mainA

□am7:50の恋
1ページ/1ページ

7:43

「いってきますっ!」

転がる勢いで玄関を飛び出して、全速力で走る。
家から最寄りの駅まではオレと同じ歳の平均的な高校生男子であれば、走って3分の距離。
けれども50m走のタイムが11秒弱という鈍足を誇る上、持久力なんて欠片も無いオレにとっては全速で走ったとしても5分以上かかる道のり。
間に合うかどうか微妙な所。
それでも必死に走った。
だって7:50の電車に乗れるか乗れないかで、オレの今日1日の運命が大きく変わるんだ。
酸欠でヘロヘロになりながらも駅に辿り着いて改札を抜けると、ホームへと続くエスカレーターを駆け上がる。
朝っぱらから酷使しすぎたせいか、途中何度か足が上がらなくて転びかけたけど、なんとか登り切ったと同時に目的の電車が滑り込んできた。
間に合ったと安堵する間もなく、急いで進行方向とは逆。
後ろから2両目。
3つあるドアのうち、後方寄りのドアの前へと移動する。
列の最後尾に並んだ所でプシューッと音をたててドアが開いて、黒いセーラー服の集団が降りてきた。
オレの使っている黒曜南駅周辺は住宅街で、大きな会社や工場が無いからサラリーマンはほとんど降りない。
ただ、黒曜女学院の最寄駅なので、こうして女学生の集団が降りてくることになる。
黒曜女学院の制服は、最近では珍しい真っ黒なセーラー服。
リボンと襟に入った2本のラインだけが真っ白で、校章入りのハイソックスも、ローファーも、学生鞄もみんな黒。
校則が厳しいらしく、茶髪の子は滅多にいない。
だから、顔や手や足など露出している所以外は全部黒。
全身黒だなんてなんだか不吉。と思いきや、クラシックで清楚な雰囲気。
お嬢様っぽくていい、と人気の高い制服なのだそうだ。
横を通り過ぎる彼女達の甘いシャンプーの香りにクラリとしつつ電車に乗り込む。
車内の混み具合は7割といった所。
ドアの付近に陣取った所で発車を知らせるベルが鳴った。


7:50

電車はゆっくりと加速する。
軽い重力を感じながらオレは鞄から参考書を取り出した。
運動は勿論、勉強だってダメ。
『ダメダメのダメツナ』が渾名であるオレが、通学途中に真面目に勉強なんてするわけもなく。
これは「オレは参考書を読んでます」っていう演出の為の小道具だ。
適当なページを開いて読むふりをする。
そうして参考書の陰からそっと車両の連結部分を窺えば。

(今日もいたー!)

連結部分の壁に気怠げに寄りかかっている人物。
寝汚く、遅刻魔であるオレが、なにがなんでもこの電車に乗りたい理由。
それが彼である。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ