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よもぎに蕗に菜の花につくし。


春の野草がみっしり詰まったビニール袋を大事そうに抱えて、綱吉はウキウキとアパートの階段を上った。
2階の5個並んでるドアの1番奥。
その前に立ってポケットから鍵を出すと、ガチャリと鍵を開ける。

「ただいまぁ」

返事は無いと分かっているけれど、つい癖で言ってしまう。
部屋に上がると早速野草をビニールから出して、水で洗う。

「えっと、よもぎはパンに混ぜてよもぎパンにしてー、蕗は佃煮にすれば保存も効くよね。
菜の花はゴマ和えとサラダかな。で、つくしは卵とじと酢味噌和え!」

これで4日は食費が浮く、と綱吉はご機嫌だ。
沢田綱吉。なんだか主婦じみた事を呟いているけれど、この春に並盛中学の3年生になる中学生男子。
まだ小学生と間違われる事もある小さくて華奢な体。
くりくりと大きくて、陽に透けるとはちみつみたいな色になる琥珀の瞳。
ツンツンと独特なクセのある、けれども触り心地はふんわりしっとりな紅茶色の髪。
瑞々しく、肌理細やかなミルク色の肌。
母親似の愛らしいドールフェイスで、今でも女の子に間違われる事も多い。

「えっと、パン生地を寝かせてる間に佃煮作ろっと」

狭い台所をチョロチョロと動き回って料理する。
今でこそ手際良く野草を調理しているけれど、ほんの数ヶ月前までは炊飯器の取り扱い方すら知らなかった。
そんな綱吉がここまで料理が出来るようになったのは、そうせざるを得ない状況に追い込まれたから。

――父親の家光が借金を作ってしまったのだ。

借金取りから逃れる為、家光は綱吉を友人であるこのオンボロアパートの大家に預けて、母親の奈々と共に行方不明。
家光とは古くからの友人だという大家のシャマルのはからいで、綱吉は空き部屋だったこの部屋に住まわせて貰っている。
4畳半1間に小さな台所とトイレがあるだけ。
風呂は無いから、いつも近所の銭湯に通っている。

両親とは連絡が取れないけれど、月に1回。
現金が少しだけ送られてくるから、それを生活費にして細々と暮らしているのだ。
でも、送られてくるお金は本当にギリギリ生活できる程度。
少しでも食費を浮かせる為、料理を覚え、外食に頼らないようにしている。
特に春は新しい教科書やら教材やらで出費がかさむから。
川辺に行って食べられる野草を摘んできたのだ。

「せめて高校生だったらバイトが出来るんだけどなぁ・・・」

ブツブツとぼやきながら、出来た料理をタッパに詰めて冷蔵庫に入れる。
いつまでこんな生活が続くのか、と思わずタメ息が出てしまう。

「ダメダメ!みんな協力してくれるてるんだし、まだ頑張れる!」

落ち込みそうになった気分をふっきるように頭を振った。
住む所を提供してくれているシャマルは勿論、クラスメイトで親友の獄寺と山本。
彼らは綱吉が遠慮しなくて済むよう、昼のお弁当をわざわざ多めに持って来て「食べきれないから一緒に食べてくれ」と言ってくれる。
休みの日だっておやつを持って遊びに来てくれる。
商店街の人達も、売れ残りをこっそり綱吉にくれたり。
みんなで自分を支えてくれているのが分かるから、綱吉は1人になっても弱音を吐かずに生きている。

「そうだ。洗濯物干してたんだっけ」

窓をカラリと開けて洗濯物を取り込む。

「あ、お隣引っ越してきたんだ」

お隣、とは言ってもアパートの隣の部屋では無く、隣に建つメゾネットタイプのマンション。
先月そこに住んでいた家族が転勤で引っ越して行って、空家になっていたのだが。
今は電気が点いている。

「出汁の良い匂い〜。引っ越し蕎麦でも作ってるのかな」

思わず涎が垂れそうになって、慌てて口元を拭った。
野草の調理に夢中で気が付かなかったけれど、辺りはもう薄暗い。

「もう晩ごはんの時間だもんね。オレも食べようかな」

洗濯物を全部取り込んで、窓を閉めようとした時。
カラリと開いた目の前の窓。
隣のマンションの2階の出窓が、綱吉の部屋の窓のすぐ目の前。
その窓が開いたのだ。

「あ・・・」

そうして窓を開けた隣の住人と目が合ってしまった。
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