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□病院に行く。
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「(………ん?)」



朝起きたら、確実にいつもと違う感じ。

何が違うかと言えば、まずは喉のあたりにグスグス燻ってる痛みというかなんというか……とりあえず何かおかしい。
何だか鼻も詰まってるし、決定的なのは身体全体にある尋常じゃないダルさと重さだ。ベッドに寝ているというのに、更にそのままマットレスに沈んでいくんじゃないかってくらいに重い。寝返りを打つにもゼェゼェするし、これはもう完全に体調不良ってやつだろう。暑いからって髪の毛乾かさずに腹出して寝たせいだ……昨晩の自分の行動を恨む。

その重い身体を何とか起き上がらせて、部屋の隅に置いてある薬箱とは名ばかりの小さなアクリル製のボックスから体温計を探し出す。一人暮らしを始めるときに母親が“必要だから”と持たせてくれたものだったけど、まさか本当に必要になるとは。

小さな体温計を掴むと、またベッドに倒れ込む。それと同時に「うぁー」という溜め息と唸り声が混ざったようなものが無意識に出てしまった。その唸り声さえも何だか掠れてる。
……もしかして俺、重病?普段病気をしないヤツはちょっとのことでも大袈裟に考えるから面倒くさいと、かつて誰かに言われたことを思い出した。

脇の下に体温計を挟んで数分に電子音が鳴った。小さな小さな液晶画面を、コンタクトを入れる前の霞んだ視界で凝視する俺。




《38.1℃》




「……………は?」



霞んだ視界の先には信じられない数字が並んでいた。思わず動きが止まる。


……おいおいおい。ちょっと待ってくれよ。こんな高熱なんて今まで出したことねぇよ。いや、あったかも知れないけど覚えてねぇ。
これぞまさに重病だ。大袈裟でも何でもなく、重病にかかってしまった。


眼鏡を掛けて、さっき体温計を取り出したアクリル製のボックスの隣、保険証が入っていると記憶している場所を見てみる。とにかく病院に行かなければとクローゼットからパーカーとストールを引っ張り出した。携帯と財布と保険証を持って、頭の中で最寄りの病院をイメージ。

……途中でマスク買って行こう。

玄関を開けた途端に吹いた風がほんの少し冷たかった。





その後俺は近くのコンビニでマスクを買い、しっかり装着。更にその上からストールをぐるぐる巻き付けて、体温調節がうまく出来てない自分を保護した。
病院まで歩いて行けるし、薬もらったらさっさと帰って寝よう……そう考えていたのだけど。


ふらつく足元、揺れる視界、荒くなる呼吸。


もしかしたらさっきより熱が上がってきたのかもしれない。ストールを巻いた首から上半身にかけてがやけに熱くて意識が朦朧としてきた。息をする度に曇る眼鏡がうざったい。そしてきっとこれは本格的にヤバい。


商店街を抜けた先に見えるあの角を曲がれば、気のいい白髪の爺さんがやってる病院がある。病院というか医院というか、小さな町医者だ。病院と医院、いまいちそのふたつの違いも理解していないけど、とにかく診てくれるならどっちだっていい、もう少しの辛抱だと歩みを進める俺。
だけど、曲がらなければいけない角で俺の足は言うことを聞かず。その角を曲がらずに真っ直ぐにふらふらと歩く。



もう少し、もう少し。
そう言い聞かせて自分を奮い立たせながら。










「えっ、ちょっ……どうしたの?」


気づけば、目の前には見慣れた顔。平たく言ったら彼女は俺の恋人で、突然現れた具合の悪そうな彼氏、すなわち俺を見て大層驚いているようだった。
そう、到着したのは気のいい白髪の爺さんの病院ではなく彼女の家。いつの間にやら見慣れたアパート、見慣れた階段、見慣れた表札、見慣れたインターホンを経由して、最後には見慣れた彼女の姿。

ボーッとしたまま何も言わない俺に、彼女は更に心配の表情をする。


「柊ちゃん?もしかして風邪?」

「………多分。」

「あ、声枯れてる。とにかく入って、お布団用意するから。」


彼女に促され、大きく開いてくれたドアの向こうの部屋に入る。鼻が詰まってるから分からないけど、多分彼女がいつも付けている香水と、それとは違った女の子特有の優しい匂いがするんだろうその部屋。



「(……よく耐えた、俺……。)」



何だかふっと気が抜けて、靴を脱ぐか脱がないかの瞬間。



「え、柊ちゃ……っ。」



………俺は自分の意識を手放したらしい。男のくせに彼女に抱き止められた腕の感覚が、覚えていることの最後。









目を開けるとぼんやりと真っ白い天井が見えた。一瞬頭の中に「?」が浮かんだけど、何度か瞬きを繰り返すと朝からの出来事を思い出して、ここが何処なのかも認識する。



「(あぁ、莉子ん家だ……。)」



額に手を乗せると冷えピタが貼ってある。更に頭の下にはアイスノン、眼鏡は外されていてベッド脇の小さな棚に置かれてあった。そこでやっと自分が彼女のベッドに寝かされていたことを知る。アイツ、まさか俺のことここまで運んだんか……?



「あ、起きた?」



疑問に思っていると、彼女が側に駆け寄って来た。俺は起き上がれずにベッド脇に座る彼女を目だけで追う。



「大丈夫?凄い熱だよ。」

「んー……朝よりマシ……。風邪なんて久々だからマジびびった……。」

「びびったのはこっちだよ、いきなり倒れてさ。本当どうしようかと思ったんだから。」

「すんません……。」



もういいけど、と言いながら布団を掛け直してくれる彼女。



「……つーかさぁ……玄関からここまで俺運んだの?」

「運んだっていうか……引きずった。」

「重くなかったんか。」

「重かったよ!大変だったよ!倒れるならせめて靴脱いで部屋入ってからにして欲しかった。」

「すんません……。」



あぁ、やっぱ靴は脱いでなかったんだとぼんやりした頭で考える。細身の彼女が靴も脱いでない気を失った俺を、引きずったとは言えここまで運ぶのは相当大変だったろうに。
迷惑をかけまくってることに落胆して息を吐くと、優しく頭を撫でられた。指と指の間に髪の毛を滑らせながら撫でてくれるその行為を何度か繰り返した彼女は、


「あと少ししたら病院行こ。」


と、それはそれは優しく笑うから。



「……メーワク掛けてすんません……。」

「何言ってんの、私と柊ちゃんの仲じゃん。」



どんな病院よりもどんな医者よりもどんな薬よりも、彼女の存在は俺の特効薬……なぁぁんてドラマやマンガみたいなこっぱずかしいことを一瞬でも頭を過ったことにやや熱が上がる。
だけど、ほぼ無意識にこの部屋に来たってことは、そういうことなんだよ、俺は莉子が大好きなんだよと熱にうなされついでに口にしたら、冷えピタ越しにデコピンをされた。







次の週、今度は俺が彼女の看病をすることになったとかならないとか。恋人ってのはそんなもんだと笑った。

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