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□ハロー・ブルー・ブルー
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夏だ。
吹いてくる風は夏の匂いがした。


カメラのレンズ越しに見た空に浮かぶ雲はその風に流されてかなり早く流れている。シャッターを切るでもなく、一眼レフを構えたまま、青い空をバカみたいにただただ眺め続けていた。
屋上に寝転がる自分の背中は砂ぼこりのせいで少しだけジャリジャリするけれど、ただの一瞬として同じ姿を見せない空から目が離せずにいる。






「夏だ……。」

額にじんわりと浮かぶ汗。ブラジャーの間や背中にも同じように汗をかいている。
ロッカーにパウダーシートは残っていたっけ、なんてことを考えながら相変わらず自分の視線は青の中。すぐ目の前にあるはずのものなのに、薄いレンズを通して見るだけで何故か現実味がないようなくらいの青。

私はこの感覚がすきだ。青の中に飛び込んで行くような、ふわふわとした非現実的なこの感覚がすきだ。時間が経つのも忘れる、もし出来ることなら授業なんて出ないで一日中ずっとこうしていたいくらいに。

そんな私の貴重で大事な感覚を、

「…何してんの。」

という声と陰で邪魔された。さっきまで空しか映っていなかったレンズの向こう、逆光で真っ黒になったクラスメイトが覗いていた。



「……邪魔しないでよ。」

「や、だから何してんの。」

「見りゃわかんでしょ。青春してんだよ、青春。」

「はぁ?」

「分かったらあっち行って。」


寝転がったままの私を真上から見下ろしていたクラスメイトの斎くんは、一眼レフを顔から外した私を怪訝な表情をしながら見つめていた(もし斎くんが女の子だったら、私の位置から斎くんのパンツがばっちり見えてしまうなぁなんて考えていたことは秘密だ。)。


「……何、分かったらあっち行ってってば。」

「いや、分かんねぇからこっちいていい?」

「はぁ?何で青春を理解出来ないのかねキミは!」

「うはは、誰だよお前。」


了解もしていないのに、彼は隣に胡座をかいて座り込んだ。何を言っても退いてくれそうにないので、私も諦めて持っていたカメラをそっと脇に置く。


「空、撮ってたん?」

「違う。」

「え、じゃあ何撮ってたん。」

「日頃はそうねぇ……可愛い女の子のパンチラとか、制服から見える谷間とかかな。」

「えっ、嘘マジで!?」

「嘘だよバカ。」

「っだよ!嘘かよ!」

「斎くんて見た目どおりバカなんだね。」

「見た目どおりって何だよ、見た目どおりって。」

「そのままの意味だよ。」


眉間に皺を寄せて拗ねたように口を尖らせた彼に「可愛くないから」と駄目押しで言ってやると、今度は堪えきれなかったように吹き出して笑った。


「これ、触ってもい?」


脇に置かれていた一眼レフを見たので、軽く頷くと斎くんはそっとそれを手に取る。


「うわ、かっけぇな。重いし。」

「でしょ。大事に扱ってね、私の相棒だから。」

「あれ?お前写真部だっけ。」

「違う。帰宅部。」

「だよな。」


未だに寝転がったままの私を撮ろうとするから、「やめんか馬鹿者」とそれを拒否した。撮るのは好きだけど撮られんのは苦手だと言ったら、「何じゃそら」と彼はまた笑った。


「飯塚の青春はコレかい。」

「うん。そっから覗いて見える世界は果たして嘘なのか本当なのかとか考えてるとね、うわー自分ってかなりモラトリアムじゃんとか思う。」

「モラトリアムって何。」

「辞書引け、辞書。」

「もしかして意味解ってなくね?」

「そうとも言う。」

「ふぅん。」

「空見てみなよ。気持ちいいよ。」


彼は隣に寝転ぶと、何分か前まで私がそうしていたように、右目でレンズを覗き込んだ。


「どうよ。」

「…………。」

「斎くん?」


黙り込んだ斎くんの様子を窺うと、同じタイミングで彼が「あのさ」と何か言い掛ける。


「飯塚の青春は分かった。素晴らしいぜ。モラトリアムだぜ。」

「ん?うん。ありがとう。」

「だけど俺の青春は、レンアイなんだよ、飯塚。」

「はぁ。」

「高校2年、17歳、夏休み直前。そんな最高な時期にレンアイしないで何を青春と呼べばいいか俺には解らないぜ。」

「さっきからちょいちょい“ぜ”挟み込んでくるけど不自然だからやめて。」

「やめないぜ。」

「………。」


大真面目な顔と声色で何を言い出すんだ斎くんよ。あまりに真面目すぎたので、一瞬時間がストップしたかと思ったくらいだ。私はわざとらしく溜め息を吐いて頬杖を付く。


「そんなん私に宣言されても困るよ。すりゃいいじゃん、斎くん的青春イコール恋愛。」

「飯塚!」

「うわっ、何!?」

「俺と青春しようぜ!」

「へっ。」

「好きだ!」


いつの間にか私の相棒一眼レフは元の位置に置かれていた。呆気に取られた私の真上では相も変わらず青の中に白い雲が流れている。
生まれて初めてされた告白、しかもかなり不自然な流れと勢いでされた告白に、私はどうしていいか分からずに一眼レフを掴む。
耳まで真っ赤にした斎くんをレンズ越しに覗いたら、「俺は嘘じゃなくて本当だかんな」と、また拗ねたように口を尖らせた。


あぁ、可愛い。可愛いよ斎くん。さっきは全然可愛くないって言ったけどね。


「斎くん。」

「ん。」

「いいぜ。」

「……マジで。」

「レンアイも青春だって教えて欲しくなったぜ。」


その尖らせた唇に噛みつくようにキスをしたら、太陽よりも熱い腕と胸に抱き締められた。






「ハロー、俺の青春!!」

「耳元でシャウトしないでくれる。」




夏だ。
吹いてくる風は夏の匂いを孕む。
 

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