとしたようだった。
やはり緊張していたのだろう。

なんといっても六年間も隠し通した秘密を、打ち明けたのだから。








「………ありがと。突然わりぃ」








小さく。聞こえないほど小さく、呟かれた感謝の言葉。

それはしかし、シカクたちとて一流の忍。
鋭い聴覚はしっかりと、拾いあげていた。
シカマルとしてもそれは承知の上。
単に面と向かって感謝など、気恥ずかしかっただけだ。




「今度のことは五代目と側近のシズネさん、かろうじて三忍の自来也様。そして俺とアイツしか知らないはずだ。
恐らくご意見番のお二方もご存知ないと思う。」

顔をあげたシカマルは意識を切り替えた。
受け入れられたからには、今後のことを話さねばなるまい。

シカクたちはあまりの少人数に度肝を抜かれた。
どんな機密事項だって上層部には知らされるものだ。
それが上層部どころかご意見番にさえ通されないなんて、尋常ではない。
今日は大概驚かされてばかりだが、まだ続いていたらしい。

「俺は明日から長期任務に出る。帰還予定は一年後」

「ああ?!」

「出先でガキこさえて子持ちになって帰還。それで通すから」

「あ、ああ」

「だから親父らもそれに合わせてくれ。今から部屋の準備なんてもってのほか。
頭ん中で初孫の名前考えるくらいにしといて」

「わかった」

「一応一年のつもりだけど、子供の成長具合によってはもっとかかる。
月齢ごまかさなきゃなんねぇから」

それはそうだ。
出掛けてすぐに女の子をひっかけて(引っかかって?)子づくりしたとしても、早々すぐに孕むものでもない。
それなりにかかるだろうし、なによりシカマルの今までの素行が問題(?)だ。

女の子を引っ掛けるも引っ掛かりもしそうにないのだ。
といってもシカマルがモテないというわけではない。
それどころかかなりモテる。
これまでシカマルは並いる美女たちをことごとく袖にしているのだ。

始まりは中忍試験。
この試験、木の葉崩しや三代目火影の死などで終わりがかなりあやふやだ。
てっきり全員据え置き、無試験の扱いかと思いきや、シカマルは一人合格した。
しかも期待の新人ルーキーうちはサスケや、天才日向ネジらをさしおいて、である。
これによってシカマルは木の葉内外に「出世頭」として喧伝されたのだ。

まずは先輩中忍のくノ一たちが青田買いに走った。
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